3-13
感想と評価貰えたので、頑張りました。
ヴェスバーナ暦1998年春期3月25日 朝 王都リバーナ王立闘技場
「ハッハー!」
ヤクミが1対のチェーンウィップを振るう。縦横無尽の軌道を描く鎖の鞭は、鎖特有のチャラチャラとした音を響かせながら高速でエルシアとジンクスを襲う。
これが通常時ならば、如何に高速であろうとも、如何に無作為な軌道を描いていたとしても、2人ならば掠らせることなく避けるだろう。
だが、今は避けることはできなかった。身体を押さえつけるような圧力がエルシアとジンクスの動きを鈍らせる。2人は本来の実力の10分の1も出せてはいなかった。
鎖がジンクスを殴打し、エルシアの鎧を打つ。エルシアはまだ鎧があるためマシであるが、ジンクスはそうもいかない。
スピードを優先し、今は一切鎧を身に纏っていないのだ。ダメージはエルシアよりもある。いつまでこの状態が続くかわかったものではなかった。
(不味いですね。しかも、王を狙うなら私たちに構う必要なんてない。明らかな足止め。または陽動。となると、今頃は城が襲われている頃でしょうね。
クッ、アレを奪いに来たというのなら不味い。これでは、1000年前と何も変わらない)
エルシアは内心で焦るがどうしようもできない。今は、雇ったアカネや城の兵士に任せるほかない。
(レヴォネノイトラールの“貫き”が使えれば何とかなるのですが。これも狙っていたんでしょう。カラスというよりは狡猾な蛇ですねこれは)
「クッ!」
飛翔する鎖に思考を中断させられる。それをレヴォネノイトラールで防げば、背中をもう一方の鎖が襲う。鎧でチェーンウィップの鎖は防げても衝撃までは防ぐことはできない。衝撃に一瞬息が止まる。
一瞬。
だが、されど一瞬だ。日常では気づかないうちに過ぎ去っていく時間でしかないが、戦いの場においてそれは何よりも勝る時間。それは致命的となりかねない隙だ。
まるで生きているかのような鎖が迫る。
だが、それがエルシアに傷をつけることはなかった。
跳ね上がる鎖。
閃くは空色の軌跡。
もう1人の英雄ジンクス・エアスト・ヴォルカー。
「私を忘れてもらっては困る」
満身創痍ながらも彼はヤクミに刀を向ける。それから背後のエルシアに言う。
「それと、貴様を殺すのは僕だ。何を勝手に、あんな雑種に殺されようとしている。年か?」
「助かりました。ですが、女性の年齢について言うのは貴族としてどうなのでしょうね」
「フンッ」
エルシアは立ち上がる。すると徐に鎧の留め金を外す。ガラン、と音を響かせ鎧は地面に落ちる。
「だいぶ軽くなりました。これならまだやれそうです。行きますよ。ここからは出し惜しみはなしにします」
「ハッハー、ようやく本気かよ。この空間にいる限りテメェらに勝機はねぇってのに」
だが、ヤクミは知っている。この空間も長くは保たないことを。先ほどよりも圧力が弱まっている。誰かがキューブを破壊しているのだ。この空間がなくなればヤクミに勝機はない。
しかし、だからどうしたとヤクミは笑う。彼の目的はそこにはないからだ。彼の目的はエルシアに自分を殺させることなのだから。
そうすれば彼は晴れて解放への道を歩み始める。もう1つは達成した。あとはもうすぐだ。キューブが破壊され、場ができるまであと少し。
(戦いに負けても狡賢く勝つ。それがカラスの、いや蛇の戦よ)
暗き思惑は誰も知らず進む。
********
「ここのも破壊されてる」
ユーリがキューブの設置場所にいくとそこには倒れた獣人と破壊されたキューブがあった。
誰かがキューブを破壊している。それは明白だった。誰だかわからないが味方と見て間違いないだろう。マコトに教えていない10個のキューブの設置場所。その全てが破壊されていた。
ユーリの役割は期せずして終了した。まだ圧力はなくなってないので、マコトの方を手伝いに行っても良いがユーリは観覧席から闘技場に出る道へ入る。
どうせならヤクミを倒して起きたい。ユーリの立場は酷く不味いことになっている。襲撃の共犯だ。知らなかったでは済まない。当然、ギルドも助けてはくれないだろう。
