4-6
今回は難産で短い上にちょっと、ひどいことになってます。すみません。
ヴェスバーナ暦1998年夏期1月26日 夕刻 西グランディア街道
1日しか滞在しなかったのに、良いことも悪いことも含めて色々なことがあったヴェザリス。そこを22日に出発してから4日の26日。
魔獣に襲われはしたが、問題なくユーリが対処し、平和過ぎるくらいに平和だった日々。同じように26日も平和に終わるだろうと思われた時に、それは起きた。
「止まれ」
ユーリの言葉に御者であるチェシャー猫が馬車を止める。
「あらあら、どうしたのかしら?」
馬車からアリスが顔を出して聞く。
「盗賊だ。魔獣でも飼い慣らしてるのか一緒にいるみたいだ」
「何ですって?!」
アリスが驚きの声を上げる。盗賊が来ても、魔獣が来ても、落ち着いた姿勢を崩すことがなかったアリスが取り乱した。
「あ、ああ」
「…………」
アリスは、馬車の中に戻る。
「帽子屋さん! まさか何かしたのかしら? こんなの、わたし知らないのだけれど」
対面に座っていたイカレた帽子屋は、クックックと笑い、
「まさかまさか、私如きが、アリス・イン・ワンダーランドに許可もとらずに何かすると? いえいえ、無理に決まっていますよ。アリス・イン・ワンダーランドならば知っているでしょう」
「となると、完全なイレギュラー、ということ…………どうしましょうか」
「さあ? アリス・イン・ワンダーランドならわかっているでしょう? おやおや、まさかわからないとか? いやいや、それはないですよねえ?」
「そうね、お兄さんに任せるとしましょう」
********
「さて、どうするか」
前方から迫って来る気配は、人と盗賊合わせて20と言ったところ。前方で待ち伏せをしていため逃げるという選択肢は使えない。戦車でもないただの馬車で、盗賊たちの攻撃を受けながら突破するなど不可能だ。ならば、戦うしかない。
「戦うしかない、んだけど」
1人で10人と10体を相手にすれば、無傷では済まない。護衛対象のアリスたちも危険だ。ここで待たせてユーリだけ戦いに行くのも論外だ。盗賊たちがわかれてアリスの方に向かえば護りようがない。
「あれ、使うか」
魔導鎧。使うのは、冒険者選抜試験以来だ。
短剣を取り出し、起動。音もなく、目の前に漆黒の騎士が頭を垂れた姿勢で顕現する。最初の起動と異なり、フォルムはスマートになり、鋭角的になっていた。
「また、イレギュラー。でも、これは……、お兄さん、こんなのまで持っていたの」
馬車から再び顔を出したアリスが、魔導鎧『斑鳩』を見て、驚きの声をあげた。やはり、魔導鎧というものは珍しいもののようだ。そんなものをただの冒険者が持っているのだから驚かれて当然だろう。
「まあな、とりあえず、離れずについてきてくれ」
それだけ言ってユーリは、斑鳩に乗り込む。その瞬間、前回との違いを理解した。
全てが違っている。前回の初期設定とは何もかもが違う。合う。しっくりくる。
一歩を踏み出す。そして駆ける。
ついて来る。自分の出す要求全てに、機体がついて来る。
「ハハッ……」
自然と笑いが出た。
ディスプレイには、隠れている盗賊たちがよく見えた。もはや、負ける気などするはずがなかった。
あるのは、全能感。ただ、それだけであった。
半分ほど近付いた所で、地面が沈むほどに踏み込む。その際、衝撃と音が生じるがもはや隠れる意味はないのだ。盗賊たちが気がついて出てくるがお構いなし。
踏み込みにより、一瞬のうちに距離を詰めて、右手に持つ剣を振るった。轟音と共に、鈍色の巨大な鉄塊が大気を裂く。
瞬きする間に、盗賊の半数が、その上半身を削がれていた。おそらく痛みすら感じる暇はなかっただろう。何が起きたのかすらわかっていなかったはずだ。あまりに一瞬の出来事過ぎて、上半身を削がれた盗賊の下半身は未だ地に足をつけていた。
一列に並ぶ下半身という変なオブジェクトに気をとられている隙に狼型の魔獣たちが襲いかかってくる。魔導鎧に容赦なく噛みつくが、魔導鎧には傷一つつかない。逆に魔獣たちの牙の方が砕け、逃げるほどだった。
残った盗賊も、魔獣と共に逃げる。一瞬で勝てないと悟ったのだ。良い判断である。
「逃がすかよ!」
ユーリに逃がす気は、全くない。彼は、忘れてはいないのだ。依頼主の命令を。見敵必殺。襲い来るモノは、何であれ全て叩き潰し、撃滅する。その命令を。
