表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/120

「総力戦、そして」

『ガォォォォォォォォォォォォォォ!!』

『ガァァァァァァァァ!!』


 魔獣ヴイーヴルと邪龍ニーズホッグが同時に咆哮を上げる。

 それは精神波と物理的な音響の両方を同時に炸裂させた、生命ある物の活動を麻痺させる拘束咆哮(バインドヴォイス)だ。


五月蠅(うるさ)いっ!」


 武士が風精霊(アーリエル)の力で蒼く輝く突風を巻き起こす。

 風鳴りによる大気の振動は魔獣たちの咆哮と逆位相となる音波形となり、拘束咆哮(バインドヴォイス)を完全に対消滅させた。


「今さら小細工か。底が割れたなメフィスト」


 直也が呟きとともに突進し、一瞬でヴイーヴルとの距離を詰める。

 下段に構えた刀が跳躍とともに跳ね上がり、それぞれ異なる角度で突き出している黒壊刃が貼りついた備前長船が、ヴイーヴルの狼頭の顎から顔面に深く食い込んだ。


  ――ガァアアッ!?


「吹き飛べ……散!!」


 刀に貼りついていた黒壊刃の欠片が、直也の気合いと共に弾け飛ぶ。

 ヴイーヴルの頭部は、爆発物が埋め込まれたかのように爆散した。


「すげえ、一撃で…… !? 九龍、あぶねえ後ろだ!」


 感嘆していたハジメが、着地直後の直也の背後に迫った死の気配に気づき叫ぶ。

 邪龍ニーズホッグが体をくねらせながら突進し、直也の体を咥えこむとそのまま上空へと舞い上がった。


「先輩! ……って、うわっ」


 直也を救出しようと、慌てて飛翔した武士の行く手を阻んだのは、持ち上げられた直也を追って宙を乱れ飛ぶ黒壊刃の欠片たち。


「心配無用だ、武士」


 突き立てらてた筈のニーズホッグの牙は、直也の体表面の数センチに貼りつくように浮かんでいる黒壊刃の欠片によって止められている。


  ――ギャァアアッ!?


 後を追うように飛んできた別の欠片たちが、ニーズホッグの周囲を螺旋を描きながら飛び、そのまま長大な邪龍の体を次々と撃ち抜き、斬り裂いていった。


 堪らずその咢から直也の体を零れ落とすニーズホッグ。

 遥か上空に連れて来られた直也は、万有引力の法則に従い地上に落下していく。


「危ない先ぱ……え?」


 そのまま大地に叩きつけられるはずの直也は、しかし空中で制止した。

 その背には、メフィストに憑りつかれていた時と同じように見える黒光のオーラによる羽根が羽ばたいている。


  ――貴様、バカナ、何故……!?


「メフィスト。お前に憑かれている間に俺も学んだ。魂の力の使い方というのは、魔力の使い方と大して変わらないな」


 しれっと言い放つ直也は、備前長船を一振りする。

 周囲を飛び回っていた黒壊刃の欠片が、再び日本刀の刀身に貼りつき、独特の刀身を形成した。


「お兄ちゃん、すごい……」

「おいおい、ふざけんな、九龍テメエもそういうレベルかよ……」


 感嘆のため息を漏らす芹香の横で、ハジメは驚くというよりも呆れかえる。

 そして、誰よりも直也の異常な才能を痛感しているのは武士だった。


「天才、だ……」


 武士は、精霊アーリエルの転生である母の魂を内に取り込み、その力と記憶をもってして命蒼刃による魂の力を解放した。

 それと同じことを、人間でしかないはずの直也が行ったのだ。


 悪魔メフィスト・フェレスに憑りつかれ魔力を行使した経験をもってして、黒壊刃による魂の力の解放を行う。

 それがどれだけ異常なことか、アーリエルとほぼ同化している元人間の武士だからこそ正確に理解できた。


  ――く、ソレがどうしタ!? 人間如きの魂の力ナド、我が魔力に比べれバ……!


「人間如き人間如きと、お前の語彙の少なさはどうにかならないか? メフィスト」


 直也の侮蔑に顔を歪ませると、暗黒の竜巻を再び巻き起こし、魔力によって失った頭部を再生させるヴイーヴルと、斬り裂かれた体を繋ぎ合わせるニーズホッグ。

 空中にとどまる直也に向かって、地上と空中から同時に襲いかかった。


「――黒壊刃!!」


 直也の刀から再び刃が分離する。

 黒壊刃の欠片は直也を取り囲むように浮遊すると、黒光の稲妻によって互いに結びつき、球状の結界を形成した。


 ガガガガガガガガガ!!


