5-3
ヴェスバーナ暦1998年秋期1月20日 早朝 遺跡都市カルリス
遺跡都市カルリス。
清潔な石造りの街の中央には時計塔があり、そこから少し離れた場所に、街の建築様式とは、根本的に異なる巨大な建築物があった。ここはカルリス。遺跡と呼ばれるものが存在する街である。
早朝、朝霧の立ち込めるカルリスの街に金属音が響いている。仕切りに何かを打ち合うような音だ。石造りで、他に何も音がないことから、その音はとてもよく響いていた。
その音は、街の中心から少し外れた場所にある少々多きめの宿屋といった風な建物から響いている。
一見すれば宿屋に見えるが、宿屋ならば宿屋を表す看板が必ずある。その建物には宿屋を表す看板がないため宿屋ではない。
金属音という点から鍛冶屋という線もなくはないが、それにしては煙突からは煙の一つもでやしなかった。
この建物は、血盟拠点。その名の通り血盟の拠点だ。入り口には紋章が掲げてあり、血盟『天剣の両翼』を示す翼と剣の紋章である。
つまりここはリオン達の活動拠点なのである。音は、そんな血盟拠点の裏手に広がる訓練場から響いてきていた。
訓練場は、地均しをしたぐらいの土剥き出しでそれなりの広さを持った場所である。そこで動き回り、剣を交わす二つの影があった。
1人は、蒼水色の剣だけを持ち、1人は、剣と盾を装備している。ユーリとリオンであった。
「ハッ!」
ユーリがヴァダーフェーンを振るう。
リオンは、それを盾で受け流し、右手の剣で突きを放つ。
対するユーリは、篭手をはめた左手で剣の腹に裏拳を叩き込んでそれを弾く。
剣が弾かれ、突きが当たらなくなったことがわかると同時にリオンは、剣による突きから盾による打撃に変える。剣を弾かれたことにより変わった姿勢を引き戻し、突進を加えて突き出す。
特殊効果を使ってないにしろリオンの盾は鋼鉄製。しかも、突進している勢いのまま殴ればそれなりどころか、かなりのダメージになる。受けれたとしても、うまく衝撃を逃がさなければ剣を取り落とす。
そんな一撃をユーリは、受けるようなことはせずに跳んでかわす。リオンを飛び越し背後に着地すると、すかさず一撃を放つ。
リオンは、突進の最中、盾を思いっ切り振り、突進とその勢いで身体を回転させユーリへとむき直す。一撃を放つユーリへと、同じく剣による一撃を放つ。
2人の剣が交差するその刹那、街中央に建てられた時計塔の鐘が街中に鳴り響いた。本日2度目の鐘で朝の7時を知らせる鐘の音だ。平民や商人が慌ただしく起き出し、仕事を始めようと動き出す時間であった。
ユーリとリオンは、その鐘が鳴った瞬間、一切の動きを止めている。剣はどちらにも届くことのない位置で止まっていた。
「今日は、これくらいにしようか」
「ああ」
時間切れで終了である。
「じゃあ、ご飯にしよう。ユーリ、僕はいつものパンね。ジャムも」
「そんなに好きか? ほぼ毎日だぞ。飽きないか?」
ユーリがここに来てからほぼ毎日リオンは、ユーリお手製パンとジャムを食べている。よほど気に入ったらしく飽きもせずに食べているのだ。流石に飽きるだろうとかユーリは思っている。
「全然」
リオンは、まったく飽きていなかった。
それもわからない話しではない。何せこのアグナガルド帝国と言えど食事事情は、他国とそう変わらない。
パンは固く、柔らかいパンは貴族用。調味料は高価で種類が少ない。
そんな中に、柔らかいパンやらマヨネーズやケチャップ、ジャムなどといったものを出せばどうなるか。病み付きになってもおかしくはない。
また、ユーリが料理に無駄にこだわって技能熟練度がかなり上がっているのも理由の一つだ。技能熟練度に比例して料理の腕も上がるのだから、今のユーリが作る料理は、プロ顔負けである。
そこらの大衆食堂よりも上手く、食べたことのない料理を食べさせてくれるのだ。もうユーリなしには血盟『天剣の両翼』の面々は生きれないとまでなっていた。食に関しては。
「本当、ユーリが血盟に入ってくれて良かったよ」
「……そりゃ良かったよ」
