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「予言された未来を超えて」

 CACC、旧華那共和国の奥地。

 表向きの軍データベースに記載されず、その存在を秘匿された極秘基地が三ヶ所、存在した。

 

 その地下には核弾頭搭載のICBM(大陸間弾道ミサイル)と発射台が。

 そして、CACCの技術の粋を集めた最新式のABM(弾道弾迎撃ミサイル)がそれぞれ装備されていた。


 ICBMについては他の基地と同様のシステムだったが、ABMについては全世界においてもトップクラスの防御能力を誇る新型防衛システムだ。

 そこには主に米軍基地を狙うICBMが存在しており、CACCの軍事戦略における切り札となっていた。


 数十分前、突如起動した太歳星君システム。

 秘匿された三ヶ所を含む計十九ヶ所のミサイル基地から、928発の核弾頭を一斉に発射する究極の報復システムだ。

 それが、他国の攻撃を受けたわけでも評議会の命令があった訳でもないのに、突如起動。

 当該基地のICBMが連動して発射シークエンスをスタートさせ、それぞれの基地は司令部を含めて大混乱に陥った。

 太歳星君システムの停止キーは、評議会しか有していない。

 だが、その評議会との通信システムは途絶しており、電話ですら連絡が取れない状態となっていた。


『一体何が起こっている!?』


 隠された基地のひとつで。

 基地司令もまったく状況を把握できない中、監視衛星からCPGS・通常型即応グローバルストライクが発射されたと情報が入った。

 極超音速の先制攻撃兵器。目標は当然、ICBM発射施設の破壊だ。


 基地司令は焦ったが、生き残っている監視衛星とのデータリンクから、自分達の基地はCPGSに狙われていないことが判明する。

 他の十六の基地はターゲッティングされていることから、秘匿された三ヶ所については米軍が座標データを取得できなかったのだろう。

 仮に狙われたとしても、新型ABMは突破できないはずだった。


 非常識な報告が入ったのは、とりあえず安堵した基地司令が、部下に評議会との通信回復を重ねて指示しようとしたその時だった。


『超高速飛翔体、当基地に向けて接近中!』

『なんだと? ここにCPGSは撃たれていないのではなかったのか』

『それが……CPGSよりも高速です! 発射地点は日本、東京と推測されます!!』

『馬鹿な!?』


 日本が米軍を超える極超音速兵器を開発していたなどと、聞いたことも無い。

 まして、その発射基地が首都東京に存在するなど、有り得るはずがなかった。


(ええい……我が軍の情報部は、<麒麟>は何をやっていた!? あいつは!)


