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「残された者」

「ふははっ……次はどっちの番だって? アーリエル! 田中武士!」


 直也=メフィスト・フェレスの鋭い剣閃が、縦横無尽に武士に襲いかかる。

 武士の霊波天刃はその悉くを弾き返し、また防ぎきれない斬撃は蒼光のオーラで受け止めた。

 だがそれで精一杯だ。反撃の糸口は掴めない。


「く……メフィスト、お前はもう本体を!」

「ああ、直也クン(この俺)に移していたさ! 葵を襲っているのは分身に過ぎない。俺を倒さない限り、分身は何度でも甦るぞ」


 もともと剣の腕では、武士は直也の足元にも及ばない。

 重さの無い『霊波天刃』に、『魂の先読み』を得てようやく互角。

 そこに『葵の身体能力』と『アーリエル』の力を獲得することで直也を超えることができていたのだ。

 だが直也の方も、メフィスト・フェレスと融合することにより、アーリエルに対抗できる『黒鬼の魔剣(オゥガ・デーゲン)』を得てしまい、『魂の先読み』もできなくなってしまう。


「さあどうする田中。念話であちらの状況はわかっているんだろう? また命蒼刃の力を送って葵を助けるか? だが俺を倒さない限りそれは無意味だ。」

「くっ……そぉ!」


 武士は斬撃の嵐の中、一瞬の隙を突きアーリエルの力を使い、風を巻き起こして直也を弾き飛ばそうとする。

 しかし漆黒のオーラに阻まれ、直也は僅かに後ずさるのみだ。

 だがその間に、武士は渦巻く風を身に纏い、飛翔して葵の元へと向かおうとする。


「ククク……正気か、アーリエル!?」


 新崎結女と同様に、直也は漆黒の羽根を生やす。


「何っ!?」

「空中戦でメフィスト()に勝てると思うか? 多少勘を取り戻したとしても、覚醒したばかりの下等精霊風情が!!」


 夜空を翔け一瞬で追いつき、直也は黒鬼の魔剣(オゥガ・デーゲン)で武士を叩き落とす。


「ぐっ! ……それでも、僕は!」

「行かせるかよ! お前は俺と戦いながら、念話で管理者と仲間達の断末魔を聞いているがいい!」


 人間の想像を絶する空中戦が始まった。


  ***


 瞳を赤く光らせた新崎結女が、漆黒のオーラに包まれて中空に浮かんでいた。

 その身からは、紅葉が突き刺したナイフの傷跡も、翠の樹木による束縛の跡も綺麗に消えている。


「一応、この体もスペアボディとして使っていくつもりなのだから。乱暴にしないでほしいワネ」


 魔女の声が響くが、結女の口は動いていない。

 メフィストの霊体そのものが発している声のようだった。


「が……あ、あ……」

「くっ……ううう……」


 大地に複雑な紋様が刻まれ、黒い雷が放電し、その場に居るもの全てを束縛している。


 葵、翠、ハジメ、紅葉、紅華、灯太。

 誰もが、指一本動かす事かなわなかった。


「人間ごときに、ここまで魔力を消費させられるとは予想外だったワ。屈辱もいいトコロ。でもこれでお仕舞いヨ。……さっそく、アーリエルに余計な力を送り続けている命蒼刃の管理者から、滅ぼしてあげるワ」


 ゆっくりと、葵の方へと降りてくるメフィスト・フェレス。

 迫る悪意を迎撃しようと、葵は命蒼刃を握りしめ、武士から送られてくる力を頼りに再び霊波天刃を発生させようとする。

 しかし。


(ダメだ……この結界を破るには、力が足りない!)


 それどころか、指一本動かせず、口を開くこともできない。

 呼吸するのでさえままならない程だ。

 武士も、直也と戦いながらできる限り魂の力を送ってきてくれている。

 だが、あちらでもメフィストが悪魔の本性を露わにし、全力で武士を潰しにきているのだ。

 武士がこれ以上の力を葵に送れば、武士は瞬時に絶命させられ、その回復で命蒼刃の力は手一杯になるだろう。

 どちらにしても葵に力を送ることはできなくなる。

 そして、葵が殺されれば武士も復活できなくなり、全てが終わる。


(ここまで……なの!?)


 葵が絶望しかけたその時、眼前に迫る死の権化に向かって、横合いから苦しげな声が掛けられた。


「なに……が……屈辱、よ……あんた、なんか……存在自体が、恥……みたいな……もんじゃない……」


(翠姉!?)


「またオマエか」


 横を見ることすらできないが、葵は親愛する姉の如き存在が、舞い降りる悪魔の接近を絞り出した声で止めてくれたことを知る。


「これまで……何十年? 何百年? 影でコソコソ……してたか、知らないけど……ここまで、表に引きずり出されて……アンタの負け、じゃん……」


(やめて! 翠姉!)


 翠の意図するところを察し、葵は必死で声を絞り出そうとする。

 だが、結界の呪縛が命蒼刃を使う葵に対し特に強いのか、翠のように発声をすることもできない。



「……いいワ。挑発に乗ってあげるよ、人間。少しでも管理者が殺されるまでに時間を稼いで、アーリエルに助けて貰おうって魂胆は分かり切ってるケド」


 メフィストが操る新崎結女の手に、漆黒の槍が現出する。

 それはエネルギー体が高密度で凝縮し、完全に物質化した大型の突撃槍だ。


「管理者を最後まで生かして……仲間が一人ずつ死んでいく様をアーリエルとあの坊やに見せつける方が、愉しそうだからネ」


(やめて! やめてやめて!! 逃げて! 翠姉!!)


