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終わりの始まりの始まり

 ヴェスバーナ暦1998年秋期2月1日。この日、世界はその時を迎えた。


 覇王国連合。

 アグナガルド帝国を中心とした諸国連合。

 連合が発足されてから数百年、一度も開かれることがなかったその会議が今、開かれていた。それほどの事態、それほどの何かということ。

 そうそうたる面々がその円卓に顔を連ねていた。

 アグナガルド帝国初代にして永久皇帝、千年前の英雄、覇帝キョウスケ・シノミヤ。

 エストリア王国無能王ヴィンセントの名代王位継承権13位ルーデンシア・L・エストニア。

 同王国 千年前の英雄 戦神エルシア・ノーレリア。

 宗教国アルナシア、トルレアス教会現代聖女 聖痕のユリアーヌ・アイカシア・フィーネアリア。

 ノステブルク公国公主名代 戦場の魔人ナナシ。

 アルストロメリア王国女王 隻眼の姫宮メアリ・ラナンキャラス・アルストロメリア。

 カヒーヤリー 獣王ガオウ。

 帽子屋 兎 猫 あどけなき物語の朗読者 永遠の少女アリス・イン・ワンダーランド。

 冒険者ギルド、第51代目グランドマスター 黒騎士ハガネ・シシガミ。

 開いている席が後2つ。だが、キョウスケは会議の口火を切った。その2つが来ることがないことを彼は知っていたからだ。


「皆もわかっていると思う。伝説が蘇った」


 重々しくキョウスケはそう告げた。


「それは、真のことかのう?」


 ユーデンシアが聞く。確かに、この会議が開かれたことは異常の一言である。だが、それでも、伝説が蘇ったなどということがあり得るのか。嘗ての危機はすでに過ぎ去ったのではないのかと。


「それは、ありえないのですよ。姫様」


 答えたのはエルフであるエルシア。もっともこの世界の自然を知りつくし、世界にもっとも近い存在が答えた。


「この世界は常に廻っているのです。全てが廻っているのです。命も、魔力も、全てが」

「つまり、どういうことかの? 妾は子供故、そう難しいことを言われても困る。簡潔に申せ」

「つまり、伝説もまた廻るのですよ」


 伝説、魔王が現れ、世界を滅ぼすという伝説。それが廻る。1000年という長い周期でそれは廻ってくるのだと、エルシアは言った。


「だから、小難しいというとるに、あれじゃろ。つまり、何度も同じことが繰り返されるということじゃろ」

「そういうことです」

「しかし、それならば、勇者が現れていてもおかしくないのでは?」


 メアリが聞く。それにユリアーヌが答える。


「ええ、そうでしょう。確かにそう思うのが自然でしょう。ですが、そうはならないのです。アルストロメリア王」

「なぜ?」

「勇者の廻りは、既に絶えているからです」

「なんですって」

「事実です。今こそ語りましょう。千年前に何があったのかを教会が隠してきた真の伝説を」


 ユリアーヌが語る。

 かつて、それはかつて、千年ほど昔。

 勇者と魔王の戦い。そして、その後を。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それは、まさしく伝説の光景であった。

 伝説の中だけに綴られた物語の如き光景がそこにはあったのだ。

 白の光が天を裂き、黒の闇が地を割る。

 黒の聖剣と白の魔剣が轟音を上げてぶつかり合う。

 黒い勇者と白い魔王が、戦っていた。

 何者をも置き去りにして戦っていた。

 両者が剣を振るうその一閃一閃が、天を裂き地を割り、凄まじい衝撃波が辺りを薙払う。

 魔法が飛べば山が消し飛ぶ。雲が引きちぎられる。

 たった二人。勇者と魔王は、壮大なる円舞曲(ワルツ)を踊る。


「フッ、フハハハハハ! 良い、良いぞ勇者よ! こんなに楽しいのは初めてだ!!」


 魔王が笑う。

 勇者に白の魔装を砕かれたと言うのに、ただ嬉しそうに剣を振るう。


「ならさっさとくたばれ! こちとらを倒すのに十五年もかかってんだからな!」


 勇者が叫ぶ。

 黒の魔装を砕かれたことに舌打ちをしながら、剣を振るう。

 剣を交えながら、二人は言葉を交わす。


「そう急かんでも良いではないか。十五年と比べれば、この戦いなどほんの一瞬であろう? 少しくらい付き合ってくれても罰は当たらんかろう? それに、我らにもはや時間など関係なかろうに」

