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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第5章依頼の日々編
85/94

5-13

 ヴェスバーナ暦1998年秋期2月1日 深夜 ??????


「ぅ、あ……」


 呻きながらユーリは目を開ける。視界には石造りの重厚な天井が広がっていた。

 見たことがない場所であることがわかった。石造りの重厚な城の中。記憶にない。いや、記憶にあるように思えるが、思い出せない。ここは、どこだ。

 そんな疑問とともに。自分はどうしてこんなとこにいるのだろうか。直前の記憶がない。何かに吹き飛ばされたような気がする。その証拠に篭手と鎧が全て砕けてしまっている。

 だというのに自分に傷がないのはどういうことなのか。わけがわからないまま、ユーリは立ち上がる。


「ここは……?」


 どこか聖堂のような場所。赤い絨毯が敷き詰められた謁見の間のようにも思える場所。どこかの城ではないか。ユーリはそう思う。

 そして、それに気が付く。

 そこには人形のように可愛らしく、美しく、氷のように冷たい少女が座っていた。美しい少女であった。

 ユーリはその姿に釘付けになった。

 髪は金糸のようにサラサラと揺れ、月の光を浴びて輝く金髪。それを金の髪留めでツインテールにしている。瞳は金の色を宿した、ルビーよりも鮮やかで血よりも濃い紅。その紅の双眸は妖しく光を放っていた。

 身に纏うは夜闇のベールを集めて作ったかのような漆黒のドレス。夜空のようなドレスには星のようなフリルと赤いリボンがあしらわれている。ドレスの合間から見える白磁器のような美しい肌は、雪よりも青く白い。

 人形のような少女それはまさしく至高の芸術品と言っても過言ではなかった。見る者を例外なく圧倒する至高の芸術品のような孤高の雰囲気が少女にあった。

 そしてユーリはそれを知っているような気がした。


「……なあ、どこかで、会ったことあるか?」


 意識の外側で、そんな言葉が口をついていた。会ったことなどないはずなのに。異世界で知り合いなんて数えるほどくらいしかいないのに。

 これでは、まるでナンパだ、と思って訂正しようとした時に、


「まさか、ここまで来て口説かれるとは思いもしなかったわ」


 鈴のような声が返ってくる。鈴の音をそのまま言葉にしたような綺麗な声に、ユーリは聞き惚れる。


「でも、駄目よ。ダメ。なにせ、無粋なのがいるんだもの」

「えっ」

「おや、お姫様は気が付かれましたか」


 そこには男がいた。いや、男と形容してよいのか迷う。

 なにせ、男は剣でできていた。漆黒の数多の剣から、その男はできていた。


「なんだ、お前」


 どこかで感じたことのある気配。そう、最近。あの盗賊騎士の団長と戦った時とか。奏が暴走した時にも感じたそれ。

 魔剣の気配。


「魔剣?」

「ほう、気が付くか。それはそうだろうなあ。何せ、契約の履行者だ」


 男の言葉の最中に、ユーリは気が付いた。剣の隙間。身体を縦横無尽に走る、隙間のような、口のようなそれ。そこにあるものに、ユーリは気が付いてしまった。

 それは、顔だった。赤い、紅い、血の涙を流す。異形に食われた、人の顔だった。

 それは、見知った顔だった。それは、リオンの顔だった。それは、グレースの顔だった。それは、奏の顔だった。それは、数多の冒険者の顔だった。紅い血の涙を流す異常な形相の見知った顔の数々だった。

 目を閉じればよかったのだろうか。気づかないふりをすればよかったのだろうか。

 だが、もう遅い。ユーリは見てしまった。それを。その様を。その全てを。ユーリは見た。正しく認識した。紛れもないそれが、現実であることを。ユーリはわかってしまった。


「……ぁ……」


 溢れ出す。それは、関を切って、溢れだす。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――!!!」


 気が付けば、ユーリは男に切りかかっていた。ヴァダーフェーンを抜いた、その蒼水の剣を男へと振り下ろしていた。

 狂乱の攻撃。そんなもの、魔族たる男、しかも、魔剣一族を傷つけることなどできるはずがない。例え、それが水竜王の魔力を持った剣だったとしてもだ。そもそも、たった数百年しか生きていない竜王如きが、魔族に傷をつけようとするのが間違いないのだ。

