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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第3章闘技大会編
39/94

3-1

お待たせしました。三章開始です。


 ヴェスバーナ暦1998年春期3月20日 朝 王都リバーナ


 いつもの動きやすい格好に胸鎧と篭手という戦闘スタイルのユーリは、同じ様に戦闘スタイルの男と相対していた。場所は王都に存在する王立闘技場。古代ローマのコロッセウムを彷彿とさせるその荘厳な建造物は、普段ならばユーリを魅了していたに違いない。

 だが、今の超満員で熱気が伝わり、揺れ震えるこの闘技場は、むしろユーリを不快にさせる要因の1つでしかなかった。何が楽しくて見せ物にならねばならないのか。仕方なかったとはいえこれを了承してしまった過去の自分を殴り飛ばしたいくらいであった。

 しかし、それだからといって時間が止まるわけでも、戻るわけでもない。状況は変わらない。ならせいぜい見せ物として踊ってやるまでである。それにどうしても勝たなければならない理由もあった。


「始め!」


 審判員の掛け声と共に歓声が上がり、戦いの火蓋が切って落とされる。向かってくる相手。ユーリは拳を握り締めた。


********


 ヴェスバーナ暦1998年春期3月19日 朝 王都リバーナ


 1日ほど時間は遡る。

 リシュニアで無事再会したエレンと共にユーリは、一旦の目的地王都リバーナな辿り着いた。アレンとはリシュニアまでの約束だったのでここにはいない。別れる時は物凄く名残惜しそうな様子であった。また、エレンとは会う約束をしていたので、きっとまた会えるだろう。

 それで覚えたばかりの精霊術を使いリバーナまでやって来たユーリたちは、明らかに敵意やらを向けてくる衛兵に通行料と税を払い街へ入った。


「すげえな」


 リバーナに入ってのユーリの最初の一言である。さすがは一国の首都、王のいる都というところ。ここに来るまでに訪れたどの街よりも大きく、広く、高く、人が多かった。

 荘厳な王城を中心に放射状に広がる巨大な街。

 特に南側に広がる歓楽街――どちらかと言えば色街――はエストリア王国一である。また、王立闘技場で行われる剣闘や闘技大会は国外からも客が来るほど盛大。そのためリバーナは凄まじく華やかな街だ。


「ここがリバーナだ。驚いたか?」

「ああ!。それに人が多い。こんなに人を見たのは久し振りだ」


 あくまでもユーリの主観でしかないが、まるで東京の渋谷や池袋などといった街並みに人が多い。こんなに多くの人を見たのは久し振りである。グータニアの時以上だ。


「闘技大会が近いからだろうな。いつもはもう少し少ない」

「闘技大会?」

「ああ」


 エレンがユーリに闘技大会について説明する。

 好色家で根っからの遊び人で有名なエストリア王国第58代国王ヴィンセント・エストリアが主催する、生死を問わないルール無用の戦い。それが闘技大会だ。

 優勝者には莫大な賞金と名声が与えられる。それを狙いこぞって参加者が集まり戦う。毎年、天候が安定する春期3月の最後の11日間で行われる。

 明日から始まる10日の予選の後に本戦という内容。その間は冒険者選抜試験以上にお祭り騒ぎである。


「なるほどな」

「こんなに早く着くとは思っていなかったからな。この時期にあたるとはな。お前はでるのか?」


 参加登録は今日一杯。参加するには闘技場の受付に行き名前を登録するだけだ。身分も何も関係がない。参加者が多くなるのはそのためだ。


「名声とか興味ない。ルール無用で生死問わずってのがな」

「まあ、お前ならそう言うと思ったよ」


 盗賊に襲われたりなど回避不能ならやっても良いが、自由参加ならわざわざ危険に突っ込むことはない。金に惹かれないこともないのだが、ユーリ的には見合わないので参加はしない。


「じゃあ、先に用事を終わらせるとしよう」

「ああ」


 ラプハット商会グータニア支部支部長リシヤム・ハルシブからの依頼を果たすためにラプハット商会へ。ついでに武器と香辛料も卸してしまう。なかなかの儲けになった。

 その後、魔法契約を果たした後はユーリは宿を取りに行くといったエレンと一旦別れて冒険者ギルドへ向かった。数日滞在するということなので、依頼でも受けようと思っての行動だ。

