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「兄妹」

 芹香と義和の姿が見えなくなると、樹上からハジメと葵が飛び降りてきた。


「わっ……!」

「武士。驚くのは後だ」


 ハジメは驚いている武士に声をかけると、携帯電話を取り出して発信する。


「大丈夫!? 武士」


 葵も呆然としている武士に声をかける。


「葵ちゃん……どうして」

「ごめんなさい。話は全部聞いてたの」


 葵は、盗み聞きしていたことを謝罪する。


「全部って……」

「でも、大丈夫」

「大丈夫?」

「あんな卑劣な男、許せない。絶対に芹香さん取り戻そう」


 葵は、義憤に燃えていた。


「くそっ。時沢さん、肝心な時に繋がらねえ……」


 ハジメは携帯を閉じる。


「そういえば、翠の奴が呼ばれてるとか言ってたな…」

「私ならここにいるよ」


 声が響くと、ハジメ達が隠れていた木とは別の樹上から、翠が降ってきた。


「いっ!?」


 目の前に軽やかに降り立った翠に、武士は息を飲む。


「翠姉!?」

「お前!?」


 葵とハジメも、気付いていなかったようだ。


「にゃははー。葵ちゃんも気付かなかった?隠行は私の方が上手ねん」

「何……みんなで、覗き見してたの……?」


 武士は揃った三人に唖然としてしまう。


「あ、私が来たのは多分後半の方だよ? 葵ちゃんのドッロドロの気配に誘われてね」

 翠がニヤニヤと葵を見る。

葵は恥ずかしくなり、目を逸らした。


「後半の方ってことは、じゃあ芹香のことは聞いたのか?」


 ハジメの問いかけに、翠はすぐに真顔に戻る。


「うん。鬼島のもう一人の隠し子だってね。彼女」

「九龍の奴、芹香となんかあると思ったら、こういうことだったのかよ…」


 ハジメは今になって、昼休みに直也を問いつめなかったことを悔いた。


「とにかく、九龍ちゃんに事実確認をした方がいいと思うよ」


 翠は三人に向かって言う。


「私はあの二人に顔を見られてないから、後をつけてみるよ。彼女が連れて行かれた場所を特定できたら連絡する。本当に自宅に連れて行くとは限らないからね」

「わかった。武士、俺たちは九龍にこの件を確認しよう。下手をすると、政治的な絡みがある話かもしれない」


 ハジメは立ち尽くしている武士の背中を叩くと、立ち去ろうとする翠に声を掛ける。


「おい翠。旧清心会系の動きも確認したいんだけど、時沢さん繋がらねえ。お前、さっきまで会ってたんだろ?」

「トッキーは組長に急に呼ばれたみたい。結局私も会えなかったんだ」

「ちっ……あっちもなんか、動きがあんのか……」

「とにかく、葵が遠くに連れて行かれる前に、私は後を追うね。九龍ちゃんの方は、話聞いておいてよ!」


 翠はそう言うと駆け出す。

ほんの一瞬で、ゴスロリ少女の後ろ姿は見えなくなった。


「九龍は生徒会室か。じゃあ、行くぞ」


 ハジメは、武士と葵を促す。


「ハジメ、でも、芹香ちゃんは九龍先輩には言うわないでほしいって……」


 しかし武士は立ち尽くしたまま、呟く。


「そんなわけにいくか。じゃあ武士。芹香をこのまま放っておくのか?」


 ハジメはその武士の肩を掴んで、揺さぶる。


「まさか。……まさか!そんなわけにいかないよ!」

「だろ。じゃあ行くぞ」


