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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
間章2出会ったあの人達の今編
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間章2-3

 ヴェスバーナ暦1998年夏期2月6日 朝 宗教国アルナシア 首都神聖都市クリカラン


 聖女を頂点とした国家、宗教国アルナシア。

 国民全てがトルレアス神教徒という宗教国家だ。その首都、最も美しい街と呼ばれるクリカランには、城はなく代わりに創造神トルレアスの威光を示す巨大な大聖堂がある。

 そこに数多くのシスターや神父、武装神官やお祈りを捧げる一般信徒たちが出入りしていた。入り口は、アルナシア有する聖騎士団が配備されていた。

 街は、大聖堂を中心に淡蒼石(たんそうせき)と呼ばれる淡い青色をした石造りの街で非常に美しい街並みが広がっている。

 そんな街の通りを少女――ミレイア・ハートネットは歩いていた。ツーサイドテールに紐で結ばれている若草色の髪が歩く度にサラリと揺れる。

 冒険者試験を終えて、アルナシアに帰って来たのがつい先週のこと。本来ならもっと早く帰れたはずだが、王都襲撃事件により教会として足止めを食らい、異教徒の国(アグナガルド帝国)を迂回しなければならなかったために1カ月以上も時間がかかってしまった。

 着任式も無事に終わり、今現在は先輩武装神官と一緒に任務に励んでいるところである。


「相変わらず、ここら辺は雑多ね」


 雑多に行き交う様々な服装、職業の人々の波を見ながらミレイアは呟いた。街の中心とはかなりの違いである。

 どちらかと言えば、ここ(街外縁)は街の中でも下級区画であるため仕方ない。慣れない人間――街の中央部出身など――は不快だろうが、ミレイアには慣れたものだ。生まれてから今までここで生きてきたのだから、庭も同然である。

 無事に武装神官見習いを卒業して正式に配属されたはいいが、仕事は外縁部の見回りばかりである。まだまだ新米なので仕方ないが、少々つまらないと思ってしまっている。何もないことはいいことであるが、やはり刺激が足りないと思ってしまうのだ。


「何か起きないかしら、何か……」

「おい、ハートネット」


 不意に、先輩の武装神官に引き止められる。暫定的にコンビを組まされている先輩である。武術の師匠でもある。


「はい、なんですか? 何か問題でも?」

「いや、違う。今すぐ大聖堂に行くようにとの呼び出しだ。私は、君の代わりだよ」


 はて、何か呼び出されるようなことでもしたのだろうか? とハテナマークを浮かべるミレイア。だが、思い当ることはない。


「とりあえず行ってこい。今日は、そのまま上がっていい」

「いいんですか?」

「言いも何も上からの命令だからな」

「上……」


 本当に心当たりがない。


「とりあえず、いっとけ」

「はい」


 さて、そんなわけでミレイアが向かうのは、クリカラン大聖堂である。向かうには外縁部を抜ける必要がある。

 この街は外縁部を抜けると少し装いを変える。中級区に入った証拠だ。有り体に言えば少しだけ静かになる。

 外縁部にあるような雑踏はない。大通り(メインストリート)を行き交うのは法衣を纏った敬虔な信徒達が主となり、外縁にいるような冒険者や商人などといった粗雑な者達は少なくなる。呼び子の声も何もない。

 建物もこの辺りからは理路整然と建てられ、同じ高さ、同じ大きさの建物が建ち並んでいる。どの建物も背が低く、街の中心に建つ大聖堂をどこからでも見ることが出来た。


「やっぱり、世界が変わったみたいね」


 外縁部とは世界が違う。ここでの常識だ。初めて訪れた時は驚いたものだとミレイアは懐かしむように思い出す。

 中級区を抜けると更に装いは変わる。大聖堂のお膝元。上級区に入ると厳かな気持ちになる。

 ここまで来ると人は殆ど姿を消す。ここに住んでいるのが上位僧ばかりであまり人数がいないのと、熱心な教徒ばかりであるからだ。いるのは、守りの聖騎士や高位の武装神官くらい。

