4-11
ヴェスバーナ暦1998年夏期2月4日 朝 鉱山都市ヤザナック西鉱山道
昨晩、ユーリはヤザナックに到着し、宿屋で休んだあと、朝一番で魔導具を届けた。魔法のポーチに入れておいたのだから破損などあるはずもなく、何事もなく依頼は完了。
――配達依頼『ヤザナックへの魔導具配達』を達成しました――
それから早速スパダ・ホークを討伐すべく西鉱山道向かった。
「アレか」
ユーリは、技能『鷹の目』を使用して、崖の上に陣取ってスパダ・ホークの巣を見ていた。番のスパダ・ホークが巣の中にいた。
スパダ・ホーク。
一見すると巨大な鳥であるが、羽根一枚一枚が剣で出来ている魔獣だ。攻撃力は高そうである。
また、頭は兜のような鋼の体毛に包まれていて防御力も高そうだ。雄の方が大きく、雌は一回り小さい。
「さて、どうするかな」
2体同時に相手をするのは簡単だが、鷹の目で見る限り卵がある。壊さないようにやるのは、2体同時は手間だ。
アレを持ち帰れば追加報酬が入る。逃さない手はない。金はいくらあっても困ることはないのだ。
しばらく、潜んで様子を見ていると雄が巣から飛び出した。餌を探しに行ったのだろう。凄まじい速度でスパダ・ホークの雄は飛び去って行った。
完全に雄が見えなくなるまで待ってからユーリは行動を開始する。技能『隠密』、技能『無音移動』、技能『気配遮断』、技能『壁走り』を発動し、崖を駆け上る。スパダ・ホークの巣下から接近する。
スパダ・ホークの巣直下に来た所で壁を蹴り飛び出す。ユーリに気が付いたスパダ・ホークが空へと舞い上がろうとする。
ユーリは技能『威圧』を発動。空へ舞い上がろうとするスパダ・ホークの雌を巣に押し止める。
そして、戦技【兜割り】『斬式』を放った。クレイモアを鞘から抜き放ち気味に放たれる斬撃。
戦技【兜割り】のアレンジ派生技『斬式』。斬撃により兜を斬る技。
世界の理に従い、法則を超えて戦技はスパダ・ホークの兜を斬り割る。
しかし、スパダ・ホークを殺すには足りない。
本能で空へ飛び上がるスパダ・ホーク雌。放たれる剣。雨のように降る剣をユーリはクレイモアで斬り払う。
実力の恩恵とは凄まじいもので、剣の軌道が全て手に取るようにわかり、身体が要求に従って忠実に動く。
だからこそ無傷で全ての剣をはじけた。
「次はこっちの番だな」
戦技【飛翔剣】『赤』。
赤き斬撃がスパダ・ホーク雌へ飛ぶ。刹那のうちに飛翔した斬撃は、スパダ・ホーク雌の翼を断ち斬った。
翼を失い地へと落ちるスパダ・ホーク雌。ユーリは跳躍し、その首をはねた。粒子となって雌は消え、アイテムだけが残る。それと卵を回収し、ポーチへ押し込んだ。
「さて、あとは雄だけだな。実力が上がったからか楽勝だった。この分なら雄も楽にいけそうだな。まあ、油断は禁物だ」
油断はそのまま死に直結する。過去、油断での失敗をユーリは知っている。油断はしない。全力を以て相手をする所存だ。
しかし、いつ帰って来るのだろうか。しばらく待ったが、スパダ・ホーク雄は帰って来ない。餌を探しに行ったのだから時間が掛かるのは承知だが、いつまで掛かるのだろうか。
未だ技能『気配察知』の範囲には入って来ない。入って来るのは、スパダ・ホーク雄ではなく他の魔獣ばかりだ。
スパダ・ホークが来たことによって抑圧されていたのが出て来たのだろ。本来の生態系に戻ったというところか。
「だとすると、スパダ・ホークってのは、どっから来たのかね」
ギルドの魔獣図鑑で調べた限りスパダ・ホークはもう少し南の地域で暮らす魔獣だ。本来ならこの地域で見ることはない。どこかで環境の変化でもあったのかもしれないと思われた。
また、スパダ・ホークは騎獣としても使われる。卵が追加報酬なのはこれが理由だ。刷り込みで人間に慣らすことが可能な為だ。
卵生の魔獣は総じて刷り込みが可能な種が多いため、騎獣にするのが容易。そして、魔獣であるため優秀である。
「騎獣、憧れないでもないけど、維持費とかかかるんだろうなあ」
騎獣の維持費はものによって変わる。スパダ・ホークなどの鳥系魔獣の騎獣は比較的――それでも個人では手を出すのが躊躇われる程――維持費は安い。しかし、竜種などになると国家レベルでの維持費がかかる。
うまくやる方法もあるにはあるが、相当の運が必要なので、どの道、現状のユーリには無理である。諦めるしかない。
「ん、来たか、しかし、何だ、この気配」
先程、飛んでいった雄の気配に似ているが、違う。根本は変わらないのだが、何かが違っている。
「何だ、何が――っ!?」
目の前に、黄金の怪鳥が現れた。羽根、毛の一本一本が全て黄金の剣の巨大な怪鳥。
