3-10
ヴェスバーナ暦1998年春期3月24日 夕刻 王都リバーナ王立闘技場選手専用観覧席
闘技大会もようやく折り返し地点の5日目。王都リバーナは更なる活気に包まれている。
闘技場に立っているのは変人アサオと奇妙な少女エリーニア。アサオは闇照勝利なる明らかに重課金武器の性能をフルに使って文字通り有象無象を薙ぎ払ってきた。
エリーニアは魔法使い風の格好に反して剣を以てなかなかの剣技と卑怯な戦法によって勝ち上がってきた。
ちなみにエリーニアの連れであるアルジェンドは1個前にエリーニアと当たったのだが、エリーニアがお菓子を出した瞬間に棄権した。
そういうわけで、最終試合はアサオとエリーニアの戦いとなっていた。
********
幾重もの剣戟を交わす。剣が風を切る音が耳に響く。金属を打ち付ける音が空へと消えていく。
「はあ、はあ、はあ!」
汗がエリーニアの頬を伝う。だが、それを拭う暇はない。ただただ、剣を振るう。アサオを倒すために。
右から、左から、上から、下から。もてる技術のすべてを賭して剣を振るう。それでも、目の前の敵には届かない。積み重ねてきたものがないとは言わない。それでも、届かないのだ。
「はあ、はあ、はあ」
喉が渇き、アサオは唾を飲み込む。無駄口にも思える台詞――本人からすれば素晴らしき神の言葉――を吐くこともできなくなってきていた。だが、それでもエリーニアを倒すためアサオは闇照勝利を振るう。
左から、右から、下から、上から。自分が最強であるというプライドを賭けて闇照勝利を振るう。それでも敵には届かない。最強の剣と最高の才能がある。それでも届かないのだ。
2人の差。
それは才能と積み上げてきたものだ。エリーニアはアサオほど剣の才能はないが積み上げてきた努力には目を見張るものがある。
対してアサオはエリーニアほど努力を積み上げてきたわけではないが、剣の才能、センスに関しては目を見張るものがある。
つまり、2人はそれで拮抗しているのだ。いくら才能があろうとも積み上げられた圧倒的努力に潰されることがある。
いくら努力を積み上げても圧倒的才能に潰されることがある。正反対が為に互いに決め手を欠く。故に拮抗する。
「やるな! 菓子職人!」
「喋る余裕があんのかよ!」
「フッ、わかっているだろう」
「ああ」
「「そんな暇はない(ねえ)!」」
より一層激しい剣戟の応酬。砂煙が上がり、汗が飛び、血が舞う。
「このっ! これでどうだ!」
「くあっ、小癪な! まだだ、私には心の眼がある!」
エリーニアがアサオの薙いだ剣をしゃがみ込んでかわす。その時に砂を握り込み、アサオの顔面に向けて投げる。そして、そのまま剣を振り下ろす。アサオの目に砂が入り視界を封じる。
だが、アサオはエリーニアの剣をかわした。依然、アサオの視界は回復していない。しかし、見えないはずなのにアサオはかわす。アサオの心の眼はエリーニアをしっかりと捉えていた。
だが、そんなことは関係ない。心の眼だろうが何だろうが、見えていることは変わりはないのだ。結果は変わらない。
しかし、拮抗はしなかった。試合は動く。
「見せてやる。私の全力全壊を。
虚数次元干渉魔法陣、展開」
アサオが、拳を握り突き出す。
そこから複雑で巨大な魔法陣が展開される。その中心には膨大な魔力の塊があった。
魔力が集まっていることはエリーニアにはわからないが、ヤバいと思うことはできた。だが、思いながらも動けなかった。
「第一から第十までの術式接続。仮想意識的魔導式空間――展開。
続けて第十一から第十八までの術式接続。
次元境界面接触接続。
次元境界面、第一から、第七次元階層までを逆式演算。……掌握。
第十九から二十までの術式接続――天蓋外装術式型兵装二式――起動」
アサオが宣言した瞬間、魔力が渦を巻く。闘技場を不可視の空間が包み込む。音も、何もかもが消え失せる。
エリーニアは指一本動かすことができない。それは今、目の前で起きている現象のせいなのか。エリーニアには判断できなかった。
そして、虚数次元干渉魔法陣が回転しアサオを通過、左腕に収束していく。次の瞬間にはアサオの左腕には巨大な銃が接続されていた。
重さで体を反らせていたアサオが銃を振り上げ、下ろす。轟音と共に脚とアイゼンが展開され、地面に固定される。巨大な砲塔はエリーニアに向いていた。
「なん、だよ、それ……」
ようやく絞り出した声は掠れていた。
「これぞ、私の原点。中二病、その欠片。左の世を喰らう狼だ。さあ、終焉だ」
アサオの言うとおり、終わらせるのだろう。