 ミレイアの性格上、あまり合わない場所と言える。

 そんな上級区を抜けると大聖堂がミレイアを迎える。

 淡蒼の街の中で、唯一純白。何よりも高くそびえ立つ白亜の尖塔と、色めき煌めくステンドグラスは、見る者にトルレアスの偉大さを教える。

 どこからともなく荘厳な賛美歌が流れ、清浄な気が辺りを満たしている。

 ミレイアの背筋が自然と伸びる。 神への信仰心が、だらしのない姿勢のままで聖堂に入るのを許さない。

 大聖堂の門はいつも開かれている。門番に会釈しながら中に入れば、そこはもはや別世界だ。神域と人域(じんいき)が重なり合う厳かな静寂と讃歌の世界だ。

 幾人もの祈りを捧げる信者に混じり、巨大なトルレアス神像とステンドグラスにミレイアも軽く祈りを捧げ、右手の扉へ。音を立てないように開けた扉に滑り込み、同じように閉めた。

 赤と金の絨毯張りの廊下を真っ直ぐ進む。扉を一つ二つ抜けると、階段がある広間に出る。終わりの見えない螺旋階段だ。

 それをひたすら上った先に、ミレイアの目的地はある。何故、こんな場所で、とか思わないでもないが上司直々の命令なのでとにかく向かう。

階段を上りきった先の部屋に入る。今までの通路と違い、そこは壁に大きな窓が壁全面にあり陽光が照らしていた。

 そして、そこには陽光を受けて輝く白銀の女神がいた。


「はじめまして、ミレイア・ハートネットさん。ユリアーヌ・アイカシア・フィーネアリアと申します。一応、聖女などをしております」

「…………はい?」


 聖女 ユリアーヌ・アイカシア・フィーネアリア。

 唯一神トルレアスの聖痕(スティグマ)を受けた宗教国アルナシアの象徴的人物。教皇よりも遥かに上位と権限を持つ聖人。トルレアスの化身とすら言われる程の力を持つ、まず間違いなく世界最強の存在。救済の女神。天上の人。

 まさしく、ミレイアが一生をかけても直接会うことが出来ない程の人物である。

 それを理解した瞬間、ミレイアは膝をついていた。雲の上の人であるユリアーヌを前にして頭を上げていられるわけがない。


「し、失礼しました」

「ああ、そんなに畏まらないで下さい」


 しかし、膝をついたミレイアにユリアーヌは、楽にしてくれと言った。

 実際のところ、自分よりも遥かに偉い人にかしこまらないで、楽にしていいと言われても早々できるわけがない。そのため、ミレイアは動くことができなかった。

 そのあたり聖女もわかっているのか、それ以上は何も言わなかった。


「じゃあ、さっそく本題にと言いたいところなのですが、もう少し人が来るので、少しお待ち願えますか?」

「はい」


 少しどころか何時間でも待ちますよとか、ミレイアは思いながら聖女を間近で見られた幸運を精一杯享受しようという思考に変わってきていた。孤児院育ちの孤児は図太く逞しいのである。

 最初こそ、聖女様!? という具合に驚きとその神聖感から萎縮してしまったが、少し話して慣れた身としては、今度は如何(いか)にこの幸運を享受するかという方向にシフトするしかなかった。今回を逃せばもう機会はないかもしれないのだ。目に焼き付けるくらいしても構わないだろう。

 そんなわけで、ミレイアはユリアーヌをじっくりと見て記憶に、目に焼き付けることにした。仲間内で自慢できる。魔導具ソール射影機(カメラ)』があれば撮っているところだろうが、生憎ミレイアにそんな準備はない。その代わり目を射影機の代わりにして見た。

 ユリーアヌの髪は光を受けて銀色に輝いている。見ただけでわかるほどに瑞々しくさらさらとしている。風を受けてなびくとさらさらとしてさながら楽器のような美しい音を奏でているようであった。

 また銀色の瞳は深く、慈愛に満ち溢れていて、淀みなどの暗いものなど一切ない澄み切った瞳は宝石のようで、見ていてまったく飽きることはない。

 肌もまた美しいが、何よりも目を引くのは、純白のキャンパスの上を走る銀の紋様である。複雑に絡み合い、そしてほどけ、時には幾何学的にユリアーヌの肌を覆い、時折光を放つ聖痕は、聖職者が憧れて止まない物であった。

 その御身もまさに聖女と形容するに相応しく慈母のごとき包容力を持ち、年相応の美少女のように細く可憐。それを包み隠す法衣はシミなどあるはずのない純白で、天使の翼に包まれているようにミレイアには思えた。


(はあ)


 見ているだけで、思わずため息をついてしまう。勿論内心でだ。ミレイアは満足した。

 なぜ、ここに呼ばれたのだとか、そんなことはどうでもよくなった。ずっとここで眺め続けていたい。


「来たようですね」


 だが、その願いは、ユリアーヌ自身の言葉で終わりを告げた。

 背後に気配を感じたミレイアは振るかえる。ちょうど部屋に二人のシスターが入ってきていた。1人は生真面目そうなシスター。ミレイアと同じように腰に二冊の聖書を吊っている。