 魔獣と邪龍の牙が、爪が、結界によって阻まれた。


「いつまでボーっとしているつもりだ? 武士」


 結界と魔力がぶつかり合う大音響の中を摺り抜けるように、直也の呟きが武士に届いた。

 ハッとした武士は、命蒼刃を構え直し飛翔する。


「行けっ……霊波天刃!」


 蒼光の斬撃が、二条の剣閃となって飛ぶ。

 直也が張った球状の結界に憑りついた二体の魔物を、容易く斬り裂いた。


 ――ガアァ!?


 飛行する力を失い、空中からズルリと崩れ落ち、二体は地面に叩きつけられる。

 その直後。


「切り刻め! 黒壊刃!!」


 直也の裂帛の気合いと刀の一振りに合わせ、結界を張っていた黒壊刃の欠片たちが一斉に魔獣たちへと襲い掛かった。


 散弾の一斉射を受けたように、二体の魔物は悲鳴を上げながら巨体をズタズタに撃ち抜かれていく。


「ちょ……なにこれ、あたしらの出る幕なんかないんじゃ……」


 人知を超えた直也と武士の戦い方を目撃して、冷や汗を流しながら絶句する翠。

 その真横を、紅い熱線が走った。


「――朱焔杖!」

「わっ!?」


 真横に薙ぎ払われた熱線により、直也に撃ち抜かれた魔獣たちが一瞬で爆炎に包まれた。


「紅華!?」

「油断するな刃朗衆。相手はCACC(我が国)の退魔術に、九色刃の力と神道術を合わせても対抗できなかった異世界の悪魔だ。黒壊刃ひとつ加わったところで、倒せるとは限らん」


 紅い杖を構えた紅華が、厳しい視線を炎の中に向けながら翠を叱責する。


「た、確かに……コイツ、さっきからダメージが回復してる……?」 


 ゴクリと唾を飲み込み、黒煙を上げる炎の中心を見つめる翠。

 そしてその炎が揺らぐと、中から無数の黒狼が飛び出してきた。


「なっ!?」


 その内の一匹が、翠に向かって襲いかかる。

 翠は知る由もないが、黒狼の大きさは結女の体を取り返そうと灯太たちを襲ってきたものと同サイズだ。


「コイツらっ!」


 碧双刃を目の前で交差させ、襲いかかる牙を翠は受け止める。


 ドパン!!


 直後、翠に乗り上げた黒狼の体がライフルの銃声とともに爆ぜた。


「ハジメ!」

「翠、大丈夫か!? ……コイツらっ!!」


 燃えさかる炎の中から次々と駆け出してくる黒狼の数は、十や二十ではきかなかった。

 翠を襲った一匹の他は、四方八方に散り散りに駆け出していく。


 上空からそれを認識した直也が叫ぶ。


「そいつらをすべて潰せ! どれかに奴の核がある、それを逃がしてしまったら終わりだ!!」

「この……ここに来て逃げる気かメフィスト!!」


 武士が高速で降下して、もっとも遠くに駆け出していた魔狼を一撃で斬り飛ばした。

 直也も上空で監視しながら黒壊刃の欠片を飛ばし、遠くに駆け出している敵を撃ち抜いていく。

 しかし、全方位に逃げ出している五十を超える数の魔狼すべてを、二人だけで討ち倒すことは不可能だ。


「朱焔杖!」


 紅華が放った熱線が魔狼を撃ち抜いた。


「かませ、碧双刃!」


 翠の気合いと共に、地面に根を張っていた草木が飛び出し、魔狼たちを拘束する。


「ハジメぇ!」

「分かってる! 逃がすかよ!」


 ドパン! ドパン!


