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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第六章 終端
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6-2

 ヴェスバーナ暦1998年秋期2月5日 早朝 終端平原


 アグナガルド帝国その東端。ヴェスバーナ大陸のその東端でもあるそこ。そこは二つ山脈に挟まれた平原。人はそこを終端平原と呼ぶ。何せ、そこから先には魔海と呼ばれる海と極東の島国 緋ノ本津國(ひのもとつくに)があるだけだ。

 故に、この平原は終端と呼ばれる。それはその事実だけに限った話ではない。

 ここは世界の終端でもあるのだ。大地的な意味ではない。歴史の終端という意味だ。

 そう、ここは魔族と人が戦うべき場所。時代の終端にのみ、姿を現す戦場だ。

 何もないはずの、海しかないはずのその場所には大地があった禍々しき大地だ、黒と枯れた木々が山脈を開いた門として、その向こう側に違う世界が如く広がっていた。

 その大地こそが1000年前に封印され海中深くに沈んでいた魔族の大地。俗にいう魔界である。今まさに、そこから魔族の大群が押し寄せてきていた。


「おーおー、来てる来てる。あの時みたいですごいねこりゃ」


 それを小高い丘から見下ろす影一つ。黒錬鋼で作られた凄まじく悪趣味かつ禍々しい、全身鎧(フルプレート)に身を包んだキョウスケ・シノミヤ。

 覇帝、覇王の名で通る1000年の時を生きるアグナガルド帝国皇帝だ。その背後には鈍色の海が広がっている。鎧に身を包んだ屈強な兵士たちだ。

 これから魔族を迎え撃つアグナガルド帝国の精鋭たちだった。だが、そんな者たちであっても、緊張の色は隠せていない。

 それも当たり前だろう。終端平原の向こうからは恐ろしい波動が流れてきている。

 それは世界への増悪だ。こんな世界は認めない。こんな世界は全て壊してしまおう。我らを排斥した世界など必要ない。

 それは積もり積もったの憤怒の念。それは恐ろしいなんてものではない。気を抜けば、そのまま意識を失い二度と戻って来れない。そんな未来を幻視した。

 そんな軍勢を、見下ろして、気軽に呟く。


「あの時よりは、マシ、ってわけにもいかんか」


 状況は最悪だといえる。世界の終わりに魔王は現れた。だが、勇者はいない。世界の法則が廻りを終わらせてしまった故に。

 だが、そんなことはどうても良い。これから始まるのはそんなものが介在する余地などない。

 ここにあるのはただの多対多の対決になる。このような戦に魔王が来るとも思えない。それならばあとはどう兵を用いるかという問題だ。


「さて、行くか」


 だが、この男にはそんな考えはないらしい。数度、膝を曲げたかと思うと、戦鎚を持ちあげる。

 身の丈以上もある異常に巨大な戦鎚だ。常人ならば持ち上げることすら不可能なその鋼の塊を羽でも持ち上げるが如く、軽く持ち上げる。

 そして、誰かが静止の声をかける前に、キョウスケは地を蹴っていた

 後ろから見ていた者たちには丘が爆発したように見えただろう。轟音と衝撃が空気を渡る。それは踏み込みだった。

 何の技術も技能(スキル)もない。ただ単純に地面を蹴った(・・・・・・)だけだ。ただ、尋常じゃない脚力に地面の方が耐えられなかっただけに過ぎない。

 だから、爆発した。それは比喩でもなんでもなく事実だ。それによって、キョウスケの身体はまさしく弾丸のように魔族の軍団に向けて吹き飛んで行った。

 それはまさしく、弾丸、いや隕石とでも言うべき速度で魔族の中心に突っ込んだ。クレーターが出来上がる。それだけで、魔族が塵のように吹き飛んでいく。

 その光景は伝説の光景だった。この国の民が誰もが一度は聞く、建国の英雄譚。その伝説が今目の前で繰り広げられていた。

