召喚の間の番人
マッチョに投げ落とされる話(http://ncode.syosetu.com/n5215bv/) と微妙にリンクしてます。
私の仕事は簡単そうに見えて、実は結構奥が深い。
私の仕事場は、城の北側にある宮廷魔術師たちの多くが研究所を構える塔の中にある。
夏場は涼しいが、冬場は凍えるように寒いその北側の塔のそのたま北側の3階に作られたにぴょこんとはみ出たところ。
そう、知る人ぞ知る、知らない人は全く知らない悪名高き召喚の間!そここそが私の職場である。
召喚の間とは、その名の通り召喚術を行うために作られた場所のことである。
この世界の場所場所をつないでいる転移系魔法とは違い、召喚とは世界と世界をつなぐ…というより、一方的にどっかよその世界とつなげてそこから何かしらを引っ張り込む…というものである。
私の職場である召喚の間が作られたのはおよそ200年前、かの有名な魔王が世界を手に入れんと魔の手を世界中に伸ばしていた頃のことと伝えられている。
当時世界は魔王により滅びの危機に瀕しており、我が国もその存続を危ういものとしていた。
そこで当時の王らが天界から勇者を召喚せんと作られたのがこの召喚の間である。
まぁ当時の国の中枢部は藁にもすがる気持ちだったのであろう。
それほど魔法や魔術に対しての研究も進んでいたなかった当時…いや、現在ですら困難を極める召喚術を彼らは夜も寝ずに昼寝して根性だけで作り上げてしまった。
もんのすごく複雑でスパゲティのように絡み合った召喚術式は魔法陣として、当時は中枢に位置していたこの場所に書かれた。
以来、召喚魔法陣は200年の間ずっと召喚を続けている。
無論、言うまでもないだろうが当初の目的である勇者など当時から今に至るまで一度も召喚されたことはない。
先ほど述べたように、この召喚魔法陣は適当に世界をくっつけてそこにあったものを適当に呼び出しているものである。
何を召喚するかの指定は全くできないのだから当たり前だ。
それどころか、この召喚の間が召喚するものといったら、当時から現在に至るまでほとんどが厄介なものばかりである。
例を挙げると、厄介なものは猛毒の大蛇から、瘴気を纏った屍、毒草(毒味したものが泡を吹いて紫色になって死んだ)、後に大量殺人者として処刑された男、汚臭のする腐った水の入った水瓶、丈夫な縄(のちに自殺者がこれを用いて首をつった)、餓死者(疫病が蔓延し当時人口が急激に減り、王家も危うく断絶しかけた)、子犬(やたら噛み付くので殺された。なお何らかの病気を持っていたらしいという記述がある)、赤い靴(履いたものは踊り狂った後死んだ)など…ましなものでも、解読不能な文字が沢山書かれた本だとか、ボタンが沢山ならんだ小さな器具とか、よく伸びるヒモとか、あられもない格好をした女性の写し絵とか、きわどいパンツとか、男性の象徴のハリボテとか、道端の小石とか本当に役に立たないものばかり。
これはダメだ…と当時の人たちは早々に見切りをつけたのも頷ける。
しかしこの魔法陣、何故か固定やら乱数やら適当なものまで組まれてしまっていたから消すに消せなかった。
消せない魔法陣を前に宮廷魔術師たち頭を捻らせつづけて十年。
ある日、某宮廷魔術師は思ったそうな。
「召喚魔法陣が消せないなら、召喚魔法の下にゴミ箱を作ればいいじゃない?」と。
これはなかなかに画期的な考えあると宮廷魔術師達は納得し、早速某魔術師の考えを実行するために行動を起こした。
まず彼らがやったのは、召喚魔法陣の下の床を壊し、下の階とつなげたことである。これによって召喚魔法陣は宙に浮いた状態になった。
それから彼らは、今度は昼寝もせずに夜ちゃんと寝て新しい魔法陣を考えだすと、召喚魔法陣の真下にそのの魔法陣を書いた。
これが通称「ゴミ箱」異世界転移魔法陣である。
この異世界転移魔法陣とは、魔法陣の上にものが置かれるときっかり10秒後に発動し、上にあったものを何処かの世界へポイッと捨てる…というものである。
つまり召喚の間はこういう仕組みになっている。
召喚魔法陣から日に何度かランダムに出てくる異世界異物は、召喚魔法陣が宙に浮いているが故に召喚されると同時にドサッと下に落ちる。
するとそこには通称「ゴミ箱」があり、10秒後にはサッとどこかの異世界へその異物を捨てちゃうという具合だ。
そして冒頭の私の仕事の話になるのだが、私の仕事とはこの魔法陣がちゃんと稼働しているかを見張るとともに、不測の事態に備えること。それから万が一我が国に有益と思われるものが呼び出された時はそれを拾い上げることである。
と、そんなことをつらつらと考えているうちに、召喚魔法陣が光りだした。
どうやら何やらかが召喚されんとしているようだ。
この魔法陣は時間帯はランダムであるが、毎日一つ、必ず何かしらを召喚するようにできている。
昨日は夜中まで召喚がなく、私はかなり辛かったのだが、今日はまだ昼前である。
私は少しほっとした気分でだんだんと光を増す魔法陣を見つめた。
そうして待つことしばらく…
ドスン!という音とともに、かなり大きなものがゴミ箱の上へと落ちてきた。
不測の事態に備えて少し身構えていた私は、落ちたものを見て、しかし少しほっとした。
以前、巨大なワニのようなものが出てきていきなり暴れだした…という事件もあったそうだが、今回はどうやら大丈夫そうである。
というのも、落ちてきた男は一見普通の若い男のように見えたからだ。
彼は唖然とした顔で尻もちをつき、私を見て目を見張った。
「こ。こここ…! お、俺、さっきゴリマッチョが…!ゴリマッチョが!!!!ビルからゴリマッチョが…!!!」
そして何かを訴えかける。
しかし残念ながら言葉は通じない。
が、ゴリマッチョというのが重要な単語であるらしいことはわかった。
大方、ゴリマッチョとかいうのが集団で彼を召喚魔法陣に放り込んだのだろう。
「ゴリマッチョが!…マスクつけたゴリマッチョが…!俺はバイトして…」
可哀想にひどく混乱しているようである。
年齢は十代半ばから後半といったところか。
なんとも善良そう且つ幸が薄そうな男だ。
ふと気の毒になった私は彼を拾い上げてみようかと思ったが、思っただけですぐにやめた。
君子危うきに近寄らず。
私は穏やかなほほ笑みを浮かべながら、手をひらひらと振ってみせた。
若い男は私の仕草に怪訝な顔をする…と、同時にゴミ箱発動。
うわっ という声とともに男は何処かへ去ってしまった。
なべて世はこともなし。
『本日の召喚、青年が一人、害の有無不明、ゴミ箱行き』
私はそう日誌に書き込むと、おもむろに立ち上がり腰を伸ばした。
いやはや。
本当に私の仕事は簡単そうに見えて、実に奥が深い…ように見えて、実は全くそんなことはない。