 ヴァダーフェーンは、男の少し手前で止まる。当たりさえもしない。掠りさえもしない。

 常時発動技能(パッシブスキル)『魔装』。それは、魔に通ずる者が持つもの。それは、守護するもの。如何なるものも、自身の格よりも下ならば、その攻撃を完全に防ぐと言われているそれ。

 本来は鎧の形で顕現するが、顕現させていなくとも、格下の攻撃を止めることなど造作もない。

 男は、それを見て、心底落胆したような表情を取る。


「ツマラン。ツマランぞ。契約者よ。それを履行する者よ。その程度なのか?」

「あああああああああ!!」


 力任せに振り切る。英雄座まで至った力は伊達ではない。例え、男自体を捉えていないとしても、男を吹き飛ばす。

 地を蹴る。重厚な城の床を盛大にへこませて、ユーリはその身を矢と化す。ヴァダーフェーンで突く。やはり、男には届かない。それで、床をぶち抜くほどに踏み込んで、ユーリは男を壁へと叩き付ける。

 そんな状態でも男は笑っている。紅い眼を光らせて、その目から剣が突き出させて、笑っていた。そんな男を見て、ユーリの中の何かが――。


「待ちなさい」


 直前、声が響く。少女の声。美しき月の姫の声。


「それ以上は駄目よ。まだ、貴方が壊れてしまうわ。今は、まだ、それ以上は駄目よ」


 少女は近くにいた。少女は横にいた。少女は隣にいた。

 いつの間に近づいたのか。いや、いや、違う。少女が近づいたのではない。ユーリが近づいたのだ。いつの間にか、ユーリは玉座の隣にいた。


「な、に……が……」

「ねえ、そこの」

「え?」

「貴方よ。貴方。ユーリ。とりあえず、この鎖を外してもらえないかしら?」

「え」

「“外しなさい”」


 紅い瞳輝いて。

 ユーリは、その鎖を。千を超える鎖を。


「させるものか!」

「――がっ!?」


 剣の波が襲う。ユーリの全身を切り裂いて、吹き飛ばす。不意打ちとなりユーリは意識を失った。


「やれやれ、お姫様を出させるわけには行かないのですよ」

「おい」


 聞こえた一言。空気が重くなった。本来、重量を持たないそれが、重く重く男の双肩に圧し掛かる。

 ギギギ、と壊れた魔導具(ソール)のように、男は魔族の男は振り返る。


「――カッ!?」


 重圧が大きくなる。

 それを目に納めるだけで。それを、認識するだけで。重圧が増す。それは、誰よりも美しい。それは、誰よりも気高い。それは誰よりも儚く、そして、誰よりも強い。

 それは、王。それは孤独なる王。不死の王(ノーライフキング)。それは、百億の夜を統べる者。それは、吸血鬼(ヴァンパイア)。それは吸血鬼の王ロード・オブ・ヴァンパイア。カインの直系第二世代から血を受けた第三世代。エヴィエニスに連なる者。

 レティシア・エヴィエニス・ヴァリエーレ。

 封印された裏切りの姫が、鎖を引きちぎって、優雅に、そこに立っていた。


「あなた、誰に、何を、したのかわかっているのかしら」

「があ――」


 喋る度に、重圧が叩き付けられる。魔力が収束しているのがわかる。膨大な、莫大な魔力。それは、尋常ではない。ただ、それだけで空間が軋む、歪む、悲鳴を上げる。


「もう一度聞くわ」


 晴天に浮かぶ紅い月が少女を照らす。


「あなた、誰に、何を、したのわかっているのかしら」

「これは、逃げ――」


 剣の男は逃げようとする。本能が逃げろと叫んでいた。

 生物としての格が違う。アレは、剣の男が如きが関わっていいものではない。あのレベルにかかわれるのはもう、魔王しかない。だが、魔王ですらない木端魔族でしかない彼には、相対するということすら不可能。

 だからこそ、逃げる。生きるために逃げるのだ。

 魔法を発動する。空間を捻じ曲げて、ここから逃げるのだ。

 だが、それをレティシアは許さない。

 パチン、とその透き通るように白くて、ほっそりとした白魚のような指を鳴らす。


「なっ! 転移解除、だと……」


 魔法が霧散する。いや、破壊された。下手をすれば介入した次元のズレによる世界破壊でも巻き起こりかねない行為。だが、それをレティシアは指を鳴らすだけで行った。いとも簡単に。規格外。それを真に理解する。

