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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第1章旅の始まり編
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1-3

お待たせしました。

ではどうぞ。


 ヴェスバーナ暦1998年春期2月12日 昼過ぎ スニアの村


 山を抜け、森を越えた先の村の名はスニアといった。ヴェスバーナ大陸の西方域。その西方域の西の端も端に位置する辺境の小国エストリア。その国内の更に辺境の小領ユリニス。スニアの村はその西端に位置する辺境も辺境の村である。

 特産品も特にこれと言ったものなく、これと言って見所もない。あるのは畑と、大昔から続く伝統的な祭りくらいのものである。そのため昔から続く伝統的な祭りの日以外は外から人はあまり来ない。だが、今日は何もない普通の日だと言うのに珍しいことに客が来ていた。

 山から抜け出せて無事村に到着できたユーリだ。田舎の村だというのに、田舎から都会に出てきたおのぼりさんのようにキョロキョロと、全く他人に理解できないような反応をしていた。


「うん、田舎だ。RPGによくある田舎だ。木造だな。

 ……さてと、まずは皮とか鎌とか売って金にするか。ゲームでも金がないと始まらないしな」


 そんなことを呟きながらユーリは売れる店を探す。この時、ユーリはこの世界にない変なことを呟いていたために、村人から奇異な目を向けられていた。しかも、そのことに気がついていなかった。ご愁傷様である。

 そんなことよりも話を先に進める。

 道具屋的な看板を見つけたユーリは早速店に入っていった。ドアを開けると、カランカランというベルの音と、扉が軋む、妙に懐かしさを感じさせる音が響く。足を踏み入れれば床も軋んだ。なかなかに良い音である。

 店は木造で店内には所狭しと商品の並べられた陳列棚が置かれ、奥にはカウンターがある。カウンターには、店主であろう筋骨隆々でくすんだ金髪を刈り上げた中年の男が座っていた。道具屋の主人というよりはよく小説などで出てくる冒険者ですと言った方が合っている。

 ユーリに気がつくと店主はみた目通りの声で彼の来訪を歓迎した。


「らっしゃい! 田舎1の道具屋ランブズ雑貨店へ! 都会の店にゃ劣るが何でも揃ってるぜ! まあ、この1軒しか店がねえんだけどな!!」


 それは日本語ではなかった。だが言語の加護のおかげなのかか、ユーリには店主が何を言っているのか理解できた。この分ならばコミュニケーションも取れそうである。

 おずおずと言った感じで話しかける。緊張の一瞬だ。これで通じなければ後で何が何でもガイドを殴ってやろうとユーリは心に決める。


「……これらを売りたいんだが」

「おう! ここに置いてくれ!」


 だが、その心配はなかったようである。言われた通りにユーリはカウンターの上に、ポーチから取り出したカマイタチからのドロップ品を全て置いた。

 その数合計二十品。店主はカマイタチの毛皮や鎌尾を見ていく。その姿は真剣そのものだ。


「ふ~ん! カマイタチの毛皮15枚と鎌尾が5本か! まあ、ルード銀貨10枚ってとこか!」


 そう言って10枚の、細やかなユニコーンの細工が施された銀貨をユーリに渡す店主。相場のわからないユーリは多いのか少ないのかわからない。

 だから、文句は言うことなく受け取る。まあ相場を知っていてたところでこのユーリが文句を言ったかどうかはわからないが。


 この世界の殆どの国の通貨は金貨、銀貨、銅貨、魔晶貨の四種類。この国の通貨はそれぞれネーマ金貨、ルード銀貨、ケルシュ銅貨、グルトゥク魔晶貨と呼ばれている。

 貨幣価値はその時々の為替レートによって変わるのだが、平均してケルシュ銅貨100~130枚でルード銀貨1枚、ルード銀貨30~35枚でネーマ金貨1枚、ネーマ金貨40枚でグルトゥク魔晶貨1枚の価値がある。