 ハジメのライフルから放たれた霊弾が魔狼を捉え、その体を爆散させた。


「よし、こいつらには通じるぞ! ……けど数が多すぎる!」


 焦りの声を上げるハジメの横から、勾玉の鎖と神剣を振るう神楽が飛び出した。


「使えないね御堂組! ……神威結界!」


 広範囲に神楽の神剣から霊力が解き放たれ、逃げ出そうとしていた魔狼の一部を捕える。

 しかし、土地神の力を借りる神道の技とはいえ、神楽の集中力はとっくに限界を超えている。

 力を個々の敵に収束することができずに、結界に捉えた魔狼達を滅ぼすには至らない。


「くっ……!」

「よくやった、神楽」


 そこに駆け出していくのは、黒髪の少女。

 余力があると判断した武士が、ブーストを解除させた命蒼刃の管理者だ。


「武士! 少しだけ力を貸して!」

「わかった、葵ちゃん!」


 武士は命蒼刃の使い手として魂の力を逆流させ、葵の両脚に蒼い輝きが纏われる。


「ハアアアァ!!」


 裂帛の気合いと共に葵は跳躍し、体ごと回転させた飛燕脚が魔狼を捕えた。

 一撃で粉砕されるメフィストの分身。

 更に葵は着地すると勢いを殺さないまま駆け抜け、神楽が拘束した魔狼たちを次々と蹴り倒していく。


「よし……いくぞ、このまま!」


 ライフルを連射するハジメの他、地上で葵たちは各々の攻撃手段で魔狼を次々と打ち倒していった。


 直也は、ハジメ達が討ち漏らした敵を黒壊刃で撃ち抜きながら、上空を飛翔し続け一匹も逃がすまいと魔狼の動きを監視している。


「なんとかなるか……? メフィストの核を持つ奴だけが、再生するはずだ。そいつを見逃さなければ……!! なっ!?」


 残すところ十数体となった魔狼。

 それがさらに細かく分裂した。

 サイズはこれまで半分以下となり、更に補足が困難になる。


 直也よりは低い高度で飛び回りながら魔狼を倒していた武士も、状況を認識する。


(肉体を持たず魔力を集束できないメフィストは、破壊された分身の魔力を回収できないはずだ……それなのに更に魔力を分散させて、なりふり構わずに逃げる気!?)


「くっそお! 追いきれねえぞ!」


 ハジメが空になったマガジンを入れ替えながら焦る。

 ここまできて本体を逃がしてしまうことになれば、この凄惨な戦いをもう一度初めからやり直すことになってしまう。


「大丈夫だ。問題ない」


 飛鴻が冷静に呟く。


「テメエ、今まで何して……!?」

「仲間の配置が完了した。麒麟は貴様らのように甘くはない」


 通信機を手にした飛鴻が、手元のスイッチを入れて華那国語で叫ぶ。


『呉大人! 今です!』

『一斉射! 一匹たりとも撃ち漏らすな!!』


 ガガガガガガガ!

 ガガガガガガガ!


 通信機から呉近強の声が響き渡ると、周囲の森の中から小銃の連射音が鳴り響いた。

分裂した魔狼達が次々と霊弾を受け、その身を弾けさせ消滅していく。


「きゃああ!」

「せせ、芹香さん! 伏せて下さい!」


 悲鳴を上げる芹香に、駆け寄ってきた柏原が飛びついてその体を伏せさせた。


「柏原さん!? 避難していたんじゃ……」


 流れ弾を避けながら、芹香は必死な形相の柏原を見て目を丸くする。


「高校生の子どもたちが戦っているのに、私だけ一人で逃げられませんよ! それに私は芹香さんのことを直也さんに頼まれているんです! ……それに」

「なんですか?」

「増援は麒麟だけじゃありません。もう……決着ですよ」


 バラバラバラバラバラ……!


 響き渡る銃声を上回るヘリコプターの爆音が、上空から降りてきた。

 サーチライトが照らされ、麒麟の銃口から逃れた魔狼を照らし出す。


「……お父さん!!」


 国防軍のヘリから身を乗り出し、地上を監視しながら指示を出しているのは日本国首相、鬼島大紀その人だ。

 操縦士と、サーチライトを操作している紅葉に的確に指示を出し、闇にまぎれようとする魔狼を見つけ出す。

そして、照らし出した敵は麒麟の地上部隊により殲滅されていった。


「直也! こちらが把握している敵は倒した、残りはどこだ!」


 拡声器で鬼島が吠える。


「基地から北狼の予備兵力を呼び寄せていたのか……!」


 父の行動力に舌を巻く直也。

 キッと鬼島を睨みかえすと、叫んだ。


「残りはひとつ! 再生を繰り返す狼は把握している……そこだ、メフィスト!!」


 黒壊刃の欠片を四つ、地上に向けて撃ち出す。

 それは残された最後の魔狼の周囲に打ちこまれ、黒雷の結界でその動きを封じ込めた。


  ――ガァァァ……!


