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ヴェスバーナ暦1998年夏期2月5日 朝 職人都市グランディア
翌朝、グランディアに転移魔法で戻って来たユーリは、ギルドへの報告をする前に魔導鎧を預けていたローエン工房に向かう。そろそろ出来上がっているころだ。
むあっ、とする熱気と鉄と血と汗臭さを感じながら、ユーリは工房の中に入る。以前訪れた時と違い、工房内は静かなものだった。聞こえていた怒声や、鉄を打つ音、炉の火が燃える音は一切聞こえない。
入り口から少し中に入ると、そこにはどこか疲れたような、満足げなような親方がいた。ユーリを見ると、待っていたぞ、という表情を作り近づいてきた。
「おお、待っておったぞ」
それから、来い、とだけ言い親方は奥の方へ歩き出す。ユーリは、聞きたいこともあったが、とりあえず親方についていく。
今の状態では、聞いても親方は答えてはくれない。
作業場に入ると、そこには姿態の山が築き上げられていた。正確には、死体のように、まさしく死んだように眠る親方の徒弟達が積み重なって出来た山である。
それを見て、何か尋常ならないことが起きている、とようやくユーリは気が付いた。しかし、ついて来てしまった以上、仕方ない。何があっても良いように覚悟だけはしておく。
いや、冷静に考えれば徹夜明けなのだろう。だが、この異様な雰囲気が何とも言えない何かを醸し出しているのだ。
「受け取ってくれ、わしらの最高傑作じゃ」
「ぉぉ……」
工房の最奥で、シートを被せられていた魔導鎧斑鳩がその姿を現す。細身で鋭角的なフォルムはそのままであったが、どこか今までとは全く違う。そんな雰囲気があった。
「外装から何から何までわしらが出来る最高の仕事をした。
1000年前に発見された最後の黒王鋼を外装に使い、圧倒的な防御力と魔力伝導率を実現した。
魔晶筋肉はより柔軟で丈夫な水神魔晶と王鋼を合成したものに取り替え、骨格は金神魔晶と王鋼を合成したものを使いより強固にした。
伝達系には、風神魔晶と雷神魔晶の二種類と王鋼を合成したもの使いスピードと絶対性を追求した。
更に、精霊には最高の精霊結晶、黒白精晶を使用した。
完璧だ」
目を血走らせた親方がそんな力説をした。ユーリには、専門用語については、あまり詳しくはなかったが、それでも親方が何をしたのかはわかった。修理ではなく、超強化をやってくれたのだ。何が完璧なのかはわからないが。
「受け取ってくれ、わしらの最高傑作をな」
「あ、ああ」
斑鳩の起動鍵をユーリは親方から受け取った。斑鳩は、格納空間に戻る。
「あの、お代は」
「いらん、わしらは満足した。それだけで充分。わしらは、伝説的な仕事をした。満足だ。さあ、わかったなら帰れ。店仕舞いだ」
と、何か言う前に工房からつまみ出されてしまった。ユーリが再び工房に入ろうとしたが扉は開かなかった。店仕舞いとあったので、本当に閉めたのだろう。仕方ないので、宿屋に帰ることになる。
「…………あれが、職人魂って、奴なのか」
道中、磨かれて、市場の光景を写し出す起動鍵を見ながら、ユーリは感心と呆れが混じったような器用な表情と声色で呟いた。職人魂は、よくわからないがこだわりはわかる。親方たちの魔導鎧に対するこだわりが透けて見えるようであった。
そんな素晴らしいものを貰ったのだ。改めてお礼は明日にでも行こうと決めたユーリ。しかし、明日行った時には、工房自体が消えているということをユーリは知らない。親方の店仕舞いの意味をユーリが知ったのはその時である。
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市場を抜け、ユーリは冒険者ギルドへ向かう。依頼達成の報告と水竜王オウェイシス討伐の報告をするのだ。
まずは、入って左手にあるカウンター、依頼達成受付の方へ向かい、依頼を達成したことを受付の超絶美形の男に報告する。
「魔獣討伐依頼『ヤザナック西鉱山道の魔獣討伐』、配達依頼『ヤザナックへの魔導具配達』の達成を確認しました。卵納品による追加報酬を加えまして、こちらが報酬の2万6千ロクーナとなります」
内訳、1依頼に付き3千ロクーナ。卵2つで2万ロクーナ。1つにつき1万ロクーナ。追加報酬がうますぎる。
