表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/120

「救出作戦開始」

 新宿駅から代々木方面に向かったところ、住宅街に入るやや手前に雑居ビルが立ち並んでいる区画があった。

 そこはまもなく巨大ビルが建設される予定の場所で、区画すべてのビルはすでに誰にも使用されていなかった。

 本来ならすぐに取り壊しが始まるはずだったが、ビルを建設する予定だった大企業が不況のあおりを受け事業から撤退してしまった為、次の買い手もつかず宙に浮いている状態だった。


 周囲に人気もなく、なにか人に知られてはマズイことをするには、うってつけの場所だ。


「怪しすぎる…」


 碧双刃を腰に下げた翠は呟く。

 芹香が連れて行かれた6階建てのビルに近づき過ぎると、携帯電話の圏外になってしまう。

 電波妨害されている証拠だった。

 廃ビルにそんな設備が整っている合理的な理由はなく、更にビルの中からは複数の人間の気配もする。

 そして、ビルの入り口にはスーツ姿の屈強な男が二人、立っていた。


(どう考えても……女の子を口説く場所じゃないね、ここは……)


 翠が周囲をチェックしていると、かろうじて携帯電話に着信が入った。

 ワンコールですぐに切れたが、翠は電話で打ち合わせしていた場所に移動する。


 当該のビルから一ブロック離れた角に隠れるように、武士と葵、ハジメ、直也が立っていた。


 時刻は、午後六時を過ぎ、日が落ちようとしている。

 落ち合った翠と武士たちはまず、互いの情報を交換する。


「携帯の電波妨害に、大人数の気配ね。周辺の建物に人はいない。入り口には見張りが立っている、か。真っ黒だな。こりゃ」


 ハジメは翠の説明を聞いて、独り言のように呟いた。

 直也は小声で段取りの確認をする。


「作戦は話した通りだ。田中は正面から灰島と芹香を訪ねる。騒ぎを起こしてくれ。俺たちはその隙に周囲からビルの内部に潜入して、手分けして芹香を探す。芹香を確保したら、それぞれ強行突破でビルを脱出する、という段取りだが……脱出の合図が難しいな。芹香を確保した人間が、登録した携帯の一斉メールで合図を送る予定だったんだが…」


「あたしが先にケータイの電波妨害してる装置ぶっ壊しとくから、大丈夫よー。携帯持って周辺を回っといたから、妨害電波が出てる場所の目星、だいたいついてるよ」


 翠は武士たちが来る前に、芹香の入っていったビルを中心に円を描くように回り、また隣のビルに侵入して、一階から最上階まで上り下りし、携帯電話が使えなくなるポイントを確認していた。

 そのポイントから等距離にあるビルの内部に、妨害電波を発している装置がある筈というわけだ。

 翠は、既に三階の西側の一室と目星をつけていた。


 近年のECMはダウンサイズが進んでいるため、発見が難しい可能性もあったが、その場合は近くにいる人間を締め上げて場所を吐かせればいいと翠は考えていた。

 見張りの人間を見る限り、これまで自分たちを襲ってきた敵、「北狼」と比べて、それほどの手練には見えない。

 さして難しいミッションではないように翠には思えた。


「わかった。頼む」

「あの…九龍」


 葵が声を上げる。


「やはり、武士が囮になるのは危険じゃないか? 私も付いていたほうが……」

「好きな女の子を助けにくるのに、女の子連れっていうのは不自然だろう」

「ならハジメが一緒に……」

「葵さん。これだけのビルだ。芹香を捜索する人数は、少しでも多い方がいい。早く芹香を見つけて脱出できれば、それだけ田中の危険も減るだろう」


 直也は冷静に説明する。だが、葵はそれでも反対した。


「しかし、それでは武士が脱出できない。武士が芹香さんを逃がす為の囮だったと敵が気付けば、逆に武士が捕まえられて、芹香さんを返せと言われてしまうんじゃ……」


 葵はとにかく武士を心配する。

 それを聞いて、武士はそんなに自分は頼りないかと落ち込んでしまう。

 ハジメはニヤリと笑った。


「そんときは武士。俺が助けに行くから安心しろ」

「わ、私だってもちろん行く!だけど……」


 それでもと続ける葵を、直也は聞いてくれ、と落ち着かせる。


「仮に田中が捕まっても、葵さんが遠く離れなければ、万が一のことがあっても大丈夫だ。一度芹香を安全なところに避難させて、それから全員で取り返しにくればいい。刃朗衆の工作員が二人に御堂組の戦闘員が一人、それに俺もいる。大丈夫だ」

