4-12
ヴェスバーナ暦1998年夏期2月3日 昼過ぎ 鉱山都市ヤザナック
時は、少し遡る。
馬によりユーリより遥かに早くついたリオン達、血盟『天剣の両翼』の面々。昨晩遅くのうちにはヤザナックについて、移動の疲れをしっかり癒やし、準備を整えることが出来ていた。
血盟『天剣の両翼』が今回受けた依頼は、魔獣討伐依頼『ヤザナック地底湖の魔獣退治』。ヤザナック地底湖に現れた災害級魔獣『クトゥル・スキュウイド』を討伐するのが仕事となる。
ちなみに、災害級とは魔獣が及ぼす破壊により大まかに分けた分類のことだ。
個人規模の破壊を行う個人級。小集団規模の破壊を行う集団級。都市規模の破壊を行う都市級。軍隊による戦略行規模の破壊を行う戦略級。自然災害規模の広範囲に渡る破壊を行う災害級。災厄規模の想像を絶するような破壊を行う災厄級。全てを破壊し尽くす禁忌級。などの7等級が存在している。
実際には、これに当てはまらない特別な等級が存在しているのだが、かなり稀な例であるので、今は、除外しておく。ただ破壊を司る者ではない。
強さとしては個人級<集団級<<都市級<<戦略級<<<災害級<<<<災厄級<<超えられない壁<<禁忌級。となる。
災厄級と禁忌級はあまりいない。災厄級は一部の竜王種だけであり、禁忌級に至っては、存在したのは、記録によれば一度だけ。伝説の中だけに語られる魔王である。そこまでになると、対抗するには全世界規模での戦力を必要とする。それでも勝てるかは微妙で、勝率三割に達すれば良い方だ。
基本的な1パーティーで討伐可能なのは集団級まで。戦略級以降になるとそれ相応の規模の戦力が必要になる。災害級に1パーティーで挑もうとしている血盟『天剣の両翼』は、相当の馬鹿か、あるいは相当実力に自信があるかのどちらかということ。この場合の正解は後者だ。
ちなみにユーリは、災害級に1人で挑んでいた。この場合は、馬鹿と実力に自信があるの両方。実力上がったからって災害級に挑むなど、普通は誰もやらない。ただの馬鹿の所業である。
閑話休題。
リオン一行は、クトゥル・スキュウイドを討伐する作戦の確認をしていた。参謀役の性別オネェのイケメン、リーが作戦について語る。
「いい? まず防御力の一番高い盾持ちのリオンがクトゥル・スキュウイドの注意をひきつけておく」
「了解。僕が全力でひきつけておくから」
青い瞳を輝かせながらリオンは宣言した。
「その間に、クトゥル・スキュウイドが呼び出したサモア・スキュウイドをカナデちゃんを筆頭に私たちが殲滅する。
それから、逃がさないようにグレースちゃんの魔法で拘束しながら攻撃して倒す。
危なくなったらアリエッタちゃんが回復。
わかったかしら?」
奏以外が頷いた。
「あら、カナデちゃん、何か不満か、わからないことあるの?」
「始め、に、斬れ、ば、終わ、り」
片言の帝国語で奏は言った。
つまるところ、奏は速攻でクトゥル・スキュウイドを強力な技で葬れば良いと言っているのだ。一撃で葬れれば、クトゥル・スキュウイドが逃げる心配をしなくても良いし、わざわざ時間をかける必要はない。リオンが危険になることもない。
確かに、それもまた一つの考えられた作戦だ。一撃必殺の自信があるのならば、取るべき選択肢の一つになるだろう。
本人は複雑で時間のかかる作戦について考えるのが面倒くさいだけで、一撃だけやるなら考える必要がないと思っているだけなのを除けばだが。
「そうね。問題があるわ。一撃でクトゥル・スキュウイドを葬れる技があるのかしら?」
「…………」
奏は、一度自分の使える戦技を振り返ってみる。
クトゥル・スキュウイド、災害級の魔獣を一撃で葬れる戦技となると、凄まじく種類は限定される。尚且つ、クトゥル・スキュウイドの属性や耐性なんかを考えたりすると更に対応する戦技は限定されることになる。
そこまで考え、戦技を選ぼうとして、あろうことか奏は思考を放棄して審議をすっぱりと止めた。躊躇など微塵もなかった。感心するほどに。呆れるほどに。
