3-2
お待たせしました3-2です。
ヴェスバーナ暦1998年春期3月19日 昼 王都リバーナ
少女により2階にある部屋に案内されたユーリ。部屋は今まで泊まった宿屋の中でもトップ5に入るほど良い部屋だった。それほど宿屋には泊まっていないのだが。そして、入った途端、少女が話を切り出す。
「わたっ、わたひを買ってくださいますか」
緊張が継続中のためかまた噛んでいる。
「あ~、その前にどうしてそんなことを言うのか理由を話してほしいかな」
「は、はい!」
少女――名前はタリアといった――は、おずおずといった様子で話始めた。
曰わく、この宿屋は、元は両親が経営していた。しかし、数日前に魔獣に襲われて死んでしまった。それから悪い人たちが、この宿の土地を狙って来た、と。
悪いことにそいつらに借金をしていた。最強の騎士エルシアの眼があるため表だっての嫌がらせや取り立てはないものの返済期日は迫っており、払えなければ両親の思い出の詰まった宿屋を売らなければならず、足りない分はタリア自身が悪い人たちに性奴隷として売られるということになっている。
それならせめて良い人に買ってもらった方が幸せと、ユーリに迫った。とのこと。
いかにもな、ありがちな話であるが、ユーリはどういうわけかその話に違和感を感じた。だが、それが何かすぐには思い出せない。
思いだそうとしようにもタリアがしきりに誘惑(笑)をしてくるため集中できない。もう少しでわかりそうなのだがわからない。喉に魚の小骨が刺さって、抜けそうで抜けないようなそんな感覚にジレンマを感じる。
だから一度、考えるのを止めてユーリはタリアに誘惑(笑)をやめさせる。
「少し待ってくれ」
話を整理しようとすると、また集中を妨げられる。ドッドッドッ! と階段を駆け上がって来る音が聞こえる。そして、ドンッ! という音を響かせて息を切らしたエレンが部屋に飛び込んで来た。
「大変だ! そいつは――ガッ!?」
飛び込んで来たエレンが倒れる。棍棒を持った男が立っていた。それを見た瞬間に咄嗟に剣を抜こうしたユーリ。
しかし、後頭部に衝撃を感じ床に倒れる。痛み、揺れる視界の中振り返ると、花瓶を振り下ろした姿勢で肩で息をしているタリア。更に一撃が加えられる。意識が飛びかける。
そして、意識が闇に沈む途中で見た最後の光景は、部屋に乗り込んできた男たちとタリアが話している様子だった。それを認識した瞬間、ユーリは唐突に理解した。違和感の正体を。
違和感の正体。それはタリアの両親が死んだ時期だ。タリアは、両親が魔獣に襲われて死んだのは数日前だと言った。だが、それはあり得ない。
なぜならここ数日、リバーナ周辺には魔獣など存在しないからだ。冒険者ギルドによる冒険者選抜試験によって、リバーナ周辺の魔獣は狩り尽くされてしまっている。そんな中で冒険者でもないと言っていたタリアの両親が魔獣に襲われるわけがないのだ。
そして、それから導き出される答えは、話が嘘か、または何かを隠しているということ。だが、今更わかったとしても、もう遅い。
既に手遅れなところまで進んでしまっていた。男たちによりエレンは捕まり、ユーリも捕まった。彼の意識はそこでブラックアウトした。
・
・
・
「これで、良いんですよね! もう、私の宿に手を出さないでくれるんですよね!!」
誰かの声でユーリは覚醒する。意識を失った経緯は克明に覚えていた。体は縛られているのか動かない。気配からわかるのは、タリアと数人の知らない男がいるということだけ。ひとまずまだ気絶しているフリをしつつ話を聞くことにした。
「ああ」
男の言葉にタリアは、ほっと安堵の表情を浮かべる。だからか男が非常にいやらしい笑みを浮かべていたことに彼女は、気が付かなかった。どのみち気が付いたところで彼女にはどうすることもできないが。