 芹香が連れていかれるのを黙って見ているしかできなかった自分に嫌悪感を抱いていた武士は、ハジメにニッと頼りがいのある笑顔を向けられ、我に返る。

やるべきことを見出し、頷いた。


 他に人のいない生徒会室で、直也は一人パソコンのマウスとキーボードを操作していた。

額には汗が浮かんでおり、深刻そうに眉間に皺を寄せている。


ネット上の仮想サーバに飛び込んでくる暗号情報を、USBに差し込んだメモリースティックのフォルダに移す。

同じメモリースティック内に格納していた専用の暗号解読ソフトをデスクトップ上に展開して、メッセージを通常テキストに変換して開く。


内容は、直也に政界の裏側で起こっている情報を流してくるY・Nなる人物の電子署名が入った緊急連絡だ。

その暗号文書に記載されていた情報は、直也には断じて容認できないものだった。


「ふざ……けるな……」


 廊下から複数の足音が聞こえてくる。

反射的に直也はテキストファイルを消去して、解読ソフトも削除する。


 ハジメがノックもせず乱暴に引き戸が開けるのと、直也がメモリースティックを引き抜いてポケットにしまうのはほとんど同時だった。


 武士と葵の先に立って生徒会室に入って来たハジメは、直也が備え付けのパソコンからメモリースティックを引き抜いた行動に気づき不審に思ったが、今はそれどころではなかった。

急いで直也に確認しなければならないことがある。


「九龍! 話が…」

「田中! 芹香は、芹香・シュバルツェンベックはどうした! 一緒にいないのか!」


 しかし直也は武士の姿を認めると、ハジメの言葉を遮って武士に駆け寄った。


「相談されたんだろ? 芹香は無事なのか。今、どこにいるんだ! 灰島は!」


 武士の肩を掴んで乱暴に問い質す。

言葉使いも雑で、余裕が無い。


「な……直也さん? どうして、灰島のことを知って……」


 いつもの直也らしからぬ慌てぶりに動揺しながらも、武士は灰島の名前が直也の口から先に出たことに疑問を持つ。


「そんなことはどうでもいい。芹香は無事かと訊いているんだ!」

「せ、芹香ちゃんは……」

「芹香はついさっき、灰島に連れて行かれた」


 直也の剣幕に口ごもる武士に代わりハジメが伝えた事実に、直也は凍りつく。


「なんだと……」


 呆然と、二の句が継げないでいるに直也にハジメは言葉を続ける。


「その様子だと事情を知っているな。どこから聞いた? やはり政治的な、裏の動きがあるのか?」


 ハジメの問いに直也は答えず、武士を睨みつけた。


「……田中。お前は彼女から相談を受けたんだろう? なにをしていた? みすみす芹香が連れていかれるのを、黙って見ていただけなのか!」


 直也は武士の襟首を暴力的に掴む。


「く、九龍先輩…」

「やめろ!」


 葵が間に入って、武士を締め上げる直也の腕を掴む。

ハジメは横から直也の肩を掴んで、力づくで自分の方を向かせた。


「武士を責めてんじゃねえ! 灰島が脅迫したんだ。芹香が鬼島総理の隠し子だってことをバラされたくなかったら、言う事を聞けってな」

「くっ…」


 直也はギリッと歯を食いしばる。


「対応はしている! 翠が後を追ってるんだ。それよりも九龍、テメエがちゃんと芹香との関係を俺たちに話していれば、武士にも俺たちにもやりようがあったんだ。不必要に隠し事をした、テメエのミスだ! 頭冷やせ!」


