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お待たせしました。続きをどうぞ。
ヴェスバーナ暦1998年春期2月12日 昼過ぎ 砦
気配を感じてその場所にやって来たユーリの目の前に広がったのは崖に三方を囲まれた開けた場所だった。そこには崖に埋まっているかのように石造りの砦のような建物が建っていた。
いや、この場合は崖に埋まっていたが正しい認識である。本当に砦は、崖に埋まっているのだから。
ここは今より数百から千年前に作られた砦だ。三方を崖に囲まれた自然を生かした砦であり、崖と木々が風などを入れず、崖の中に埋まるように建てられているので雨にもさらされなかった為に今まで完璧な形で現存していたのだ。
まあ、そんなことユーリには関係ない。
ユーリがいるのは砦前の広場への入り口、開けた残り一方側から見て左手。崩れて低くなり木が茂っている崖の上である。そこから砦の様子を窺っていた。
しばらく様子を窺っていると、砦の中から十数人の男共が出て来た。ユーリのいる場所からは遠くてよく見えないが、その全員が明らかに盗賊です、と自己主張の激しい服装をしている。早い話、ここは盗賊のアジトということだ。
「盗賊ね。出てったってことはどっか襲いにいったってことか。
…………ちょうど良い。気配もないし。ちょっと服とか貰っていこう」
どうせ盗品なのだから。それに、ここの世界に盗んでは駄目という法律が厳密に定められているわけではないだろう。
ということでユーリは盗賊のアジトに忍び込むことに。盗んででも服を変えたいらしい。どうやらユーリは布シリーズ一式はかなり嫌らしい。
これはこれで味があると言う変態もいるのだが、ユーリはそうではないようだ。襲われる人たちのことは二の次、むしろ考えないようにしていた。
盗賊の一団が完全に出て行ったのを確認してから、その場にカマイタチが落としたアイテムを置いてユーリは崖をそろそろと降りた。一直線に走り砦の中に侵入する。
中は窓が少ない為薄暗い。それに途轍もなく臭い。あまり長居はしたくない場所だ。
「いただくものいただいてさっさと出よう」
まるで泥棒のような言い草である。というかこれは完璧に泥棒である。
ユーリは顔をしかめつつ奥へと進む。砦のエントランスには正面と左右に三つ扉があったので、右側の扉を開けてみる。そこは狭い通路だった。通路の左右には扉が並んでいる。ユーリは右側の一番手前の部屋に入った。
そこは盗賊の寝室であった。生活用品があるので間違いはない。ならば服もあるだろう。
しかし、かなり汚い。それでもガマンして慎重に探って見るがめぼしいものはない。ユーリは次々と部屋を調べて行くがやはりめぼしいものはなかった。痕跡を残さない辺り、泥棒の素質がある。
――常時発動技能『泥棒の素質』を習得しました――
本当に泥棒の素質があったようだ。
最後の部屋に入る。
そこは他の部屋とは違いまだ綺麗であった。探ってみると、真新しい、というより新品の服を見つけた。靴もある。
ユーリはそれを遠慮なくもらうことにした。RPGの主人公になった気分だ。RPGの主人公の勇者たちは皆泥棒なのである。だからと言ってそれにならって盗みをしていいわけではない。
むしろ、ユーリは勇者でも主人公ではないのだから。いや、この小説的には主人公なのだが、そういうことではない。
――旅人の服一式を手に入れた――
さてさて、服を取るとそんなメッセージウィンドウが表示された。泥棒の素養の時もそうであるが、スルーである。
ユーリが手に入れた服が旅人の服ということがわかった。
とりあえず布の靴から新しく手に入れた旅人の靴という名のブーツのような靴をはく。
ブーツよりも遥かにはきやすい。それでいてかなり丈夫そうだし、簡単に脱げることもないようである。なんとも良い靴だ。布の靴よりも遥かに。
布の靴は捨てて、ユーリは部屋を出る。来た道を戻りエントランスまで戻って来た。
まだ盗賊が戻ってくる気配はない。せっかくなのだから役立つものをとりたかった。
さっきから泥棒であったが、もう完全に思考は泥棒である。環境は人を変えるらしいがこれもそれなのだろうか。