 魔狼は身もだえしながら、それでも残り少ない魔力を集束し、なんとか結界を破ろうと試みる。

 しかし。


「これで本当に終わりだメフィスト。この世界の人間を玩具と見くびったことが、お前の敗因だ」


 最後の魔狼の前に舞い降りた武士が、冷徹に言い放ち霊波天刃の切っ先を突きつけた。


  ――オ、オノレェェ……


 これまで傲慢に、人間に対し嘲笑を繰り返してきたメフィスト・フェレスの精神波もすでに弱々しい。


「まだ殺すな、<偽りの英雄>! そいつには確かめなければならないことがある!」


 鬼島の乗ったヘリが降下してくる。

 ハジメ達も、残された魔狼の周囲を囲むように集まってきた。


  ***


「……終わったな。我らも行くか」

「はい」


 遠く、状況を見守っていた御堂征次郎が呟き、時沢が答えた。


「何をしている? ゆくぞ継」

「……はい」


 車椅子で、同じく征次郎の横でノートパソコンを膝に乗せて状況を見ていた継が答えるが、その視線はノートパソコンに向けられたままだ。


「継坊ちゃん、どうしました?」


 継の後ろで、黄雷槍を預り車椅子を支えていた白坂が問いかける。


「なんでもない、白坂さん。早く、行きましょう。……確認しないと」


 4WDに乗り込み、一同は車を発進させた。


 メフィストは捕えられた。

 残りの魔力もほとんどない。

 完全決着したと思える状況に、継は一抹の不安を打ち消すことができなかった。


  ***


「無様だな巫婆フーポウ。いや、もうメフィスト・フェレスと呼ぶべきか。長く我々の国を弄んできた報いを、いまこそ受けるがいい」


 麒麟の地上部隊を下がらせて、呉近強は飛鴻と紅華のみを従えてメフィストの前に歩み出た。


 メフィストはもはや子犬サイズの黒狼の姿となって、黒壊刃の張る結界に捉えられている。


 囲むように、すべての関係者たちが集結していた。

 遅れてきた灯太に結女、深井隆人も事情を話して合流している。


「長かったな、メフィストよ。だがこれでとうとう終わる。九色刃が開発された先の大戦も、今にして思えば貴様の描いた絵図通りだったのだな」


 杖を突いた征次郎が、呉の横でメフィストを見下ろして呟いた。


  ――感謝するのだナ、御堂征次郎


「なんだと?」


 顔を歪ませて、メフィストの言葉に征次郎は反問する。


  ――あの戦争があり、九色刃の情報を独占し、白霊刃を確保できたからこそ、今の貴様の地位があるのだろう? 我への感謝があってしかるべきだナ?


「てめえ!」


 この期に及んでふてぶてしい態度を取るメフィストに、ハジメは苛立ち声を上げる。


「自分の立場を分かってやがんのか? 悪魔だかなんだか知らねえが……」

「ハジメ、黙っておれ」


 征次郎に諌められるハジメ。


「ジ……組長、けどよ」

「ハジメさん。ここは組長に譲って差し上げて下さい」


 時沢に肩を叩かれ、ハジメは言葉を飲み込む。


「時沢さん」

「組長はご自分の人生ほとんどを、メフィストを追うことに捧げて来られました。奴に捻じ曲げられた運命を取り戻す為にです。どうか、組長の意志を汲んで差し上げて下さい」


  ――クカカッ……笑わせる。運命を捻じ曲げてきたのは貴様らも同じだろう、御堂征次郎よ


 嗤うメフィストに、征次郎の顔が歪む。


「黙りなさい巫婆フーポウ

「えっ? 白坂さん?」


 それを制したのは白坂剛志だ。

まるで異質な口調に芹香は驚いたが、すぐにその正体を思い出す。


「そっか、キヨウお婆ちゃんが白坂さんに繋がって……」


 白坂剛志は、表情も一変させ前へと歩み出た。

 白霊刃の管理者、白坂キヨウに身体を貸してそこに立っている。


巫婆フーポウ。いやメフィスト。あなたに征次郎を侮辱することは許しません」


  ――キヨウか。忌々しい女が。おい小僧どもに小娘ども。教えてやろウ。この白霊刃の女と御堂征次郎。コイツらこそが、すべての黒幕だぞ? 予言と称し、お前達の人生を血塗れにしたのだ


 狼の姿のメフィストが、葵たちを見上げて下品な笑みを浮かべる。

 だが翠は鼻で笑った。


「うっさい犬っころね。さっき組長さんから聞いたわよ。全部あんたを倒す為だったんだから、少なくともあたしは恨んじゃいないっつーの」


 それがどうした、と吐き捨てる翠。

 しかしその言葉を聞いて、さらにメフィストは醜悪に狼の口を笑みの形に釣り上げた。


  ――愚かな女ダ、碧双刃の使い手よ。


「はあ?」


  ――御堂征次郎は我を倒す戦力として、お前達を犠牲にしてきタ。たとえば、貴様の腹に胎児の姉妹を植え付け、非人道的な手術を強要していル。


「だから何よ。それがアンタを倒すのに必要な運命だったんなら、仕方のないことだったのよ」


 翠は自分の下腹部を擦りながら、反論する。

 その事は既に乗り越えている。

 ハジメに支えられ、前を向くことができている。

 品の無い悪魔に論われたところで、どうということもない。


  ――クカカッ。運命? そうだ。貴様には予言という形でその運命を強要しておきながラ、一方で自分の身内には予言を捻じ曲げ、命を守らせているのだぞ?


