神都
入れたのは太陽が高く上がってからだった。
門をくぐると水堀が、外壁の内側を沿うように巡らされていた。大きな跳ね橋がかかった数百メートル先にまた門があった。門番が立っていたが、特に気にする訳でもなく通してもらえた。
中に入って目に付いたのは、真っ直ぐ延びた大通りと、西洋風の街並みだ。人通りはそれなりで、日本の地方都市のようだった。
普通の人に混じって、獣の耳がついた人や、まんま獣顔をした人が普通に歩いている。まさにファンタジーの一場面。クマ車を見ても驚かない筈だ。納得した。
「獣耳きた獣耳!」
柳吉は珍しく興奮している。ぼくには獣耳属性などないので、友人の意外な一面を微笑ましく眺めていた。目の温度は若干ぬるめで。
グジも意外そうに彼を見ていた。目が合ったから微笑んでおいた。もう一人の護衛は仕事に徹して歩いている。
問題があったのはこの後だ。
綺麗な西洋建築風だけど、ぼくらのいた世界と少し違う建物や、大通りに敷き詰められた模様のある石畳に感動していると、花売りが近づいてきた。
グジは追い払おうとしたが、ミソルトが窓から顔を出す。その顔に気づいた花売りは、感動の声を上げまるで祈るように膝をつき、手を合わせて拝み始めた。
更にそれを聞きつけた周囲の人間が同じように叫び、伝播していく。
大通りはごった返して前に殆ど進めなくなってしまった。何故か侍女は顔を出さない。クマががうがうしてもグジやムッスが追い払っても後から人はどんどん増えていった。
叫び声はやがて一つの言葉へと収束していく。
クマ車の中でこしょこしょ話し声が聞こえる。ミソルトと侍女ソーラが何か話している。話がついたのか、ソーラが急に飛び出して御者台の上で仁王立ちになった。
ひときわ高く大きな声で、はっきりとした言葉を言った。
相変わらずぼくには何を言ったのか分からなかった。けれどそのたった一言で静まり返った。ソーラは言葉を続ける。透き通った声は辺りに響いていく。
クマ車の窓がちょっと開いていて隙間からぶーたれたミソルトが見えた。半泣きになってたので、こしょこしょ話しはつまり彼女が顔を出した事でずっと怒られてイタンダナーとわかった。
ソーラがまた言葉を発した。
ザァッと人ゴミが左右に分かれてぼくたちはゆっくりとその空間を進んで行った。神輿と一緒に歩いている気分だ。でもある意味間違ってないかもしれない。
街の中心部にはお城のような塔のような建物があった。綺麗で巨大な石の塀と門が開いていく。ラッパのような音が短くぱーぱー鳴った。敷地内に入って扉が閉まると、街の方では歓声が爆発した。
「すっげー歓迎ぶりだな~」
「そうだね。すごい慕われてるみたい」
柳吉と話をしていると、ソーラがやってきて綺麗なお辞儀をした。あの、社交界のレディみたいな。
ミソルトもトコトコやってきて柳吉にしがみつく。それから城の中へ連れられた。
中はきらびやかなシャンデリアっぽいのから有名そうな絵画やら満載だった。高級そうな絨毯を踏みしめて馬鹿みたいに眺めているとせっつかれた。これまた高級な部屋に通された。
大人三人寝れそうなベッドにはゴージャスなふりふり。天蓋って呼ぶんだっけ?タンスも照明もソファーも手が込んでて触るのが怖い。
キョロキョロ見渡してぼくが今もっとも願ってやまない素晴らしいものを発見した。
風呂。
人類史に刻むべき偉大なる発明である。