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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
間章2出会ったあの人達の今編
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間章2-4

 ヴェスバーナ暦1998年夏期2月15日 昼過ぎ 信連皇国


 東の大国信連皇国(しんれんこうこく)は、極東の島国 緋ノ本津國(ひのもとつくに)への窓口でとなっている。海魔や王海獣クラスの化け物がうようよいる魔海(まかい)という魔の領域を挟んだ異国との交流により信連皇国は、異国情緒溢れる趣深い国である。

 その信連皇国の東端。石と木で造られた鮮やかな緋色が特徴的な港街に漆黒の衣装を身に纏った小柄な少女アカネはいた。


「…………ようやく着いた。なかなか良い街」


 街を見た感想を呟きつつ、アカネは通りを歩く。

 冒険者になってかれこれ2ヶ月。ようやく現在の目的地である緋ノ本津國に行くことが出来る港に辿り着いた。あとは船を探すだけである。


「…………簡単なのは依頼(クエスト)。まずは、ギルド」


 まずは、交易船の護衛の仕事がないかを探す。やることが決まれば、行動あるのみ。アカネは、ギルド支部に向かう。

 どこぞの中国(チャイニーズ)マフィアのアジトのような雰囲気の、朱色の染料が塗られた建物に入る。看板に龍の意匠でもあれば完璧なのだが、流石にそれはないようであった。少し残念。


「さて……」


 開かれた扉から中に入る。時間にして昼過ぎなので、ギルド内部は閑散としている。昼のこの時間帯は、冒険者達にとっては稼ぎ時なので、冒険者達は出張っているのだ。

 その為、特に絡まれることなく依頼板(クエストボード)まで行くことが出来た。Cランクの依頼板を見る。

 アカネは既にCランクの冒険者である。東方へ向かう途上で依頼を受けながら来ていたためだ。


「…………」


 アカネは、緋ノ本津國まで行く護衛依頼を探す。


「……あった」


 一件のみあった。船舶の護衛依頼である。記載に問題はなく出発は翌日。報酬額は安いが、アカネは十分に金を持っているため必要ない。

 また、護衛期間がたったの1時間とかなり短いことから、船の速度はかなり速いと考えられる。急ぐ旅ではないが、早く着けるにこしたことはない。

 躊躇いなくアカネは依頼書を手に取った。緋ノ本津國に行ければ良いだけなので、特に怪しいとかは考えはしない。

 アカネの有する技能(スキル)『直感』や『先見』、『看破』には何も引っかからないので問題はないことがわかる為だ。

 もとよりギルドの依頼に問題などあるはずがない。ギルドは、何があっても助けてはくれない代わりに、依頼以前の調査などは怠らない。常に完璧だ。問題があれば依頼板に並ぶことは絶対にない。

 閑話休題。

 アカネは、依頼書を受付に持って行き、それを仮で受理してもらう。仮なのは護衛対象である依頼者が納得するかわからないからである。

 やって来た冒険者が納得できれば正式に依頼開始。納得出来なければ、依頼受理は無効になる。

 アカネは、依頼者に納得されるようにしないといけない。まずは、依頼者に会う為、依頼者のいる場所まで行く。

 依頼者は九龍(クーロン)商会。港に商館を構える商会のようである。早速そこに向かうと、そこには豪勢で派手な商会があった。入口には黒尽くめの隙のない男達が立っている。

 明らかに真っ当な商会でないことがわかった。商会らしからぬ豪勢で派手な建物もそうであるが、入口の黒尽くめも相当怪しい。

 エストリア王国の格言ではないが、どこの国の商人も削る。身を削る、食を削る、欲を削る、衣を削る、住を削る、情を削る。金を貯める為にあらゆるものを削る。

 最低限の体裁を保つくらいはするが、ここまで金をかけない。こういう風に金をかける商人は金が余りある程にあるということ。そして、阿漕(あこぎ)で後ろ暗い商売をしているということだ。