「……は?」


  ――ほれ、貴様が懸想する隣の小僧。死ぬはずの運命にあった御堂ハジメを救う為に、御堂征次郎は白霊刃の力を使って未来を予知し、その運命を曲げたのだ


「な……なんだと?」


 ハジメは絶句し、征次郎を見た。

 征次郎はハジメを見返すが、言葉を返すことはない。

 翠は驚いて横からハジメを見上げる。


「ハジメ、どういうこと?」

「俺が知るかよ……おいジジイ、どういうことだ? もしかして兄貴が大怪我した、あの時のことかよ!?」


 ハジメは血相を変えて、征次郎を問い詰める。


「ハジメさん、落ち着いて下さい」


 時沢が慌てて制止するが、ハジメは収まらない。


「時沢さん離してくれよ! これが落ち着いていられるか!」

「ハジメ、落ち着いて」

「兄貴……」


 車椅子の上から、継がハジメに声を掛ける。


「そうか、そういうこと、か。……組長、何か変だと、思ってました。あの抗争の時、僕は、ハジメの動きに気を付けろ、と言われてました。時沢さん、あなたに」

「……ええ」


 時沢は頷く。

 彼もすべてを知っていたわけではない。

 征次郎に言われたことをそのまま継に伝えただけだ。

 だが、メフィストの言葉でほぼすべての事情を察していた。

 そして継も、時沢の反応を見ておおよその背景を理解する。


「ハジメはあの時、死ぬはずだった。ミスをした、僕を庇って。でも僕は、ハジメの動きを、注意していた。だからお前を、さらに庇うことが、できた」

「兄貴……それじゃあ、兄貴の足が動かなくなったのは、俺を助けたせいで」


 声を震わせるハジメの手を、横から翠が掴んだ。

 そして、首を横に振る。


「ハジメ。違うよ」

「ハジメ、翠の言う通りだ。それは違う。お前は、ミスした僕を、カバーした。そのせいで、死ぬところだった。だから、それを庇うのは、当然のことだ」

「でも! 兄貴を助けて俺が死ぬのが運命だったんだろ!!」


 ハジメは叫ぶ。


「俺が始めて、兄貴が継ぐ! それが俺達の名前だ! 運命だった! 翠が生まれる前の姉妹を腹に埋め込まれたみてえに! それが予言された未来だったんだろ! ジジイ! どうしてそうしなかった!? 予言を守っていれば兄貴は、二度と立てないそんな体にはならなかったんだろう!?」


  ――クカカカカカッ! その通りだ小僧!


 メフィストは愉しげに嗤う。

 人間同士の諍いを悦ぶ悪魔の本領だ。


  ――悪魔ならいざ知らず、運命を捻じ曲げた人間はこの世界の理から外れる。命蒼刃の治癒の力が御堂征次郎や御堂継に使えないのはその為ヨ!!


「……そう、か……」


 武士は得心する。

 時沢にも、回復の力は弱まってしまっていた。

 ハジメが死ぬ運命を曲げる一端を担っていたからだろう。

 当のハジメ本人に命蒼刃の力が問題なく及んだのは、ハジメ自身は何も知らずに変えられた運命の流れに乗っていただけだったからだ。


  ――カカカ、何を他人事のような顔をしているアーリエル。いや田中武士よ


「えっ?」


  ――御堂ハジメが生き延びてしまえバ、そのせいでお前は暁学園に入学することになり、結果、命蒼刃の使い手は九龍直也ではなくお前になる。そこまで白坂キヨウには分かっていたのだゾ?


「えっ……ええっ!?」

「……その通りです。武士くん」


 白坂は素直に頷く。

 確かに武士はネットゲームでハジメと出会い、その時の会話が無ければ暁学園に入学しようとはしていなかっただろう。

 いや、仮に入学していたとしても、ハジメという心強い存在がなければ剣道部にも入っておらず、葵が命蒼刃とともに訪れてきたあの夜、剣道場に向かうこともなかったのだ。


 それさえも、予言された運命として白霊刃は把握していたというのだ。


  ――御堂ハジメを死の運命から救ってしまった場合、本来渡るはずの九龍直也の手に命蒼刃は渡らず、救国の英雄は誕生しないことになル。


  ――カカカカカカ! それを避ける為に征次郎は、田中武士、お前を御堂ハジメと出会う前の幼いうちに消してしまおうとしたノダ!


  ――お前の母親と接触し、交通事故に遭う息子を助けるなと忠告したノダ!


