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ヴェスバーナ暦1998年夏期1月29日 朝 職人都市グランディア
昨日、色々あったものの溜まった鬱憤を晴らし、尚且つ全力で動いたおかげか、翌朝のユーリはかなり目覚めが良かった。少々やりすぎたかなとも思ったが、やらなければ大変なことになっていたのは間違いないので気にしないことにした。それより実力も上がり、技能や戦技も習得できて万々歳である。
昨日の土砂降りの雨もすっかり上がり、雲一つない晴天が広がっている。久し振りの気持ちの良い朝であった。
「こんな時は何か良いことがありそうな気がするな。おっと、そう言えば指輪貰ったんだったな」
宿屋の中庭を見下ろす格好のまま、忘れないうちに昨日の指輪を鑑定しておくことにした。
――技能『道具鑑定』を発動――
――【鑑定結果】アクセサリー『■■■■の指輪』――
――■■の■■に施された■■を■■■――
――装備可能――
――しかし、装備すると外すことが出来なくなる――
「呪いのアイテムかよ、おい!」
素晴らしい気分が台無しになった。
「しかし、■■■■って、何だ? 鑑定出来ないってことか?」
今までのアイテムでは、なかったことなので指輪が何かしらのキーアイテムではないのかと推測される。しかし、現時点では何に使うのかもわからない上に、装備すると外れなくなるという呪い付きなので迂闊に使えない。しばらくは魔法のポーチの中で眠って貰うことにする。
「さて、とりあえず日課をやりに行くか。クレイモアに慣れたいしな」
動きやすい服に着替えて、棚からぼた餅気味に手に入れたクレイモアを持って中庭へ。井戸以外なにもない中庭でクレイモアを抜く。
最近の日課、型の確認である。
「はっ!」
何も考えずに振り下ろす。身体が前に流される。
「やっぱり重さが違うからずれるな。……よし」
もう一度振り下ろす。先程とは打って変わって綺麗な剣閃を描く。続けざまに縦のベクトルを横に変えて薙ぐ。
「だいたいわかって来た――はっ!」
身体は勝手に動く。その動きを自身のものとなるように溶け込ませる。アリスとの旅している間に、アリスがやった方が良いわよ、とからかうように言ってきたので実践中。確かに動きはよくなっていた。
「しゃくだがな」
しばらく、ユーリは一心不乱にクレイモアを振るった。才能のおかげで、クレイモアの扱いには慣れることが出来た。
「こんなもんかな」
クレイモアを鞘に収めて額に溜まった汗を拭う。
「確か井戸の水を使うには……」
「はいはーい! お客さーん、ちょっちまちー」
素朴な町娘の格好にエプロンという格好をした宿屋の看板娘エリンがやって来た。素朴な格好に反して快活で活発な性格をしている豪快なお嬢さんだ。
「井戸一掬い500ルブルーでーす」
「無料じゃなかったか?」
ユーリの記憶では井戸は無料であった。
「冗談、無料よー。ただ500ルブルー払ってくれれば、髪切ってあげるよーっ。格安でしょ」
エリンにしては小遣い稼ぎであるが、それは魅力的な提案だった。異世界へ移動して以降、ユーリは髪を切っていない。そのため、好き放題伸びてしまっている。切ってくれるというなら是非、お願いしたい。格安なら尚更だ。
500ルブルー魔晶硬貨を渡す。
「ほら」
「まいどー、ついでにタオルもお裾分け。気にしなさんなカッコイイお兄さんへのサービスだよー。汗を流してから切りますよー」
500ルブルー魔晶硬貨を渡すと、ほいほいっ、という感じでタオルと桶を取り出してユーリに渡す。汗を流し終えたくらいにまた来ますね、と言い残しエリンは本館に入って行った。
それを見送ってからユーリは上半身の服を脱いで、井戸から水を掬い、頭からかぶる。冷たい井戸水は型の反復で熱くなった身体を冷やしてくれる。とても気持ちが良い。