ならば、この国のお偉い方にヤクミと共犯でないことを見せなければならない。見せ方は簡単だ。今戦っている2人を助ければ良い。あとはヤクミの口を何か言う前に塞ぐことだ。
ユーリではヤクミに逆立ちしても勝てないが、あの場には勝てる者が2人もいる。やれないことはない。
剣を鞘から抜き、ユーリは2階席から飛び降りた。
重力に引かれ落ちる。予め待機してあった魔法を起動する。魔法陣が展開され、大量の炎の槍と共にユーリはヤクミへと落下した。
「ラアアアアアァァァァ!!」
「奇襲なのに大声を上げでどうしますの? バカですの? 死にますの?」。元の世界のクラスメートの言葉がそのまま再生される。
確かにそうだろう。気づかれたら成立しない奇襲なのに大声を上げるなど愚の骨頂だ。それはユーリも理解している。
だが、奇襲で倒せるなどユーリは楽観的ではない。むしろ気づかれていなくても倒せる可能性は低い。ならば、ヤクミを倒せる可能性があるエルシアとジンクスに被害がいかないようにした方が良い。そのために声を出したのだ。
当然の結果としてユーリの奇襲は誰1人として被害を受けた者はいなかった。それで良い、むしろ期待などしていないのだ。
だからユーリは地を蹴った。飛び降りたその衝撃を利用して無理矢理にでも加速する。槍はまだ展開している。それをヤクミへと放ちながら、刃を振り下ろす。
ヤクミはそれをチェーンウィップで防いだ。剣と鎖の唾競り合いになる。
「テメェかユーリよ! オレは何もするなって言ったよなあ! 人質がどうなってもいいのかよ!」
「テメェの部下は全員こっちに来てんだろうがそれなら人質は意味がない!」
「ハッ! バカじゃねえってこった!」
「生憎とな!!」
ユーリは力を抜き腰を落とす。いきなり力を抜かれたことで体勢が前に崩れるヤクミ。ユーリは一歩左足で踏み込み左肘を叩き込む。そして、そこから更に右足で踏み込み切り上げる。
当然だが、これでヤクミを仕留めることなどできず、しっかりと切り上げは防がれた。その勢いで後方へと滑ったがまったくの無傷だ。
間髪入れずに追撃に行こうとするが死角から飛来したチェーンウィップの鎖によってユーリは吹き飛ばされる。しかし、それほどダメージはない。ただ、それは、それほど、であって、まったくないわけではない。
元来、鞭と呼ばれるものは武器ではない。元々の鞭の使用方法は捕虜や動物などの抵抗できない相手に、致命傷にならない範囲で苦痛を与えるというものだ。拷問や調教の道具であり、戦闘用の武器ではないのである。
つまり、鞭自体にそれほどの殺傷能力はない。ただ、通常の鞭と違い鎖であるし、鞭の鎖の先には刃もついていた。油断禁物なのは間違いない。現に英雄と呼ばれるエルシアやジンクスはそれなりにダメージをもらっている。
ユーリは喰らった左腕を振りながら、どう攻めるかを考える。そんな彼の脇を二陣の風が吹き抜けた。
鎖が鳴る。
金属音が響き渡る。
ユーリの参戦を好機と見たエルシアとジンクスはヤクミへと突撃していた。
そこに更なる風が大気を貫く。
幼児体型の騎士見習いカノンがヤクミの背後から槍を突く。
口が裂けそうなほどに嫌らしい破顔一笑のヤクミ。彼を包むような軌跡を描くチェーンウィップによって3人の攻撃を防ぐ。
それだけでなく、カノンに鎖を巻き付けると、遠心力を利用してそのまま投げ飛ばした。
「ハワアアア!?」
「んぎゃ!?」
投げ飛ばされたカノンは、控え室から今まさに飛び出そうとしていたマコトに激突し、控え室の中に消えていった。
その瞬間、圧力が消えた。
刹那にも満たない、誰も認識すらできぬ須臾、ヤクミが吹き飛ぶ。その身を空色に貫かれて。
終わった。
エルシアとジンクスによって襲撃の首謀者であろうヤクミが討たれた。誰もがそう思っても仕方がない。
だが、ゆらりとヤクミは立ち上がった。到底立ち上がることなど不可能なはずなのに。確実に心臓を貫いたはずなのにふざけた蛇のような嫌らしい笑みを浮かべて立ち上がった。
次の瞬間、闘技場全体から黒の文字がヤクミへと集まる。
キューブを置いた場所と同じ位置から文字が吹き出し、ヤクミへと収束していった。大量の文字がヤクミの身体を這う。黒紫色の燐光を放ちながら、ヤクミは笑う。