 だいたいケルシュ銅貨10枚で現代日本で言うところの食パンが一斤買えるので、ユーリの世界である現代日本の貨幣価値に換算するなら、銅貨1枚は約30円ほどになる。

 そう考えるなら銀貨1枚は約3000円ということになり、それが10枚だから約30000円。一日の稼ぎとしてはまあまあではないかと言える。

 ちなみに売却品の中で高かったのはカマイタチの鎌尾である。

 鉄の加工技術のないこの村では鉄製品は貴重であり、簡単な加工を施すだけで鉄製品の鎌以上に使える鎌尾は結構高いのだ。

 銀貨をしまったユーリは何か買おうかと考えるが、今はやめておくことにした。ファンタジー世界での買い物には心踊るが、今は宿屋を確保しなければならない。

 それに、ユーリはルード銀貨10枚しか持っていないのだ。今日の宿屋も何とかしなければならないので無駄に使うことはできない。無駄に使って足りませんでは話にならないのだ。だから今日の所は諦めることにした。


「で! 何か買うか!」

「いや、今は良い。それよりどこか安い宿はないか?」

「チッ! 宿ならうちの目の前の酒場に行きな! そこが宿屋だ! 安く泊まれる! というかそこしかない!」

「……助かる。また来る」

「ああ! また来てくれよ!」


 暑苦しく叫ぶ店主の声を背中に浴びながらユーリは店内から出た。それですぐ目の前と言われた酒場を見てみる。件の酒場は店主の言葉通り目の前にあった。今日はもう休みたいユーリはすぐに酒場へと向かう。時間はもう夕暮れ時となっている。酒場も混み始める時間であった。

 扉を軋ませながら酒場の店内へ入る。ランプの淡い光がユーリを迎えた。広い店内には幾つも並べられた丸テーブルがあり、奥にはカウンターがあった。カウンターの横には二階に続く階段がある。

 時間が時間だからか酒場はほとんど満席になっている。来ているのは顔や爪の間や服などが土で汚れている村の農夫たちだ。

 余所者で珍しい訪問者のユーリが入って来たことにより一瞬だけ酒場にいる全員の視線が集まるが、すぐに拡散し、酒場のある種心地よい喧騒の中に消えていった。

 ユーリは現代日本では未だに成人していないので、このような場は初めてであった。そのため勝手がわからないユーリはとりあえずカウンターまで行く。

 すぐに恰幅の良い中年の女がやって来た。豪快な酒場の主人といった感じだ。さすがにここまで年のいった女性ならばそんなに緊張することもない。


「こんな時期にお客さんかい? 珍しいねえ。あたしゃ宿屋の主人をやってるミレアだよ。よろしく。まあ、事情は聞かないさね。聞くまでもないが泊まりかい?」

「ああ」

「そうかいそうかい。なら部屋は好きなの使いな。二階だよ。

 鍵はないが、盗みに入るバカァいないよ」

「いくらだ?」

「何日泊まるかによるよ」

「1日だ」

「なら、ルード銀貨2枚だよ。しかも食事付きさね」

「わかった」


 わりかし早口にまくし立てるミレア。彼女の性格がよくわかるというものである。あまり人付き合いを得意とする方でないユーリには苦手なタイプだ。

 とにかく部屋で一人になりたい彼は、手持ちのルード銀貨10枚のうちから2枚を取り出す。

 比較対象がないためユーリにはその値段が高いのかわからないし、現代日本の感覚でいるのでさっさと払ってしまった。

 何度も言うがどの道ユーリが相場を知っていたとしても値切るなどありえないだろう。しかも相手は女性だし。


「あいよ。行きな。夕食の時間になったらバカ息子を呼びに行かせるからね。それまでゆっくりしてな」

「いや、夕食は、いい。朝食だけ頼む」

「そうかい。なら、ゆっくり休みな」


 ああ、と返事をしてからユーリはさっさと階段をのぼり二階へ上がった。上がった先は細長い廊下になっている。左右に合計で10部屋あった。

 奥に行くのは面倒なのでユーリは一番手間の部屋にする。部屋の扉に宿泊中という札をかけるのがあったので、それをかけて部屋に入った。

 中はベッドが一つと机があるだけの簡素な部屋だった。窮屈な程ではないが、やはり狭さは感じられる。

 しかし、きちんと掃除されており部屋は綺麗。ベッドも快適とは言えないが寝るには十分。まあ、可もなく不可もないといったところだ。

 ユーリはマントを脱いで片付け、腰の剣を壁に立てかける。それから服が皺になるのもかまわずにドサッとベッドに倒れ込んだ。スプリングがなく微妙に痛かったのは内緒だ。


「はあ~」


 ようやく一息つけたと言うように息を吐くユーリ。色々初めての体験ばかりで疲れてしまったようだ。まあ、当たり前だろう。これで疲れてないならどんな化け物だ、という話しだ。