 基地司令は顔見知りの情報部トップを思い出すが、そんな埒もないことを考えている暇はなかった。

 この場を預かる最高責任者として、太歳星君はともかくこの基地をむざむざと日本の兵器に撃たせる訳にはいかなかった。


『ABM起動、迎撃せよ!』

『それが、システムがハッキングを受けて……いや、そんなことより、これは……』

『ハッキングだと? どういうことだ!』

『司令ダメです! どちらにせよ間に合いません! 着弾まであと十秒!!』

『なんだと!?』


 衛星監視システムによる飛翔体の発見から、着弾までが早すぎる。

 そのような速度、米軍はおろか人類の科学力で可能であるはずがない。


『……総員、衝撃に備えろ!』


 辛うじて叫ぶ司令官。

 地下深くのICBM発射施設に隣接した司令部は、シェルターによって守られている。

 だが司令官は脳裏で、そのような超速兵器を撃ち込まれては、運動エネルギーだけでもシェルターが耐えられる筈がないと確信していた。


 ズズン……! と響く衝撃。

 しかしその破壊規模は、基地司令の想像を遥かに下回るものだった。


『……どういうこと、だ?』

『報告します! 我が基地の損害は軽微! 直上で飛翔体は急激に減速を……こ、これは!?』


 オペレーターが困惑の声を上げた時、司令部の天井にヒビが入り、一部が崩落した。

 そして、司令室に蒼い風が吹き荒ぶ。


『なんだっ……!?』


 爆発を想像して物陰に身を潜める者、床に伏せる者たちの中で、崩落した天井から降り立ったのは誰も想像しえないものだった。


「どわあ!?」

「きゃん! 痛った~い。武ちん乱暴! もうちょっと優しく降りれないの?」

「無茶言わないでよ翠さん! よく分からないけど、マッハ30とか40とか、とにかくすごい速さなんだから!」


 べちゃっと落ちてきたのはライフルを背負った年若い男。

 その上に尻もちをついて落ちてきたのは、ゴスロリ少女。

 そして数人の若い男女だった。


『……は……?』


 呆気に取られる基地司令。

 未知の超兵器で爆殺されると思っていたら、落ちてきてたのは年端もいかない子どもと小娘達だったのだ。即座に状況を理解できる方がおかしい。


『き、貴様ら、一体、何……』

「わ、華那国語。てか当たり前か。ホントに一瞬でCACC来たねえ。お姉さんビックリ」

「おい翠、いつまで上に乗ってんだ!? 早くそのケツどけろ!」

『日本語か? 日本人か貴様ら!?』

「ほらハジメ、通訳通訳」

「できるか! テメエ、分かってて言ってんだろ?」


 きゃんきゃんと場違いな声を上げる男女に戸惑うが、司令官はなんとか理性を総動員させる。

 そして日本から飛来した飛翔体から日本人が現れ、その内の数人はライフルや刀で武装していることから、これを「敵襲」だと判断した。


『守備隊を呼べ! 急げ!』


 華那国語で叫びながら、同時に自分も銃を抜く。

 そして不審過ぎる闖入者たちに銃口を向けようとしたその瞬間。

 紅い閃光が走った。


『うおっ……!』


 手にしていた銃が一瞬で溶解する。

 いつの間にか、紅い杖を構えた女が目の前に立っていた。


『……紅華? お前、麒麟の紅華か!?』

『ご無沙汰しております、劉大人。やはり貴方がこの基地の司令官でしたか』


 紅華は浮かない顔で、しかしその瞳には決意を持って、基地司令を見つめた。


「どうした紅華?」

「いや、古い見知った顔だ。ここは作戦通り、私に任せてもらおう」


 直也の問いかけに、紅華は司令から視線を外さないまま答える。


「知り合いだと? 紅華、お前まさか……」

「先輩」


 麒麟に所属していた紅華がもしや裏切るかと、不穏な声を上げた直也だったが、武士が柔らかい声でそれを制した。


「……だな、ここまできて疑うのは愚の骨頂か」


 直也は肩を竦めると、くるりと背を向けた。


「時間がないな。武士、要領は分かった。基地の一つは俺一人で潰せる。先に行っているよ」

「え? ちょっと九龍先ぱ」


 直也の背中に、黒翼が生える。


『なあっ!? なんだ!?』

『ち……鳥人か?』


 唐突に起きた超常現象に、驚愕するCACCの基地司令と兵士達。

 それを尻目に、直也はふわりと宙に浮いた。 


「御堂のお兄さん、ナビゲーションだけお願いします」


(待て、九龍、いくらなんでも、お前一人で)


 武士を中継した念話により、直也は継に告げる。

 そして継の制止も聞かず、天井に空いた大穴から直也は飛翔していった。


(おい、武士君……)


「大丈夫です継さん。白霊刃の示す未来に変化はありません。先輩のナビをお願いします」


 直也の突然の行動に驚いた武士だったが、未来予知に変化がないことから、直也の要求通り継にフォローを依頼した。


「要領は分かったって……九龍の奴、本当に人間かよ? 実は異世界人だって言われても俺は信じるぞ」


 一時メフィストに乗っ取られ、魔力を行使した経験から、直也は魂の力の使い方を深く理解した。

 そして、武士と同等に近いレベルでその力を引きだし、黒壊刃を操っているのだ。


「ま、九龍ちゃんが人間離れしてるのは今に始まったことじゃないから……」


 しかしその異常さに、翠も引き気味に嘆息を漏らす。


「……いつまで無駄口を叩いている。時間がないのではなかったか?」

「おっと、そうだった」

「そうねん。あたしらもやる事やんないと」


 切れかけている紅華の言葉に、ハジメはライフルを構え直し、翠は腰から碧双刃を引き抜いた。


「ここは俺達に任せろ。武士と葵は、残りのひとつを」

「わかった。気をつけてね、ハジメ」

「翠姉も」

「わーかってるって。葵ちゃん達もねん」


 武士と葵は頷く。

 そして武士は葵の肩を抱き、その背に蒼い翼を出現させた。


『……!!』

『……!!!!』


 もはや言葉も出ないCACCの兵士達。


「……紅華さん」

「早く行け、<偽りの英雄>。……いや、田中武士」

「はい。なるべく、たくさんの人を救いましょう」


 攫われてきた国とはいえ、CACCは紅華が長い間過ごした国だ。

 その国の施設を攻撃することに、複雑な感情があるのは当然のことだろう。

 しかし、今それを話してもなんにもならない。

 武士は多くの想いを短い言葉に託すと、葵を抱えて天井の穴から飛翔していった。


『……う、撃てぇ!!』


 ガガガガガガガガガガ!!