斑鳩のあいている左手を掲げる。多重の赤い魔法陣が展開され、拳を握り込む。
盗賊の足下に、広域起動展開された魔法陣による魔法が発動し、炎球が盗賊と魔獣を焼き尽くし、塵も残さず全てを滅した。
「終わったな」
終わった。そう思った時、
「あ〜♪ 魔導鎧だあ♪」
「――ッ!?」
とても、懐かしい声を、聞いた。
忘れることの出来ない声を、聞いた。
探していた声を、聞いた。
聞きたくなかった声を、聞いた。
ゆっくりと振り返る。三ヶ月前と変わらぬ姿で、そいつはそこにいた。
一見しただけでは少年と見まがうような、笑顔を浮かべた少女。体は酷く華奢だが、柔軟な猫のような印象を受ける少女。
髪は淡く青く、同じ色の目は猫のようにくりっとしているようで、その奥には獣の本能が見て取れる。狂気を持ったあの少女。
「キーリア!」
「あれ♪ 何であたしのこと知ってるの?♪ ――っと」
思考と実行は同時。強化魔法と馬車への防御魔法がかかった瞬間、キーリアに剣を振り下ろしていた。
キーリアは、それを地面に刺さっていた盗賊の剣で受け止めた。だが、ただの剣で魔導鎧の剣が受け止められるわけがない。一撃で折れる。
すかさずもう一本を抜き取り、大剣の腹を弾く。それで、キーリアの剣は折れるが、魔導鎧の剣の軌道はキーリアから外れる。
キーリアは、足で落ちている剣を蹴り上げて取り、ユーリが剣を振り戻す隙に一閃。剣は折れるが、斑鳩に初めて傷がつく。小さな傷だが傷は傷。
「いったた〜♪ かったい♪ それに凄くおっきいし♪」
キーリアは腕を振りながらも楽しそうな笑みがユーリを苛つかせる。
斑鳩が剣を振り下ろす。
キーリアは、それを跳んでかわした。空中では避けられない。そこを、剣で薙ぐ。
避けられない。ユーリは、思う。
だが、キーリア本人はそうは思っていない。空中で身体を捻ると、そのまま持っていた剣で、斑鳩の剣をあろうことか弾き上げた。
一定方向の力は、別方向の力には弱い。弾かれるのもわかるが、何の足場もない空中でやるなど、規格外にも程があるだろう。
ユーリは思う。実力が上がって強くなった。魔導鎧も使っている。だがそれでも、まだまだキーリアには及ばない。もちろんあの男にも、到底及ばない。
実力差というものを改めて実感した。
「だけど!」
「――カッ!?」
空中にいたキーリアをあいている左手で掴む。斑鳩の大きさからしてまるで人形を掴んでいるかのようだ。このまま握り込めば小枝のように、簡単に折れるだろう。スニアの村人たちの仇討ちとなる。
「お前らだけは!!」
「あああああ!?」
ユーリは、躊躇わなかった。ここで見逃せばどうなる。また、スニアの村と同じようなことが起きるかもしれない。それなら、ここで殺す。
「それは、困る。ガキは、まだ、使い道があるんでなあ!!」
それは、もう一つの声。
忘れるはずのない声。
記憶に刻まれた声。
その瞬間、斑鳩の左腕が宙を飛んでいた。
切られた、と気がつくまでには少しの時間を要した。生身の人間が魔導鎧の腕を切り落とすなど、ユーリには予想できなかった。
月明かりと街灯の淡い明かりを受けて輝く、成人男性の二倍はあろう禍々しい凶悪な形状の斧が映し出される。
全身を鋼のような筋肉に覆われた巨漢の男が、降って来たキーリアを掴む。闇の中でも髪や髭を染める紅が見て取れる。鷹よりも鋭く赤い眼光が、斑鳩を、その中のユーリを射抜く。
「久し振りだな、坊主。少しは強くなったようだな」
「赤獅子シグド……。こんなところに何しに来た」
「フッ、それをお前に言うと思うか坊主? 言うわけがねえ」
「……」
「さて、じゃあな、坊主」
「なっ、待っ――」
紅の眼がユーリを止める。明確な殺意、圧倒的な殺気がユーリをその場に縫い付けた。その間にキーリアを抱えたシグドは、闇に消えた。
「…………クソ……」
魔導鎧を消す。気分は、最悪であった。
********
盗賊たちはユーリの活躍によって何事もなく終わった。馬車は、ゆっくりと目的地であるグランディアに向かっている。朝方には着くだろう。
だが、どうにも釈然としない。何というか、何かしらのしこりが残っている。そんな雰囲気をアリスは感じていた。
「まさか、赤獅子さんと子獅子さんがこんな場所にいるだなんて……」
アリスは、考えながら呟く。
国を越えてこのヴェスバーナ大陸に西方から南方、中央域に名を轟かせる赤獅子シグドと子獅子キーリア。
そんな大物と遭遇した。しかも、ユーリは2人と何かしらの関係がある。見た感じ仲間ではない。むしろ逆、明確な敵同士だ。