 だが、もう遅い。


「覚えておきなさい? 私のものに手を出したらどうなるかを」


 レティシアの背後に数千、いや、数万を超える巨大な魔法陣が展開される。圧倒的なそれ、もはや芸術ともいえるようなそれ。男は、見惚れた。ああ、美しいと。

 月に照らされた彼女は、展開された数多の色をした魔法陣は、何よりも美しいと。

 男は、一瞬で消え失せた。痕跡すら残さずに全て。


「やれやれ、久しぶりに魔法と使ったからお腹がすいたわ」


 それを成した少女レティシアは事もなさげにそういう。現に、事もないのだ。レティシアにとって、人間を圧倒していた魔族などただ指を鳴らすだけで消える存在なのだ。


「ふふ、ちょうど良いわ。ようやくね」


 気絶しているユーリを見下ろす。傷は大したことはないだろう。血は出ているが、致命傷は避けている。咄嗟の動きにしては上出来だ。

 そっと、レティシアはユーリの傍に座る。そして、頭をなでる。その表情は先ほどの冷酷なものではなく、愛おしいものを見る乙女のそれであった。


「ふふ、大きくなったのね。千年も待たせるなんて、酷いわ。でも、約束を守ってくれた。それで、十分かしら。さて、と」


 よいしょ、とレティシアはユーリの頭を自身の膝に乗せる。俗にいう膝枕の体勢。そして、


「ちょっと、もらうわ。それと、ほんのお礼をしてあげる。あなたが苦しまないように、ね」


 ユーリの顔にその顔を近づけて――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 東の最果て。極東、魔海に浮上した魔界。

 そこには巨大な黒水晶があった。千年の眠りを与えていたそれ。裏切り者が身をささげたそれ。

 それが割れる。

 現れたのは王。紛れもない王。王だった者。それは、かつて、世界の終端で、終末を謳った者。破壊者。そして、救済者。その者はこう呼ばれた魔王、と。

 側頭部から生えた黒黄金くろこがね色の2本の角。髪はふんわりとしていてサラサラで腰ほどまであるブラックブラッドブロンド。憂いを秘めた全てを見透かしたようなブラッドブラッドレッドの瞳。

 胸の大きく開いた漆黒のドレスはぼろぼろで、一部を除き世界の殆どの男を釘付けにするであろう抜群のプロポーションを惜し気もなくさらしてしまっているが、そんなことはどうでもよいのだろう。ここには人はいないのだから。


「う……むぅ……封印が、解けた、か。力の流出が、くっ――」


 魔王がそう苦しそうに呟く。ハリのある凛とした声ではあるが、どこか掠れている。脈動する波動。何かが流出している。それは、有形無形の何か。力と形容されるものだった。


「お久しぶりね。先代様」

「お、前……は、今代の、時空の魔女……か。逃れて、いた、のか」

「ええ、そうよ。それと、私だけではないわよ」


 彼女の背後に佇む12の影。古の魔法を使いこなす災厄の魔女たち。嘗て、教会がその力の全てを使って断罪したはずのその生き残り。正真正銘なる人なる身の魔。


「魔を切り裂いて、……封じた、はず」

「ええ、だから、返してもらったわ」


 魔王は理解した。

 これが、始まりなのだと。これは終わりの始まりなのだと。止まっていた時が動き出したのだと。自らが止めた時が動き出したのだと。

 ならば、自らのやるべきことは、


「ならば、お主らをこのまま解き放つわけにはいかん」

「あらま、先代様できるとでも?」

「魔を統べた私に魔女如きが勝てるとでも?」


 流出しているとは言え、魔王。魔女とは格が違う。一つの属性しか使いこなせぬ矮小な魔女如き。全ての属性を使いこなせる魔王に勝てるはずがないのだ。

 だが、時空の魔女、イリスは笑う。嗤う。


「何が、おかしい」

「ええ、滑稽よ。滑稽よ。あなた、自分の立場、わかってんの? このイリスちゃん、魔王に勝てないことは先刻承知。だから、勝てるとか、思ってない。だから、連れてきたのよ」