そう、ユーリは血盟『天剣の両翼』に加わっていた。竜王オウェイシスを討伐したあと、ユーリは加わっていたのだ。理由は、称号が手に入れることが出来たのと良い経験になると思ったからだ。それが約1ヶ月と半月前。
ユーリ加入により血盟『天剣の両翼』の血盟拠点を冒険者ギルドに申請し、ちょうど空きのあったカルリスに来たのが一週間ほど前である。クレンベルでの活躍が良かったらしい。
申請は通り、こうして血盟『天剣の両翼』はカルリスにやって来たのだ。
さて、このカルリスは、遺跡都市と呼ばれている。それは、この街に遺跡と呼ばれる建造物があるためだ。
遺跡とは、人間の有史以前に存在していたとされる古代神王朝と呼ばれる時代の遺跡群のこと。内部には貴金属製品や宝石類、神器や遺物などの財宝が共に眠っている。
迷宮と混同されるが全くの別物である。似て非なるものだ。
まず、手に入るアイテムのレベルが違う。
迷宮から手に入るアイテムは、普通に手に入る消耗品から、魔法道具である。
それに対して遺跡から手に入るアイテムは、遺物や神器と呼ばれる人智を遥かに超えたアイテムばかりである。
また、迷宮には魔獣が出るが、遺跡には魔獣は出ずに神獣と呼ばれる魔獣以上の危険度を誇る存在が数体しか出ない。
迷宮は人間以外のどのような種族でも入ることができるが、遺跡は人間以外が入ることはできない。そして、途中で出ることができない。などの違いがある。
そんなカルリスには、様々な人が集まり、金が動く。そんな街では様々依頼がギルドに舞い込む。
そんな数多く多種多様の依頼が血盟である天剣の両翼にも舞い込んで来ていた。
「いつも、ありがとう」
「いえ、業務ですので」
ユーリとリオンが血盟拠点のエントランスに戻ると、血盟『天剣の両翼』の参謀オネェのリーがギルドの職員から依頼書の束を受け取っていた。
毎日毎朝決まった時間に決まったギルド職員が血盟に依頼書を持って来る。血盟所属者の最低ランクから最大ランクまでの血盟に適した依頼をギルドは選別し持って来るのだ。今来たギルド職員が血盟『天剣の両翼』の担当職員である。
その職員が帰ったのを見届けてからリーがユーリ達の方を向く。
「あらぁ、2人とも相変わらず早いわねぇ。依頼書が来たわ。貼っておくからあとで見ておきなさい」
「わかった」
「了解、じゃあ、俺は朝食を作って来る」
「お願いねぇ」
ユーリは、エントランス奥にある調理場に入る。元が酒場兼宿屋な建物なので、調理場はしっかりしていて不足はない。
「ふぁ〜、おはよう、ございまふ」
「…………」
また、この時間になれば可愛く欠伸をしながらアリエッタとまだ寝ているのかゆらゆらと揺れる奏、まるっきりユーリを無視なグレースがやって来る。
「……おはよう。すぐ出来るから待っててくれ」
3人が行ったのを確認してから手早く朝食を作ってしまう。それを食べ終えたら、冒険者としての仕事の開始である。
********
カルリスの遺跡の隣には街の景観を著しく破壊している純白で真四角の建物がある。継ぎ目すらない不思議な建築物で、見たこともない素材で出来ていた。
なんとも奇々怪々な建物である。そこはカルリスの住民達に、近寄るべからずと言われていた。
曰わく、夜な夜な変な音や、獣のうなり声のようなものが響いてくる。
曰わく、変な匂いがする。
曰わく、動物が怖がって近づかない。
曰わく、変な生き物が夜な夜な徘徊している。
などなど言われていた。
そんな建物の中は、外観からは想像できない程に広い。広大と形容しても遜色ないほどだ。外観さえ考慮しなければ巨人が住んでいると言われても納得だろう。
さながら迷宮の中のようなそんな建物の奥へ進む。その度に奇妙な声が響いてくる。
「うー、むえー、あい、サムナアー」
その声の聞こえる方に進むと、段々と周りの景色が様変わりしていく。
入り口付近が理路整然としていたのに対して、ここは、さながら、ぐちゃぐちゃに好きなものだけ詰め込まれた子供の玩具箱であった。