悠理が左側の扉に入るとそこは厨房のかもしれない場所だった。
断定できないのは、そこがどんな場所かわからない程にゴミがあふれていたからだ。男所帯などそんなものである。がさつなイメージのある盗賊ならばこのようなものだろう。
こんな場所に何かめぼしいものがあるわけもないので、乱暴に扉を閉めた。蝶番がぶっ壊れたが、気にするほどのことではないだろう。
次は奥の扉を開ける。そこは通路で左右に一つずつ、正面に一つ扉があった。
まずユーリは左手の扉に入る。そこは見るからに高級そうなものやいろんな毛皮や金貨、銀貨などが乱雑におさめられた宝物庫であった。鍵もないとは不用心である。
しかし、ユーリにとっては好都合。役立つものはないかと探す。
「おっ! ポーチか。何で宝物庫にあるかわからんが、もらっておこう」
――魔法のポーチを手に入れた――
――魔法のポーチはどんなものでもいくらでも入れることができます――
――メニューのアイテムと連動し直接アイテムを取り出すこともできます――
ただのポーチかと思っていたら物凄いポーチだった。これで楽になるとユーリはとりあえず旅人の服をポーチに入れてみる。
明らかに入らない大きさだが、するりと旅人の服はポーチの中に消えた。某ネコ型ロボットの四次元ポケットみたいである。取り出そうと思ったら普通に取り出せた。中を見れば何やら物凄い広い部屋のような何かが広がっているようであった。
中々にファンタジー臭抜群で面白い。
「便利だ。ほかにはないかね?」
味をしめたユーリは他に使えそうな物はないかと探す。
本当、マジもんの泥棒だ。しかし、なかなか見つからない。金目の物は避けておく。今更だが侵入したことがバレたら不味いことにユーリは気がついたのだ。
というかこんなことしている時点でまずいもなにもないのだが。
だがやはり見つからない。殆どが金目のものばかりで役立つものがない。あまり時間もかけていられないので、そろそろ諦めて次の部屋に行こうとした。
その時、ユーリは長方形の古びた紙切れを見つけた。明らかに宝物庫の中にあるものではない。不思議に思ったユーリはそれを手にとった。
――自動作地図を手に入れた――
――持って歩くだけで地図が作成され、所有者の現在地を表示します――
――技能『遺物使い』を習得しました――
所謂、ゲームの自動マッピング機能を手に入れたようである。これで探索が楽になるだろう。迷うことが少なくなる。しかも、一番近くの村の位置が描かれていた。
「良し、これ持ってれば村まで行けるな」
祝迷子卒業。
その時、微かに誰かが砦に近づいて来ている気配を感じた。喜んでいる暇はないようである。どうやら盗賊が戻って来たようだ。宝物庫の中を元に戻して、さっさと出る。
まだ、奥と左側の部屋と2階を探索してないが仕方がない。ユーリは逃げることにした。見つかっては元も子もないのだ。この辺りの判断の早さが生死をわけるのだ。
そそくさと砦を脱出。全力ダッシュで崖まで行き、せかせか登ってこの場を離れた。きちんとカマイタチからのドロップ品を魔法のポーチに詰め込むのを忘れない。これを忘れたら戦った意味がない。
「ふう、ここまで来れば大丈夫だろう」
ユーリが立ち止まったのは彼が異世界に来た場所だ。どうやら振り出しに戻ってしまったようだ。だが、ユーリには後悔はない。
「とりあえず着替えよう」
だがユーリは気にせず着替えを始めた。布装備一式を脱いで下着姿になる。この世界の下着はユーリの世界の下着と違ってゴムなどは使われていないようである。代えが欲しいなとも思う。
しかし、うん、清々しい。と変態みたいなことを言いつつ手に入れたばかりの旅人の服装備一式に着替える。脱いだ布シリーズ一式は寝間着として使うことにしたのでポーチに入れておく。
着替えたからかメッセージが表示された。それを見たがユーリはきちんとしたいのでメニューの装備で確認する。
武器
――無銘の剣――
防具(頭)
――装備なし――
防具(胴)
――旅人の服――
防具(腕)
――装備なし――
防具(腰)
――旅人のベルト――
防具(足)
――旅人のズボン――
防具(靴)
――旅人の靴――
アクセサリー
――ユーリのシュッツァー――