「――なっ!!」


 時空が歪む。

 そこに、現れたのは、かつての、戦友(とも)の姿。嘗て、己の前に立ったただ一人の人間。ただ一人の半身。第二特異点。己と同質の存在。

 勇者。

 異界から招かれという彼の伝説の勇者がそこにはいた。虚ろな瞳で。虚ろな姿で。けれど、彼の聖剣をその手に。魔王の前に。


「勝てるのを持ってくるのは、どうぜんでしょう。先代。さあ、どうぞ? 1000年前の再現ですね」

「ふざ、けるな! ふざけるな、認めるものか。認めるものか」

「そうや、認めるわけないやろ」

「――ゴアッ!!」


 魔王は自覚する。自身の身体を貫く腕を。心臓を取り出し鷲掴みにするその腕を。男の腕だ。それは人間の腕だ。それは、和装の男の腕だ。伊藤慶介という男の腕だ。


「お前の存在なんて、認めるわけないやろ?」

「お、ま、え、は――カッ!!」


 伊藤慶介が腕を振り魔王を飛ばす。心臓は変わらずその手の中に納めたままで、血濡れのままで。伊藤慶介はにへら、と笑っていた。


「先代なんて、いらんのや。ワイだけでええねん。ワイだけでな。蛇の力は取り戻した。先代は、さっさと隠居せえ」

「ま、て」


 魔王は、手を伸ばす。だが、伸ばされた手は届かない。


「ああ、残念だったねえ、先代魔王」


 そこにいたのはシルクハットの美少年。デウス・エクス・マキナ。自身が作り上げた、時空干渉人形。クソッタレな神を殺すための機械仕掛けの神。それが、笑う。嗤う。


「でも、そんな悔しそうな表情の君は美しいよ。でも、それで、君の手は、届かない。残念だったね。それじゃあ、ね、先代」

「――がぁ!!」


 デウス・エクス・マキナは魔王の顔を踏み抜いて。そのままクルリと、伊藤慶介についていく。


「ま、待て!」


 血を流す身体に鞭打って、魔王は立ち上がる。その身は既に死に体。だが、それでも、伊藤慶介たちを行かせるわけにはいかない。

 何のために、自らの身をささげたのか。何のために、勇者とここまで来たのか。諦めるなど、彼女にはできない。

 魔力が渦巻く。魔力が渦巻く。魔力が、ここに、集まって、渦を巻いて、そして、侵食していく。

 魔王の声が響いた。


「――あ」

「うざいわ」


 だが、その声は、誰にも届かなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 北。ノステブルク大領にある崖。その下には、灰色の海があった。波が蠢き、鈍色の輝きをあげる軍勢という名の絶望の海が広がっていた。

 崖の上にはわずか二人。初老の男と少女。ローブのような服装で使い込まれた木の杖をついている。髪は白髪に覆われているが、目からはまったく衰えることなく輝く、老獪な鷹の目が世界を見つめていた。

 少女は男とは対照的に何もなかった。

 少女の両脇には、到底彼女の細腕では持つことが不可能なほど肉厚で巨大な柄のない両刃のリボルバー式ガンブレードが、眠っているかのように横たわっていた。また、彼女の前には一本のまるで冷気を放っているかの如く鋭い刀が突き刺さっている。


「ナナシ」


 老人は静かに少女の名を呼ぶ。


「ん」

「行け。どうやら、あ奴が呼んでおるようだ。全部、蹴散らしてワシの代わりに行ってきてくれ」

「ん」


 ナナシは頷くと、ガンブレードを両手に、刀を口に。軽々と持って、そのまま崖を飛び降りた。そこから先は蹂躙の始まりだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アグナガルド帝国北西、エストリア王国北東には、広大な大地がある。しかし、帝国、王国の地図には、ただ一つしか記載されてはいない。

 そこに記載されているのは、カヒーヤリー。獣王ガオウが治める獣人の国があった。数ある獣人の部族を纏めただけというおざなりな国が。法はただ一つ“強さ”だけという文字通りの蛮国である。

 その首都は、険しい山岳を力で無理矢理切り開いたかのような場所に造られていた。名前なぞない。もとより首都とすら獣人には認識されていない。獣人には、ただ王が、支配者が住んでいる場所と呼ばれている。

