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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第5章依頼の日々編
74/94

5-2

 ヴェスバーナ暦1998年秋期1月12日 昼 クレンベル郊外


 魔獣の大群が押し寄せてくる。目に理性はない。あるのは、恐怖による狂乱であった。そんな状態では本来の力など出せるはずがない。

 しかし、その数は厄介だ。いかに冒険者達が強かろうと流石に数で来られると面倒臭い。先に大技で削ってしまうのが上策である。


「先に削っちまうか」


 ハゲールが状況を見て言う。合図しようとしたが奏が大群の前に出たことによりそれはいらなくなった。奏から放たれる気は、大技を放つそれであったからだ。

 奏は、気が付けば大群の前に踊り出した。誰に言われたわけでもない。考えたわけでもない。ただ、勝手に身体が動いていた。

 奏の中の鬼の血が、今の状況で最も有効な戦技(バトルクラフト)を選択する。


「戦技【鬼神一刀流】〈奥義〉『神鬼一天』」


 その言葉と共に刀を抜き放つ。一回転するように奏は刀を振るう。さながら、舞いを舞うかのように軽い動きであった。

 しかし、如何に軽く見えようとも、その瞬間、草原に血の雨が降り注ぐ。魔獣の大群が清々しいほど綺麗に両断されていた。

 代わりに奏の刀の刀身がまるで砂のようになって崩れさった。奏の放つ戦技の威力に刀がついて行かなかったのだ。

 しかし、刀一本の犠牲にしては申し分ない。ハゲールやキャット達が見た所、倒せた魔獣は全体の大体半数から6割強と言ったところ。それに、ハゲールはニヤリと笑った。


「行くぞ!」


 ハゲールやリオンをはじめとするパーティーリーダー達は、ほぼ同時に号令を出した。命知らずな冒険者共が、残った魔獣へと殺到する。

 ある者は、剣を振るい、ある者は魔法を放つ。逃げるだけの魔獣など相手にはならない。


「数が多いわねえ!」


 相手にはならないが、矢を放つオネェ、リーはそうぼやく。最初に削ったとはいえ最初の数が数なのだ。やはり多い。弓という攻撃範囲の狭い武器を使っているのだから尚更だ。


「まあ、言っても仕方ないよ」


 リオンは、魔力と勇者としての力を存分に使い縦横無尽に跳び回り、剣を振るいながら答える。


「そうねっ!」


 リーの放つ矢と共に魔獣を倒して、次へ次へと軌跡を残してリオンは跳ぶ。



「ハッハッハ! やるなあ!」


 そんなリオンを遠くで見ていたハゲールがそんなことを言う。そんなハゲールは、身の丈ほどのハンマーを振るって一度に数十の魔獣を肉片(ミンチ)に変えている。しかも笑いながら担当範囲を1人でだ。