もう一度頭から水を被り、タオルで身体を拭いていく。その時、ユーリは不意に視線を感じた。
「ん?」
個室のどこからか誰かがユーリを見ていたような気がする。窓際にそんな人影はないが気配を探る。該当しそうな気配は1つ。それはこの前すれ違ったハーフエルフの気配であった。
何故見ているのかはわからないが、特に敵意のようなものは感じないので保留にしておく。理由は、食堂で会った時にでも聞けば良いのだ。
「はいはーい、終わった?」
「ああ、頼む」
「任され任されー」
ハサミを手にしたエリンが切りやすいように地面に座る。上半身裸だが気にすることはない。ちゃきちゃきというハサミを噛み合わせる音と髪が落ちる音が響く。それにあわせて頭が軽くなっていくのを感じた。やはり髪は短い方に限る。
「どんな感じに切るー?」
「適当にしてくれ。あんま変なの以外なら何でもいい」
「あいあい、了解了解」
櫛を器用に使いながらエリンはユーリの髪を切っていった。人は見かけによらないなと若干失礼なことを考えつつユーリは終わるのを待った。
「ふう、こんなものかな?」
「ありがとう」
「うんうん、カッコ良くなったよ」
「それはどうも」
と髪を流す為に水を被り、風の精霊術で髪を集めて、集めた髪を炎の精霊に燃やしてもらった。一本も残らずだ。残して、下手な魔法使いの手に渡ると危険だからである。
「よし」
「じゃ、あたしはいくねー。用があったらまたいっちくれー。誠心誠意対応するさー」
スタタタ、と本館に戻っていった。一カ所に留まれない風のようである。
それを見送りユーリも部屋に戻る。夏用に新調した半袖の黒のシャツと、白の上着を着る。袖は折り曲げて捲り上げボタンで止めてしまう。下も新しくした黒のズボンに丈夫な靴を履く。具合を確かめるように軽くジャンプする。
「いい感じだ。前に暑かったから買っておいた服だが、うん、新調して正解だな。涼しいし何より動きやすい」
それから、朝食の為に食堂へ向かった。
食堂は朝食時であるため混み合っている。大衆食堂も兼ねているため、宿泊客以外も朝食を食いに来ているのも混み合っている原因だ。
しかし、
「参ったな」
席がない。正確に言えば、空いているテーブルがない。誰かと相席をする必要がある。
「エリンさんー」
「ほいほーい。おっ、かっこいいねえ。相席でよい?」
「ああ、良い」
「じゃ、こっちきなされー」
案内されたのは食堂の奥の席。そこにいたのは、例の透き通った蒼氷色の長髪と瞳のハーフエルフの女であった。
いたなら朝から見ていた理由を聞こうと思っていたのでちょうど良いのだが、偶然にしては出来過ぎている。エリンが気づいているのではないかとユーリは思ってしまうほどに。実際はただの偶然なのだが
「相席よろし?」
「…………」
静かに野菜のスープを啜るハーフエルフの女は何も言わなかった。ただ、勝手にすれば、という雰囲気を醸し出していた。
「ありがとう御座います。ほいほい、どうぞーお兄さん。すぐ料理持って来ますからねー」
「ああ」
パタパタとエリンは行ってしまった。そして、すぐ料理を持って戻って来た。
「ごゆっくー」
料理を置いて戻って行った。
「さて、いただきます」
野菜と肉のスープにパンをつけながら食らう。さすが大衆食堂も兼ねてるだけあって味は、なかなかである。
ガツガツとまではいかないがそこそこに食っていると、ハーフエルフの女から視線を感じる。これで今日二度目だ。
ユーリは、何か用なのかと顔をあげるが、そうすると彼女の視線は明後日の方向へ。下げるとまた視線が戻って来る。さすがに鬱陶しいので、さっさとわけを聞いてしまうことにした。
「何か用なのか」
「…………」
無視。
「さっきから鬱陶しいんだが」
「…………」
また無視。
「何か言ったらどうなんだ」