それが、凄まじい速度で、その黄金に輝く鋭い鉤爪をユーリの首へと突きだしていた。風を貫いて鉤爪は真っ直ぐにユーリの首へ向かう。
咄嗟に、ユーリは右へと跳び、それをかわす。と、同時に、技能『魔獣解析』を使用し、目の前のスパダ・ホークであって、明らかに違う魔獣を調べる。
――解析結果――
――名称:鳥型魔獣【第一階梯】『スパダ・ホーク・ソル』――
――概要:鳥型魔獣【第零階梯】『スパダ・ホーク』が昇華した姿――
――解析不能――
たった、これだけのことしかわからなかった。そして、それ以上を知る時間は、ユーリには与えられていない。
スパダ・ホークよりも遥かに速く、スパダ・ホーク・ソルがユーリへと襲いかかる。両翼を羽ばたかせ、黄金の剣を放つ。
「くっ」
戦技【篠宮流奥義】『百花繚乱』。
咄嗟に、戦技が放たれていた。
技能『先見』と『直感』が告げたのだ。あの黄金の剣に付与された意味を。
魔技【黄金剣】『絶対』。
スパダ・ホーク・ソルの放った言わば魔獣版の戦技、魔技は、世界の理をねじ曲げ、法則を打ち壊し、黄金の剣に意味を授けた。
絶対。
それは、黄金の剣が必ず結果を起こすということ。この場合は、絶対命中。何があろうとも必ず目標に命中するよう。そういう意味を黄金の剣は持っている。
だからこそユーリは、世界の理に従い、法則を超越して、幾百の剣閃を放つ。
百花繚乱の火花が咲く。荒れ狂う黄金の花が開き、赤き紅蓮の血花が咲き乱れる。
だが、足りない。
それでも黄金の剣を打ち落とすには、足りなかった。打ち落とせなかった黄金の剣がユーリに傷をつけて行く。
そもそも、それは当然の帰結。第零階梯にいるユーリの技が、第一階梯へとその存在を高めたスパダ・ホーク・ソルの技を破れるはずがないのだ。
階梯。
それは、階位とも呼ばれる世界に住む全ての生き物が持つ言わば存在のランクのことだ。
実力が最大まで上がり、尚且つ、それ以上の存在へとなれる資質を持っていた場合、階梯が一段上がり、新たな存在へと昇華できる。
昇華すると実力は1に戻るが、階梯が一段上がった者とそうでない者の実力1では、まさしく次元の違う強さの差がある。
階梯の低いユーリの戦技一つでは、スパダ・ホーク・ソルの魔技を超えられない。
「なろっ! だったら!」
戦技【篠宮流奥義】『百花繚乱』×戦技【篠宮流奥義】『鏡花水月』。
百花の花々が、鏡写しに、水面に写るが如し。斬撃が鏡写しのように二重になる。
戦技【篠宮流奥義】『鏡花水月』。
これは、鏡写しに相手に対応する技。それを『百花繚乱』を使っている自分に対して使うことにより斬撃を二倍にしたのだ。
戦技二つでようやくスパダ・ホーク・ソルの魔技を相殺することに成功した。
「はあ、はあ、はあ」
だが、代償も大きい。体力を消費する戦技。しかも、大技を連続して使ったのだ。流石のユーリでも厳しい。
対してスパダ・ホーク・ソルは余裕だ。余裕綽々に大空を舞っている。
優位者の余裕。狩る者の愉悦を、スパダ・ホーク・ソルは感じている。番の雌が殺された怒りはない。
今や殺した相手は、狩る者から狩られる者に成り下がったのだ。そんなものに向ける怒りなどない。
ただただ確実に殺すだけだ。殺せば、また自分は強くなれる。本能がそうスパダ・ホーク・ソルに語りかけていた。
再びスパダ・ホーク・ソルが動く。
魔技【黄金剣】『絶対』。
放たれる魔技。
「そいつは、一度見た」
ユーリは、そう呟いた。一度見た技を二度、喰らってやる気などユーリにはさらさらなかった。
無数の黄金の剣が降り注いでいるというのに、ユーリには焦燥と言った焦りはまるでない。その様子はさながら、無風の波紋なき水面のようであった。
ユーリは、顔の前でクレイモアを横向きにして構える。
クレイモアが、輝きを放ち鏡のように磨かれた剣身には降り注ぐ黄金の剣とスパダ・ホーク・ソル、そして、ユーリ自身が写っていた。
ゆっくりとした動作で、ユーリがそのままクレイモアで円を描く。クレイモアが描いた円の軌跡は空中に残る。
それは、鏡のように黄金の剣とスパダ・ホーク・ソルを写していた。黄金の剣とスパダ・ホーク・ソルの動きが波紋になり鏡の表面を揺らす。
「戦技【篠宮流奥義】《秘伝》『明鏡止水』」
ユーリが、そう小さく呟いた瞬間、鏡の波紋が止まる。そして、鏡に写しこまれた降り注ぐ黄金の剣もスパダ・ホーク・ソルも、まるで時が止まったかのように、その動きをぴたりと止めた。
もはや、黄金の剣はユーリへと届くことはない。全てが止まってしまっている。スパダ・ホーク・ソルは、拘束に対して抵抗を示すが、もう遅い。捕まった時点で終わりだ。