 それは暴虐の嵐だ。縦横無尽に振るわれる戦鎚。それはただかするだけで命を削り取っていく。

 振るわれる暴風は彼を中心に全てを破壊し尽くす。それが最初の第一陣を蹂躙し尽くした辺りでようやく、


「はっ! 陛下につづけぇえええ!!」


 そこでようやく、兵を任されていた者が命令をだし。傍観していた黒髪で癖っ毛でハネて広がっている女性――精霊王の称号を頂くマリアージュもまた、動いた。


「何をやってるのよあの馬鹿は」


 と言いつつ、言葉尻は楽しそうだ。

 その背後に4体の精霊を呼び出す。四大と呼ばれる最高位の精霊だった。彼女にすれば、片手間でも呼び出せる気軽な友人程度の認識ではあるが、その力は折り紙つきだ。

 腕の一振りで精霊は自然の猛威を振るう。それは間違いなく厄災であった。烈風が、劫火が、洪水が、土石が。全てが舞、全てを破壊する。

 それに遅れて、兵士が殺到し、戦線は膠着へと姿を変えていく。いや、わずかながらに人の側が押している。

 1000年前の英雄が共に戦っているのだ。敵を蹴散らしているのだ。負けるはずなどない。そう兵士たちは思った。

 そこに、絶望が降ってくる。

 凄まじい衝撃。主戦場より遥か彼方に離れているというのに、この主戦場にまで届くほどの衝撃が襲う。

 ああ、何だこれは。こんなものは蟻だろう。いや、塵屑だ。こんなもの、路傍に転がる塵にしか過ぎないと。 

 そう波動が告げている。そんな、見下した言葉と共に、衝撃が薙ぎ払う。塵を払うかのように軽く。

 だが、それだけで人は死ぬ。脆いとは言えない。屈強な兵士たち。実力(レベル)はかなりのものだ。階梯もまた同様。その頑強さは並みでは傷すらつかぬだろう。

 それでも関係ないとばかりに、飛来した2つの影。そう、それは人の形をした悪魔。鎌を持った凛とした美しさを持つ和装の女――トモエとシルクハットにマントの少年――デウス・エクス・マキナ。


「ほら、もっと、気を張りなよ。あたいは、まだ、何もしてないよ!」

「そうだね。ボクを楽しませてよ。アハハハ」


 動く。強大な邪悪が動く。魔が撃つ。鎌を振るえば、その手を振るえば。容易く人は死ぬ。


「させるかよ!」


 戦鎚がトモエに振り下ろされる。


「させないよ!」


 烈風がデウスに迫る。

 並みの人が相手取るのはこの2人少々どころではない話差がありすぎる。故に相手取るのはこの2人。キョウスケとマリアージュ。

 キョウスケが踏み込む。凄まじい轟音と共に、山を揺るがす一撃が放たれた。

 横薙ぎに振るわれたそれ。その進路に存在する尽くを砕きながらトモエへと迫る。轟風を巻き起こして、全てを砕く一撃が迫る。

 だが、しかし、この初撃。初手の奇襲は意味を成さなない。防がれた。

 それも当然か。何せ、トモエという存在はそういうもの。戦場でしか生きられぬもの。戦人ではない。そういうものではなく。もっとも、単純な物。死の具現。

 そう死そのものと言っても良いトモエにとっては、死を与えるものは認識するまでもない。わかる。故に、死を与える概念は彼女を捉えることはない。

 だが、キョウスケはそうは思っていなかった。死臭を嗅ぎ分ける者。そういった者を知っている。純度の差はあれど、同じものだ。

 そう、これ以上に絶大な死を彼は知っている。死の代名詞。魔族においてそれは貴族位に相当するだろう。

 その名は吸血鬼。血を吸う死の鬼だ。ただ、彼の知る者よりも幾分か戦慣れしているようだが。


「年季が違うんだよ。お嬢ちゃん」


 振るう戦鎚がその速度を上げる。受ける大鎌が弾かれた。響く轟音。砂塵を巻き上げて、キョウスケは踏み込む。

 音の壁をどれほど超えたか。それほどの踏み込み。目で追うことは不可能。だが、ただの移動であって死の気配などありはしない。

 それでもトモエには見えている。いや、視えている。そもそも、視るのも必要はない。感じる必要も。人間にしては速いがこの程度の速度(・・・・・・・)なら、吸血鬼からすればちょっと、早いだけだ。