 人混みで混み合い過ぎて気持ち悪くなりそうな通りの押し合いへし合いをなんとか抜けて、リバーナ大通りから多少外れた位置にある冒険者ギルドに辿り着いた。

 盾とクロスされた剣の紋章が掲げられたら大きな建物。グータニアやリシュニアのギルド支部を一回り大きくしたような冒険者ギルドリバーナ支部がユーリを迎える。

 ユーリは軋むことのない扉を開けて中に入った。内装はグータニア支部と何ら変わらず、いつも通りテンプレートなギルドといった内装。ただ冒険者で溢れていたグータニア支部と違い、どういうわけか冒険者の姿が見えない。

 とりあえず受付に向かいこの辺りの情報を聞くことにする。


「あの、すみません」

「はい、何でしょう」

「って、リナさん!?」


 受付にいたのは紛れもないあのグータニア支部の受付嬢のリナであった。いや、よく考えればそれは有り得ないはずだ。なので他人の空似ということになるのかもしれない。または家族か、親類か。

 どちらにしてもユーリは酷く驚いた。会うはずないと思っていた知り合いが目の前に現れたらそりゃ驚く。それほどまでに目の前の受付嬢はリナに似ていた。

 そして疑問はすぐに解消した。


「妹と勘違いされているようですが違います。私は姉のリサです」

「姉、ああ、なるほど。よく似ていたのですみません」

「構いません。よく言われていますから。別にこの程度では傷つきませんし、気にすることでもありません。ただ、私のあなたに対する個人評価が下がっただけですので。

 ……では、ご用件を、私と妹の区別もつけれない新米冒険者様」

「…………」


 滅茶苦茶気にしているリサ。ユーリはそれに苦笑いである。今度から気を付けようと心に固く誓いリサにこの辺りの情報などを聞いた。ついでに何か良い依頼はないのかと。


「なるほど、情報収集とは、良い心掛けですね。ただのグズな新米というわけではない、と。

 しかし、誠に残念ですが、あまり良い情報はございません。魔獣はバカな国王主催のお祭りに合わせ、冒険者選抜試験として、全滅させました。そのため討伐依頼はありません。

 また、お祭り騒ぎによる問題も未だ続く選抜試験の一環として休みなしに消化しています。竜種はでてきていませんから余裕でしょう。この程度で倒れるくらいなら冒険者にならない方が良いかと。そのため現在は特に雑用もございません」


 ユーリはグータニアの冒険者選抜試験がまだ甘かったことを知った。リバーナ支部で行われている冒険者選抜試験はまだ続いているらしい。

 魔獣全滅から見返りなしのただ働き。ちょっと過酷過ぎやしませんかね。とか思うが、それはそれ。自分には関係ない。

 しかし、依頼がないのは問題だ。他の冒険者はどうやって稼いで生活しているのだろうか。


「皆様闘技大会に参加なされます。闘技大会参加者は衣食住、その他必要なものが与えられますから。それに勝てば莫大な賞金もでますので」

「なるほど。全員出てるってわけですか」


 道理で人がいないわけである。専用の控え室的なのがあるらしい。


「予想外に理解が早くて助かります」


 さて、一言多く、尚且つグサッと心に刺さりそうで刺さらなさそうな、ギリギリの言葉を投げかけてくるリサから離れて、ユーリは考える。

 依頼がないとするとやることがないのだ。闘技大会観戦とかは非常に面倒臭い上にユーリの趣味ではない。

 ならばおとなしくゆっくりしていることにしても、祭り期間中は滞在するらしいので3日目あたりで飽きて死にそうである。

 むむむ、と唸りながら冒険者ギルドを出たユーリ。そこに立ちふさがる人。考え事をしていたが、気配を察知した体が勝手に止まる。そこでユーリは下げていた視線を上げた。

 そこには多少やつれてはいるものの魔力溢れるこの世界では珍しくもない栗毛の利発そうな地味めの美少女が立っていた。何か思い悩んでいるのか、その整った顔には険しい表情が張り付いている。