 命蒼刃に力を集中し、なんとか霊波天刃を発生させようと気力を、魂の力を振り絞る。

 だが、悪魔の結界は葵一人の力で打ち破れるものではなかった。


(嫌ぁっ!! 奪わないで! もう私から、家族を奪わないで!!! 誰か……誰か! 誰か……助けて!!)


「クカカカカカカカ!! 聞こえる!! 聞こえるワ人間どもの絶望が!! 慟哭が!! 誰も! 誰もいないのよお前達を助ける者など! 悲しいわねエ! 悔しいわねエ! クカカカカカ! これこそ甘露!! 甘美!! 最高のエクスタシーよォ!!」

「……この……変態……!」


 涎を垂らして嬌声を上げるメフィストに、翠が毒づく。

 悪魔の笑いがピタリと止まった。


「死になさい」


 結女の手が漆黒の槍をゴスロリ少女の胸に突き刺そうとしたその瞬間。


 ガァン!


 一発の銃声が響く。新崎結女の額に、大穴が開いた。 

 だが、血が噴き出ることも倒れることもない。

 ギギギ……と首だけ回し、弾が飛んできた方向を結女は見る。


「……誰に断って……その女に手ェ出そうと……してやがる……」


 悪魔の視線の先には、ハジメが棒立ちのまま、片腕だけ持ち上げてデザートイーグルを構えていた。


「ハジメ……!」


 翠が驚愕の声を漏らす。

 紅華や灯太を始め、魂の力を使って戦う翠たちをもってしても指一本動かすことのできない黒い結界の中で、もっとも一般人に近いハジメが、腕一本とはいえ動いて見せたのだ。


「さっさと……その薄汚ねえ槍を、どけやがれ……」

「……クカッ! クカカカカ! そうか貴様、この小娘に懸想しているのカ! クカカカカカカッ!!」


 結女は再びけたたましく嗤う。

 そして、額に開いた銃痕がグリュン! と再生し傷が消えた。


「愛の力で動けたか!? クカカ、大したものネ、褒めてあげるワ!」 

「くだらねえ……こと……ほざくな……変態蝙蝠が」


 結女は冷たく嗤い、パチンと指を鳴らす。

 ハジメを束縛する結界の黒雷が激しさを増した。


「ぐあああああ!!」

「このまま捩じ切ってやろうかァ? クソガキがァ!!」

「ハジメ……!! やめ……やめて……! お願い……殺すなら、さっさと私を……!!」


 翠が喘ぐように、叫ぶ。

 結女は口が耳元まで裂けたかと錯覚させる程の邪悪な笑みを浮かべた。


「カカカカカ! そうか、そうか!! 喜びなさいガキども! 小娘と小僧は相思相愛ヨ!! よかったわねえ! ……でも残念。お前たちがその体を抱き合う日は永遠に来ない。まずは小僧、お前から最高の無念を抱いて、無残に五体を破裂させなさイ?」


 更に黒雷が勢いを増してハジメを襲う。


「がああああ!」

「やめ……てええ!」

「あああああ、最高よォォ!!」


 メフィストの感極まる嬌声とともに黒雷が収斂し、ハジメの体を砕く——その寸前。

 ハジメの口の端が笑みの形に上がった。


「……なに?」


 ハジメと翠を引き裂く事に最高の愉悦を覚え、快感に浸っていたメフィスト・フェレスは気が付かなかった。


 ハジメが時間稼ぎをしている間に動いていた、この場に残されたもう一人の者。

 その者は、古く日ノ本の国に伝わる秘術で魔を降す力に長けた者。


 結界を斬り裂くように、勾玉の鎖が飛来し、新崎結女の体に巻きついた。


「ギャ……!!」


 次いで飛来した呪符が、結女の四方八方に取り囲むように大地に張り付く。

 呪符を繋ぐように光の線が走り、漆黒の魔法陣を斬り裂くように新たな結界を形成していく。


「ふざけないデ、こんな玩具……!!」


 結女が手にした槍を振るい、勾玉の鎖を引きちぎる。

 しかし新たな鎖が二条、三条と襲い掛かり、漆黒の槍ごと再び結女を拘束していく。


 そして森の中から、少年が飛び出してきた。


 神字が刻まれた神剣を手に、神職服を翻して駆けてきた少年は、裂帛の気合いとともに、両手で構えた剣を悪魔の体に突き刺す。


「ギャアアアア!」


 そして、叫ぶ。


八木早やきはやの十握の剣、此れをもって焔産魂ほむらむすびとなり其を薙ぎ払わんっ……『神威結界』!!」


 神剣と勾玉、呪符と結界が白く輝いた。

 黒雷と共に、漆黒の結界がすべて鋼鉄が砕けるような大音響とともに吹き飛ばされる。


巫婆フーポウ!! 司令に仇なす大陸の魔女めが! 新崎の体を使い、よくもこのボクを今までいいように操ってくれたな!!」


 封縛を解かれ、ハジメ達は地面に崩れ落ちる。


「……まさか……」


 顔を上げた灯太が、自分と同じ顔をした出雲の神道使いを見て、信じられないものを目の当たりにしているように呟く。

 神職服の少年は神剣にありったけの力を込めながら、なおも叫んだ。


「零小隊を、他人を操る秘術はキサマからの借り物だったとしても! この結界術は! ボクの、ボクだけの力だ!! この……日野神楽を舐めるな!!」

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