 ハジメに怒鳴りつけられ、直也はようやく武士から手を放し、顔を背ける。

少なからず落ち着きを取り戻したようで、武士に向かって頭を下げた。


「……田中……すまん」

「いや……すみません。僕は、芹香ちゃんに秘密を守りたいからと言われて……何もできなかった」


 武士は肩を落とす。

相談されたのは自分だったのだ。

それなのに、何もできなかった。

ハジメはああ言ったが、武士は自分を責めることしかできない。


「くそっ……。芹香、俺に相談してくれれば、こんなことには……」


 手近にあった椅子に座り込み、手を組んで額を乗せる直也。

受けた衝撃は大きいようだった。

ハジメはそんな直也を見下ろす。


「テメエが本当に芹香と異母兄妹なのか、確認に来たんだが……聞くまでもねえみてえだな」

「…ああ。母親は違うが、芹香は俺の大切な妹だ」


 直也は下を向いたまま答える。


「みてえだな。九龍、テメエが自分の親父に……鬼島に反抗してるのは、芹香が原因か?」


 ハジメは座った直也を見下ろしながら訊くが、直也は何も答えない。

ハジメは舌打ちする。


「ちっ……。じゃあ、質問を変えるぞ。芹香はなんで攫われた?ここに来るまでの間に武士から聞いたが、芹香は灰島の野郎と同じ中学で、その時から野郎に付きまとわれていたらしいな。秘密を盾に交際を迫るってのは下衆の考えとしてまあ分かるが、それがなんで、今なんだ? こんなタイミング、絶対に裏で糸を引いてる奴がいるはずだ。お前のところにも情報が来てるんだろう」


 ハジメの言葉に、直也は顔を上げる。


「それは御堂。お前のほうが知ってるんじゃないのか?」

「なんだと?」

「灰島が芹香を脅迫したと言ったね。そのときに、奴は言わなかったか? 今、鬼島に隠し子の……それも外国人との間の子どもというスキャンダルが暴かれたら、政治的に追いつめられると」


 直也の言葉に、ハジメは息を飲む。


「まさか…」

「これは君のお祖父さんが手を回した、鬼島を追い落とす為の政治工作じゃないのか」

「ふざけんな!ジジイは女こどもを人質に取るような、汚ねえやり方はしねえ!」

「どうかな。彼は戦後六十年以上、民自党清心会を牛耳って来た。百戦錬磨の影の首領だ。まして、刃朗衆の女こども相手の人体実験を容認してきた男でもある。これくらいの裏工作は朝メシ前じゃないのか」