奥に行くほど段々と汚くなっていく、そんな混沌の中心にこの部屋、建物の所有者がいた。
一見、悪戯好きそうで知的な白衣を着た美女である。こんな薄暗く健康に悪そうな場所ではく太陽の下に出れば、言い寄る男はいくらでもいるのではないか。そう思わせれるくらいには元々の素材は良かった。
ただ、こんな場所であるのと、美容にまったく気を使っていないために、色々と残念なことになっている。惜しいとしか言いようがなかった。
そんな女は、ごちゃりとした机に向かって何やら奇声を上げたりしながら、うんうん唸っている。
「むぅ、やはり現地調査が必要、とでもいうのか? いや、しかし……、そうだとしても、現地調査調査など……、むむむ、むぅ、足りん」
そう呟き、ぐで~、と机に突っ伏する女。その際、机の上にあった紙束やら何やらが落っこちる。だが、女は全く気にしていなかった。
「はあ、やはりアガルティナに行っていれば良かった。あそこには、色々役立つのがいたのに」
そう呟くと、女は一切の身動きを止めた。まるで死体のようである。
しばらく、そうしていたかと思うと、不意にガバッと起きようとして机から手を滑らせた。
「ぐえっ」
蛙の潰れたような呻き声と共に床に散乱していた紙が舞い上がる。そして、それきり動かなくなった。
********
このカルリスの街が遺跡都市として本格的に栄えたのは、実は最近のことである。それまで遺跡は、入ったら最後、誰も帰って来れない魔窟としか認識されていなかったのだ。栄えている方がおかしい。誰も近づかないのだから。
入っても危なくなればでてこれる迷宮と違って入ったら最後まで出て来れず、浄化して死んだら教会に戻るという処置も出来ない遺跡は、危険過ぎた。
ただの自殺場所としてしか認識されていなかったのだ。
それが変わったのは、今から20年前。ヴェスバーナ大陸南部砂漠にある遺跡を、とある冒険者が攻略したのが理由の一つである。
その冒険者は、富、名声、力、誰もが望んでやまないもの手に入れた。それがきっかけとなり、世界各地で遺跡攻略をしようとする流れが生まれた。何せ、どんな人でも、王族にすら匹敵する力を手に入れることができるのだ。
やってみよう。そう思う人はたくさんいた。
それにより遺跡が近くにある、または街中にある街は自然と人が集まるようになった。カルリスもそうである。
また、それだけではなく。元々、遺跡を調査する調査隊の為の街であったのを領主が目を付けて整備し人を集めたのが理由の一つである。
しかし、街を栄えさせた領主とは言え、カルリスの住民からの領主の評判は決して良いとは言えない。
そんな領主の館の中心部より多少外れた場所にあった。領主だけに館は絢爛豪華。財の限りを尽くした贅沢な館であった。
その屋敷の一室で、暴飲暴食の限りを尽くしぶくぶくと豚のように太った領主エラウド・ガーニーは、一心不乱に、享楽の笑みを浮かべ、一心不乱に。皮膚と石を打つ打撃音、皮のしなる音を響かせ鞭を振るう。
一心不乱に。悦楽を浮かべて。エラウドは鞭を打ちつける。
彼の足下にあるのは、肉の塊。
肉袋。
生きた肉袋。
鎖に繋がれた肉の塊。
人の形をした道具。
14歳くらいの赤黒金色の髪をした少女のようなもの。
奴隷。
隷属の鎖と恐怖の鎖で雁字搦め。
エラウドは、鞭を打つ。刻む。恐怖を。
奴隷はただ、体を丸めそれに耐える。耐えるだけ。抵抗しない。抵抗すれば、もっと酷くなる。
「?」
不意に、エラウドの鞭が止まる。
「新しい血盟? ああ、そういえば来ていたでしな。……ほう!! それはほしいでしな。よし、手に入れるとするでし」
エラウドは部屋に入って来た男と会話をし、そのまま出て行った。
奴隷は、緊張の糸が切れて、くたっ、と全身を弛緩させる。意識は、それと同時に既に手放していた。
「…………呪え。運命を。それが、我らが盟主の望み」
先程入って来た男は、奴隷を見下し、闇に紛れて溶けていくように消えていった。
感想、ご意見、要望など気軽にどうぞ。あからさまな批判は止めてください。
では、また次回。