 我に返った基地司令が、到着していた基地の守備兵に向かって叫ぶ。

 あっけにとられていた兵士達がその声で意識を取り戻し、紅華と翠、ハジメに向かって集中砲火を浴びせた。


 もうもうと煙が立ち込める。

 鉛が溶ける不快な匂いが広がっていく。


『くっ……炎盾か。紅華よ、裏切ったのか!』


 紅華を知っていた基地司令官が叫んだ。


『裏切ったのではありません。CACCを含むこの世界を救う為です。劉司令、十九のミサイル基地すべてに退去命令を出して下さい。今から十分以内に、米軍の極超音速兵器と九色刃の力が、この国のICBMをすべて破壊します』


  ***


 ハジメと翠は、炎盾が弾幕を防いだ煙に紛れ、司令室を脱出していた。

 武士を中継した念話により、継が黄雷槍の力でハッキングした基地の内面図を頼りにミサイル発射施設へと向かう。


「しっかし、武士はどこまでいっても武士だな。あと十分しかねえってのに……よ!!」


 ガガガガガ!!


 ハジメのライフルが連射され、通路の影から狙っていた守備兵たちを牽制した。


「仕方ないっしょ。核ミサイル止める為なら、基地の軍人くらい犠牲はしょうがないって思えるほど……檜の棒ッ!!×12!!」


 翠が放り投げた木片から、砲弾のように木棒が乱れ伸びる。

 挟み撃ちを狙って兵士が集まってきた反対側の通路を、樹木でできた壁が一瞬で封鎖した。


「……そう思えるほど、武ちんが普通だったら。葵ちゃんはあんなに惚れてないよ」

「ったく。苦労すんな俺達」

「これからも、ずっとねん」


(……イチャついている、暇があったら、とっとと、突入しろ)


 継の呆れた念話が、二人を誘導した。


  ***


 武士たちが最初にここへ突入したのは、この基地の司令官が他の基地と比べてもっとも階級の高い将校だったからだ。


 武士は、米軍の先制攻撃兵器が十六の基地に向かって飛翔していることを危惧していた。

 もちろん、どんなに武士や直也が超常能力を持っていたとしても、計928発のミサイルすべてを十分で潰すことは不可能だ。

 だから、その大半を通常兵器で破壊するのはやむを得ないことだ。

 しかし、その攻撃で軍人とはいえ多くの人命が犠牲になることを、武士は許容できなかった。


 紅華は劉に杖を突きつけ、華那国語で要求する。


『劉司令。評議会との連絡は取れないのでしょう? 緊急時の軍統制は、あなたに権限があるはず。今すぐ全ての基地に、退避命令を』


 朱焔杖の力を知る劉なら、紅華の意志ひとつでその身が黒焦げになることが分かるはずだった。


『……紅華。お前のような一兵卒にそんな命令をされる謂れは無い。呉はどうした? あの男と一緒に日本に行っていたのではなかったか?』


 冷や汗をかきながら、劉は問い返し反撃の隙を伺う。


『呉大人は、CACCと麒麟を見捨てました。紫界刃転輪の力で飛鴻とともに姿を消したのです』

『なんだと……?』


 呉と古い友人だった劉は、小さくない驚きに目を見開く。

 紅華はなおも言葉を重ねる。


『劉司令。細かい説明は省きますが、太歳星君システムの起動はテロによる物です。それを知ったうえで、呉大人はCACCと米軍が相打ちになるなら、それでよいと言いました』

『……あいつめ』

『あの人は、呉大人は己の野心に支配されています。麒麟もこの国も、あの人の野望の為の踏み石に過ぎない。私の弟は、大人のことをそう評していました』

『灯太か。……まあ、坊主の言う通りだろうな』


 劉と紅華の間に、短い沈黙が流れる。

 先に口を開いたのは劉だった。


『いいだろう。米軍のCPGSについては、こちらも確認している。私の権限で、一斉退避の指示を出そう』

『ありがとうございます、劉司令』


 紅華は、僅かにだが微笑んだ。

 この国で、灯太以外に見せた初めての微笑みかもしれなかった。


  ***


「行けっ……黒壊刃!!」


 飛翔する直也の気合いと共に、黒曜の刃が降り注いだ。

 迎撃に出てきた基地のヘリや車両を、次々と撃ち抜き行動不能にしていく。

 その狙いは適確で、搭乗していたCACCの兵士達が脱出する時間を与えた上での、破壊行動だった。


(真下だ、九龍。もうすぐ、ゲートが開いて、地下の発射台が姿を見せる)