「ヒャッーッハハハハハハ!! ありがとよユーリ!! テメェのおかげで戻って来れた!!」
「待ちなさい! あなたは、まさか!」
「そのまさかだよエルフ。あーっと、この身体も限界が、んじゃまあ、帰るか。じゃあな!」
「待ちなさ――ッ!?」
空間がブレる。それが正常に戻った時には、ヤクミの死体があるだけで他には何もなくなっていた。
わけがわからないまま事態は終わった。だが、まだ終わっていないこともあった。
ユーリは英雄に槍と刀を突きつけられていた。
********
「あ~あ~、終わってもうたか」
慶介は闘技場を見ながら言う。
「……何を――ッ!?」
言っている、とは言えなかった。気がつけばアカネは慶介に吹き飛ばされて空を見上げている。
先程からこれの繰り返しだ。戦いとも言えない。一方的すぎる。ただの暴力だ。
「さって、ワイも帰るか」
「……帰すと思う?」
「え~、帰してえな。ワイもうしんどいんや~」
今まで戦っていたとは思えないほどグダーとなった慶介。冗談などではなく真面目に言っている。
「…………」
呆れてものが言えないアカネ。
「キラン☆! 隙ありや!」
「ワタシに隙はない」
逃げ出そうとしているはずなのに何故か突っ込んで来た慶介の目の前に足を出す。物の見事に激突し、屋根の上から落下し、蛙の潰れたような声を出す。
「どこに?」
アカネが屋根の下を覗き込むと、そこには慶介はいなかった。まるで最初からいなかったかのように消え失せてしまった。
「…………失敗か」
闘技場のキューブの破壊は成功したが、それにより何か不味いことになった。完全な失敗、敗北であろう。
「…………」
アカネは何も言わず、屋根の上から消えた。
********
「何だ?」
ユーリの人質として捕らえられているエレンは異様な気配を感じとった。先程から自身を捕らえていた輩たちがいなくなっているのと合わせて嫌な予感を助長させる。それはエレンに行動を起こさせるのに十分であった。
馬子にも衣装と与えられていたドレスを脱ぎ捨てて、綺麗にたたみ荷物の中に詰め込む。それから動きやすい行商用の服に着替える。久し振りに自分に戻ったようなそんな感覚を覚えた。
布を頭に巻き、体型を誤魔化す魔導具を付け、荷物をまとめる。来た時よりも荷物が増えているのは商人ゆえだ。
「捕らわれの姫と言うのも良いが、やはり私の柄ではないな。
さて、ユーリが何か面倒に巻き込まれていなければいいのだが」
そう呟きながらエレンは部屋を出る。途中、全ての元凶であり、最大の被害者でもあるタリアに出くわしたが、生気のない目で何かをブツブツ呟くばかりだったのでスルーした。さしものエレンでも嵌められたことを許せるほど寛容ではない。
「さて、ユーリはどこかな」
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「さあ、終わったわ。行きましょう」
幼さの残る可愛らしい少女アリス・イン・ワンダーランドは言った。
舞台は終わった。あとは、エンドロールだけ。そんなものに興味はない。舞台は、finが出た時点で終了だ。ここにはもう用がない。
他にもやることはあるのだ。そちらに行かなければならない。
「そうですね」
「…………」
「いえいえ、お構いなく。ああ、いえいえ」
それに答えるのは三月兎、チェシャー猫、イカレた帽子屋。
それぞれがそれぞれの返事を返す。相変わらず個性的だ。
「そうだわ。彼を連れてきたらお茶会をしましょう。お屋敷のお庭でしましょう」
「そうですね」
「…………」
「おやおや、お茶会。それは良くも悪くも良い考えですね。いえいえ、遠慮せずともよいですねぇ。はい」
「そうね、なら準備をしないと。いつかの兎さんみたく時間に追われたくはないものね。
変な鼠さんが入り込んだら台無しだもの。お茶会は楽しく開かなくちゃ」
トンッ、とアリスは座っていたエッグチェアから立ち上がるとその場をあとにする。それに三月兎とチェシャー猫、イカレた帽子屋が続く。
パチンという音が響くと、彼女たちはその場から消え失せた。
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では、また次回。