魔法使いの名門の家系に生まれながら生来の体質のせいか魔力をまった感知することができないエリーニアでもそれだけはわかった。
気配でわかる。何か強大な何かが集まっているのは気配でわかる。到底自分では太刀打ちできないことがわかった。
だが、それで良いのか。エリーニアの脳裏に浮かぶのは、嘲笑を浮かべたあの男の顔だけだ。失望も、憐みも、何もない。ただ嘲るように笑うあの男の笑みだけだった。
諦めるのは柄ではない。そもそも、諦めるという言葉を知らないのがエリーニアだ。
「何をしても良いルールだったよなあ!」
エリーニアが審判に叫ぶ。審判はそうだ、と答えた。そうか、と短く呟いたエリーニアは懐を探る。
「何をするつもりだ菓子職人。白旗でも振って降参か?」
「生憎と、降参する気も諦める気もさらさらないんでね。というか、私は諦めるってのだ一番大嫌いだ。だから、抗わせてもらうぜ」
「だが、もう遅い。――術式解放!」
アサオの背後に数多の砲塔が出現する。そして、それら全てから、一撃が放たれた。
そこから、エリーニアがしたのはごく単純なことだった。懐から取り出したものを投げる。それだけだ。
取り出したのは袋。ただの袋ではない。彼女が適当に作った飴玉がぎっしりと詰まった袋である。それを投げた。
当然、ゴムなんてない時代である。取り出しやすいように緩めに結んであった紐が解け中の飴玉がばらける。
普通の人間ならば勿体ないと思うが何もしないだろう。それもこんな真剣勝負の真っただ中。それも死ぬかもしれないような状況でだ。何かしようにもできない状況である。
そして、アサオの一撃がエリーニアへと直撃する。次々と直撃する一撃に砂煙が舞い上がり、エリーニアの姿を覆い隠した。
左の世を喰らう狼のリボルバーが回転し、アサオの周囲には巨大な薬莢が音を立てて落ちる。
アサオは勝利を確信する。いつもそうやって勝ってきた。今回もそれと同じだ。何も違わない。全力まで出したのだ。負けるはずがなかった。
だが、次の瞬間、砂煙が断ち切られる。そこには無傷のエリーニアと糖気を纏ったアルジェンドの姿があった。
「なっ!?」
「ふん、飴様が勿体ない。で、なんだ。この状況は。飴様が危険だったから、食べ歩きをやめて来たというのに」
「私が死んでもいいなら、食べ歩きしても良いぞ」
「それは困る。お前なしじゃ、オレは生きていけない(お菓子的な意味で)」
「…………(本音がダダ漏れだぜ)」
本人たちにしか全く理解できない会話を繰り広げるエリーニアとアルジェンドだが、アサオの胸中は穏やかなものではない。
端的に言えば、防がれるとは思っていなかった。当たり前だ。第七次元までに存在する全ての“自分が砲撃する”という結果を集めたのだ。
しかも、“必ず当たる“という確定した事象のみを抽出した。外れるはずがないのだ。
しかし、結果は見ての通り。相手は健在。それも無傷。理解不能ショッキングピンク色のオーラを放つアルジェンドによって全ての砲弾が切り裂かれたのをアサオは視ていた。普通なら乱入で反則だろうが、この戦いはルール無用なのだ。
さすがに乱入ともなると最低限、乱入者と乱入をさせる側の者の間に合意は必要だが、あの様子なら合意済みのようだ。つまり、反則にはならない。
アサオはどうすれば良いかわからなかった。外した時のことなどまったく想定していない。終わると思っていたのだ。
外した時のことなど考えるはずがない。むしろ当たって試合が終わった瞬間、如何にカッコイイセリフを言うか。それを一晩中考えていたくらいだ。
今の状態を有り体に言えば、「アサオは混乱している。アサオはわけがわからず動けない」といった具合。
後のアサオ曰わく、「天才は突発的な事態には弱い!」だそうだ。その間に左腕が元に戻る。とりあえず言うことは一つ。
「ふ、フッフ、わざとだ! わざと外したんだ。これからが本番だ! 本当だからな!!」
強がり、である。
そして、状況は動く。
「さってと、明日一日中菓子作ってやるからあいつ倒せ」
「フン、喜んで!! 行くぞ、見せてやるよ甘党の力を!」
糖気の軌跡を描いてアルジェンドが疾走する。その速度はまさしく神速。混乱中のアサオは対応が遅れる。もとより対応できたとしても、アルジェンドのスピードを目で追うことも気配を追うことも、今のアサオでは不可能。よって、防ぐことはできない。
「菓子奥義!」
アルジェンドの奥義が放たれる。
第一奥義レア・チーズケーキ。
第二奥義ティ・ラミス。
第三奥義ショート・ケーキ。
第四奥義マ・カロン。