 もう1人は遮光眼鏡(サングラス)をかけた如何にもな不良シスターであった。その腰には二丁の銃が吊られている。


「お久しゅうございますユリアーヌ様。シスターアルカです」

「どうも」

「あら、シスタークローネ。なんですかその口の聞き方は? もう少しお仕置きが必要ですか?」

「申し訳ありません。聖女様」

「いえいえ、よろしいのですよ。ここは今、無礼講ですから」

「シスターアルカと、シスタークローネ……」


 シスターアルカとシスタークローネ。その名前をミレイアが知らないはずがなかった。

 特にシスターアルカだ。彼女は1000年前の大戦に参加したとされる伝説のシスターだ。序列第二位 神法のアルカ。その名は世界中に轟いている。

 シスタークローネもシスターアルカほどではないが有名だ。武装神官としての能力は高く様々な任務に就いている。序列第十五位の紛れもない実力者だ。

 そんな二人を前にしても、ユリアーヌの時と違い、ミレイアはまったく驚きはしなかった。ユリアーヌという特大の驚愕を経験した今、それに劣る二人を見てもそれほど驚くことはなかった。


「そろいましたね。じゃあ、あなた方を呼んだ理由をお話しします」


 2人が揃ったところで、ユリアーヌが切り出す。

 ミレイアは、どんなことを言われるのか、とゴクリと唾を飲み込み身構える。


「あなた方を呼んだのは、あなた方がユーリという少年と出会ったからです。()の少年について、私に話して欲しいのです」

「やはり……」


 ユリアーヌの言葉にシスターアルカは、納得した様子であった。シスターアルカは、何の為に呼ばれたのかわかっているようであった。


「ユーリ? 誰だい、そいつは?」


 シスタークローネは、わかっていない様子である。むしろ、シスターアルカの付き添い(介護)という名目でついてこさされたシスタークローネにとっては知らなくて当たり前だろう。

 一応、冒険者選抜試験時にニアミスはしているが、シスタークローネは覚えていない。この反応は当然である。


「えっ……」


 ミレイアは、何でこんな所で、しかも、聖女様の口からユーリの名前が出て来るのか、と困惑。ミレイアの思考は、深みに入って行く。


「じゃあ、え~っと、ミレイアさん、話していただけますか? ユーリさんについて知っていることを」

「はっ!? は、はい」


 ユリアーヌの話を促す声で我に返り、困惑しながらもミレイアは、冒険者選抜試験を思い返しながらユーリについて語る。しかし、冒険者試験の時は忙しく、そのあとも特に込み入った話もすることができなかったので、それほど詳しいことをミレイアはユリアーヌに話すことはできなかった。

 ミレイアが話をしていた間、うんうん、とうなずきながらユリアーヌは話を聞いていた。話が終わると、じっと目を閉じて何か考えてから、シスターアルカに視線を移す。次はシスターアルカの番だと暗に告げていた。


「では――」


 シスターアルカは自身の知ることを語った。

 王都で行われた闘技大会に出場していたこと。その際に捕まったことなどを掻い摘んで話した。


(あいつ、何やってんのよ…………)


 短期間ではあるがパーティーを組んだ相棒が、そんな一大事に巻き込まれて、国外逃亡などという事態になっていて色々と驚きやら、呆れやらである。まあ、何はともあれ元気にしているのならばよいかと思った。

 これで死んでたりしたら目覚めも悪くもなるが、そうでないなら良い。生きているのなら、ギルドを通せばまたあることが可能だ。そのため、ここで、何か言うこともない。


「なるほど、わかりました。2人ともありがとうございます。シスターアルカさんはアレを確認したようなので、本物なのでしょう」


 そう全ての話を聞き終わったところで、ユリアーヌはそう言った。ミレイアは効くならばここだと思い、ユーリの話をした理由を聞いてみる。


「ああ、それはですね。うーん、少し代わりますので、彼女に聞いてください。私もよくわからないのですよ」

「はい?」


 その瞬間、部屋の空気が、ユリアーヌの雰囲気が変わった。何が、とは言えない。ただ、恐ろしいほどに神聖感とでも呼ぶべきものが高まっている。ミレイアの感覚では天力がありえない量ユリアーヌから発せられている。