  ――日本を破滅させず、自分の孫も守る為に、田中武士、お前を犠牲にしようとしたノダ!


  ――人間ナド、結局自分の為にしか動かン! 自分の孫を助ける為には運命を変え、そのくせ世界を守る為などといい、他人の事は血塗れの予言の通りにさせようとすル。


  ――悪魔とは、貴様ラの事だろうガ! クカカカカカカカカカ……!!


  ――田中武士! そこの老人こそがお前を殺そうとし、ひいてはお前の母親を殺したのだ! 御堂ハジメが生き延びる未来の為に、お前の母親は犠牲になったのヨ!!


  ――クカカカカカカ! クカカカカカカカカカカカカ……!!

  ――カーッカッカッカ! カーカッカッカッカッカ……!!


 悪魔の嘲笑が鳴り響き、人間たちの間には沈黙が流れた。

 ハジメは血の気を失い、武士の顔を見つめている。


「武士……俺は……俺が生きている、せいで、お前は……」

「ハジメ」

「すまない武士。俺なんかを生かす為に、お前のおふくろさんが」

「なんか、って言うなよ。ハジメ」

「えっ?」


 それはかつて、ハジメが武士に言った言葉だ。


「ハジメ、ありがとう」

「……武士?」


 思いがけない武士の反応に、ハジメは息を飲む。


  ――ナ、ニ?


「母さんが死んでしまったのは、本当に悲しかったけど。でも今はこうして、僕の中で生きている」


 そして武士は、仲間たちを見つめた。


「それに、ネットゲームでハジメと会って、九龍先輩に憧れるだけだった僕は、暁学園に入るきっかけを貰った。実際に会って剣道部に入る勇気も貰った。そのおかげで、葵ちゃんに会えた。芹香ちゃんに会えた。みんなに会えた。生きている意味を、強くなる目的を貰えた」

「武士……」

「僕は嬉しかったよ、ハジメ」


 武士の言葉を聞いていて、視線を受けて、葵は胸に切ない痛みを覚える。

 もしハジメが死んでしまっていて、武士があの剣道場に来ることがなかったら。武士と出会うことがなかったら。

葵は、予言通りに直也と命蒼刃の契約を果たしていただろう。

 英雄に力を渡すという任務は成功し、葵が考えていた通りの未来を歩むことができていたはずだ。

 だが、その未来は武士と出会えた今のように、ここまで辿り着くことができただろうか。

 それは、メフィスト・フェレスを倒せたかどうか、いうことではない。


 武士の横顔を見て、葵は心の底から思う。

 引き返すことのできない冷たい鉄の橋を孤独に歩くような人生から、戸惑い苦しみながらも一緒に歩く一人ではない生き方を教えてくれた武士。


(たとえ、メフィストを倒すことができていなかったとしても。私は契約した相手が武士で良かった……!)