「これからどうすっかな」


 これからの予定は完全に未定だった。それに今の今まですっかり忘れていたというか、見落としていたのだが、元の世界には戻れるのだろうか。


「まあ、寝たら案外なんとかなるかもしれないから寝るか。ホテル【ホライゾン】の時も寝たし」


 というわけで早速寝ることにしたユーリ。着替えるのも億劫だったのか、着替えることなくユーリはそのまま眠りに落ちていった。


********


 ヴェスバーナ大陸、某国某所。

 昼間だというのに暗い雰囲気が包んだ街。街中は薄汚れ、石畳は黒ずんでいた。路上の橋には浮浪者や汚らしい物乞いで溢れかえっており、路地を一つ入れば常人ならば目を覆うような光景が広がっている。

 その更に奥では死体の山が築き上げられていた。腐りきった死体は腐臭を放ち、蛆や蝿、鼠共が集りに来ている。空からは鴉の群れがそれを啄ばむ。酷い光景が広がっている。

 そこは暗黒街と呼ばれる犯罪者の溜まり場。

 いや、国の警備活動を担う豪傑揃いの騎士団ですら介入不可能とまで言われる化け物共の吹き溜まりだ。

 この街には法がない。ここに在るのは弱肉強食。弱き者は強き者に搾取され、強き者は蹂躙する。そんな最悪の街だ。

 その街を歩くのは全身を鋼のような筋肉に覆われた巨漢の男。赤いシュッツァーを腰に括っている。

 髪や髭は血で染めたかのように赤黒い。否、本当に血で染めているようであった。その目は鷹よりも鋭く赤い。まるで全てを見通すかのように見るもの全てを睨み付けていた。

 背中には成人男性の二倍はあろう禍々しい凶悪な形状の斧が背負われている。明らかに近づいてはならない雰囲気を纏った男だ。

 そんな男だというのについて行く一見しただけでは少年と見まがうような、笑顔を浮かべた少女が一人。

 男と比べると酷く華奢で細い。猫のような印象を受ける少女だ。シュッツァーを右手に巻いている。

 髪は空の青で染めたかのように淡く青い。その青い目は猫のようにくりっとしているようで、その奥には獣の本能が見て取れた。

 まるで対照的な2人だ。例えるならば火と水だろうか。色的な意味でも。

 だが、共通しているのはその瞳だ。獣の目をしている。獰猛な、凶暴な、凶悪な、獣の眼をしている。そんな二人の立ち居振る舞いに隙はなく。行く先々にいる人は皆無条件で道を開けた。


「ねえ、シグド♪」


 少女が男に言う。どこか楽しそうな声だ。文字にすれば♪でもついているかもしれない。それほど楽しそうな声であった。表情も笑顔であったが眼の奥が笑っていない。獰猛な本性が覗いている。


「何だガキ」


 まるで聞くものに鬼を連想させるような低く恐ろしい声だ。並みの者ならばそれだけで恐怖で気絶してもおかしくない。だが、少女はまったく物怖じした様子もなく話を続ける。少女もまた並みの者ではなかった。


「もう♪ ガキじゃないって♪ 次の仕事はさあ~、私がやっていいんだよね♪?」

「ああ、オレは興味がねえ」


 仕事。普通に考えればどうという会話ではないのであるが、ここは暗黒街。そこにいるような人間の仕事がまともなものなどありはしない。


「じゃあさ♪ じゃあさ♪! 斧貸してよ♪ 斧~♪」

「ガキの玩具じゃねえ」

「むう♪ じゃあ、勝手に借りる♪!」


 そういうと少女は自然な動作で男から斧を奪う。一瞬の早業であった。少女の細腕では到底もてないような巨大な斧であったが、少女はそれを軽々と持ち男の前に出る。

 どうだと言わんばかりだ。男はやれやれと肩を竦ませて、勝手にしろという体を取る。少女はやったー♪ という風にそれを背に背負って先を歩く。足取りはよほど嬉しいのか軽い。