 ユリアーヌを見れば身体を這う銀の紋様が光を放ち奔流を作り上げていた。

 次第に光が収まる共に銀は金へと転じる。

 ユリアーヌの銀の瞳が金へとその色を変え、紋様もまた同じようにその色を変化させる。光が収まると、圧倒的な存在感を持つユリアーヌであるが、ユリアーヌでないユリアーヌだった女性がただ佇んでいた。

 それを直視した瞬間、ミレイアは本能的に跪いていた。いや、そんな生易しいものではない。床に這いつくばっていると言った方が正しい。

 地面にめり込むほどに跪いてはいるが、そこには敬意などない。勿論、神聖感からでもない。そこにあるのは恐怖に近い感覚。根源的に本能の奥底にある感覚に引かれるようにして、ミレイアは膝をついていた。

 それは、畏怖。

 先ほどまで憧れと敬意しかなかった女性に抱くには相応しくないものである。だが、それが的確であった。間違いなくミレイアは目の前の金髪の女性に畏怖を感じていた。

 身体を動かすのも不可能に近い重圧の中で、ミレイアは辛うじて動く首を動かし隣にいる2人を見る。シスタークローネも、シスターアルカも跪いていた。

 ミレイアは、この事態が尋常でないことを把握する。

 視線を戻すと、光は収まっていた。目を踏むっていた“ユリアーヌ”だった女性が目を開ける。


『ふう、お初にお目にかかります。ユリアーヌ・アイカシア・フィーネアリアと申します。そうですね。千年前に初代聖女というものをしておりました』

「「「なっ!?」」」


 3人は驚きの声を上げた。

 聖女の名前は代々受け継がれるものだから、それは良い。問題はそのあとに目の前の金色のユリアーヌが告げた言葉。1000年前の初代聖女。魔王を勇者と共に討伐した伝説の存在の1人。トルレアス神教に脈々と伝わる伝説の主要人物(メインキャスト)

 そんな人物を前にして驚かずにいられようか。いられるはずがない。


『あらあら、そんなに畏まらずとも好いのですよ? ああ、申し訳ございません。今のヒトには、この程度も厳しいのでしたね。失念しておりました』


 “ユリアーヌ”がそう言うと、ミレイア達に圧し掛かっていた圧力が弱まる。動きにくいが動けないほどではない。

 ようやく自由になったのを確認したところで、“ユリアーヌ”が告げた。


『さて、どうして、そんなことを聞いたのか。でしたね。純粋な興味と、言うことにしておいてもらえないでしょうか。説明しようにも時間が足りません。私は、この時間に長くとどまっていられるわけではありませんので』


 しかし、そんなことで納得などミレイアはできようはずがなかった。


『おや、もう時間ですか。やはり、まだその時はないからでしょうね。有り難う御座いました。では、皆様。その時まで御健在であられますように』


 金の威圧が消え、金は銀に戻る。部屋を包み込んでいた威圧感が消える。


「ふう、お分かりになりましたか?」


 正直なところ、まったくわからなかったがそれをユリアーヌに言うわけにもいかない。ここは頷くしかなかった。


「では、今日はこれくらいにしましょう。皆様、トルレアスの加護の在らんことを。では、次会う時まで御健在でありますように」


 そういって、ミレイア達は退出を余儀なくされた。シスターアルカたちともその時点でわかれており、今ミレイアは外縁部の自宅に戻ってきていた。

 外縁部の商店通りに面する2階建てのなかなかに良い家であった。


「…………」


 自室に戻る。机と本棚などが置かれた質素な部屋だ。そこの壁際までいくと思いっきりなぐりつけた。

 バゴンと凄まじい音がして、壁の向こうから聞こえるはずのない悲鳴が上がるが、そんなことはミレイアにはどうでもよかった。

 ただ、わけのわからないことを聞かされたことに対するユーリへの理不尽な怒りだけがあった。


「なんなのよもう!! なんで、こんなことなってんのよ!! ああー、もう気になる! 次会ったら覚えてなさい。一発ぶん殴ってやるわ!」


 ユーリの知らないところで殴られることが確定したのであった。


感想、ご意見などなどお待ちしてます。


というわけでミレイアちゃんの今でした。普段会えないはずの聖女様と会ってしまいました。


次回は、冒険者選抜試験で出会った同郷の異世界人のアカネちゃんの出番です。


この頃忙しくて執筆時間が取れないため、次回から更新が遅くなるかもしれません。

申し訳ありませんが、気長にお待ちください。エタる気はありません。


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