「…………」
またまた無視。
「お前いい加減に――」
「……話しかけるな。お前と話す気はない」
「――なろう……」
殴りたくなった。
しかし、ここで手を出せば悪いのはユーリになる。理由を説明したところでそれを証明する証拠はないのだ。
結局、ハーフエルフの女が食べ終わりさっさと出て行ってしまったのでこの問題は有耶無耶になった。
とりあえず、ユーリも食べ終わり一旦、部屋に戻る。ハーフエルフについては、完全に保留にした。
「さて、今日は、どうするかな。あと血盟もだな」
リオンの誘いを受けるか受けないか。それが問題である。
血盟に入るメリットはあるし、デメリットといっても自由が少し制限されるくらい。
「特にやることといっても称号集めだし。称号にはクランに入るってのもあった」
入るのには問題はない。
「まあ、もう少し考えるか。まずは斑鳩の修理の方が優先だし。依頼でも受けながら時間を潰すか」
やることが決まれば、あとは行動するだけだ。
早速ギルドへ向かいCランクの依頼板へ向かう。張り出されている依頼は、やはり職人都市、材料や現物の採集、運搬、護衛などが多かった。
多いと言っても、魔獣の討伐系の依頼や、迷宮の探索などの依頼がないわけではない。護衛などの依頼が特に多いだけである。
「さて、何を受けるか……」
迷う所である。やるなら身体を動かす系のものが良い。もっと言えば魔獣討伐系だ。実力が上がったことによる変化を確かめるのに一番手っ取り早いからだ。
「おっ、これがちょうどいいか?」
魔獣討伐依頼『ヤザナック西鉱山道の魔獣討伐』
ヤザナック西鉱山道に、災害級魔獣『スパダ・ホーク』の番が住み着いてしまったので、これの退治を依頼したい。
産卵期のスパダ・ホークは非常に凶暴であるため注意が必要である。
崖に作られた巣と卵を守るため常に一体は巣にいるため一体ずつの討伐になるが、危険になると巣の一体と交代する。
飛行型魔獣であるため遠距離攻撃手段は必須である。
備考
スパダ・ホークは騎獣として非常に優秀な為、無事に卵を回収できた場合追加報酬がある。
「ついでにヤザナックへの配達依頼も受ければ一石二鳥だな」
ヤザナックへの配達依頼もちょうどよくあったので、討伐依頼とあわせて依頼書を依頼板から取る。そして、それを依頼受注受付に持って行く。
「あいつは……」
依頼受注受付の前にいるリオンを発見する。リオンは一件の依頼を受注すると、走って出て行ってしまった。
血盟での依頼を受けるんだろうな。
そんなことを思いながら自分も受付へ行く。
「この二件の依頼を受けたいんですが」
依頼受注受付にいたのは柔和そうな受付嬢であった。
「ギルドカードと依頼書を提出して下さい」
ギルドカードと依頼書を渡す。
「Cランク、ユーリ様ですね。確認しました。
Cランク依頼、魔獣討伐依頼『ヤザナック西鉱山道の魔獣討伐』、配達依頼『ヤザナックへの魔導具配達』確認しました。
受注規定を満たしていることを確認しました」
受付が半透明な神託板を操作する。
「依頼、受注いたしました。両依頼共、期限は二週間以内となっております。
配達用の魔導具は此方になります。
万が一魔導具を破損ということになりましたら違約金が発生いたしますので、御注意下さい。
では、より良い依頼達成を」
――魔獣討伐依頼『ヤザナック西鉱山道の魔獣討伐』を開始しました――
――配達依頼『ヤザナックへの魔導具配達』を開始しました――
返却されたギルドカードと、配達する魔導具を受け取りユーリはギルドを出た。
「さて、行くとするか」
荷物の確認のために一度宿屋に戻る。
「おかえー」
「どうもエリンさん。これから依頼で出るんで、何日か部屋開けます」
「あいあいあー了解したよー」
部屋に戻り、装備の手入れを一通り済ませ、足りなくなっていたアイテムや食料などを補充した。それからユーリは、早速ヤザナックに向かう為に北門へと向かった。