 どちらかというと、ハゲールの方が凄いことをやっていた。

 そんな彼の後方では、


「フルハウスだ」


 フフン、どうだ、と言わんばかりの顔でハゲールの仲間その1が5枚の手札をオープンする。


「バッキャメ! エタプスのロイヤルストレートフラッシュだ」


 仲間その2は、どや顔の仲間その1をバカにするように、手札を開く。それは、そのゲームの最高の役であった。


「NOoooo!」


 仲間その1の叫びが響く。ムンクの叫びのような顔になってしまっている。


「バッキャメ、キッサマの今日の報酬は私のものだ」

「なぜだ、だぜだー!?」

「バッキャメ、キッサマがヨワッチイからだ」


 実際は仲間その2がイカサマしているだけである。仲間その1が気が付いていないだけなのだ。5回連続で最高の役を出し続けているのだから気が付けと言いたい。


「くそ、もう一回だ!」

「バッキャメ、受けよう」


 そして、性懲りもなくまたゲームに興じる。


「NOoooo!」


 そしてまた、仲間その1の叫びが木霊する。


「いや、戦いましょうよ」

「それより、飯だ」

「はいはい、ちょっとお待ちな。ほれ、お残しは許しまへんで」

「私を誰だと思っている。デブは一食抜くと死ぬんだ。残すはずがないじゃないか」


 仲間その1と2を見て自分達も戦った方が良いのでは? と思う仲間その5の新入り。

 そんなことより飯だと、要求しガツガツと食う仲間その3。それに飯をよそう仲間その4。


「む、味付けを変えたのか?」

「よくおわかるね。そのお通りだよ」

「こっちの方が好みだ。このまま頼む」

「おはいよ」

「いや、戦おうよ」


 仲間その5の呟きは誰にも届かなかった。

 ハゲールのパーティーは何時も通り、平常運転である。



「戦技『千霰(せんあられ)』」


 レイピアが千の軌跡を描き、魔獣を突き殺す。


「ふひぃー」


 レイピアに付いた血を払いながら、また次へと突きを放つ。軽業師のように身軽に動き回るキャット。ハゲールの仲間と違ってこちらはキチンと仲間は戦っている。


「キャット、よけてや!」

「はいなっと」


 そんな仲間からの言葉に従うキャット。何か円盤のようなものが通り過ぎる。それは敵を薙ぎ倒すように殺すとコロコロと、ひとりでに戻って来た。

 そして、それを投げた仲間その一のところまで来ると、


「殺す気か!」


 手足と頭を出して声を荒らげた。亀の獣人だったようだ。


「お前、オレ、マシ」


 そんな声を荒らげた仲間その二に答えたのは、仲間その一の肩に担がれ、ダラダラと頭から血を流す仲間その三だった。

 棍棒として使われていたのである。流石に、何も言えなくなる仲間その二。


「仲間と共に戦えよって、良い言葉やよね」


 そんな2人を無視してそんなことをのたまう仲間その一。どちらかというと仲間と共に戦っているというより、仲間を使って戦っている。

 どちらにせよ、仲間その二と三が不憫なことには変わりない。しかも、その背後には使い潰され気絶している仲間その四と五の姿がある。

 己に訪れる未来を予測して、更に沈む2人なのであった。



「森騒ぎ、全て串刺し、平和かな、我が輩、心の一句」


 ジルは一句読んでいた。彼の周りには、それに感動し、むせび泣く仲間達の姿がある。誰も戦っていない。

 その更に前には、杭の森が広がっていた。金属の杭が辺り一面に生えていたのだ。その全てに魔獣を突き刺して。

 しかも、まだ魔獣は生きており、自身の体重で杭にもっと深く刺さる度に悲鳴をあげている。そのせいか、更なる恐怖が生じ、魔獣はジル達の担当範囲を避けていたのだ。

 だから、こんな下らない俳句なんぞしていられる。しかし、下らない俳句だというのに、仲間達は感動にむせび泣いている。正直、気持ち悪い光景であった。


 そんな風に各々が魔獣を倒していると、突如として、森から閃光がほとばしった。


********


 閃光が収まると目の前にいたはずのラギアダサンが消えていた。


「――ぐっ! 何!?」


 ユーリは、その瞬間、反応した技能(スキル)『直感』に従ってヴァダーフェーンを構える。それと同時に凄まじい衝撃と共にユーリの体は宙を舞った。

 ラギアダサンに払われたのだ。辛うじて防いだが、あの状態からどうやって脱出したのか。それがわからなかった。

 それは、また起きる。

 閃光と共にラギアダサンが消え失せ、次の瞬間には背後にいた。


「――ッ!?」


 だが、ラギアダサンの攻撃は、ユーリに傷を与えることはなかった。ナナシが斬撃を放ったのだ。一瞬、ラギアダサンの動きが止まった瞬間にユーリは、ナナシの隣まで移動したのだ。

 それでもラギアダサンには傷をつけることはなかった。いや、正確に言えばナナシの斬撃は、ラギアダサンを確実に捉えた。

 文句なしの技量で放たれた斬撃。それは確実に首を捉えていたはずなのだ。だが、血肉を切り裂くことはなく、斬撃はラギアダサンをすり抜けていた(、、、、、、、)