「一緒にすんな!」


 剣を振り抜き、大気を切り裂いて、剣を振り下ろす。地面に叩きつけ、肉を抉り、骨を断つ。

 音が響く。

 聖剣と魔剣が叩き付けられる鋼の甲高い音。大地を抉る音。衝撃波が伝わる音。

 世界が振動する音。勇者が剣を振るうたび。魔王が剣を振るうたびに。世界は揺れる。

 いつか世界が壊れるのではないか。そんな危機感すら浮かぶ。

 だが、勇者と魔王は戦い続ける。世界すら既に興味はなく。ただ、相手を滅ぼす。ただ、それだけを考えて。

 勇者と魔王は互いにボロボロだ。そうだというのに、戦いは激しさを増すばかり。勇者も魔王も、その力は戦う以前よりも遥かに高くなっていた。


「ハアアアア!!」

「フンッ!」


 未だに増加し続ける力。遂には、勇者の振るう黒の聖剣すら、魔王の振るう白の魔剣ですら粉々に砕け散る。聖剣は勇者の力に、魔剣は魔王の力に耐えきれなかった。

 仮にも神造の品。最早、勇者と魔王の力は、世界を管理する女神すら超えたと言っても過言ではない。二人を縛っていた見えない鎖(加護)ですら全て引きちぎっていた。

 だが、そんなことは二人には関係ない。ただ、目の前の相手を滅ぼす。それだけのこと。


「砕けたか。存外保った方か?」

「聖剣と魔剣が砕けるとか初めて聞いたぞちくしょう。絶対に壊れねえんじゃねえのかよ」

「然り。そのはずだが、まあ、砕けた。言っても仕方あるまい」

「そりゃそうだ」


 砕け散った聖剣と魔剣で残っていた柄を投げ捨てる。最早砕けたもの。愛着もない。ただ相手を滅ぼす。それが使命。世界の意志。剣がなくなった程度で、戦いが終わるわけがない。

