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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第5章依頼の日々編
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5-4

 ヴェスバーナ暦1998年秋期1月20日 朝 遺跡都市カルリス


 朝食の片付けを終えたユーリは、血盟拠点(クランハウス)依頼板(クエストボード)を見ていた。血盟(クラン)天剣の両翼(ソード・ウィング)』の他のメンバーは、思い思いの行動をしている。

 例えば、読書であったり。買い物へ行ったり。居眠りをしていたり。思い思いだ。

 血盟とは言え、いつもフルメンバーで依頼(クエスト)をこなすわけではない。どちらかと言えば、2人か3人で依頼をこなす方が比率としては多い。

 メンバーの少ない小血盟であるため、一々フルメンバーで依頼をしていたら、依頼は溜まっていくばかりだ。そんなことになればギルドからの信用を失い、ペナルティーを受ける。

 ペナルティーは様々で数日から数週間のただ働きや、ランクの降格、最悪の場合は、血盟解散や冒険者資格剥奪まで有り得る。

 ギルドも血盟は貴重である為、その点は考えて依頼を回しているのでそんなことには早々にならない。だが、なってしまえば情状酌量の余地はない。

 そうならない為にも仕事はしなければならない。


「さて、何をしようか」


 依頼はCランク以上しかないので、雑用依頼はない。ある依頼は大別して調査依頼、護衛依頼、討伐依頼、あとは特殊な事情を孕んだ特殊依頼の4種。


「偶には討伐以外でもやってみるか」


 それでユーリが選んだのは護衛依頼だった。


 護衛依頼『商品の護衛』

 依頼者:ラプニアス商会

 依頼内容

 カルリスから砂漠都市国家ニーユブロッサムまで商隊(キャラバン)の護衛を依頼したい。

 治療術が使えるものが望ましい。

 砂漠越えになるので準備されたし。


 時間がかかる依頼は、これくらいだったので、やっておこうと思ったのだ。


「アリエッタ誘って行ってみるか」


 ユーリは、依頼板から依頼書を取るとエントランスで本を読んでいたアリエッタに持って行く。


「はい、わかりました」


 アリエッタは、それを快諾。もとから何か依頼に行きたいと思っていた。だが、戦闘能力の低い自分が出来ることは限られている。

 だから、誰かを誘って行きたかった。ユーリの提案は渡りに船だったというわけだ。


「じゃあ、準備が出来たらラプニアス商会で落ち合おう」

「はい」


 ユーリは、血盟拠点を出て未だ人がまばらな大通りを歩く。向かうのは、雑貨店。旅に出る時に必要なものを買いに行く。水を中心に身体を覆う砂漠用の服を買う。

 それからラプニアス商会へ。やはり商人らしい、過度な装飾のない商館を見ているとアリエッタがやって来る。


「お待たせ、しました」

「今、来たところだよ。じゃあ、行くか」


 ラプニアス商会に入ると、ユーリ達は応接室に通される。現れたのは、商人らしい恰幅の良い男。

 ラプニアス商会の会長プラデル。商会にしては規模は小さいが、ニーユブロッサムでの取引で莫大な利益を出している。今の形を作ったやり手。


「フン、ギルドに精鋭を頼んだのに、若造とガキを寄越すとは、ギルドも堕ちたか」


 開口一番。プラデルの口を突いたのはユーリとアリエッタをバカにしたような言葉。

 それにムっとするが、仮にも依頼主。逆らってしまえば信用問題になる。


「フン、まあいい。貴様らで最後だ。ワシの荷が安全に運べるように精々働け。さっそく出発だ」


 既に準備は出来ていたのか、商隊は出発する。それにプラデルまでついて来たのは予想外であったが。

 商隊と共に出発した所で、別の護衛と合流した。ユーリの他は4パーティー24人。それなりのランクの冒険者達であった。彼らはプラデルに専属で雇われた護衛たちである。普通ならば、彼らだけでも事足りる。

 それなのにユーリたちを雇ったのは、このところ砂漠に出没するという盗賊団に備えてだ。24人の冒険者の中に治療術を使える者がいないのだ。何かあった時の為に臨時で依頼が出されたということである。