 直也の遠慮のない言葉に、葵の顔が険しくなる。

ハジメはギリッと歯軋りをする。


「……テメエの親父と一緒にすんじゃねえよ。クーデターまがいの方法で政権を盗んだんだろ?裏でこそこそ動くのは、テメエ自身とよく似てんじゃねえのか」

「誰と誰が、似てるって?」

「やめてよ、二人とも!」


 一気に険悪な雰囲気になった二人の間に、武士が割って入る。


「九龍先輩どうしたんですか?そんな言い方、先輩らしくないですよ」

「妹が攫われたんだ。普通でいられるほうがおかしいだろう」

「それは僕のせいです! 謝りますから、こんなことでハジメと喧嘩しないで、解決策を……」

「僕のせい? 自惚れるな。田中武士」


 直也がゆらりと立ち上がる。

ズッ…と顔を近づけて、その長身から武士を見下ろす。


「君に芹香を守るなんてできると思うな。そもそも、君に何かをできるわけがないんだ。間違って命蒼刃に刺されただけの、偽者の英雄に」

「……!」


 棘のありすぎる言葉だったが、そんなものは一端に過ぎなかった。

武士の心身を震え上がらせたのは、普段の直也からは想像もつかない、暗い情念。

その口から、深い闇で黒く塗り潰されたような瞳の奥から、直也の体の中に押し込められていた暗い情念の渦が溢れ出しているかのようだった。


 その闇を切り裂くように、青い光の筋が煌めく。

 音もなく直也の背後に立った葵が、命蒼刃を抜き、直也の首筋にその刃を突き付けていた。


「葵ちゃん……!」

「九龍直也。たとえ真の予言の英雄だとしても、それ以上の武士への侮辱は許さない」


 息を飲む武士。

沈黙が生徒会室を支配した。

窓の外のグラウンドからは、運動部のランニングの声が聞こえてきた。


「……すまなかった」


 沈黙を破り、直也がパッと両手をあげる。

その声には、先ほどまでの暗い情念に支配された響きは無かった。


「田中君。重ね重ねすまない。どうも俺は修行が足りない。八つ当たりだ。許してほしい」


 直也は改めて、武士に深く頭を下げる。

そのお辞儀で危うく直也の喉を切りそうになった葵は、慌てて命蒼刃を引いた。


「御堂も葵さんも、すまない。俺が未熟だった。芹香を助ける為に協力してほしい」


 直也は二人にも丁寧に頭を下げる。

剣道の礼のようなその所作に、武士は彼が正気を取り戻したとホッと胸を撫で下ろした。


 直也の態度に強い不快感を示したハジメと葵としても、直也にそこまで丁寧に頭を下げられては、怒りを持続させることは難しかった。


「わかってもらえれば、それでいい。刃物を抜いて、私もすまなかった」


 葵はそう言うと、命蒼刃を太股の鞘に納めた。


 ハジメは頬を指で掻きながらそっぽを向くが、すぐに直也に向きなおった。


「なら、話をさっさと進めるぞ。芹香と鬼島の関係を確認しておきてえ。助けに行っても、芹香に秘密とやらのせいで手を振り払われたら意味ねえからな」

「…さっき話した通り、鬼島と芹香は実の親子だ。鬼島大紀に正妻はいないが、二人、子を生した女性がいる。一人は日本人。俺の母親だが、俺が高校に入る前に死んだ。もう一人はドイツ人。奴が国防軍司令官だった時に、EU動乱で国連軍として参加した際、ドイツで知り合った女性だ」


「芹香は子どもの時から日本にいたと、言ってたな」

「芹香を産んだ母親が、動乱が終結して日本に戻った鬼島に連絡を取ったんだ。政界への転向を目論んでいた鬼島に、自分たちのことを暴露されたくなければ、自分たちを日本に招いて、保護しろとな。幼い芹香を育てるには、動乱直後のドイツは混乱し過ぎていた」

「……タフな母親だな」

「あの人は強い人だよ」


 思い出したように、直也はフッと笑う。


「芹香たち母子は今、鬼島の援助を受けて生活している。見返りは、秘密の厳守だ。芹香が灰島に秘密をばらされるのを恐れたのは、鬼島を恐れてのことじゃない。自分だけならともかく、母親への援助が絶たれるのを恐れたんだろう。芹香の母親は……本当にいい人なんだが、浪費家でね。鬼島の援助なしでは生きていけないと思ってるんだろう」

「それじゃあ……芹香ちゃんは」


 黙って聞いていた武士が口を挟む。


「僕たちが連れ戻しに行っても、灰島に脅されたら逆らえないんじゃ……」

「いや……脅しには、ならないかもしれない」


 同じく黙って話を聞いていた葵だが、武士の不安に疑問を呈した。


「え? だって、秘密をばらされたら、芹香ちゃんたちが生活できなくなるんじゃ」

「状況が違う」

「状況が?」

「葵さんの言うとおりだ」


 直也が言葉を引き継ぐ。


「秘密をばらされたら援助を切るなんて脅し、首相になる前なら通じたかもしれないが、今は状況が違う。もしシュバルツェンベック家のことが世間にばれたとして、その報復で鬼島が彼女たちへの援助を止めたら、世論の批判は一気に鬼島に集中する。そうなったら、鬼島はもう再起不能だ。鬼島には、もう芹香たちの存在がばれようがばれなかろうが、援助を止めるなんて手段は取り得ないはずだ」

「そうか……だったら、それをちゃんと説明すれば!」

「ああ。芹香は救出の手を、拒みはしないだろう」

「よかった…」


 武士は安堵する反面、そうだったのなら、あの時に芹香を無理やりにでも引き止めておくべきだったと後悔する。

そんな武士の気持ちを察したように、直也は言葉を続けた。


「もっと早く、この話を芹香にしておくべきだった。俺のミスだな」


 直也は独り言のように呟く。


「誰のミスとか言ってる場合じゃねえ」


 ハジメはそう言って、直也の落ち込みをバッサリ切り捨てる。


「問題は灰島の目的だ。奴が自力で芹香の素性を調べ上げたって線は考えられるか? 要は、今回の件は息子の方の灰島の独断で、政治的裏はないという可能性だ」

「その可能性はない」


 直也は断言する。


「芹香・シュバルツェンベックの戸籍の偽装は完璧だった。一介の高校生が調べて辿り着けるはずがない。芹香を調べようと思ったのが灰島個人だったとしても、必ず国会議員である父親の力を使ったはずだ。そして、今のタイミングで灰島の父親が芹香の存在を知ったのなら……いや、何も知ったのは今でなくてもいい。このタイミングで彼が動き出したというのなら、その目的はひとつだ」