「了解だ。弾頭は傷つけずに、ミサイル本体だけを破壊する」

(液体燃料に、火が回ったら、面倒。破壊する場所は、ここ)


 念話で直也に指示を出す継。

 武士を通し、立体図面のイメージすら瞬時に伝達できる能力は脅威的だった。


「ずいぶん、ピンポイントだな」

(この部分以外、破壊すると、最悪、核弾頭が、深刻なダメージを負う。難しい?)

「いいや、俺と黒壊刃には容易いよ。心配なのは御堂達と武士達だ」


 液体燃料満載のミサイルを、弾頭にダメージを与えず破壊することを容易いと豪語する直也。

 黒壊刃の超常能力を持つとはいえ、たった一人で基地一つの戦力をまるごと無力化させた直也の戦闘能力を目の当たりにした継には、彼の言葉が真実だろうと分かった。


「……それに」

(それに?)

「問題はCPGSで破壊される核ミサイルだ。いくら基地から退避するとはいえ、かなりの人的被害が出るだろうね」


 直也の呟きは、念話を中継している武士の魂にももちろん響いていた。


  ***


「……武士、多くを望み過ぎないで。私たちは、できることを懸命にやるだけだよ」

「葵ちゃん……うん。そうだね。『できること』を精一杯やろう」


 蒼い風を纏い飛翔しながら、武士と葵は話す。

 二人の心は、深くリンクしている。

 葵には、武士が考えていることがよく分かった。

 強大な力を手に入れてしまった武士。

 そんな力があれば、武士はすべてを救おうとしてしまうだろう。

 できなければ、それは自分のせいだと己を責めるだろう。

 誰に何を言われようと。

 しかし、それでも葵は言わずにはいれなかった。


 基地の上空を旋回していた、武士達への攻撃が止む。

 紅華の説得が成功し、基地からの退去命令が届いたのだ。


 武士たちは、基地から脱出していく車列と、轟音をあげて発射口が開き姿を見せる核ミサイル群を見下ろす。

 残り時間はあと僅かだ。


「いくよ……葵ちゃん」

「うん」


 武士は葵の肩から手を放し、魂の力の一部を逆流させる。

 葵の背中に、武士と同じ蒼光の翼が羽ばたいた。


「霊波!」

「天刃!」


 二人の手から出現する、蒼く輝く光の剣

 そして、それぞれ核ミサイル群へと向けて滑降する。

 ミサイルの林を縫うように翔び回る、二羽の青き鳥。


「いっけえええええ!!!」

「おおおおおおおお!!!」


 二振りの霊波天刃から、蒼の斬撃が乱れ飛ぶ。

 望んだものだけを斬り裂く魂の霊刀は、核弾頭に一切の影響を与えることなくミサイル群を破壊していった。


  ***


「かませええええ!! 碧双刃!!」


 地下のミサイル施設に、周囲のコンクリート壁を食い破って、大量の樹の根が入り込んできた。

 ミサイル群とその発射台に次々と巻き付いて、発射不能の状態に追い込んでいく。


「よし……いいぞ、翠! 成功だ!」


 コントロールルームでモニターを見ていたハジメは、すべてのミサイルに「飛翔不可」の文字が表示されたことを確認し、発射施設の中心で碧双刃に力を送っていた翠に向かって叫んだ。


 自然の豊かな深い山間の地下に基地が建設されていたことが幸いし、ミサイル発射基地は森の樹々に飲み込まれる形で機能を停止する。


「はあ、はあ……どうよ九龍ちゃん! ぶっ壊すだけが、能じゃないんだからね!」


 九色刃使いの先輩として、直也に不安がられていた事にプライドを傷つけられていた翠は、念話の向こうの直也に向かって叫んだ。


(こちらも成功した。翠さん、流石だ)