「さあ~、仕事♪ 仕事♪」

「さて、どうなることやらだな」


 そんな2人は街を出て西へ向かった。これから西で起きる悲劇をこの2人を除いて未だ誰も知る者はいない。


********


 エストリア王国首都リバーナ騎士詰所。

 そのとある騎士の執務室に1人の女見習い騎士が呼ばれていた。

 しかし、これを騎士と呼んで良いのかは些か疑問であった。何故なら彼女がどこからどう見ても幼い少女にしか見えなかったからだ。

 腰にある彼女の髪と青い紐で編まれたシュッツァーがなければ成人を過ぎだれっきとした女性とは誰も思わないだろう。

 もちろん、騎士団の人間は全員マスコット扱いである。しかも本人は気がついていない。

 身長は同年代と比べてたらかなり低く、体つきはとにかく細い。本当にこれで騎士なのかと疑問を禁じ得ない。

 その上胸もない。そう、胸もない。非常に貧相。そこまで露骨ではないが、俗に言う幼児体型であろうことは明らかだ。

 髪はしっかりと手入れされた金髪で、それを三つ編みにして後ろで編み込んでいる。瞳は翡翠のような碧色をしていた。大きなメガネをかけていて、どこか愛嬌がある。

 どこをどう見ても騎士とは思えない少女だ。彼女が着ている黒を基調とした、エストリア王国騎士団の紋章があしらわれた、彼女流にアレンジされた騎士服を着てなければ、到底、彼女が騎士だとは信じられないだろう。

 まあどの道、そのアレンジされた騎士服もブカブカで袖がゆったりとしていて、ユーリが見たら和服みたいだなと思うようなデザインでなので甚だ怪しいのだが。


「失礼します」


 これまた愛嬌のある、非常に、非常に――大事なことなので二回言った――可愛らしい声で言い執務室の中へ。


「よく来て下さいました。どうぞ、そう固くならずリラックスして座ってください」


 そこにいたのは窓から部屋に入る夕日の光を受けて輝く金糸のような、風が吹くだけでサラサラと揺れる金髪をもち、全てを見通しているかのようなエメラルドのように澄み切った碧の瞳を持った絶世の美女だった。

 白を基調としたまったく無駄のない機能性だけを追及した騎士服を着ており、部屋の壁には彼女のものであろう、彼女の身の丈以上はある、澄んだ空色の輝きを放つ槍が丁寧に立てかけられていた。

 年若い女性のようであるが、その女性から放たれる気は遥かな年月を生きてきた者の洗練された雰囲気を感じさせた。

 その女性に言われたので少女は言われた通りに座る。だが、がちがちに緊張していた。その女性――女騎士は少女に紅茶をいれて、話を始める。


「では、本日貴女を呼んだ理由ですが、辺境の村に向かってもらいたいのです。確か、名前はスニアと言いましたか。それも出来る限り急いで」

「は、はい。えと、どういった任務でしょうか!」

「一応調査ということになるのでしょうか。ええ、もし何か起きていたならば報告をお願いいたします。何もなければそれで構いません。

 推選の理由はなるべく火急にスニアまで行ってもらう必要があるでしょうから、一番身軽な貴女を選びました。あくまで私事であるので、あまり気負わずにやってください」

「は、はい、了解しました!」

「結構。移動には限定的ですが魔法ギルドの協力を得ることが出来ました。付近、そうですねグータニアまでならば転移術で行けます。そこからは貴女にお任せします。その脚力活かしてくださいね」

「了解しました」

「では、行きなさい」

「はい!」


 少女が慌しく部屋を出て行った。女騎士はそれを見送り目を細める。


「とうとう動くというのですか? ですが、(わたくし)にも約束があります。そう簡単に思い通りになると思わないことですね。もう既に主は居りませんが、今度はこの(わたくし)が直々に相手をして差し上げましょう。覚悟しておくことです」


 女騎士の呟きを聞く者はいなかった。だが、誰かが聞いていた。それだけはわかった。


 物語は進む。急速に、緩慢に。


 そして、ニヤリと誰かが笑う…………。

読んでいただきありがとうございます。


よろしければポイントや感想をお願いいたします。ポイントと感想は作者の励みになります。

あとこんなキャラ出してという案があれば申して下さい。出すかもしれません。

あ、男キャラなら言われたらいずれ絶対出します。


あと、作者はすみませんが豆腐メンタルなので批評はソフトにお願いします。


では、また次回。


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