最終奥義チョ・コレイト。
五つの奥義。
それが繋がって連撃として放たれる。特別なことなどなにもない。ただ、お菓子食って斬りつけているだけ(峰打ち)。
しかし、凄まじさ速度で行われているそれをアサオは防げるわけがなく。混乱したままアサオは気絶した。
試合はエリーニアの勝利ということで幕を閉じた。色んな意味で忘れられない試合になったのだった。
********
現エストリア王ヴィンセント・エストリアは女に囲まれて試合を観戦していた。どの試合もなかなかにヴィンセントを楽しませるもので、非常に満足していた。
「ホッホッホ、良いぞ良いぞ」
人が死ぬシーンで心底楽しそうにヴィンセントは顔を歪ませて笑い、女を啄む。女が使えなくなれば、また追加を頼む。その繰り返しだった。
ヴィンセントはそろそろあのエルフで将軍のエルシアを出すべきだと考える。
闘技大会をやるのは良いが、賞金を他人に支払う気などヴィンセントにはない。その点自分の騎士が優勝すれば支払う必要はないのだから。
そんなことをない頭でヴィンセントが考えていると1人の男が部屋に入って来る。
金髪蒼眼の人を氷づけにしそうなイケメン。青を基調とした騎士服に身を包み、東方にしか伝わっていない珍しい刀を腰に吊っている。
アイシャールの内乱の英雄ジンクス・エアスト・ヴォルカーがやって来た。
女たちがジンクスを見た瞬間彼女たちの意識が、王たる自分ではなくジンクスに向かうのを感じヴィンセントは不機嫌になる。
「何しにきた余は忙しいのだ」
「陛下、ぜひ私をノーレリア将軍と戦わせてはいただけないでしょうか」
「ふむ」
不機嫌ではあるが、ジンクスの言葉を吟味するヴィンセント。
正直な話、ヴィンセントはジンクスが嫌いだ。というより、彼は自分よりも容姿が良い男が嫌いだった
普段ならばジンクスの話など断り、女遊びに戻るが不意に思いつく。むしろ、どうして今までこうしなかったのかとすら思うほどだ。
邪魔な存在ならば消せば良い。王の位につくために嘗てヴィンセントはそれを実行した。そしてヴィンセントは王になった。
ヴィンセントはジンクスが邪魔である。彼はアイシャールの英雄であり、容姿が良く、能力も家柄も良い。つまり、女が寄って行く。王たるヴィンセントよりもだ。
そういった理由でジンクスを消す。そういう考えは兼ねてからあった。
だが、相手は曲がりなりにも英雄であり、王でしかないヴィンセントが逆立ちしたところで殺せる相手ではない。殺して足でもつけば最悪革命だ。
馬鹿王。好色王。遊び人。無能王と散々言われているが、そんなことを考えられないほど馬鹿というわけではない。むしろ、自身の保身と楽しみに関しては頭がよく回る。
そもそも、本当に無能ならば王などという位にいつまでも胡座をかけるわけがない。まあ、実際は宰相と将軍が優秀なだけなのかもしれないが。
そもそも、王に能力は必要ない。必要なのは、いかに部下をうまく使うか。それだけでだ。圧倒的力は邪魔にしかならない。そう、その理屈通り目の前の力は邪魔だ。
そして、色々考えた結果許可した。
戦いの結果死ぬなら良し。死ななくても、戦いの重傷が原因で死亡。これならば疑われることなくジンクスを処分できる。
「良いだろう。許可する。日付はそちらの好きにすると良い。ただし、本気でな」
「勿論です。ありがとうございます。失礼いたしました」
ジンクスは部屋を出て行った。
「フンッ、しょせんはただの貴族、余よりも優れているわけがないのだ。さっさと死ぬが良い」
ヴィンセントは何も気がつかず出ていったジンクスを嘲笑うのだった。
ヴィンセントは英雄が死んだあとにどうなるかなどはまったく眼中になかった。これが彼が無能王と呼ばれる由縁である。
今日もヴィンセントは目先の快楽に溺れるのだった。
********
ジンクスは廊下を歩く。
その速度は段々と早くなっていく。初めは無表情であったのも、歩きから早歩きになった時点で崩れている。
今ではまるで、新しい玩具を与えられたら子供のような、鬼気迫る嬉々とした表情になっていた。
「ついに……ついについについについに! あいつと戦える!」
ようやく叶った願いにジンクスは喜んでいた。今までエルシアに戦いを申し込むも断られ、毎年ヴィンセントにも申請していたが却下されていた。
だが、今日、ついに許可がでたのだ。出ないと思われていたものが出たのだ。この反応も納得だろう。
「待っててね、エルシア。ククク、クハハハハハ!!」
狂気すら感じられる笑いが王城に響いた。