「これからもあなたがより良き冒険者であることを願っています」
次に向かったのは、ギルド中央の総合受付。ユーリが行くと、あいていたリンがやって来る。
「何か御用でしょうか」
「手配魔獣を討伐したんだが」
手配魔獣。
賞金のかかった生息域不明の魔獣。総じて災害級以上の魔獣である。倒した証拠を提示すれば、それ相応の賞金が払われる。
「手配魔獣の名称と討伐証明を御願い致します」
「水竜王オウェイシス、えっと証拠は水竜王の宝玉で」
一応、声を落として言う。大々的に水竜王を倒したと言ってしまっては厄介なことになる。名声狙いの馬鹿に狙われるのは勘弁だ。
あと、オウェイシスが落としたアイテムは、水竜王の宝玉、資格の欠片、竜王の竜鱗などである。見せるのは一つで良いとのこと。だから、わかりやすい宝玉にした。
「少々お待ち下さい」
リンが宝玉を持って奥の扉から出て行く。確認作業だろう。しばらく待っていると、リンが戻って来る。
「確認されました。水竜王オウェイシスの宝玉であると判断されました。よって、賞金24億ロクーナが支払われます」
額の多さに絶句した。日本円にして2400億円。一生遊んで暮らせる程の大金である。まかり間違っても持ち歩けるような額ではない。持ち歩くような額ではない。
やはりリオン達と分けた方が良かったのではないか。拒否されたのでユーリが貰いに来たわけだが、この額は予想外だ。
「今回、額が額ですので、口座に振り込みとさせていただきます。ユーリ様は、口座を未開設ですので、開設していただくことになります」
口座。
そのまんま現代と変わらない同じものである。冒険者ギルドが、管理する。冒険者ギルドの支部ならば、ギルドカードさえあれば、どこでも引き出すことが出来る。報酬の振り込みなども可能。
「じゃあ、お願いします」
勿論、お願いする。大金を持ち歩くと碌なことにならない。それは現代でも、ヴェスバーナでも変わらない。
「畏まりました。ギルドカードを」
「はい」
ギルドカードを渡すと、宝玉と引き換えになり、リンは再び奥へと消える。先程よりも待ち時間は短くすぐに戻って来た。
「残高は24億ロクーナです。これからは左手奥のカウンターで引き落としなどを受付ておりますので、御利用下さい」
「ありがとう」
「いえ、仕事ですから。では」
ギルドを出たユーリは、グランディアの街をブラブラと歩き回り、日が落ちるくらいに宿屋へ戻る。滞在延長の代金を支払い、酒場も兼ねた食堂へ。少し早めであるがやはり活気に溢れている。
食堂に入った瞬間、そこにいる全ての人の視線を受けた。すぐに霧散するかと思われたが、席についてもそれは消えない。訝しんでいるとその答えはエリンが持って来た。
「来たねー、竜王殺しのお兄さん」
思わず飲んでいた水を噴き出しそうになった。
「な、何でそれを」
「冒険者御用達の宿屋の看板娘をなめちゃいけねぇぜー。そんなビッグか話題、私にかかれば半日もすれば広ませれるよ」
「さ、さいで」
「そっ、今じゃ、ギルドは大騒ぎさー。リンやんは何時も通りだけど、他の受付は大騒ぎ。あっちこっち噂が行って、冒険者にも伝わってる。1人の冒険者が竜王を倒したってねえ。
まあ、明日には普通に街中でお兄さんのこと知らない人はいなくなるよー。うちの宣伝にもなるしねー」
街を出歩きたくなくなった。
「にははっ、まっ、有名になるのも経験だよお兄さん」
これ以上、問題は起きないでくれ、という密かな願いは、どうやら叶えられそうもないことが判明した。
ユーリの運命や如何に。
四章終了ー! 感想、ご意見ななどなどお待ちしてます。
評価がいつのまにか1300ポイントを超えて、もうすぐ1400に突入しそうです。ありがとうございます。感謝感激雨あられです。
さてと、なんとか無事に四章が終了です。
四章が終了しまして次は間章2と行きます。別れたあの人たちはどうしているのかに焦点を絞ってやっていこうと予定してます。結構キャラがいますからね、だいぶ長くなる予定です。
ちなみに、四章まで来ましたが、物語のプロットでは、これ、まだまだ序盤なんですよね。先は、長いです。頑張って完結させたいと思います。応援よろしくお願いします。
次回の更新はお休みで、二週間ほど休憩させてください。このところ忙しくて書けてないのです。すみません。
では、また次回会いましょう。