「ふふん。殊勝な九龍ちゃん、悪くないよん」


 念話で会話している二人に、翠に歩み寄ってきたハジメが眉をひそめる。


「なんだよ念話してんのか。けっ。俺だけ仲間外れか」

「おっ、ハジメなに? 妬いてるの? ねえねえ妬いてるの?」

「妬いてねえ! それよりどうなんだよ、武士と九龍の方は成功したのか?」

「九龍ちゃんの方は成功だって」


 そこに、劉との交渉を終えた紅華が駆けてきた。


「田中武士の方も問題ない。基地の無力化に成功したそうだ……が」


 作戦の成功を告げた紅華が、その割に複雑な表情を浮かべる。


「えっ? ちょ、マジ? 葵ちゃん!?」


 念話をしていた翠が突然、狼狽する。


「なんだどうした、なにがあった?」


 一人念話に参加できないハジメが、状況を理解できず翠の肩を掴んだ。


 米軍が攻撃できない三つの基地は無力化した。

 残る十六の基地にも、まもなく極超音速兵器CPGSが着弾し、すべての核ミサイルは破壊されるだろう。

 基地には劉により退避命令が出され、人的被害もできる限り抑えられるはずだ。もう問題は残されていないはずだった。


「ハジメ、武ちんが……」

「武士がどうした!?」


 友の身に何かあったのかと、ハジメが色めきだった時。

 衝撃とともに天井が崩され、蒼い翼を羽ばたかせた葵が舞い降りてきた。


「なあっ!?、あ、葵? お前も九龍たちの仲間入りかよ!?」

「……紅華!」


 目を白黒させているハジメに説明している時間はないと、葵は紅華に駆け寄る。

 念話により、紅華に意図は既に伝えてあった。


「分かってるね、紅華。私と来て」

「お前は本当にそれでいいのか? 命蒼刃の管理者」


 紅華の問いに、葵は答えに詰まる。


「これでもし失敗すれば、田中武士は世界を滅ぼす大罪人となるんだぞ」

「……」

「おい葵! 説明しろ何の話だ!」


 看過できない話の流れに、ハジメが叫ぶ。

 その腕を翠が掴んだ。


「ハジメ」

「翠、武士が大罪人ってどういうことだ」

「残り十六の基地への、米軍のミサイル攻撃。これで核ミサイルは全部壊されるよね」

「そうだよ、それがなんの――」

「うちらがやったみたいに、核弾頭へのダメージゼロなんてありえない。基地周辺は間違いなく、核物質に汚染される。人への被害も、無視できない」

「そっ、それはしょうがねえだろ。いくらなんでも犠牲ゼロになんて――」

「さっき話したよね。それを望むから、武ちんなんだよ」


 ハジメは絶句する。

 武士の覚悟に。


「紅華、私もこんなこと止めさせたい」


 葵は俯き語る。


「だけど……それができる人じゃないんだ、武士は。だから力を貸す。絶対に失敗させない」

「甘いな」

「わかってる」

「けどその甘さがあれば。私は日本を恨まなくて済むのかな」


 紅華はそう言って、再び笑った。


  ***


「……無茶だ、武士!」


 日本に残り、黄雷槍の力で電脳世界にダイブしている継が叫ぶ。

 その横で、柏原も必死でノートパソコンを叩き、ささやかながら継のサポートをしていた。


「継君、CPGS着弾まで、あと三分です!」

「くっ……、サテライトリンク、接続! 全世界の監視衛星、情報全部、こっちに寄越せ!!」

「りょ、了解!」


 今の継は、電脳世界の王だ。

 物理的に断絶された太歳星君システムを除いて、世界中のネットワークに接続し、支配している。

 膨大なデータ量を世界中のスパコンで並列演算し、解析することもできる。

 その継をもってしても、武士の要求を叶えることは至難の業だった。

 むしろ成功しない方がいい。

 そうすれば、世界中を脅かす危険な賭けをすることもなくなる。

 継は確かにそう考える。しかし。


「継、武士君に聞くのだ。白霊刃の予言は何と言っている?」


 状況を把握している征次郎が、問い質した。

 九色を統べる者が望む未来が、白霊刃の予知と一致するのならば問題はない。

 だが、もしそうでないのならば。


「……予言の未来に、武士の選択は、存在しない」

「ならば止めろ、継!」


 継の答えを聞いて、征次郎は即座に叫んだ。

 太歳星君は止められる。

 ここまで充分だ。これ以上、望み過ぎてはいけない。


「もうメフィストによる予知妨害は存在しない。ならば白霊刃の予言は絶対なのだ。継、今すぐ武士君の暴挙を止めるのだ!」