「しっかり可愛がってやるよ!」
「えっ……!?」
次の瞬間にはタリアは男に押し倒されていた。いきなりのことでタリアは反応できず、茫然としている。その間に男はタリアの服を引き裂いていく。形の良い胸が露わになり、下腹部、その更に下まで、彼女の全てが露わになる。
さすがに茫然としていたタリアもその事態に我に返った。
「えっ、いやっ!?」
逃げようと暴れるが、男にしっかりと押さえつけられているため、タリア程度の筋力ではふりほどけるはずもない。この場で唯一彼女を助けれそうなユーリも動くに動けない状態だ。
それに、もし動けたとしてもユーリは助けなかっただろう。タリアはユーリたちを騙したのだ。騙されるのが悪いとしても、因果応報、それなりの報いは受けなければならない。それに縛られて動けないのだから意味がない。
助けを求める悲鳴が聞こえる。他の男たちも痴態に参加しだしたようだ。次第に悲鳴が泣き声の混じる艶やかな喘ぎ声に変わる。それを必死に意識の外に追い出しつつユーリはエレンのことを考える。
獣人に良い感情を持っていないこの国の人間にエレンの正体がバレた場合の扱いは想像に難くない。良くて好色家の慰み物か奴隷。最悪、その場で殺される。
恐らくエレンの容姿なら殺されることはないと思うが、正確なところはわからない。わからないが、助けないわけにはいかない。だが、今は待つしかなかった。
狸寝入りを続けつつ辺りを探る。集中すればするほど淫靡な音や匂いがユーリに劣情を催させる。男の性というものである。
(そんな場合じゃねえってのに!)
一度深呼吸してから、再度辺りを探る。わかったのはどこかの地下室らしき場所にいるということ。耳を済ませて、微か――本当に微か、聞こえても聞こうとしなければ聞こえない程度――に祭りの騒ぎが聞こえるので、リバーナ内であるということは確かのようであること。男たちは5人だということ。
どう考えても縛られて転がされたままでは脱出は不可能だ。やはり今は待つしかないらしい。仕方なく、心を無心にして耐えながらユーリは陵辱が終わるのを待つのであった。
――称号『囚われの囚人』を取得しました――
・
・
・
それからどれだけの時間が経ったのかはわからない。おそらく1、2時間程度だと思われるが定かではない。ようやく男たちは満足したのか部屋の中が静かになった。聞こえるのは男たちの満足げな笑い声と、タリアの荒い息づかいだけだ。
それから足音。ユーリの方へ1人近づいてきた。ゆっくりと男はしゃがみ込むとユーリの髪を掴んだ。頭皮を痛みが襲う。
「おら! 起きやがれ!」
「ぐっ!?」
「今からボスのとこに連れていく、余計な口きくんじゃねえぞ!」
ユーリは男に引きずられるようにして部屋を出される。途中、タリアの惨状が目に入った。酷いものである。
更にエレンを心配しながらユーリはただ促されるままに歩いた。階段を3階分上がる。目隠しも何もされなかったので、今どこにいるのかがわかった。そこはタリアの宿屋だった。
「おら」
3階分あがった宿屋の2階のとある部屋の前で背中を蹴られて中へ突撃させられる。しかも縛られたままだったのでそのまま床に這い蹲ることになった。お世辞にも良い気分とは言えない。
それを見た、書斎のように改装された部屋の中にいた男が不満そうな声を上げる。
「何ですかぁ? 乱暴ですね、まったく。もう少し丁寧に扱って下さい。大事な大事な人材なんですからねえ」
ユーリがそちらに顔を向ける。そこには緑色の髪で柔和な表情を浮かべ、飄々としている黒服の男がいた。柔和な表情を浮かべてはいるものの、その裏で何を考えているのかわからない。
ユーリは一目見て、こいつを侮らない方が良い。そう直感した。
「ほら、わかったのなら彼の縄、外して下さい」
「いや、しかしボス」