「葵ちゃん」


 なおも反論しようとする葵に、武士は話しかける。


「少しは僕のことを信じて。これでも一週間、あの地獄の訓練を受けてきたんだよ。それに、葵ちゃんが命蒼刃を持って近くにいてくれるなら、僕には怖いことは何も無い」

「……武士がそう言うなら」


 自分をじっと見つめる武士に、葵は渋々という感じではあったが、頷いた。


「……んふふ、育ってきてるねえ」


 そんな二人の様子を見て、翠はほくそ笑む。

 「何が?」という葵の問いには「べつにー」とはぐらかした。


「作戦開始の前に、少しいいか」

「何だ九龍、改まって」


 真面目な顔を更に引き締める直也。


「とうとう誰も何も言わなかったから俺から言うが……芹香を助けて、いいのか?」

「は? 何を言ってんだ、てめえ」


 あまりに当たり前の質問に、ハジメが呆れたような声を上げる。

 武士や葵も、きょとんとした表情を浮かべていた。


「手段はどうあれ、灰島は鬼島を倒す為に行動している。もし灰島の計画が成功したら、田中。お前が言っていた『政治的に』鬼島を倒すことに成功するんだ。お前が、予言の英雄に代わって戦う必要もなくなるんだぞ」


 欠片も考えてもいなかったことを言われて、武士は驚く。


「田中。もしかしたらこれが、もっとも少ない犠牲で鬼島を倒し、その先にある戦争を防ぐ唯一最後の方法かもしれない。それでも、芹香を助けるのか?」


 直也の問いに、武士の答えは決まっている。

 しかしそれを答える前に、ハジメが口を挟んだ。


「九龍。お前はどうなんだよ」

「俺はもちろん、一人でも芹香を助けるさ。だけどそれは、芹香が俺の妹だからだ。お前達は立場が違う。特に葵さんと翠さんにとっては、芹香は仲間を殺した男の娘だ。その娘をこのまま見過ごせば、鬼島を失脚させられるかもしれないんだぞ」


 言われてみれば確かにその通りで、打倒鬼島は刃朗衆の使命だった。

 それをたった一人の少女、それも敵の娘で、まだ殺されると決まったわけでもない。

 少女を一人見過ごすだけで、使命を達成できるかもしれないのだ。


 翠が口を開く。


「あたしは、葵ちゃんに任せるよ。葵ちゃんと同じ道を選ぶ」

「翠姉?」

「あたしだって仲間の仇は討ちたいけど、こんな形じゃ仲間に誇れないしね。でも九龍ちゃんの言うことも、もっともだ。何より葵ちゃんの予言の任務がこれで終わるなら、それもいいのかもしれない」

「私は…」


 少し考える素振りをした後、葵はゆっくりと口を開く。


「私は芹香さんと、ちゃんと話したことはない。けど、芹香さんは武士の友達なんだよね?」


 芹香は武士の方を見る。

 武士は頷いた。

 葵は、学校の緑道で芹香が武士のことを褒めていたことを思い出す。


「私は、武士が彼女を助けたいと言うのなら、全力で協力したい。その為に任務が長く続くことになっても、私は構わない。武士と一緒なら、私は大丈夫」


 迷いのないまっすぐな瞳で、武士を見つめながら葵は話す。

 その言葉に武士は、自分の頬が赤くなるのを感じた。


「く〜〜!育ちまくってるねえ!」


 なぜか身もだえる翠。

 「だから何が?」という葵の問いかけをスルーしながら。


「だとよ。武士、俺もお前に従うぜ。どうする?」


 ハジメは武士に改めて問いかける。

 もっともその答えは、ハジメにとっては太陽が東から昇るというくらいに分かりきった答えだったが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