 剣がないなら魔法で戦えば良いだけのこと。


「アクア」

「ブレイズ!」

「ダーク」

「ライト!」


 勇者が火を放てば、魔王は水を。魔王が闇を放てば、勇者は光を。

 単体の下位魔法から。中位、上位魔法の撃ち合い。次第に超位、極位の広域殲滅魔法へと移り変わる。

 二人の下位魔法ですら山を砕く。極位となれば世界すら砕きかねなかった。それを平然と、ただ一人。目の前の一人に向けて放ち続けた。

 互いに相殺し続けて、極位複合魔法すらも、勇者を、魔王を殺し尽くすには足りない。魔力の全てを絞り尽くした神位複合魔法ですら、満足な傷を負わせることはなかった。

 せいぜい辛うじて残っていた魔装を砕き、互いの服を吹き飛ばしただけだ。

 魔王の均整のとれた美しい傷のない肢体と勇者の鍛え上げられた鋼のように美しい傷だらけの肢体が惜しげもなく晒される。

 だが、互いの裸体すら気にならない。互いに相手を滅ぼすことしか考えてなどいなかった。


「剣も、魔法も駄目か。ならば……これしかあるまい」

「そうですね」


  魔王が拳を握れば、勇者もその拳を握る。


「…………」

「…………」


 言葉なく。互いは激突した。

 右の拳を打つ。

 たった一打。それでお互いの右の拳は砕け、衝撃でクレーターが生じる。

 間髪入れずに左。地形を砕くほどのそれ。左拳も砕ける。

 その間に、膨大な魔力が望まずとも右拳を再生する。そして、また打つ。砕ける。左を打つ。砕ける。再生する。蹴りも同じ。蹴りを放つ。砕ける。再生する。

 打つ。砕ける。再生する。放つ。砕ける。再生する。打つ砕ける再生する。放つ砕ける再生する。

 打つ。砕ける。放つ。砕ける。打つ砕ける。放つ砕ける

 打つ。放つ。打つ放つ。打つ放つ。

 打つ打つ。打つ打つ打つ。打つ打つ打つ打つ。

 打、打、打打、打打打、打打打打打打打――。

 一瞬。刹那の時に、打って、砕けて、再生を繰り返す。永遠に続くかのような打ち合いを二人は続けた。

 それから、


「はあはあはあ」

「はあ、かあっ、はあ」


 いったい、どのくらい打ち合っただろうか。長かったような気がするが一瞬の出来事のようにも感じられる。実に三日。その間に、数百、数千、数万を超える拳の応酬があった。

 だが、如何に人を超えた二人でも限界は訪れる。残りは互いにあと一撃分。恐らくは、次が最後になるだろう。


「はあ、はあ、これで、決めます」

「来るが良い」


 ただただ、互いに最後の力を拳にかける。


「「ハアアアアァァァァ――!!」」


 吹き抜ける風と共に、勇者と魔王の二人は地を蹴った。

 その日、全世界各地で決戦の地から立ち上る巨大な光の柱が目撃された。


「はあ、はあ、はあ、俺の勝ち、だ」

「そして、私の負け、か」


 地に倒れ伏す魔王とそれを見下ろす勇者。長きに渡る戦いは終わった。勇者の勝利によって。魔王は負けたのだ。


「くくっ、何だ、これが負けか。何故だろうな、良い気分だ」

「そうかよ。俺は、いいきぶんじゃねえな」

「何故じゃ? 勇者として魔王を倒せたのじゃぞ?」

「これじゃ、奴らの言いなりじゃねえか」


 そう言う勇者はどこか悲しそうであった。今更ではあるが、他に道はなかったのか。他に何かうまいやり方があったのではないか。そんな考えばかりが浮かんでは消えていく。

 戦いの最中では、やるしかない。これしかないと、腹をくくっていたが、いざ終わって冷静になるとやはり他になかったのかと思ってしまう。

 魔王は、そんな勇者を気に入らないように見て、


「フン、勝者がそんな顔をするな戯け。勝者がそんな顔では、負けた妾が馬鹿みたいではないか。

 勝者ならば笑え。勝者ならば誇れ。勝者ならば敗者が納得するような態度をとれ。

 そうでなければ、敗者への侮辱じゃ。冒涜じゃ。お主は、妾を侮辱するのかえ? 妾を冒涜するのかえ?」

「そんな気あるはずがねえ!」

「ならば、笑え。誇れ。それが手向けじゃ」

「…………わかったよ」


 ぎこちないが勇者は笑った。勇者は誇った魔王に勝ったことを。

 魔王は満足そうに、


「そうじゃ、それで良い。満足じゃ。長い時を生きたが、これほど満足したのは初めてじゃ。うむ、同格の相手とも戦えた。少々の心残りはあるが、何、些細なことじゃ。

 おお、そうじゃ、お互い名前を知らん。どうせ魔王の名なぞ誰にも覚えられることはないじゃろうが、お主には知っておいて欲しい。

 私の名は――――」

「なら、俺の名前は――――」

「ヒャーーッハハハハ!! なあに、良い話にしようとしてんだよ。馬鹿が!」

「ガーー!?」


 勇者を蛇が貫く。


「これで――があ?」

「終わるかよ」


 貫いたはずの蛇を握り潰し、勇者は更に、そこに立つ蛇を掴み上げる。


「ハッハー、まだ、早かったか。なら、逃げるとするよ」

「逃がすかよ」

「なっ!? やめ――」


 蛇を握りつぶした。


「くそ」

「蛇め、どうしても滅びがほしいか」

「滅ぼしてたまるか」


 勇者は手を伸ばしてきた。治癒魔法すらもかけてくる。


「何のまねだ」

「力を貸してもらう」

「なんだと」

「世界を救うために」

「わかった」


 そうして魔王は勇者と手を組んだ。世界の滅びを回避するために。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「そうして、世界は平和になりました。魔王と勇者が手を組み、世界崩壊因子たる魔族を魔王自身が封印して。

 全てが終わったと思っていました。蛇もいなくなったと思っていました。しかし――」


 終わっていはいなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 それは、平和を享受して5年ほどが経った時。

 それは突然現れた。それは巨大な蛇。世界を喰らう蛇。

 勇者は立ち上がった。嘗ての英雄たちも蛇を倒すべく立ち向かっていった。

 そして、かつての聖女が己の全てを犠牲にいて蛇を魔族の封印された地下深く海中深くへと封印した。魔界を蓋として絶対に封印を解くことができないようにした。

 だが、蛇へ狡猾にも英雄の王と聖女の子に呪いを授けた。破滅の呪い。

 王は子を2つに分け、勇者の力で全てを封じて、そして、勇者はその命と因果の全てを以て蛇を殺した。


「そうして、世界は1,000年の平和を得ました。ですが、勇者の廻りは途切れてしまったのです」

「だが、あいつの犠牲で全ては終わらなかった。それがこの状況をもたらした」


 だが、と王は言う。


「諦めるなよ。あいつが戻ってんだ。なんとかするさ。姫さんもいやがる。安心しろ。また、世界を救ってやる」


なんか、もう、本当にごめんなさい。

間隔があいてしまいました。本当ならもっと早く出したかったんですけど、予想以上に4月は忙しかったです。

それと、一定の間隔で来る、精神的な意味合いで、書けない時期というのにぶつかったのも大きいです。また、新しいネタが湧き上がってこれらのネタが潰されているというのもあります。

未だそれは継続中で、また遅くなるかもしれませんが、これからも読んでくださると嬉しいです。

では、また次回。

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