所詮、勝負は時の運。その時々に、適切な技は、勝手に自分の中の本能が選ぶ。一々、使う技を選ぶのは手間であるし、後手に回る。そして、これが一番大きな理由だが、面倒くさい。というか無理。
そもそも、奏は自分が使える戦技を覚えていない。全部本能で使っている。反射的に使っている。
「…………ない」
その結果、思考放棄による審議無効になり、奏はリーの質問、「クトゥル・スキュウイドを一撃で葬れる技があるのか」、に、「ない」、と答えることになってしまった。
当然、
「それじゃ、駄目ね。逃がす可能性もあるし。今回は、逃がしたら終わり。安全を取る必要があるの。理解した?」
提案は却下される。
ちなみに奏の心理をリーは何となくわかっている。なので、奏には、クトゥル・スキュウイドを一撃で葬れるだけの戦技はあるかもしれないが、考えるのが面倒になった、ということは何となくわかっていた。
「理解、善処、しよう」
ツッコミたくなるような返答であるが、それで良しとしておく。付き合いは長いとは言えないが、短いとも言えないリーは奏が考えるのが苦手――そんな軽度な表現で済むレベルかはさておき――だと知っているので、それ以上は何も言わない。
言っても意味ない。とは、言わないし、一応は、言った以上、その程度のことはしてくれるからだ。それ以上言って、機嫌でも損ねられたら堪ったものではない。
士気に関わる。戦闘前はなるべく士気を高めておきたい。士気が高ければ、それだけ勝率が上がる。それからなるべく、不確定なことが起きないようにしたいのだ。
「じゃあ、行くとしましょう」
血盟『天剣の両翼』の面々は、ヤザナックを出る。向かうは地底湖だ。観光用に特別に整備された道が続いてある。ヤザナックで豊富に産出されている魔晶を使って舗装された道が地底湖への入り口まで続いている。
特にクトゥル・スキュウイドは逃げるわけでもないことがわかっているので、急ぐことはない。しっかりと舗装された道を楽しむように歩く。しかし、緩み過ぎるのもいかんのでそこそこには締めている。
整えられた道を、十数分も歩けば道と同じ様に整えられた洞窟の入り口が姿を現す。
洞窟内は魔法の付加された青い炎を上げる松明が等間隔に設置されており、洞窟内を幻想的な青い光が照らしている。
中に入れば、ひんやりとした涼しげな冷気と青の幻想的な光景が迎えてくれた。
「綺麗、です」
アリエッタが洞窟内に入って呟いた。それに血盟の面々は――約一名を除いて――同意する。
青い光もそうなのであるが、水の波紋の影と光が天井にうつっているのだ。それが堪らなく美しく、青の光と合わせて、リオンたちに水の中にいるように錯覚させる。
アグナガルド帝国でも滅多に見れる景色ではない。入り口でこれなのだ。地底湖はさぞかし素晴らしいのだろう。
それを駄目にしているクトゥル・スキュウイドを絶対に討伐しようとリオンたちに思わせるには、十分であった。
洞窟を進むこと一時間、開けた場所に出る。青々とした地底湖の広がる空間。光ごけが燐光を放ち、深い青の光が洞窟を照らしている。まさしく地底湖であった。
「はぅ」
思わず溜め息をついてしまう程に。
確かに地底湖で幻想的な光景を見せてくれている。しかし、ここが目的地というわけではない。ヤザナックの名物の地底湖まだまだ下である。ヤザナックの地底湖は幾つもの地底湖が層状に重なり合って一つの大瀑布を作り出す、その終着点にある。クトゥル・スキュウイドもそこにいる。
わかってはいるが、魅入らずにはいられない。
「凄いなあ」
「うむ、美しい」
「綺麗、です」
「…………」
「そうねえ。っと、さあさあ、いつまでも魅入ってられないわよ」
「はっ!」
リーの声と手を叩く音で我に返る面々。これから7個ほどの地底湖を見ていくのだ。その度にこれでは困る。気を引き締めて行かなければ。
リオンたち天剣の両翼は、案内に従って下へ降りて行く。先程まで青かった洞窟は、鮮やかな赤へと変わる。地底に眠る魔晶の色が出ているのだ。