 胸に手を当て想いを噛みしめる葵の肩に、突然手を回して顔を引き寄せる翠。


「にゃはー! あたしの名前がまったく出なかったのはともかくとして。葵ちゃん、今思ってることは早く武ちんにハッキリ言った方がいいよん」


 敬愛する姉代わりの翠に心を見透かされて、葵は一瞬で顔を真っ赤にする。


「ちょ、 みみ翠姉、今はそういう話をしてるんじゃ……」

「翠さん、もちろん翠さんともだよ!?」


 武士の方も、うっかり翠の名前を出し損ねた事に慌てている。


「にゃはは! お似合いの二人だねん。 ……てわけだよ、ハジメ」

「……翠」

「武士も、誰も、ハジメが予言通りに死んでいればなんて思ってない。あたしたちだけ苦しんで、ハジメだけずるいなんて思ってない」


 翠に正面からまっすぐに見つめられ、ハジメは息を飲む。

 激しい戦いを経て、翠の姿はボロボロだった。

 自慢のゴスロリ衣装はあちこちから植物を生み出したせいで破れ解れ、髪もボサボサで、武士に治癒されたとはいえ傷だらけだった体の皮膚には薄く傷痕も残っている。

 けれど、心の底から彼を想い、迷いの無い瞳で見つめる翠の姿は、ハジメにはこの世で一番美しく見えた。


「それにねハジメ。もし仮に、世界中の人が『あんただけ運命を変えてずるい』って責めたとしても。あたしはハジメが生きてあたしに会ってくれた、それだけで嬉しいよ」

「あ……ああ……」


 ハジメは、気づけば滂沱の涙を流していた。

 事がここに及び、自分がもっとも卑怯な存在であることを知ったハジメは絶望しかけていた。

 自分が武士の母親を殺したかのような気持ちになっていた。

 それを、武士と翠があっさりと救ってくれた。

 自分の存在に罪はないとは思えない。

 自分を生かすために、兄は立てない体になった事は事実なのだ。

 けれど、自分に会えて良かったと。

 生きていてくれて良かったと言ってくれる人たちがいる。

 それだけでハジメは、救われる思いだった。


「……あの女、また勝手に話しを、進めて、勝手にハジメのことを……」

「継さん」


 ブツブツと呟く継の肩に、時沢が手を置く。


「時沢さん、慰めるとか、やめてくださいね」

「まだ何も言ってないじゃないですか」


 その様子を眺め、白坂剛志の体を借りたキヨウは、御堂征次郎を見つめる。

 征次郎の表情は変わらない。

 だが、これ以上の言葉はいらないと、キヨウは長い付き合いである彼の気持ちを思いやった。


  ――いいかげんにしロ! ふざけるナ! 傷を舐め合い慣れ合うしか能のない下らん人間風情ガ! 貴様たちの感情ナド所詮、自己保身を美辞麗句で飾っただけの欺瞞に過ぎないノダ!! 戯れるのも大概ニ……!


 ダァン!!


「いいかげんにするのは貴様だ、メフィスト」


 霊弾が込められた銃を魔狼の目の前に向けて発砲し、鬼島が冷徹な声で一喝する。


「……とはいえ、御堂老。子どもらの未熟なやり取りに付き合っている暇は、我々にもない。話を進めてよいだろうか」

「無論だ、鬼島首相。こちらの都合で悪かった」


 鬼島の言葉に、征次郎は素直に頭を下げた。


「日本人は暢気なものだな、首相」


 横から呉近強が茶化し、鬼島は不愉快そうに顔を歪めた。


「彼らは軍属ではない。我々が鍛えたわけではない」

「なるほど。しかしみすみす悪魔に操られ、このような事態を引き起こしたあなたの息子は、たしか北狼の軍属出身ではなかったかな?」


 鬼島の傍らに立つ直也に視線を移して、呉は皮肉を言う。


「……俺はこの男に鍛えられた覚えなどありません。俺の失態は俺自身の責任です」


 鬼島が皮肉に応える前に、直也が口を開いた。


「しかしメフィストに利用されたことを言うのであれば、国ごとメフィストに利用されたCACCに言えた義理はないと思いますが?」

「貴様、九龍ッ……!」


 直也の手厳しい反論に、呉より先に紅華が反応する。

 しかしさっと手を挙げて、呉は彼女を制した。


「九龍直也。君の言う通りだ。非礼を先に言ったのは私だな。詫びを述べさせてもらおう」

「呉大人、しかし……」

「紅華。君とて一度、奴に支配されたのだろう? 人に抗えるものだったのかい? 悪魔の呪いは」

「……いえ……失礼致しました……」


 痛いところを突かれ、紅華は大人しく頭を下げた。


「そう。その呪いが問題だ。こいつを滅ぼす前に、それを確認しなければならない。……悪魔メフィスト・フェレス。私の問いに答えてもらおう」


 鬼島は銃口を、黒壊刃の結界で拘束された魔狼に向ける。


「貴様の『呪い』。人間に魔力を送り込み支配するその術は、すべて解かれているのか?」


 先程まで能弁だったメフィストは、鬼島の問いに一転して沈黙する。


「<偽りの英雄>との戦いで、貴様はこの国に散らばった魔力を全て集めたはずだ。それですべてか? 貴様の呪いはもう残っていないのか?」


 それが、目の前のメフィストを滅ぼす前に必ず確認しておかなければならないことだった。

 メフィストの『核』を滅ぼしたとしても、仮にその呪いが人間の有力者に残されていて、戦争を起こそう画策を続けるとしたら、まったく意味はない。


 なんとしても、鬼島はそれを確かめなければならなかった。

 そしてそれは、日本だけの話ではない。


「CACCにもだ、メフィスト」


 呉も、肩から下げた小銃の銃口を魔狼に向ける。


「貴様は巫婆フーポウとして、我が国でも長く暗躍してきたはずだ。貴様の呪いの種は、CACCにまだ残されているのか? 答えろ!!」


 長い沈黙が流れる。


  ――正直に応えると思うか? 人間メ


「……直也」

「俺に命令をするな、鬼島」


 反発する言葉と裏腹に、直也は黒壊刃の結界の出力を上げる。


  ――ガアアア……ッ!!