ヤザナックはグランディアから北西に5日の位置にある鉱山都市である。元は村であったが、鉱山の発見から段階的に都市へと発展して来た。
東、北、西、三つの鉱山を抱え、採掘される鉱物は様々であり、商人などが直接取引に赴く。また、鉱物だけでなく、ヤザナック鉱山に存在する地底湖も有名で、一種の観光名所となっている。
北門からグランディアを出たユーリは、しばらく街道を直進し、分かれ道に立ててあった看板を頼りに北西へ歩を進める。周りは平原が広がり、遠くには鉱山が見えていた。
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ヴェスバーナ暦1998年夏期1月29日 朝 職人都市グランディア
血盟『天剣の両翼』の血盟団員は、仮の血盟拠点としている宿屋『生誕の生来亭』に集まっていた。
「みんな集まったわね?」
水色の髪をした軽装甲装備で今日は弓と矢の入った矢筒を肩にかけた糸目の性別オネェの優男リーが自分以外の3人を見ながら言った。
それに、チョコレート色の髪をツインテールにした法衣を着た、昨日ユーリを雨に濡れてるからと部屋に連れ込んだ意外に大胆少女アリエッタ・ハーティが、違います、と返した。
「まだ、リオンさんが、来てません」
「ん、ああ、そうね。良いのよ。リオンはギルドに依頼の受注に行ったから」
「そう、なんですか」
納得したのかアリエッタは下がる。
「どん、な、依頼、だ?」
今度は、黒緑色の髪に鋭い朱い瞳の、着物を着た、先日ユーリに実力を計る為と斬りかかり剣を折っていった迷惑女――鬼伏奏が東方訛りのある片言のアグナガルド帝国語でリーに聞く。
「今からそれを説明するのよ」
リーが依頼書の写したものを取り出し、それを読み上げる。
魔獣討伐依頼『ヤザナック地底湖の魔獣退治』。
鉱山都市ヤザナックの地底湖に、災害級魔獣『クトゥル・スキュウイド』が現れ、地下資源の採掘がままならなくなっているので、それの排除を依頼する。
クトゥル・スキュウイドには、サモア・スキュウイドという手下がいるため注意すべし。
クトゥル・スキュウイドもサモア・スキュウイドも地底湖を住処としているため雷属性が弱点である。
ただ、クトゥル・スキュウイドはピンチになると水中に逃げる習性があり、水中に逃げられた場合、討伐は中止せざるおえなくなる。そのため水中に逃がさぬように戦う必要がある。
備考
戦場はヤザナック地底湖になるため、地底湖の水質を汚染するような毒物の使用は控えること。
「わかった?」
皆頷いた。
「今回の作戦は、いつものようにリオンとカナデちゃんが前衛で攻撃。アリエッタちゃんと私が中衛で牽制と回復。、今回初参加のグレースちゃんは後衛で魔法攻撃よ。グレースちゃんは、これで大丈夫?」
パーティーとして考えるなら適切なパーティー構成だ。前衛2人が直接攻撃で敵の動きを食い止める。中衛2人が弓矢や敵の動きを封じたり、隠密行動で敵を混乱させつつ、回復などで前衛をバックアップする。後衛が戦局を見ながら魔法で補助する。定番とも言えるパーティー構成だ。
「…………」
グレースと呼ばれた袖のないワンピースタイプの服装をした蒼氷色の髪のハーフエルフの女は、それで構わないと態度で答えた。
「じゃあ、リオンが戻って来たら出発しましょう」
「受注して来たぜー」
「良いタイミングよ。ちょうど話し終えたわ。行きましょう」
「ああ、そうそう、今回は急を要するからって、馬付けられたから、早く行けると思う」
「良いわね」
ギルドから借りた馬に乗りリオンたちは、ヤザナックへと早足で向かうのであった。
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