――魔法のポーチ――
――旅人のマント――
「OKだな」
メニューを消したユーリは少し動いて具合を確かめる。布の服の時よりも遥かに動きやすかった。それに旅人という感じがして格好いい。できれば鏡で見たいユーリであったので、村に急ぐことにした。
「良し、行くぞ!」
今度はマントをなびかせての出発。再び景色を目に焼き付けて、2度目の出発である。今度は地図に従って、村に向かって一直線に進んでいく。出て来た魔獣はことごとくを一刀をうちに倒していった。
「順調順調!」
慣れてくればなかなかに楽しい。そうユーリは思う。危ない思想にとりつかれかけた人間のようにも見えるが、殺しが楽しいのではなく冒険が楽しいのである。
そこを間違えたらただの異常者なので気をつけよう。誰が気をつけるのかはわからないが。
ユーリの感覚で一時間ほど歩いた頃、太陽は空の頂点を越えていた。だいたい昼過ぎといったくらいだろう。村までようやく半分といったくらい。カマイタチしかエンカウントしていないが、既に数十体は倒していた。今も戦闘している。
「これで最後!」
剣を振り下ろし、カマイタチを切り裂く。カマイタチは粒子となって消えた。あとには何も残らなかった。だが、メッセージウィンドウが表示される。
――実力が3に上がりました――
――技能『我流剣術』を習得しました――
――技能を習得しました。以降、剣による戦闘を行えば我流剣術技能が上昇し成長します――
――戦技『斬り下ろし』を習得しました――
――技能習得により戦技を習得しました――
全て見たあとウィンドウは消えた。気になる単語がちらほら出てきたのでユーリはメニューを開く。
「えっと、何々、技能『我流剣術』か」
技能『我流剣術』。
ユーリ我流の剣術。我流なため完成された剣術のような華やかさはないが、ユーリの才能が生み出した、生き残ることに重きを置いた効率的な剣術かもしれない。どうなるかはこれからしだいであるが成長すれば流派として確立できるかもしれない。どのみちこれからである。
「つまり剣術が様になってきたってことかね。習得したってことは。でも、これからってのが引っかかるが。
まあ良い次は戦技だな」
今まで開くことのできなかった戦技のウィンドウを開く。戦技が一つだけあった。
戦技『斬り下ろし』。単純に斬り下ろすだけの技。
だが、もてる最大の力と速度で斬りつけるために強い。体力を消費して使うことができる。また、武器の重量により威力が変化する。兜割りの効果を一応は持つ。
それを見たユーリはさっそく使ってみようと思い、村に向けて歩きだして敵を探したが全く出て来ない。出て来て欲しくないのに出て来て、出て来て欲しいときに限って出て来ない。
もはやお約束と言っても良い出来事である。
ようやく魔獣に出会えたのは村がもう目の前といったくらいの頃。ぽっかりと森が開けた場所でのこと。今までと同じカマイタチではない。ユーリ以上の大きさを持つ巨大な猪のような魔獣。明らかに他とは違う威圧感を放っていた。
はい、明らかにボスです。本当にありがとうございました。
「いけるか? まあ、やってやるさ!」
巨大猪の前に躍り出るユーリ。剣を抜き戦闘体勢をとる。巨大猪はユーリを敵と見なしたのか、同じ様に戦闘の体勢をとった。そして、一瞬でその距離を詰めてくる。巨大猪は『突進』を放ってきた。一瞬の内に、目の前にその巨体があった。
「のわっ!?」
その『突進』をかわせたのはユーリの運が良かったのと見切りの才能のおかげだ。
地面を転がり体勢を立て直す。巨大猪はそのまま木に突っ込んだ。木は大きな音を立ててへし折れる。当たれば即死は確実。ただ、それ以外の動作は緩慢だ。
一度、息を吐いたユーリは、振り返ろうとしている巨大猪に背後から近づいて、試しとばかりに戦技『斬り下ろし』を放つ。剣を振り上げ、『斬り下ろし』を使うと念じる。一定の溜めのちにそれは放たれた。
しかし、全力を込めた『斬り下ろし』は当たらなかった。気配でも察知したのか、はたまた本能か。咄嗟に巨大猪は前方に戦技『突進』を放っていたのだ。
「ちっ!」