赤は橙に色を変え、橙は黄に色を変え、黄は緑に色を変え、緑は藍に色を変え、藍は紫に色を返る。青も含め、七つの地底湖は七回姿を変える。
そして、最後の地底湖。これがヤザナック名物の地底湖。他では絶対に見ることが出来ない光景。
それは降り注ぐ七色に輝く大瀑布と七色の水をたたえた湖であった。波が揺れる度に色を変え、天井をも照らし出す。虹を作り出している場所のような、そんな神秘すら内包しているかのような光景に、目を奪われる。
だが、それも、その湖岸に横たわる巨体を認識した瞬間に吹き飛んでしまう。
クトゥル・スキュウイド。巨大な10本の触手と8つの眼を持つタコに似た災害級魔獣。そして、その近くを浮遊する10本の触手と1つの眼を持つクラゲのようなサモア・スキュウイド。
「作戦は、わかっているわね?」
リーの問いかけに全員が頷いた。
「よし、じゃあリーダー、よろしく」
「うん、じゃあ、みんな頑張ろう。良いね。何時も通り無理せずに。
それじゃ、行くよ!!」
洞窟の中から地底湖の広い湖岸へと踊り出す面々。
まず動いたのはリー。素早く矢をつがえると、サモア・スキュウイドに放つ。
4連射。見事な速度でこの場にいたサモア・スキュウイドの注意を引く。
剣を抜いたリオンはクトゥル・スキュウイドに疾走。一撃を加え、サモア・スキュウイドから少し離れる。
「行くよ!」
技能『威圧』と『挑発』を使いクトゥル・スキュウイドを自身へと釘付けにする。
クトゥル・スキュウイドは、作戦通りそれに引っかかり触手をリオンに振るう。
リオンは、盾を構える。小さなバックラーと呼ばれる盾。樹齢数百年規模の大樹の幹ほどの太さを持つ触手を受けるには、役不足に思える。
だが、決してそのようなことはなかった。クトゥル・スキュウイドの触手は受け止められる。バックラーから数cm手前の位置で触手は止まっている。
防護の盾。
それがリオンの持つ盾の名前。シールドの魔法を展開する堅固なる守りの盾であった。魔法武具の一つだ。解析すれば、幾つかの技能が盾にあることがわかるだろう。遺物程ではないが、実用品としては一級だ。
「はああっ!!」
盾を押し込み、そのまま斜め上方へと触手をかち上げる。
「はっ!!」
そのまま右の剣を振り下ろし、触手を斬りつけ、その下をくぐり抜け、地底湖を背にする。足を踏ん張られ、腰を落とす。ここから一歩も動かない構えだ。
クトゥル・スキュウイドの触手がリオンを襲う。それを盾で受け、剣で弾く。一撃もリオンが受けることはない。几帳面とも言えるように触手を綺麗に弾いていく。
クトゥル・スキュウイドも、それでは抜けない、と本能的に判断したのか、触手の攻撃がやむ。代わりに、魔法の水弾が放たれる。
「うわっ!」
一歩も動かない構えだったリオンが慌てて水弾をかわす。
防護の盾は、物理攻撃は防げるが魔法攻撃まで防ぐことは出来ない。そこまで万能な品ではない。
クトゥル・スキュウイドは、魔法が聞くとわかったのか水弾による攻撃に切り換えてきた。
今まで動かなかったのを、リオンは止めて走り回って水弾をかわしていく。防戦一方。今はまだ喰らっていないが。このままではいつかは喰らってしまう。
どうしよう、と考えていると、クトゥル・スキュウイドは触手まで投入してくる。かわすのが更に困難になった。
「うわっ!」
リオンに迫る触手。
「フン」
しかし、それがリオンに届くことはない。
「待たせたわね」
奏での放った斬撃により触手が一本切り落とされた。
「美味」
奏は少し触手を食べたらしい。
「よし、グレースさん」
「気軽に呼ばないで」
冷たく言い捨てるが、自分の仕事はきちんと行う。術具に魔力を流し込む。
ハーフエルフは、エルフ種であるが、純粋種のように術具を用いないで魔法を使用することが出来ない。そのため術具が必要となる。
展開される魔法陣。雷属性の結界が、リオン達を含めクトゥル・スキュウイドを閉じ込める。
「よし、行くわよ!」
リーの掛け声の下、全員が攻撃を始める。