 それに首都、と呼ばれていても豪奢な城があるわけでもない、堅牢な城壁があるわけでもない。ただ、家屋が集まっているだけの、首都だけでなく都市とも呼べぬ街であった。

 もとより便宜上首都と言っているだけであって首都ではない。だからこそこれは当然。当たり前のことである。

 だが、そこは紛れもなく王の住まう場所だ。ただ(ガオウ)の前には豪奢な城も堅牢な城壁も必要なかったに過ぎない。

 邪魔であったのだ。豪奢な城も堅牢な城壁も。ガオウが望んだのは、闘争である。王に君臨しているのも、ただ己が望みを、渇望を満たすためだ。

 本来、獣人は同じ部族の者以外には決して群れない。だが、十数年前。ガオウが現れてから全てが変わった。群れぬはずの獣人が徒党を組み世界に弓を引いたのだ。

 獣人の圧倒的な身体能力とガオウの力により、十数年前までは存在していた諸王国は全て滅亡。大国カヒーヤリーが誕生することとなった。

 その張本人ガオウは、元は白虎族に生まれた獣人であった。彼は、転生者と呼ばれる。また、別の存在であり、生まれた時から、他とは違った。最も強さという戒律に厳しい白虎族の中で転生特典を使いガオウは頭角を現す。

 無論、出る杭は打たれる。だが、その全てをガオウは喰らい尽くした。文字通りの意味でだ。同族を喰らったのだ。

 ガオウには、特別な技能(スキル)があった。技能(スキル)『吸喰捕食』。文字通り、喰らったものの全てを得る技能であった。

 その技能のせいで、ガオウは殺しても死なぬ化け物となった。力で、全ての部族をまとめ上げた。

 まあ、カヒーヤリーの成り立ちなぞどうでもよい。現在、その名も無き首都には10000もの獣人が集まっていた。全員が生身で丸腰。ただ、目だけが飢えた獣同然にギラついていた。

 その前に立つのは当然、獣王たるガオウ。これから戦争に行くのだ。


「わかっているな我が同胞(はらから)よ」

『然り』


 ガオウが、告げる。


「これは、始まりだ。伝説の時が来た。行くぞ、同胞よ!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「さて、ついに来ましたか。この時が」


 漆黒よりも黒い黒檀の鎧をまとった騎士が部屋の中でそうつぶやく。

 ハガネ・シシガミ。ギルド最高指導者、51代目グランドマスター。

 異界からやってきたという最強の戦士。


「……行きましょう。先代が言っていたことが、ついに始まるのですね」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 アルストロメリア王国。千年にも及ぶ長い長い歴史と膨大な文化を持つ国の一つである。

 ここは、その首都。計六つの城から成る一つの複合連結城――アルストロメリア城を中心に五つの大通りが放射状に広がり、三層十五区画に区画分けされた魔術煉瓦造りの街。名はカメリア。

 アルストロメリア王国首都リバーナ。また、最大の都市だけあって、住む人も多く、活気に満ち溢れている。

 しかし、今は、五大通りに人はおらず、活気などは微塵も感じられない。暗雲も立ち込めどこか退廃的な雰囲気を醸し出している。

 アルストロメリア城で、報告を聞いたメアリ・ラナンキャラス・アルストロメリアはその眼帯に覆われていない左目を細めていた。


「わかりました。おじ様が言うのでしたらそうなのでしょう。行きます。すぐに準備をしていてください」

「は!」


 兵士が去っていく。


「まさか、もう、そんなに? でも、よかった。間に合って」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふふふふ」


 少女は笑う。少女、アリス・イン・ワンダーランドは笑う。自身の世界で。彼らの世界で。童謡(ナーサリーライム)の影で。

 少女は一人笑うのだ。

 それは、伝説が始まったから。終わりが始まったから。繁栄も、栄華も、全ては一時。刹那に輝くもの。

 だからこそ、少女は笑うのだ。可愛いアリスは嘲笑(わら)うのだ。


「クスクスクス、面白いわ。ねえ、面白いでしょう? だって、悲劇なんですもの。さあさあ、私も踊らないと。フフフ、ねえ、そこのあなた、どう? Shall We Dance?」


はい、怒涛の超展開です。もっとゆっくりやっても良かったように思えますが、少々尺の問題もありまして、そこまで長くしてもどうなるグダりそうだったので、このようなことになりました。

一応、言っておくと、ゆっくりした場合、いつまでも完結しないという事態に陥ります。既に想定よりも異常に長くなっているし、友人にさっさと物語を進めろというありがたい意見ももらいましたので、このような展開になりました。


まあ、色々ありましたが、ここまで来ました。友人たちにメインヒロインはよだせと言われ続けて、一年以上。ようやく登場ですよ。長かったです。

未熟な作者ですがこれからも宜しくお願いします。

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