 アカネは、意を決して中へ入る。黒尽くめに止められるかと思われたがそんなことはなく、すんなりと中に入れた。途端に、むせかえる程の女の蜜の匂いと底辺のヤニとヤク、死の匂いが押し寄せて来る。

 顔をしかめるが、ある程度の覚悟はしていたのだ。それ以上のリアクションはなく、話を通せる場所はないか、と探す。

 そこに、この場を取り仕切っている男がやって来た。


「いらっしゃいませお客様。何を御要望でしょう。男ですか? 女ですか? そっちの気の者も御用意出来ますし、もっと過激なものも御用意出来ます。御値段は、張りますが」

「……客じゃない。これを見てきた」

「……では、奥に。香主(シャンチュ)がお待ちです」


 香主。

 現代で言うところのチャイニーズマフィアの幹部のことである。

 それを考えながらアカネは、示された扉をくぐる。むせかえるような匂いは、ここだけなかった。はっと息をつく。

 それと同時に若い男の声が響く。低く、何度も修羅場、鉄火場をくぐって来たという貫禄のようなものが感じられた。


「建物に入って来た時に一回。この部屋に入って来た時に一回だ」


 何の回数かだろうか、などとアカネは疑問には思わなかった。アカネは、それが何の回数か察している。何度か、後ろ暗い仕事の時にいわれた事がある。

 だから黙って男の言葉を待つ。


「合計二回死亡だ」


 初対面の人間に対する言葉としては、最悪に近しい部類、いや最悪の最上級であろう言葉を目の前の椅子に座り、尊大に足を机の上に乗せた男は投げ掛けてきた。


「一回目は、入った時。一瞬、空気に気を取られた。二回目は、この部屋に入った時。一瞬だけ、あっちの空気から解放されて気が弛んだ。自分(テメェ)でも気が付かないくらい一瞬な。だが、その一瞬が命取りだ。まあ、ボンクラよりはマシだがな」