作戦通り、リオンと奏が前衛でクトゥル・スキュウイドを引きつけながら攻撃し、中衛のアリエッタとリーが動き回りながら混乱を誘う。グレースは結界を維持しながら、安全圏からクトゥル・スキュウイドに雷撃を叩き込む。
クトゥル・スキュウイドは、一番危険なグレースを狙おうと触手を伸ばすが、リオンには弾かれ、奏にはぶった斬られる。ならば水弾を飛ばすが、その程度の魔法ならば、グレースは片手間で防ぐことが出来た。
クトゥル・スキュウイドは、既に触手の半数を失い、グレースの魔法によって釘付けにされている。圧倒しているように見える。だが、まだまだ気は抜けない。
なぜなら、未だクトゥル・スキュウイド討伐は、工程として半分も行っていないのだ。 ここからかが本番と言って良かった。
クトゥル・スキュウイドが管の中に空気を吹き込むかのような咆哮を上げる。
魔技『咆哮』。それにより、リオン達が吹き飛ぶ。その隙に、クトゥル・スキュウイドは、技能『潜り』を使う。クトゥル・スキュウイドの巨大が地面の中に消えた。地面の中に潜ったのだ。
無論、結界は地面まで達している。湖に脱出することは出来ない。そんなことはクトゥル・スキュウイドもわかっている。ならば、何の為に潜ったのか。
回復の為の時間稼ぎと攻撃の為だ。技能『回復』と『再生』により時間さえあればクトゥル・スキュウイドは回復出来る。地面の中に隠れて攻撃すれば反撃は受けない。触手なんぞ幾らでも再生可能だ。
それから、触手を解く。本来は、数百、数千の触手をクトゥル・スキュウイドは持っている。今までは固めていたのだ。パワー重視であったが、戦い方を変える。力押しでは倒せないことがわかった。ならば、物量と速さで抜く。
クトゥル・スキュウイドは、数千の触手をリオン達へと地面の中から突き出した。
「散開!」
触手が突きだしてきたと同時にリオンは叫んだ。その言葉に、リーたちはすぐに応じる。
先程まで立っていた場所に数千の触手が突き出されていた。
「来るぞ」
数千の触手がリオン達へ向かう。リオン達はそれらを真っ正面から受けることはしない。というより受けれないのだ。
触手が固められていた時は良かったが、解けた今、触手からは酸が分泌されている。それもかなり強力な奴だ。並みの防具では一瞬ももたない。武器も同じだ。
それに対応するのは奏。
「戦技【鬼神一刀流】『桜吹雪』」
戦技を放つ。世界の理に従い、法則を超えて、数万を超える斬撃が放たれる。
刹那、桜の花びらが舞った。
クトゥル・スキュウイドの数千を超える触手が一瞬のうちに細切れになる。代償は刀一本。桜吹雪のように破片は地面に落ちた。
それと同時にクトゥル・スキュウイドが地面から姿を現す。全ての触手を斬られた痛みに出て来たのだ。そのチャンスを逃がす血盟『天剣の両翼』ではない。
全員が戦技と魔法をクトゥル・スキュウイドに叩き込んだ。しかし、さすがは災害級魔獣で尚且つ軟体系列の魔獣だ。生命力は無駄に高く、まだその身を動かしていた。
トドメの一撃を喰らわせれば終わる。けれどもクトゥル・スキュウイドはしぶとかった。クトゥル・スキュウイドは、分裂したのだ。
1体から、2体になり、2体は4体となった。瀕死になり、技能『分裂』を使ったのだ。能力は全く同じで増えるのだ。厄介極まりない技能であるが、それが仇となった。
クトゥル・スキュウイドは、結界に詰まり、身動きが取れなくなってしまった。結界は有限だ。当然、その中で今日が分裂すれば、そういうことになる。雷属性の結界のため触れていればダメージを受けてしまう。
やはり術者を狙って触手を伸ばすが、詰まった状態で、更に別の個体の触手が別の個体の触手を邪魔して思うように動けていなかった。
改めて、トドメを刺そう。そうしようとした瞬間、結界が割れる音と共に凄まじい衝撃がリオンたちを襲った。
感想、ご意見、などなどお待ちしてます。
作者は豆腐メンタルなのでできれば批評はソフトにお願いします。すみません。