「それが、こんな場所で、出会う? 大した偶然だわ」
「おやおや、偶然? アリス・イン・ワンダーランドが偶然を信じると?」
「まさか、わたしよ? 偶然だなんて不確定なもの、信じるわけがないでしょう。箱の中身は、予想する前に必ず確かめるもの」
「そうですとも、アリス・イン・ワンダーランドは、そうでないと。いえいえ、そうそう、偶然などではなく、運命と呼ぶべきでしょう」
運命。反芻するように呟くアリス。
「フフッ、確かにそうね。でもまあ、彼らが何をしようと、わたしには関係はないわ」
「おやおや、それでよいのですか?」
「いいのよ。だって、見ている方が、舞台で踊るよりも、何倍も面白いもの」
そう言うアリス・イン・ワンダーランドの顔は、惚れ惚れするほどの、良い笑顔であった。
********
淡いランプの火が照らす会議室。そこには、7人の亜人と7人の人間、合計14人の人が同じ卓を囲んでいる。
しかし、1人の人間を除いて皆、幽霊のように身体が半透明になり透けている。魔法による幻影であり、各地から魔法で会議に参加しているということである。
彼らは、『冒険者ギルド』と呼ばれる、1000年もの昔に作られた組織の代表者たち、国にある数多の冒険者ギルド支部や異種族の都の冒険者ギルドを仕切りまとめあげる、首都冒険者ギルドの代表者たち『ギルドマスター』。それと、冒険者ギルドと言う組織をまとめあげるトップ『グランドマスター』。
ちなみに彼ら以外の支部の代表者は一般的にギルド長と呼ばれてはいる。
「さて、今回の会合を始めるとしようか!」
唯一この場にいる、グランドマスターの中年の男が会議の口火を切った。
『さて、坊や。今回は、何のことかの』
初老の女性が言う。冒険者選抜試験時グータニアにいた、エルトリア王国ギルドマスターイリアーナだ。
『臨時で召集をかけまで、私たちを呼んだ、ということはそれなりの理由なんだろうなグランドマスター?』
浅黒い肌で銀髪の男が低く言った。それに他のギルドマスターも頷く。
ギルドマスターたちは、一定期間でこのような会合を開く。世界情勢を把握し、ギルドがこれからどう動くかを決めるためだ。また、未曾有の危機が迫っている場合の対処の相談も行う。
今回は、予定にない臨時。何かしらがあったことは、想像に難くない。
「君たちは、近年の魔素の低下は知っているかい?」
グランドマスターが聞く。殆どのギルドマスターは、首を横に振ったり、何のことだと疑問を、その顔に浮かべている。
『これだから、脳筋共は』
白衣にメガネという学者然とした格好の男が、小ばかにしたように言う。
『魔素は、空気中に存在する無色の魔力だ。それが低下しているということは、魔力が失われているということ。これが示す意味は、伝承の中ではただ一つだ』
チャリ、とメガネの位置を直し、言葉をつづけようとして、
『強大な魔力を持った存在が生まれたか、あるいは、復活を遂げようとしているということだ。我を愚弄するなよ。短き者よ』
天井につかんばかりの巨漢。真紅の鱗に覆われた肌をした竜人族の男が低く告げた。それに、鼻で笑って返し、腕を組んで背もたれにもたれた。反論する気はないらしい。
『さすれば、1000年前の繰り返しとなるじゃろて、フォッフォッフォ』
褐色の肌をして立派な髭を蓄えたダークエルフの老人が笑みを浮かべる。昔を懐かしむように髭を撫でつけていた。
そんな昔を思い出すかのような異種族たちとは対照的に人間たちの様子は芳しいものではなかった。伝説が現実になるからだ。
世界を滅ぼす終末の王と、世界を救う再生の勇者の戦いの伝説。このヴェスバーナ大陸に、国も、人種も、宗教も、その他ヒトを縛るありとあらゆるものを超越して伝わっている一つの壮大な物語。
それが現実になるということは、世界が滅ぶということだ。
その事実に、会議室は重苦しい空気に包まれる。誰もが苦い顔をし、沈黙した。
それを破ったのはその状況を作り出した原因グランドマスター。
「そんなことさせるかよ! 何の為のギルドだ。何の為のギルドマスターだ。
既に対策はしている。その為の手段もある。その為の××××も用意している」
その叫びにも似た言葉が会議室に木霊した。
それは、希望であった。
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