「大人しく俺達の問いに答えろ、メフィスト。このまま永遠に貴様を責苦に合わせ続けることだってできるんだぞ」

「ちょ、お兄ちゃん、それ悪役のセリフ」

「芹香さん、少し黙ってて下さい」

「わ、わかりました柏原さん、口押さえなくても空気読みますから……」


 口を挟んだ芹香が、柏原に引きづられてズルズルと後ろに下がる。


「早く楽にしてほしければ、本当の事を素直に答えろ」


 直也の冷酷な脅しに、魔狼は苦痛に歪めていた顔を笑みに変えた


  ――ククククク……カカカカカ……いいだろう、九龍直也。一度は完全に同化しようとした貴様に免じて、本当のことを答えてやろウ


 結界の出力を、直也は僅かに緩める。


  ――ククククク……我が呪いだが、安心するがいい。この国には残っていない


「証拠は?」


 鬼島が問う。


  ――そんなものはなイ。だが、我はアーリエルの如き下級精霊に屈するのは絶対に我慢ならなかった。全力で戦い、勝とうとした。魔力を出し惜しみして負ける意味などないのダ


 直也には、メフィストのプライドの高さを考えれば嘘はないと考えられた。

 しかし、メフィストの言葉に看過できないものがあった人物がいた。


「『この国には』残っていないといったな、メフィスト。それはどういう意味だ?」


 呉近強だ。

 その真剣な問いかけを受けて、魔狼はニヤリと嗤った。


  ――それは、後ろの小僧に聞いてみたらどうダ?


「なんだと?」


 呉が振り返った先には、パソコンを膝に置いた継がいた。


「まさかと、思ったけど……やっぱりか」

「どういう意味だ」


 継の言葉に、呉は詰問する。


「呉近強。飛鴻でもいい。今すぐ、CACCの軍のサーバに、アクセスしてみて」


 呉の目配せを受け、飛鴻はタブレット端末を出して操作を始める。


「僕はお前達が、戦っている途中で、余計な邪魔が入らないか、ネット上で、国防軍とCACCの連合軍、両方の監視をしていた」

「軍のサーバを監視だと? ふざけた男だ」


 呉の言葉を意図的に無視して、継は話を続ける。


「……そして、メフィストが劣勢になってきた時、CACCの方に、異変が生じた」

『呉大人!』


 話の途中で、これまで常に冷静だった飛鴻が悲鳴に近い声を上げた。


「どうした、飛鴻?」

『軍のメインサーバにアクセスできません。麒麟の隔離サーバも同様です』


 華那国語で慌てて話す飛鴻に、呉が血相を変える。


『アクセスできない? どういう意味だ』

『そのままの意味です。外部からの接触が一切不可能になっているんです』

『ハッキングか?』

『違います。内部から遮断されているとしか考えられません。これは……』


 華那国語が分からない者たちは、状況についていけない。


「……おい、兄貴。どうしたんだ?」

「CACCのサーバに、一切のアクセスが、不可能になった。軍だけじゃない。インターネットのすべてが、遮断されてる。こんな状況、戦時中くらいにしか、ありえない」


 ハジメの問いに、継は淡々と答える。

 事態の深刻さを日本側でいち早く察したのは、鬼島だ。


「呉大人。これはどういうことだ? CACCの内部で何が起こっている?」

「……鬼島首相、これは私にも一切の情報がきていない事だ。CACCの情報通信については、華那共和国が実権を握る連合評議会が全てを牛耳っている。こんな大規模なアクセス遮断は、評議会のトップに近い人間にしか行うことはできない筈なのだ」


 呉の説明を受けて、鬼島は最悪な想像をする。

 いや、それは想像ではない。

 経験則からくる、確実な未来予測だ。

 鬼島は魔狼を睨みつける。


「メフィスト。説明をしてもらおう。これはどういう事だ?」


  ――どういう事? 分かっているだろウ? 鬼島大紀。CACCは日本国に、いや全世界に宣戦を布告したのだよ

  ――クカカカカカカカカカ! そういえば、CACC連合評議会の軍情報システム部門に一人だけ、我が魔力を回収しそびれた男がいたなァ!?


『貴様ァ!!』


 呉近強が再び銃口を魔狼に突きつけ、叫んだ。


『まさか、太歳星君システムを作動させたというのか!?』


  ――そのまさかよ呉近強! クカカカカカカカカ!! この世界は終わりダ!

  ――滅びろ人間ども! 我をコケにしてくれた報いだ!

  ――滅びるがいい!! クカカカカカカ! カーッカカカカカッカカカ!!


「太歳星君システム? なんだそれは!?」


 華那国語は解するが、言葉の意味が分からなかった直也が問い返す。

 答えたのは、CACC軍内部の極秘情報をも掴んでいた鬼島だった。


「CACCの、全世界に向けたミサイル報復システムの名だ。世界中の主要都市に向けて、これから戦術核ミサイルが発射されるということだ」


 破滅の火が、まもなく訪れようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