「宜しくお願いします」

「おう、こっちこそな」


 ユーリたちは、専属護衛の冒険者たちに挨拶をして回る。冒険者同士の仲は基本的に良く。その年で凄いね、などフレンドリーに歓迎された。

 さて、そんなこんなで出発であるが、その前に守る馬車を決めることになった。そこでユーリ達は、プラデルの乗る一番前の馬車を守ることに決められる。なぜか他の冒険者から押し付けられる形であったが、その理由はすぐにわかった。


「ワシはな、本当なら今頃は王都にいてもおかしくない人間なのだ。だが、なんでこんな辺鄙なところにいるのか、わかるか? おい、小僧」

「いえ、わかりません」


 ユーリはうんざりしながら答えた。

 実際はわかっていた。稼げるから。この話は既に10回は聞いている。出発してからまだそれほど時間が経っていないにも関わらずだ。

 プラデルは、口を開けば自分の自慢ばかりした。何度だ。何度も。何度も。飽きることなく喋り続けた。

 良く口が回るものだと思うが、そこは商人だ。口は商売道具。むしろ回らない方がおかしい。

 アリエッタを後ろに下げて正解だったと思いながら、ユーリは、プラデルの話を聞き流していくのであった。


********


「ここで夜まで待つ。砂漠の移動は夜だ。しっかり準備しておけ」


 アグナガルド国境の街。南部砂漠前で、プラデルの商隊は一時休憩となった。

 砂漠の移動は、昼間よりも夜の方が涼しくて移動がしやすいためだ。ただし、盗賊や夜行性の魔獣が襲って来るので、気をつけなければならない。

 比較的安全なアグナガルドを出る為、実質ここからが護衛依頼の本番となる。


「ここからが本番だな」

「はい」


 適当に入った酒場でユーリはアリエッタと話す。

 席をわざわざ占領し、酒場なのに水しか頼んでいない。嫌な客の典型であった。


「しかし、国境なのに、物々しくないな」


 街に入った時のことを思い出しながらユーリは言った。

 この街は普通国境にある物々しさが全くない。他国と接する国境は、否応なく警戒して物々しくなる。

 それなのにこの街は違う。砂漠へ出る旅人の為の施設や店が建ち並び、酒場では笑い声が響いていた。

 ユーリの国境のイメージとは大きくかけ離れていた。


「南部は、国、乱立してる、から」


 ヴェスバーナ大陸南部は砂漠地帯が広がっている。そこは、都市毎に国が乱立している状態であり、アグナガルドに攻め入るような国はない。

 しかも、仮に攻めてきたとしても軍隊の砂漠越えは厳しい。厳しい砂漠を越えてわざわざ勝てもしないアグナガルドに攻めるような国はない。

 そのため、最低限の見張りと兵士がいる以外は軍の人間はいないため、他の国境に比べて物々しくないのだ。

 そう、アリエッタはユーリに説明した。


「なるほど……さて、まだ時間があるな。どうする?」

「どう、する?」


 特に今、ユーリたちがやるべきことはない。準備はとっくの昔に出来ているのでやることがないのだ。


「ゆっくりしとくか?」

「…………(こくり)」


 特にやることがなかったので、酒場でゆっくりする事にした。ちなみに最後まで水しか頼まなかった。


********


 日が落ちてすぐ。商隊は、ニーユブロッサムへと出発する。商隊には、新たに荷が追加されていた。幌のかかった大きな荷車だ。

 中に何があるか見ることは出来ないが、ユーリの気配察知はその中身を正確に捉えていた。

 荷車の中に何があるのか。それは人。ぎゅうぎゅう詰めにされた人が中にいることがユーリにはわかった。


「奴隷か」


 予想されるのはそれ。明らかに乗合馬車のような雰囲気ではない。感じるのは、諦めや絶望といったものばかりである。

 プラデルの商会。ラプニアス商会は、奴隷も扱う商会であった。酒がメインであるが、厳しい環境で人が少ない南部砂漠地帯での人身売買は、かなりの利益となる。ならば、やらない手立てはないというわけだ。