「壊鏡」
ユーリが、死刑を宣告するかのように厳かに呟くと、鏡にひびが入り、バラバラに粉々に原形も残さず砕け散った。
鏡が砕け散ると、黄金の剣にひびがはいり、バラバラに粉々に砕け散る。黄金の剣はものの数秒で塵と化した。そして、スパダ・ホーク・ソルもまた、自らの絶対の黄金の剣のあとを追うようにバラバラに粉々に砕け散ってしまった。
――魔獣討伐依頼『ヤザナック西鉱山道の魔獣討伐』を達成しました――
――実力が上がりました――
――現在の実力は4183です――
――技能『篠宮流剣術』が成長します――
――技能『篠宮流剣術・壱』を習得しました――
――技能『二重発動』を習得しました――
――称号『挑戦者』を取得しました――
――称号『秘伝使用』を取得しました――
――称号『黄金鳥を打倒する者』を取得しました――
「ふう、《秘伝》ってつくだけあって、流石に強いが、その分、疲れる」
スパダ・ホークの巣に座り込むユーリ。流石に疲れたようだ。
戦技【篠宮流奥義】《秘伝》『明鏡止水』。
剣や刀を使い、空中に描いた鏡に対象を写し、その動きの波紋を止めることで、完全に動きを止める戦技。
使い手の心が真に研ぎ澄まされた状態でなければ、使うことが出来ないとされている。
また、鏡に対象を映した状態で鏡を割ると、対象も同じように砕け散る。
座り込み、己に治癒力強化魔法をかけながら、これからどうするかを考えるユーリ。
「少し休憩してから、戻るか。今日は、休んで、明日観光するのが良さそうだ」
順当に依頼も終わったことだ、ヤザナックを観光しても罰は当たらない。グランディアに戻るときは組んだばかりの転移魔法を使って帰ればすぐ帰れる。何も問題はない。
治癒力を強化したおかげで傷もだいたい塞がった。
「さて、なら少し昼寝でもするか。まだ、朝だけど」
体力を回復させるには睡眠が一番。夏の日差しはまだ朝方であるため幾分か柔らかい。少し眠るにはうってつけだ。
防御用の結界魔法を張り、巣の中で寝転がる。流石、巣だけあって寝心地は良い。下に骸骨がなければもっと良かったのだが。
懐かしい日本と変わらない夏空を見上げながら、しばしの休息へ入っていった。
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ユーリが目を覚ましたのは、だいたい太陽が直上にさしかかった辺りであった。約1、2時間ほど眠っていたことになる。
起き上がったユーリは、頬を伝っていた汗を拭き取り、伸びをして結界を解く。
「さて、戻るか」
巣から飛び降り、危なげなく着地する。ユーリの身体能力では楽勝だ。
それからゆっくりと景色を楽しむかのように街道をヤザナックへと戻る。鉱山へ向かう道の中間辺りなのであまり距離は離れていない。その為、すぐにヤザナックの西門が見えてきた。
「討伐したのか」
西門の衛兵が聞いてきた。
「ああ、無事討伐してきた」
「そうか、ありがとう。本当なら、私も行ければ良かったんだが、足に矢を受けてしまってな」
西門の衛兵は元冒険者で、他の衛兵に比べて親身になってくれる。そんな衛兵と少し話して、ユーリは宿屋に向かう。複雑に絡み合うように作られた通りを歩く。迷いそうで怖い。
ヤザナックは、元は村から発展していった為にかなり複雑な都市構造をしている。無計画な都市拡張の弊害と言う奴だ。
「ん?」
宿屋のある広場に来ると、人が集まっているのが見える。何やらただならぬ様子だ。そういえば、と思い出す。ここに来た時点でもある程度集まって何か話していたのを。その時は、依頼を優先して聞かなかった。
今回は、依頼も終わったので一応、声をかけてみる。
「どうかしたんですか?」
「ああ、冒険者さん。それが、地底湖に行った冒険者の皆さんが帰ってこねんだよ。丸一日経つってのに」
「帰って来ない? …………」
「なあ、あんた、見に行ってくれないかい」
冒険者が行って、帰って来ない、というのは、最悪の状況を予感させるには十分だ。そこまではいかなくても何かあったことは、確かだろう。
見に行ってくれ、というのもわかる。何かあれば、その影響を被るのは自分たちだからだ。丸一日という時間的に微妙な所だが、確かめに行く価値はあるだろう。
「……わかりました。行ってみます。どこですか?」
「街の北の街道を真っ直ぐ行けば地底湖に続く、洞窟に出る」
「ありがとうございます」
ユーリは、人混みを抜け、北門を飛び出して地底湖へと向かうのであった。
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