馬車と黒衣と
柳吉の呼びかけは弓矢によって返された。
月明かりしかない夜なのに彼は木の棒で全て撃ち落とした。
「おっけー黒ずくめ、おまえ等が敵だ!」
弓を持つ黒衣を棒で指して宣言する。言外に全員を打ち倒すという意味を込めて。黒衣達はよくわからない言葉を話し始めた。主に馬車に向かって。
「柳吉、関わらない方が良かったんじゃ......?」
「んじゃ誰かが死ぬのが良かったのか?」
目の前で起きたトラブルをただ眺めるのは嫌だ。もし見過ごしてそれが最悪の出来事になってしまったら俺の価値は何処に在るんだ。
僕を助けた理由を聞いたら、そう言った応えが返ってきた。その時と同じ顔をしていた。
正義の味方って、こういう奴の事を言うんだろうなと思った。羨ましくて、臆病な自分がつらかった。悔しかった。けど柳吉は、その時笑っていたのに、とても悲しそうだった。
「っらあ!」
柳吉の一撃は敵の防御ごと吹き飛ばし、後ろにいた仲間を巻き込んで倒れる。
僕と熊は馬車と黒衣達の間に入って守りを固めた。
護衛が敵意を向けてきたのを感じる。
馬車の中から声が聞こえた。
年端の行かない少女の声。
言葉の意味は全くわからない。
「大丈夫。よくわからないけど、柳吉は強いからね」
できるだけ優しい声で言った。
意味は伝わらなくても、意図は感じるはずだ。
ぼくらは敵じゃない。馬車の両脇にいた護衛の敵意がそれた気がした。
柳吉が最後の敵を倒し終わった。
とりあえず黒衣達全員を一カ所に縛り上げて、ぼくらは馬車勢力と向き合った。10人いた護衛は馬車の両脇にいる2人しか残っていないようだった。しかしその二人も満身創痍の有り様。とても移動出来そうにない。
「さて、どーすっかな」
ぼくら待望の通りすがり達だ。少し事情が込み入っているかもしれないけど、此処にきて初めての異世界人。集落か何かあるはず。森の中でずっと暮らすわけにもいかない。
馬車の扉が開いた。
高く優しい声と一緒に銀色の髪が飛び出した。月明かりと合わさって神秘的な雰囲気を纏う。
出て来たのは、小学生位の少女だった。
その少女の後ろから慌てた声で今度は侍女のような女性が出てきて少女とぼくらの間に立つ。まだ警戒されているみたいだ。それもそうか。ひとりは護衛でも歯が立たなかった黒衣達を残らず倒すし、ひとりは熊に乗っかっている。
少女は護衛2人に寄って声をかけた。2人は恐縮した声を出してますます畏まる。そしてぼくらは信じられないものを見た。
「なんだあれ??」
柳吉の驚きの声。ぼくも同じだ。人が発光するの初めて見た。じゃなくて!
「傷が塞がっていく、、、?」
回復魔法そのものじゃないか。銀色の少女はこちらを振り向いた。侍女の制止も聞かず、柳吉の方へ手を差し伸べた。いつの間についたのか、柳吉の頬には傷が付いていた。それが見る間に消えていく。
「暖かい」
そう言って柳吉は目を閉じた。
銀色の天使と、若き勇者。
物語の一ページ目を読んでいるような光景。
少し羨ましいと思った。