「鬼島総理大臣の追い落とし……」


 葵が呟く。

 直也は頷いた。


「灰島議員と鬼島は同じ民自党員だが、今の二人は政敵だ。スキャンダルとして芹香が利用されるだけならまだいいが、芹香が灰島議員への協力を拒んだ場合、単純な人質として扱われる可能性もありえる」

「人質って、どういう…」


 武士は息を飲む。


「そのままの意味さ。内閣総辞職しろ。でなければ、娘の命はないとね。表沙汰にできない存在の娘だ。警察には言えないだろう。もっともそんな脅しが、奴に通じると思わないが」

「そんな」

「この世界では、まあ、ある話だ」

「そんなやり方…」


 武士はギリッと拳を握る。

 その横でハジメが口を開いた。


「ジジイは……御堂組は、そんなやり方しねえぞ」

「わかってる。さっきは言い過ぎた」


 自分を睨みつけるハジメの顔を見て、直也は答える。


「確かにこんな露骨なやり方。あの老人はしないだろう。おそらく灰島議員の独断だ。あの男は、自分が内閣の閣僚になるためには手段を選ばないだろう。ただ、決してその情報網は広くないはずだ。誰か入れ知恵した奴がいるな……」


 考え込む直也に、武士が問いかける。


「ねえ、もし芹香ちゃんが人質として使われて、それを鬼島総理が拒絶したら、どうなるの……」

「……わからない。わからないから、危険だ」


 直也がギリッと歯を食いしばる音が聞こえるような気がした。


「御堂組の力を使おう」


 ハジメが宣言する。


「あのジジイがこんなやり方、認めるはずがない。なんとか連絡をとって、灰島に圧力を掛ける」

「やめろ」


 今にも携帯電話を取り出そうとしていたハジメを、直也が制する。


「なんでだ。灰島は旧清心会系の議員なんだろう? 御堂組の影響下にあるはずだ」

「だからこそだ。今、反鬼島の勢力は纏まってなければならない。灰島のやっていることは非道なやり方だが、鬼島を倒す為にやっていることだ。ここで御堂組が組織としてそれを止めたら、無用な反発を招きかねない」