 だから、と、トモエもまた地を蹴る。方向は横ではなく縦、正確には上へ。空へと上がっていく。翼などいらぬ。魔法とは世界を書き換える術。ならば、空を蹴ることも、空に立つことも容易い。


「――!?」


 だから、これについてきていたキョウスケに驚愕した。


「そらよ!」


 戦鎚の一撃がトモエを捉えた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 光球を作っては投げる。それは単調な作業だ。なにせ、光球一つ。ただそれだけで、全てが等しく消えていくのだ。何も変える必要などない。何も使う必要すらない。街を歩くような気軽さでデウスは戦場を歩く。


「ストップ」


 そこに1人の影。マリアージュ。極大の精霊を使役する者が1人、デウスの前に立つ。

 吹き荒れ騒ぎ続ける炎の精霊を、それを叱る風の精霊を、流れる流水そのままの水の精霊を、堅物な土の精霊を、ともに引きつれて。

 騒ぐそれらを面倒くさいとばかりにまとめ上げて、その極大の威力をデウスへと叩き付ける。

 通常ならば、それだけで終わるようなものだ。何せ、それは山一つ、いや、下手な国をそれだけで滅ぼせる程度のもの。


「ふーん」


 けれど、そんなものを目にしたところで、それが自信に迫っていたとしても、デウスは気にしない。

 世界を構築するものが彼に傷を負わせることなどありえない。世界を壊すために作られた、世界を外れた偽の神なれば、世の理の範疇では傷を与えられるわけがないだろう。

 そんな余裕があった。避けるなどという選択肢はない。それ故に、それは驚愕を持って迎えられた。


「ガ――アアアァァァァ!!?」


 ありえないことが起きたという風なデウス。当然、それはありえないのだ。精霊如きが機械仕掛けの神を、偽物ながらも神格に傷を負わせるなどありえない。

 神格を倒せるのは神格のみ。それ以外など格が違いすぎる。格の差とはそれ即ち存在の差なのだ。

 故に、密度が違う。高い格を持つ者は低い格を持つ者。階梯と置き換えても良い。そんな存在からの攻撃など意味を成しはしないだろう。

 むろん、それを理解していなければの話だが。その理を解していなければ、そんな道理が成立するわけもない。

 そして、それを理解しているからこそ、デウスは自身が人間に傷をつけられるはずがないと思っている。人間の格など、神の格には及ばないはずなのだから。

 だが、気が付く。神であるために、全てを見通せるが故に。


「オマエ――」

「あ、やっぱ、わかっちゃう? まっ、そだよ。私は、■■■■」


 聞き取れない言葉。その時、マリアージュの口から発せられたのは認識できるが、意味としてなんらなさないただの音。だが、それはまぎれもなく言葉であった。

 神を殺せるものがある。それは世界だ。神とて、世界の中にある存在。その理の中でのみそれは存在出来るのだ。

 そして、デウスの中で、それを吐く者は――。


「■■■■――さて、行くよ?」


 精霊が球を作る。それはまさに世界を形作る一撃。まず間違いなく効果を及ぼさないはずのそれは、マリアージュの手により致死の一撃へと昇華する。

 そして、破壊は放たれた。

色々と触発されるものがあり、書き方が変わってると思います。それについて、何かあれば感想にでも書いてください。


では、また次回。


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