「……」


 継は答えず、武士の要求したデータを収集し、解析し、念話で送る。


「継!」

「……御堂老、やらせてみてはいかがか?」


 意外な人物が、声を荒げる征次郎を制した。

 鬼島だった。


「ここまで来れたのは、武士君のお蔭なのだ。彼が望むのであれば」

「何を言う! それが日本国民一億の命を預かる首相の言葉か!?」

「J-アラートを作動させる。日本国中のJ-ABMもスタンバイしている。彼が失敗した場合には、フォローさせてもらおう」

「防ぎきれるわけがなかろう! 何発のミサイルが狙っていると思っている?」

「52発だ」


 冷静に鬼島は答える。


「我々を舐めないで頂こうか、御堂老。私がかつて国防軍総司令の地位につき、そして首相の座についた今まで。最も注力していたことは弾道弾迎撃ミサイルのシステム構築だ。敵国のICBMが狙いを定めている状況で、国防費削減などと寝惚けた事を抜かしていた政権と一緒にしないでもらいたい。メフィストはまだ未完成などとほざいていたが、冗談ではない。すべて叩き落としてみせよう」


 自信に満ちた声で宣言する鬼島。

 それでも、賭けの対象になるのは多くの国民の命なのだ。

 征次郎がなおも制止しようと口を開いた時。


「――武士、データを送るっ……やってみせろ!」

「待つのだ、継!」


 継の念話により、膨大な計算のもと弾きだされたデータが武士に送られた。

 それは三種類のデータ。


 残り十六の基地を最短で回るルート。

 その基地を狙うCPGSの弾道計算。

 そして、発射されてしまった場合の全核ミサイルの弾道計算。


  ***


(――弾道、転送しますっ! お願いします紅華さん! 先輩!)


 黒翼で飛翔する直也。

 蒼翼の葵に支えられ、飛翔する紅華。

 二人に、武士の魂の力とともに膨大なデータが送りこまれた。


「まかせろ田中武士。ここも私が育った国だ……守ってみせる!」


 紅華が朱焔杖の仕込み杖を引き抜き、真の力が解放された。


「『目的の為なら人を殺しても構わないなんてやり方、俺は絶対に認めない』……、か」


 直也は、初めて武士に出会った時に自分が口にした言葉を思い出す。


「自分の言葉には、責任を持たないとな」


 黒壊刃の欠片たちが、直也の周囲に浮遊する。

 そして。


(葵ちゃん!)

(うん、武士! ……ダブル・ブースト!!)


 直也と紅華に、管理者である武士と葵の魂の力が増幅されて送り込まれる。

 その力は、この世のすべてを守ろうとする意志の力。


「――吠えろ朱焔杖!! 叩き落とせ!!」

「――行けっ黒壊刃!! すべて撃ち落とせ!!」


 紅華から真紅の熱線が、直也から漆黒の刃が、無数に放たれた。


 極超音速兵器、CPGS通常型即応グローバルストライク。

 残り二分足らずで発射される十六の核ミサイル基地を破壊するはずだった先制攻撃兵器は、すべて上空で迎撃され消滅した。


  ***


「おおおおおっ!!」


 CACCの住人たちは後に証言する。その日、青い霊鳥が国の上空を駆け巡ったことを。


「霊波天翔刃!! いけええええ!!」


 蒼き翼が羽ばたき、基地を包み込んだ。

 霊波の翼は刃となり、人の悪意のみを刈りとっていく。

 人が生みだした、滅亡を齎す悪魔の火を産む呪われた兵器を、次々と消滅させていく。

 蒼光に包まれた基地は、存在するすべての兵器を無力化されていった。


(これで九ヶ所……残り七つ!)


 武士は翔ける。

 白霊刃が武士に見せた未来。

 それはCPGSに核ミサイルを破壊されたCACCが、汚染された国土を抱えて大きく国力を落とし、人民たちが長く苦しむ未来だった。

 汚染された土地にそれでも住むしかない人々がいた。

 後に命を落とすことになる多くの人々がいた。

 その世界は、白霊刃が予言した絶対の未来。


(超えてみせる……!)


 また一つ基地を潰す。

 残り六つ。ミサイル発射まで16秒。


(未来は決まってない! 変えられる! 変えられなきゃいけないんだ!)


 残り五つ。ミサイル発射まで8秒。


(――葵ちゃん!!)

(武士ぃぃ!!!)


 魂の力に限界はない。

 葵の祈りが、ブーストを越えた魂の力を武士に注ぎ込む!


(残り四つ……三つ!!)


 残り2秒。


(あと……ふたつ!)