「外して下さい。彼には何もできませんよ。こちらは彼の連れであるトラーシを捕らえているのですから」
「わかりました」
柔らかだがどこか有無を言わせぬ言い方にユーリを連れてきた男は渋っていたが従う。きつい縄が外され自由になる。手首などをさすりながら立ち上がった。
そこでユーリは切りかかることも考える。目の前にいるボスと呼ばれた男は線が細く戦える者とは思えない。飛び出して不意打ちでボスを捕まえれば、後ろにいる男は手を出せなくなる。
だがやめた。ユーリにはトラーシの意味はわからないが、おそらくはエレンのことなのでやめた。その代わり疑問を投げかける。
「何なんだお前たちは。俺たちをどうしたいんだ」
「私たちのことなんていいじゃないですか。あなたが聞くべきことは、あなたの連れが無事かどうかだけでしょう?」
「答えてくれるのか?」
「えぇ、答えますよ。その代わり、私達の目的の為に利用されて下さい。でなければ、お連れさんの無事は保証できません。ああ、我々の目的が達成されたら、きちんと解放しますよ。我々はトラーシには興味ありませんので。
……さて、あなたにやってもらいたいのは、明日の闘技大会に出場し本戦に出てもらうことです。簡単でしょう?」
ユーリは何が目的か考える。正直な話、もっと酷いことも覚悟していただけに、本戦出場だけで良いのは拍子抜けだ。いや、まだ何かあるのかもしれない。
「ああ、それだけではありませんでした。これを闘技場に仕掛けて来て下さい。本戦出場権を手に入れるまで行かなければ入れない場所もあるので、そこまでよろしくお願いしますよ」
ボスが取り出したのは小さな黒いキューブ。予想通り何かあった。それを仕掛けてどうなるのかわからないが、それで断ることはできない。
「……わかった。引き受けてやる。ただし、エレンの無事を確認させろ」
エレンが無事で、きちんと解放されるのならばどんなことでもしてやろう。
「良いですよ。あなた、連れて来てください」
後ろの男が部屋を出て行く。しばらくして戻って来ると、上等そうな白のドレスを身に纏ったエレンを連れていた。素材が良いだけにその姿はどこかのお姫様のようだ。
「って、おい」
これはどういうことだとユーリはボスを睨む。睨まれたボスは、おお、怖い、という風に手をあげてから言う。
「何って、丁重に扱っているだけですよ。いいじゃありませんか、似合っているんですから。馬子にも衣装ですよ。あっ、なんか違いますね。ククッ、いや、失礼」
まったく悪びれた様子なく笑いながら言う。人をおちょくるのが上手い。
ユーリはそれを無視してエレンに話しかける。
「エレン、無事か?」
「ああ、私は無事だ。見ての通りさ。しかし、やはりこういった服は苦手だ。ひらひらしているし、スースーする。まあ、これも未知の体験だ。なかなかに楽しんでいるよ」
「でしょうな……」
エレンの尾は楽しそうに揺れている。いや、振られている。楽しんでいるのがモロわかりだ。心配して損した気分ではある。
だが、これがいつまで続くかはユーリにかかっているのだ。否応なく、人ひとりの命を背負っているという重圧をユーリは感じた。
それは、以前よりも軽いが、それでいて背負うのが難しいものだ。落とさないようにしないといけない。今度こそ。
「さて、彼女の無事も確認できましたし。これでよろしいですか? そろそろ時間もアレなので、あなたはさっさと出場登録に行ってくださいよ」
「わかっているよ」
「ああ、それと、あなたの行動を我々は特に制限は致しません。余計な事さえしなければ、彼女の安全も保障します。ああ、もう一つ失念していました。まだ、我々はお互いの名前もしりませんでしたねえ。私はヤクミといいます」
「ユーリだ」
「では、よろしくお願いしますね」
――称号『計画の傀儡』を取得しました――