ユーリが思っていたよりも巨大猪は手強い。それに『斬り下ろし』は隙が大きい。溜めの時間がある分攻撃が遅れる。そうなれば巨大猪は『突進』で逃げてしまう。また、体力を消費するので多用すれば動けなくなる。
ならばと、ユーリはまた巨大猪の背後をとり、剣で斬りつける。だがカマイタチのようにはいかない。まるっきりというわけではないが堅く発達した巨大猪の毛皮が刃を通さない。
「チッ! どうする!」
戸惑っている間に巨大猪がユーリに向かって牙を振る。ユーリはそれをバックステップでかわす。そこに巨大猪は『突進』を放ってきた。
「クッ!」
地面を転がるようにそれをかわす。背後にあった岩に巨大猪はぶつかり岩が砕ける。岩の欠片がユーリに降り注ぐ。多少当たるがユーリはそれを何とかかわした。
だが、完全に翻弄されている。ただ斬りつけただけでは力が足りず巨大猪に満足に傷を負わせることができない。確実に傷を負わせられるとしたら『斬り下ろし』しかない。しかし、巨大猪は当たってはくれない。
「どうする」
巨大猪の攻撃をかわしながらユーリが呟く。やはり、このままではジリ貧だ。何とかしてこの状況を打破しなくてはならない。
実はこの時、ユーリは一つだけ思いついていた。『斬り下ろし』を確実に当てる方法を。ただ、失敗すればそのまま死ぬ可能性の高い賭けである。ギリギリの綱渡りと言ってもよい。
「…………」
ユーリは巨大猪の前で動きを止めた。そして『斬り下ろし』の構えをとる。
何をするのか。それはガンマンの抜き打ちのようなことだ。『突進』してきた巨大猪は前にしか進めない。それならば前に立ってタイミングよく『斬り下ろし』を放てば、如何に速くとも当てられる。ただし失敗は死だ。
「すぅー。はあぁぁぁー」
一度だけ息を吸って吐く。集中を高める。確かにあんな巨大猪が突進してくるのは怖い。今にも逃げ出したい。
だが、ここで逃げたら何になるというのか。この先、これ以上に恐ろしいことが待ちうけている可能性だってある。ただの暇つぶしとは言いたくない。
ここは別世界で、ここで生きている人間はいるのだ。同じ人間なら、ユーリにできないはずはない。戦闘の興奮もそれを後押しした。
巨大猪が『突進』を放つ。戦技の効果により、物理法則の全てを無視して巨大猪は一瞬でトップスピードに達する。気がついた時にはもう既に目の前に迫っている。その威圧感に一歩後退り層になった。
だが、あえてユーリは踏み込んだ。土俵は自分も同じ。物理法則を超える術の準備という溜めは既に終わっている。あとはただ、全力で振り下ろすのみ。
「はああああぁぁぁぁーー!!!!」
戦技『斬り下ろし』が発動する。刀身が輝きを上げて、世界の法則を超えて、刃は振り下ろされる。刹那、物理法則を超えて刃と巨大猪が激突する。戦技と戦技の激突。全力と全力の衝突。直後、刀身を伝い、凄まじい衝撃が伝播する。
ユーリは自分が宙を舞っていることに、しばらく気が付けないでいた。ユーリの体が地面に落ちる。痛みが遅れてやってくる。放心状態。何がなんだかわからなかった。
だが、ユーリに不安は無い。痛みを堪えながら首だけ動かして前を見る。巨大猪は動かない。その時一陣の風が吹き抜ける。巨大猪は糸が切れたかのように大きな音を響かせて倒れた。
――ロングホーンボアを倒しました――
――ロングホーンボアは素材【ロングホーンボアの角】と【ロングホーンボアの毛皮】を落としました】――
――技能『不屈の意志』を習得しました――
その表示を見て、巨大猪――ロングホーンボアが粒子となって消えるのを見て、ユーリは始めて息をついた。
「ふは~!! もう二度とやりたくねえ。怖すぎるだろアレ。成功したからよかったのものの、失敗したらどうするつもりだったんだよ俺は」
戦闘の興奮が冷めればこうである。だが、それをして得るものはあった。これで無かったら問題だろうが、あったのだ。今は、それで良いだろう。ユーリもそう思ったのか、特にそれ以上はなにも言わず角と毛皮をポーチに入れて、さっさと目的地である村へと向かったのであった。
良ければポイントと感想をお願いいたします。ポイントと感想は作者の励みになります。
ただ、批評はできればソフトにお願いします。作者は豆腐メンタルなので。すみません。
次回の更新は明後日予定です。
では、また次回。