 ゼロ。


 間に合わなかった二か所の基地から、核ミサイルが発射された。

 その数は44発。


「先輩ッ!! 紅華さんッッ!!」


  ***


(御堂継! カウントダウンを!!)

(了解だ紅華! 九龍も準備は!?)

(問題ない!)


 紅華と、継と、直也が、武士を介してリンクする。


(葵ちゃんっ! もう一度!!)

(ダブルブーストッ!!)


 再び、紅華と直也に無限の力が注がれる。


(3……2……1……今っ!!)


「朱焔杖!!」


 今度の真紅の閃光は、空に向けて放たれた。

 弾道コースを描いて飛翔するミサイルを、そのもっとも高高度の段階で撃ち落とす。

 核爆発の被害を地表から遠ざける為だ。


(3……2……1……撃て!)


「黒壊刃!!」


 次は黒の閃光が放たれる。

 世界各地へと発射された44発の核弾頭ミサイル。

 継のナビゲートにより、紅華と直也が次々と大気圏外で撃ち落としていく。

 しかし。


(ダメだ……数が、多すぎる!!)


 膨大な計算を並行して行っていた継が、思念で悲鳴を上げる。

 それでも目標の座標データとトリガータイミングを二人に送り続けるが、このペースではすべてのミサイル爆破は不可能だとするシミュレーション結果が、弾き出されていた。


(継さん! 遠くを狙ったミサイルを優先して!)


 武士は高速で飛翔しながら念話を飛ばす。


(武士! どうするつもり!?)

(一番近いやつは僕が止める! どこ!?)

(……日本だ! 日本を狙っているのが3発!)

(!! ……わかった! 継さん、鬼島首相にも!)

(了解!)