その後、ヤクミの部下たちによってユーリは宿屋から放り出された。ユーリはそのまま闘技大会の出場登録をしにいこうとするのだが、ここで問題が1つ発生した。ユーリはどこで出場登録をしているのか知らなかったのだ。
「やべえ、もう時間がないってのに」
「ちょっ、すみませーん!? どいてくださーーい!?」
「んあ? ちょっ、ごあっ!?」
先ほどまでのシリアスなんぞ露知らずなのか、神様はひどいことをする。考え事をしていたユーリに少女が突っ込んできた。いや、見た目的には幼女にしか見えない。
ただ、この国の衛兵がつけている紋章と同じものがついた和服のようにも見える騎士服を着ていることから見た目通りの年齢でないことがユーリにはわかった。ただ、わかっただけで、どうしようもない上に、その少女はユーリの上だ。動くこともできない。
さて、突っ込んできた少女――カノンはというと、頭の上を星やらなんやらが回っていた。簡単に言えばぴよっていた。彼女の強靭な脚力で突っ込んできたので、返ってきた衝撃も大きかったのだろう。しばらく、きゅ~、とぐるぐるしていたのだがそこは腐っても騎士見習いすぐに回復した。
「あいたた~。えと、すみません」
「いや、謝る前にどいてほしい。視線が痛い」
「はわっ!? はわわわわ!?」
ユーリの言葉を聞いて初めて状況に気が付いたのか、あわててユーリの上からどくカノン。一瞬であった。
そして、あわあわ、とあわてだす。なんだか和む。ユーリはそんなことを思った。どうやら、周りの人間も同じようで皆ほんわかとした表情でカノンを見ていた。
その様子にどうすっかな~と後頭部をかきながらユーリはカノンに話しかけようとする。
「あ~」
「すみません、すみません、すみません! あわっ、あわわわわっ!?」
「ええい、落ち着け!」
ビシィ!。どういったことに使うのか判断がつかない戦技『デコピン』がカノンを直撃した、
「はうっ!? ううぅ、いたぁい」
「落ち着いたか?」
「はぁい……」
若干涙目であったがどうやら落ちついたらしいので、とりあえず人の視線が来ない場所へと移動する。とりあえず大衆食堂のような店に入った。
あまり広くない店内は人でごった返しており、とても猥雑で混雑していた。なんとか座れる場所を見つけてそこに向かい合って座る。適当に飲み物だけ頼んだところでカノンが口を開いた。
「えと、ぶつかってすみませんでした。急いでいたもので」
「構わないよ。俺も考え事してたし」
「考え事、ですか?」
カノンがそう聞いてくる。ユーリはこれは好都合だと思った。この街の人間なら闘技大会の出場登録する場所を知っているはず。案内とはいかないまでも場所を教えてもらえるかもしれない。
「ああ、闘技大会に出場したいんだが、登録するための場所がわからなくてな」
「あなたもでしたか」
「ん、お前もでるのか?」
「はい、ちょっといろいろとありまして、今から急いで登録に行こうとしていたんですよ」
それでユーリにぶつかったと。
これは良い展開だ。どうやら、神はユーリを見捨てているわけではないらしい。それなら、エレンが捕まらないようにしてり、もとより面倒事に巻き込まれないようにしてほしいものであるが、どうもそうは問屋が卸さないようである。
「そうだったのか」
「はい、そうだ! 一緒に行きましょう。案内します。ぶつかってしまったので」
「そうか、頼む」
その後、2人は名乗りあってから、闘技大会への出場登録をしに行ったのであった。
********
ヴェスバーナ暦1998年春期3月20日 朝 王都リバーナ
「勝者ユーリ!!」
そして、時は戻り、試合当日。ユーリは無事1勝目をあげたのであった。
感想、一言、誤字報告などなどお待ちしてます。
キャラ&やってほしいことも募集中です。
次回もまた一週間後を予定してます。