「……だったら、どうするんだ」

「もっと、シンプルに考えよう。俺たちは誰だ?」

「は?」


 直也の唐突な質問に、ハジメは首を傾げる。


「俺たちは、高校生だ。そして田中に御堂に葵さんは、芹香のクラスメイトだ」

「だから、なんだよ」

「そうだな。田中は芹香を好きってことにしよう」

「え? な、なんですか?」

 脈絡のないようなことを言う直也に、武士は戸惑う。

その横では、葵がムッとした顔をしていた。


「好きな女の子が、クラスメイトの別の男子に無理矢理連れて行かれた。田中は友達や先輩に相談して、殴り込みに行くんだ。恋愛関係のもつれとしてね」

「……なるほどね。それなら、ただの子どもの喧嘩ってことになる。御堂組への旧清心会系の風当たりも多少は弱められるってわけか」


 ハジメが納得したように頷く。

 その時、葵の携帯電話が鳴った。葵は着信の番号を確認すると、通話ボタンを押した。


「翠姉、連れて行かれた場所を特定できた? ……うん、うん……」


 葵は何か書くものを、というゼスチャーをする。

直也が手近の机の上にあったメモとペンを渡すと、葵は翠から伝えられる場所をメモしていく。


「よし。九龍の言った作戦でいこう。武士もそれでいいな」


 ハジメの言葉に、武士は頷く。


「灰島個人でなく裏が絡んでるということなら、セキュリティの人間が当然いるだろうな。武士、正直俺はお前を連れて行きたくはねーんだけど……」

「何を言ってるんだ、ハジメ!僕は何のためにこの一週間、訓練してきたんだよ!」


 ハジメの心配する言葉に、武士は逆に怒りをもって答えた。


「それに芹香ちゃんは、僕に相談してくれたんだ。僕が行かないわけにいくか!」

「お前なら絶対、そういうと思ったよ」


 ハジメはニヤリと笑う。

 直也は生徒会室のロッカーから、剣道具の袋に入った細長い棒状のものを取り出した。


「御堂、武器はあるか」


 直也は振り返らずに問いかける。


「銃はいつでも持ってっけど……さすがに子どもの喧嘩って建前で使ったらマズイか。ま、普通のセキュリティ・サービスが相手なら、俺は素手でもいけるぜ」

「なら、銃はここに置いていけ。状況次第だが、あえて警察を呼ぶという選択肢を取る可能性もある」


 直也の言葉に、ハジメは顔をしかめる。


「……テメエに銃を預けろってのか」

「不安なら、行く途中の駅のロッカーにでも預けていけばいい」

「そうさせてもらうよ。テメエこそ、それ真剣じゃねえだろうな」


 ハジメは、直也の取り出した棒状のものを指差す。

外見は、竹刀や木刀を持ち運びするための袋だった。


「そんな馬鹿なことはしないさ。木刀だよ。ほら、田中」


 そう言うと、直也は武士に二本取り出したうちの一本を武士に渡す。

武士は受け取るが、複雑な表情を浮かべた。


「これで、誰かを倒すんですか…」

「灰島家のセキュリティーは、俺たちで何とかする。君の相手は灰島だよ。建前的にはね」

「でも、木刀で殴るなんて…」

「灰島義和は柔道の全国大会優勝者だ。手ごわいよ。まあ剣道三倍段というからね。それがあれば、田中でも勝てるかもしれない」


 直也はそう言ったが、聞いていたハジメは、武士には木刀で人を殴るなんてできないだろうなと思っていた。


「まあ、深く考えんな。武士」


 ハジメは明るい声を出す。


「始めっからバトル展開にする気はねーよ。こっそり忍び込んで、芹香を奪還、脱出、以上でオシマイ! 理想はそれでいくからよ」

「…うん」


 武士は木刀を握り締めながら、頷いた。


「ああそうだ。九龍。最後にひとつ」

「なんだ」


 ハジメが生徒会室を出る準備をしていた直也に問いかける。


「お前、俺たちがここに来たとき、もう灰島が芹香を連れてったことを知ってたな」


 視線を一瞬、備え付けられているパソコンに移して、ハジメは問う。


「どこから知った?誰から知った?」

「……」


 直也はしばらく無言だったが、やがて口を開く。


「前にも話したが、俺にも他に協力者がいる。そこからだよ」

「そこからって、そいつはどうやって情報を……」


 更に問い詰めようとするハジメだったが、電話を切った葵がそれを遮った。


「場所がわかった」


 葵はメモを見ながら話す。


「新宿の、少し外れたところの無人ビルみたい。学校を出たらすぐに、迎えの車が来たそうよ」

「翠さん、車を追ったのか。すごいな……」


 武士が感嘆の声を漏らす。


「やはり、組織的な動きか」


 直也は厳しい声で呟いた。


「自宅に連れて行かなかったということは、やはり何か企んでいるな」


 そう言うと直也は。葵の手からメモを受け取る。


「近くまではタクシーで行こう。翠さんは?」

「ビルの前で張ってるって」


 問いかけに葵は短く答える。


「よし、じゃあ急ごう」


 ガラリと生徒会室のドアを開け、直也は走り出した。

続けて葵と、武士が遅れて駆け出す。

最後に残ったハジメは、直也が触っていたパソコンを一瞥したが、すぐに後を追って走り出した。



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