  ***


 柏原のパソコンに、継のメッセージが表示される。

 もはや継にとって、口で指示するよりも早かった。


「鬼島首相っ! 武士君からです! 日本を狙って3基、来ていますっ!!」

「了解だ。データは指示したサーバへ送れ」


 柏原の叫びに、鬼島は冷静に答えた。

 そして通話状態のままにしていた携帯で、国防軍司令部へ指示を出す。


「J-アラート発動、J-ABM起動。絶対に落とせっ!」


  ***


「燃やせ!」

「撃ち落とせ!」


 世界各地を狙った核ミサイルは、紅華と直也により次々と撃ち落とされていく。

 しかし、彼らの故郷を狙う破滅の火は後回しだ。

 必ず守られると信じて、二人は狙撃を続ける。


  ***


「お兄ちゃん……武士君……みんな……」


 芹香は祈る。

 祈ることしかできない。


「芹香」

「灯太君」


 跪いて祈っている芹香に、灯太が声をかけた。


「灯太君、みんな大丈夫だよね。絶対に大丈夫だよね?」


 涙声で問いかける芹香。

 対する灯太の答えは、そっけないものだった。


「分かるわけないよ」

「そんな!」


 芹香は悲鳴に近い声を上げる。


「甘いよね、芹香のクラスメート。CACCのごく一部の人間を守る為に、予言に背く行動してさ。その結果、ここにも核ミサイルが飛んできてるらしいよ」

「……!」

「慌てて彼も、こっちに飛んできてるみたいだけど。間に合うのかな? このままだと、芹香も僕たちも死んじゃうかもね」

「……そう、なんだ。ははっ。武士君らしいや」

「何が可笑しいんだ?」


 笑う芹香に、横で話を聞いていた神楽が口を挟んだ。


「すべてを救うなんて欲をかいて、結局、一番身近な人間を危機に晒しているんだぞ、<偽りの英雄>は。それの何が可笑しいんだ?」

「神楽君?」

「あいつは愚かだ。予言の未来に逆らってすべてを失うんだ」

「……うん、そうだね。神楽君と一緒だね」

「はあ!?」


 芹香の言葉に、神楽は呆れた声を出す。


「どこがだよ!?」

「神楽君、確か前に言ってたよね? 自分で考えることを放棄して、予言に従うだけなんて愚かだって」

「……!」


 かつての自分の言葉に刺され、神楽は反論できない。


「武士君は未来を知る力を手に入れて、それでも自分で考えて行動してるってことでしょ? その結果だったら……うん。私はどんな結果でも納得できるかな」

「……ふん。その結果死ぬことになる人間には、納得なんてできるはずないね」

「あはは。神楽、お前の負けだよ」


 灯太が笑う。


「ありがとう芹香」

「えっ?」

「ボクもなんだか吹っ切れた。あのバカ姉貴も……それに葵姉ちゃんたちも、田中武士に協力してるしね。姉ちゃん達の決めたことなら、ボクも納得だよ」

「……ふん」


 神楽は背を向けて視線を逸らす。

 その背に向かって、灯太は声をかけた。


「だから姉ちゃんたちを信じようぜ、神楽」

「うるせえ。好きにしろ」


 灯太と神楽。

 その時の二人は、年相応の兄弟そのものだった。

 芹香は二人を見て、自分の中の恐怖心が薄れていくのを感じた。


  ***


 柏原のモニターに、国防軍による迎撃ミサイルの結果が表示される。


「2基撃墜! 残り1基……失敗ですっ」

「くっ!」

「最後の1基……落下地点は、東京です!!」


 悲鳴のような柏原の報告に歯を食いしばった鬼島は、黄雷槍の雷に身を包んでいる継を見る。

 視線を受けて、継は頷いた。


(――武士!)


  ***


「――これでっ」

「最後っ!!」


 赤と黒の閃光が、地平線の彼方に消えようとする核ミサイルを同時に爆破した。

 紅華と直也が大気圏外で撃ち落とせるミサイルは、これで最後だった。

 残りは日本に向けて既に再突入している。

 継から念話で、2基は国防軍の弾道弾迎撃ミサイルが撃ち落としたことが伝わっていた。

 残りは一基。狙いは東京。


「……武士、頼むぞ」


 直也は呟く。

 最後のミサイルの落下地点には最愛の妹がいる。

 この距離では、もう自分には守れない。

 最後の最後で、妹を守るのは自分ではなく武士。

 そのことに悔しさはあっても、嫉妬はない。

 ただただ、武士の奮闘を祈るのみだった。


「葵さん、紅華は俺が支えよう」


 直也は、紅華を抱えて飛んでいた葵の近くまで飛翔し、代わりに紅華の体を受け取った。


「行くといい、葵。田中武士の力になってやれ」


 紅華も微笑んで、葵に促す。


「……ありがとう。行ってくる」


 蒼い翼をはためかせ、葵は東の空に向けて飛翔した。


  ***


 武士の脳裏には、ほぼ直上から東京に向けて落下中のミサイルが浮かんでいる。

 落下地点に向けて、音速を遥かに凌駕するスピードで飛翔する武士。

 継の計算では、間に合わない。

 しかし、葵から送られてくるブーストを超える力が、武士をなおも加速させた。

 そして。


 ――武士

 母さん?

 ――よく頑張ったわね

 まだだよ! まだ終わってない!

 ――もちろんよ。だから、あなたに私の力をもっとあげる

 え? 母さん?

 ――アーリエルとしての私の魂そのものを、全部あなたに渡すわ

 それって……

 ――これでエネルギーとしてはともかく、私の意識はすべて消える

 それって、母さんが消えるってこと!?

 ――力は残るわ。上手に使ってね。タケシなら心配いらないと思うけど

 いやだよ、そんなの! せっかくもう一度話ができたのに!

 ――我儘言わないの

 ――母親の意識が彼氏の中に残ったままなんて、葵ちゃんも嫌でしょう?

 かか母さん??

 ――愛してるわ武士。いつか、父さんと遥にも伝えてね


 父と姉にも、その愛を伝えてくれと。

 最後にそう言い残して。

 武士の母親、異世界の精霊アーリエルは、その魂すべてを武士に受け渡して消滅した。


「うわあああああ!!!」


 ほとんど瞬間移動のごときスピードで、武士は東京の直上へと辿り着いく。

 落下してくる核ミサイル。

 武士は霊波の風を解き放ち、ミサイルを受け止めた。



 核爆発。



 人類最悪の兵器による至近での爆発は、武士の想像を絶していた。

 放射線も何もかも含めて、絶対に地表に到達させてはならない。

 武士はアーリエルから渡されたすべての魔力を解放し、九色刃の魂の力もすべて束ねて、上空へと放った。


 足りない。

 守る為の力が足りない。

 足りるはずがない。

 相手はこの世に存在する最強にして絶対の破壊の力だ。

 精霊一人、人間一人の力で足りるはずがないのだ。


 けれど。


(――武士!!)

(葵ちゃん!!)


 もう一羽の青い霊鳥が、武士の元へと辿り着き、心と体を重ねた。


(もう絶対に、離さない!)


 その温もりを。

 魂を。

 核だろうがなんだろうが、燃やし尽くせるはずがなかった。


完結まで、残りあと一話です。

ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。

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