「……なら次は気をつけるとしよう」

「そうしろ死人。さて……、そんな返しが出来るってこたぁ、こっち側の人間ってこった。なら、仕事(クエスト)の話だ」


 足を下ろした男は姿勢を正す。色眼鏡(サングラス)をかけている以外はどこか現代のサラリーマンといった感じの男にしか見えない。

 だが、そこには一切の隙が見えない。暗殺に特化して育てられたアカネですら、手を出せば殺されるという予感があった。

 そんな男は、尊大に依頼内容を告げる


「仕事の内容は単純で明快だ。明日出る船を無事に緋ノ本津國まで送り届けること。これだけだ」

「……了解した」


 話は終わったと、男は机に足をのせる。アカネもすぐに部屋を出る。

 建物を出る時に、入った時に話しかけてきた案内の男が木札を渡してきた。


「港でこれを船長に見せればよろしいでしょう。ああ、もし、姿を変えられるのなら、男に変えておいた方が良いですよ」

「……御忠告有り難くいただく」


 船乗りという生き物は、女を船に乗せるのを嫌う。女が厄災を船に持ち込むと言われているからだ。

 その為、女であるアカネは、そのままだと船に乗れるかわからない。アカネはそのことについて知らなかったので、忠告はありがたく受け取ったのだ。


「さて、今日は、宿を取るか」


 アカネは、その言葉通り宿をとり、武器などの手入れや準備を行い、明日に備えた。


********


 翌日、日が昇るのと同時にアカネは、起き出し港へと向かう。今朝も雲一つない快晴で、船出日和であった。

 勿論、姿は変えている。アカネとは真逆で背が高い男の姿に変えていた。

 幻術などではなく。骨格や筋肉など、肉体を弄って姿を変えているので見破られることはなく普段通りに動けるのだ。

 そんなアカネが向かうのは港区である。港区は、朝から漁などに出る漁師達でてんやわんやと活気があった。

 アカネは目だけを動かしながら船を探す。積み荷を積んでいる船なのですぐに見つかった。


「すまない、護衛を依頼された者だが」


 木札を見せながら、出航の準備をしている船乗りに話しかける。勿論、声はいつもよりも低くしている。


「おう、船長は船んなかだぜ。入って挨拶してきなすぐに出航だ」

「……了解した」


 言われた通り、アカネは、船に乗り込む。鉄と木で作られた、しっかりとした造りの素晴らしい船ということがわかった。

 しかも、アグナガルド帝国以外では技術的な問題からあまり普及していない魔導船である。

 魔導船、正式には魔導機構船。

 その名からもわかる通り魔導具(ソール)を推進力とする魔導機構が組み込まれた船である。

 従来の帆船などよりも遥かに速く安定しており、一度に大量の荷や人を運べる。

 それだけではなく、今回の魔導船は、速度のみに焦点を置いた高速船であった。

 欠点という欠点はないが、魔導機構に頼り切るため、貯蔵魔力が切れれば動けなくなる為、運用には注意が必要である。

 乗組員の様子からして問題はないだろうと判断し、アカネは船長を探す。


「おう、お前が護衛か!」


 そんなアカネに野太く無駄に大きい声が降ってくる。熊のような大男がそこにはいた。


「ああ、そういうあなたは船長か?」

「おう。旦那の推薦なら問題ねえ。2時間だけだが、魔海を通る。しっかり頼むぜ」

「了解した」


 簡単な挨拶を交わし、船長は船内に引っ込む。それと同時に、船は出航した。


********


「シッ!」


 短刀が閃き、水飛沫(みずしぶき)血飛沫(ちしぶき)があがる。海上を走り(、、)アカネは、ひっきりなしに飛び出してくる海魔の首を落としていく。

 これで何体目か。十匹を越えてからは数えていない為わからない。ただ、アカネの両手や海が海魔の血でどす黒い紫色に染まるくらいには倒している。


(あん)ちゃん! 後ろだ!」


 声が聞こえるや否や身体を回転させ、そのまま短刀を叩き込む。


「チッ!」


 だが、血と脂で濡れた短刀は、現れた海魔を断つには至らない。すかさず取り出したクナイでトドメを刺し船に戻る。


「ふう」


 右手の短刀を見る。案の定刃こぼれしていた。いや、良くもった方と言える。これだけ斬ればどこで折れてもおかしくなかっただろう。

 代えに持ち替えて船の舳先から跳ぶ。目の前には、胴の長い海魔が何体もその首をさらしていた。

 短刀を振るい、クナイを投擲。前方の敵を駆逐する。

 戦闘は、緋ノ本津國の港が見えるまで続いた。


********


「いや、兄ちゃん。流石だな」

「それほどでもない」

「謙遜すんなよ。ほれ、報酬だ持っていきな。色をつけたいが、ギルドの規約で無理だがな」

「構わない」

「じゃあ、また縁がありゃあ、よろしく頼むわ」


 アカネは船長と別れて、裏路地で姿を元に戻す。その瞬間、空間が揺らぎ、漆黒の衣装に身を包んだ男達に囲まれた。


「忍の気配を感じて来てみれば、何者だ」


 それは、こちらの世界に来て久しく聞いていなかった日本語であった。


「そちらから名乗るのが礼儀」

「我ら、名乗る名など持ち合わせておらぬ。貴殿が従うのなら、手荒な真似はせぬ」

「…………従う」


 アカネは抵抗しないことに決めた。実力はどう考えても相手の方が上だったからだ。それどころか、アカネよりは低いが、この港街に住む者全員が大陸に住む一般人よりも実力(レベル)が高かった。

 逃げていつ難敵に出くわすよりは、情報を集めた方が良いと判断した。


「貴殿は何者だ」

「アカネ、冒険者」


 これがアカネと忍の一族叢雲との出会いであった。



次回は、少し遅れるかもしれません。

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