「…………」


 ユーリは、特に何かする気はなかった。しようにも出来ない。今のユーリは血盟に所属しているためだ。

 ユーリが何か問題を起こせばそれはユーリだけの問題では済まない。血盟にまで迷惑がかかる。そんな中で何かしようなどとユーリは思わない。

 だが、それでも哀れであることには変わりなかった。ユーリは、なるべく歩くことに集中するようにした。


 砂漠の夜。

 月明かりが照らす中を商隊は進む。幻想的な光景ではあるが、ユーリたちにそれを楽しむような余裕はない。

 砂漠は灼熱地獄のイメージがあるが夜の砂漠は、真逆の極寒。熱を保持するようなものがないためである。

 灼熱地獄と同じように寒さもこたえるのだ。ただ、暑さよりも遥かにマシであるが。


「大丈夫かアリエッタ?」

「はい、です」


 会話の声が虚しく砂漠に消える。会話がなければ、聞こえるのは、駱駝や護衛たちの息遣いと砂を踏む音、馬車が軋む音だけが響いた。


「あ、れ?」


 そんな中で、微かに、何かをアリエッタは聞き取った。それは、何かが動くような砂の(うごめ)く音。

 ユーリたちには聞こえていないようである。ならば本当に微かな音ということ。

 アリエッタは耳が良い。人には聞こえないような音でも聞き取ることが出来るのだ。

 そんなアリエッタが何やら気にしている様子なのでユーリは聞いた。


「どうかしたか?」

「い、え、何、でも」


 しかし、あまりに微か過ぎてわからない。気のせいの可能性もあったのでユーリたちには伝えないことにした。もう少し確信が持てたら相談するつもりである。


「そうか…………」


 ユーリはそれ以上は聞かない。いや、聞けなかった。

 商隊の目の前にポツリポツリと灯が灯っていからだ。


「さて、おいでなすったか」


 ユーリは戦闘体勢を取る。他の護衛たちも同じである。十中八九盗賊だ。襲撃に備えて待ち構えながら灯っている灯を避けるように移動する。

 しかし、いつまで経っても盗賊の襲撃はない。怪訝に思いながらも警戒は緩めない。


「な、に、こ、れ……」


 そんな時、アリエッタは、襲撃を考える場合ではなかった。

 アリエッタの耳は、確かに何かの音を捉えている。それは、次第に大きくなっていた。それも足下で。


「っ! にげっ――」


 気が付いた時にはもう遅い。瞬間、落ちる。大地が落ちる。

 静止していた砂が流動を始めた。砂が流れ落ち地獄の口を開く。

 そこにいたのは、異常な顎を持つクゴジリア。砂の中に潜み、獲物を己の領域に落とし、引き込み喰らう狩人(ハンター)


「おい、なんだこれは、何が起きた!!」


 プラデルの声が響くが、そんなものに答えている余裕はない。即座に行動しなければ、地獄行きだ。


「くっ!」


 ユーリは直ぐ様、魔法陣を展開し、土属性の魔法を使い馬車だけは守る。

 結果、ユーリは落ちる。足を取られる。流動し下がり続ける砂に足をとられる。


「ユ、ユーリ……!」


 助けに行きたいが、それはできなかった。駱駝に乗った約100余名はくだらないガラの悪い盗賊たちが現れたからだ。逃げようにも前方はクゴジリアの巣。完全に囲まれた。あの灯は、この巣の前に誘導するためのものだったのだ。


「おい、冒険者共!? 金を払っているんだ。なんとかしろ!?」


 プラデルが半狂乱に叫ぶ。

 それにこたえるように、粗野な1人の冒険者がやれやれと言った風に前にでる。


「やれやれ、まあ、やるとしやしょうか。お嬢ちゃん!」

「は、はい!?」


 突然呼ばれたので、驚くアリエッタ。


「落ちた、(あん)ちゃんを助けてやんな。こっちは、こっちでやるからよ」

「え、で、でも」


 明らかに数の差がありすぎる。そんなのどうにかできるのか。

 だが、男の様子は、余裕そのもの。


「大丈夫だ。オレ達に任せな」

「で、でも」


 その提案は嬉しかったが、数の差が圧倒的過ぎである。治療術師(ヒーラー)がアリエッタ以外にいないこの商隊で、この数の差である。アリエッタがいた方がいいに決まっていた。


「数の差? ああ、問題ない。あいつら、雑魚だ。噂の盗賊団ならまだしも、あいつら程度物の数じゃない」


 男はそういった。

 その言葉が事実であったことを、アリエッタはすぐに思い知ることになる。

このところ小説の書き方とかについて考えることがあったので、色々と試行錯誤しています。

感想、ご意見などお待ちしてます。

では、また次回。

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