 魔技【雷纏】『雷化』


 それは、まさに雷。ラギアダサンは、その身を雷と化していた。雷獣という二つ名を冠するラギアダサン。その王だからこそできる芸当である。

 その効果は見ての通り。完全な雷化による光速移動と雷の性質の付与だ。ユーリ達の優勢を崩すには、十分過ぎる効果であった。


「クッ!」


 閃光が削り、焼く。

 ナナシ程の技量のないユーリは、その閃光を避けることは出来ない。

 避ける身体能力はあったが、眼がついていかなかった。もう少し見切りの技能(スキル)が高ければ、避けることが出来ただろうが、今のユーリでは不可能であった。


「…………」


 そんな中でも、ナナシは表情一つ変えずに全てをかわす。元から雷すら当たるに値しないのだ。今更当たるはずがない。

 だが、このままでは埒があかないのは確かだ。避け続けるのにも限度というものがある。いずれは体力の限界でやられるだろう。特に、避けきれず食らっているユーリの限界は更に早い。

 グレースはブラッディーベアズの封じ込めで手が回らない。全力でなければブラッディーベアズは自由になる。それは、最悪だ。つまり援護は望めない。

 このままではやられてしまう。それは望むところではない。そんなもの望んではならない。


「…………」


 その時、ナナシが動いた。

 否、動いてはいない。空気が変わった。ラギアダサンが作りあげた閃動(せんどう)の空気が清静(しんせい)へと移ろう。

 その静寂を破ったのは、鍔の鳴る高い金属音であった。世界は音を取り戻す。

 足が落ちた。ごぽり、と血が流れ出す。ラギアダサンの強靭な前右足が肩口からすっぱりと切断されている。

 ラギアダサンは、それに気付かずに右前足を踏み出そうとして失敗し倒れた。何が何だかわからないといった様子。

 そして、その惨状に気が付いた。ラギアダサンの悲鳴が響き渡る。


「すげぇ……」


 雷化すらものともせず余りにも鋭く斬れすぎて、斬られたことにすら気が付かないほど。それを可能にするのは、ただただ斬るという行為のみに焦点を絞った刀という武器と培われた圧倒的な技量。

 感嘆の言葉がユーリの口をつく。それほどにナナシの技術は見事であった。

 それで、刀には刃こぼれ一つない。これが、紛れもない本物の実力者である。


『ガルアアアアァァァァ!!』


 そして、それはラギアダサンも同じ。仮にも王。前足の一本如きで何時までも這いつくばっているはずがない。

 ラギアダサンが立ち上がる。すかさず雷化。ナナシを危険と判断したのかユーリを狙う。

 それにユーリは真っ直ぐに相対した。

 やり方は見た。見ただけだ。だが、それでも、ユーリには本物に至るだけの才能を持っている。ホテル『ホライゾン』の設定により引き出された、神レベルの剣の才能を。


「フッ!!」


 突っ込んで来るラギアダサンに向かってユーリは、ヴァダーフェーンを振り下ろした。

 ラギアダサンが通り過ぎる。


「グッ」


 一瞬、遅れてユーリの右肩が切り裂かれる。

 そして、更にその一瞬後、ラギアダサンの左前足が落ちた。それと同時に首も落ちる。高い金属音が響いた。


 ――技能の熟練度が上昇しました――


********


「こいつで、終わりっと」


 クレンベルに迫っていた魔獣は全て退治し終えた。狂乱の気配もすっかり消えている。


「どうやらあっちもやったみたいだな。一応、聞いとくが、死んだ奴はいるか?」


 ハゲールが全員に聞く。無論、死人などいるはずもない。怪我人は、キャットのパーティーで武器にされていた、仲間その二と三、四、五だけ。それも魔獣による被害ではないので、いや、ある意味魔獣による被害ではあるが、被害はないことになる。

 その為、この戦闘部隊(レイド)による防衛戦は、完璧な成功である。つまり、大成功。


「さあ、飲むぞ!」


 その日、冒険者の宿は遅くまで騒ぎ声が響いていたという。


 ちなみに、今回出番のなかった血盟(クラン)天剣の両翼(ソード・ウィング)』の回復担当の神官アリエッタは、クランベルにて介護活動を行っていた。




感想、ご意見などお待ちしてます。


第五章は依頼をやって行くので、こんな依頼をやって欲しいなどの要望があれば、感想欄に書いて下さい。


では、また次回。



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