 何か用なのかとユーリは多少は身構えながら少女の言葉を待つ。一応、警戒は怠らない。少女が何か企んでいる可能性もあるからだ。

 リシュニア滞在中にスリにあいかけてエレンにこっぴどく叱られたため注意するようになった。また、財布も装備登録するようにしたが、中身の硬貨だけをスル方法はいくらでもあるらしいのだ。警戒は怠らない。

 そして踏ん切りでもついたのか、何か覚悟を決めたような表情を少女はした。それから精一杯息を吸い、とんでもないことを叫んだ。


「私を! 買ってください!!」


 ――称号『身売り懇願される』を取得しました――


「…………はっ? はあああああ!?」


 驚愕するユーリ。

 一体彼女は何を言ったのか。「私を買ってください」。意味は確実にそのままだろう。その言葉に何か他の意味があるならば教えて欲しいところだが、あいにくユーリはそのままの意味しかしらない。つまりはそういうことなのだ。

 さて、そんな驚愕の渦中に叩き落とされ脳内で右往左往の大混乱状態のユーリをよそに少女はまくし立てるように自分を買った際の利点を彼に叩きつける。技能(スキル)『分割思考』を使う。

 ユーリの少しだけ残った冷静な部分がそれを聞くと、気立てがよい良いやら家事が得意やら、何でも言うことを聞く、果ては生娘であるとか言っていた。まあ、実際ユーリには、何一つ耳に入ってないわけだが。

 そしてユーリはいつの間にやら彼女の経営しているらしい寂れた宿屋に連れて来られていた。我に返った時は知らない場所で驚いたのは言うまでもない。


「おや、ユーリじゃないか。ちょうど良いな。手間が省けたよ。今日の宿はここだ。どうにも他が空いてなくてな」


 しかも、エレンまでいたのだから混乱状態は更に混迷を極めていった。

 そんなユーリを置いて話は進んでいくようだ。


「そちらが、この宿の主人かな?」

「ひゃ、ひゃい! よ、ようこそ!」

「2人で、闘技大会が終わるまで泊まりたいのだが」

「あ、ありがとうございましゅ!」


 あなたは救世主だ、とかいった表情の少女。もはやユーリとエレンが関係者であることまで頭が回っていなかった。しかも噛みまくりである。それを本人が気が付いてないのだから相当だ。早く何とかしなければ。

 それはいいとして、何かしらの事情があることは明白だ。ユーリ相手に自分を買って下さい宣言然り、言っては悪いが、大通りの真ん中というのに寂れて客のいない宿屋然りだ

 。明らかに何かまずいことが起きている。エレンもそれがわかっているが、泊まるところがないのは問題なので、あえて無視しているようだ。


「ああ、じゃあ、中に案内してくれ」

「は、はい!」


 先を歩く少女。それを見てからエレンがユーリに耳打ちする。


「(何かあるようだが、どうするかは君次第だ。話を聞くだけでもしてみると良い。先ほどからこちらをちらちらと伺う気配があるから、慎重にな)」

「(……わかった。てか、見てるのは近所の奴らだよな)」

「(そちらは私が聞くとするから。君は小さな主人に話を聞くといい。何かあったのだろう?)」


 ここで密談は終わり、ユーリとエレンは宿屋の中へ入る。掃除だけはきちんとしてあったのか汚れはなくとても良い宿屋だということがわかる。

 別々の部屋を用意してもらい。代金を払ってからエレンはそれとない理由を言ってから出て行った。残されたユーリは少女へ部屋へ案内してもらう。2人は情報を仕入れるために行動を開始した。


********


 ヴェスバーナ暦1998年春期3月19日 朝 リバーナ城


 そこは権力を示すために、過剰なほどに華美な装飾が施された城。数十年前、前王が生きていた頃の、質素ながら荘厳な城としても威厳があった頃の面影は一切見受けられない。

 その事実に辟易しながらも1,000あまりの時を生きるエルフの騎士エルシア・ノーレリアは謁見の間に続く通路を歩く。

 それに続くのはメガネをかけた幼女にしか見えないが立派なこの国の騎士見習いのカノン・エアスト・クラディア。長い騎士服の裾がぞろびくのだが気にしているそぶりはない。そんなことよりもここにいるのが落ち着かないのか、やけにそわそわしていた。


「落ち着きなさい。(わたくし)といれば安全です」

「は、はい」


 しかし、やはりカノンの緊張はほぐれてはいないようである。形のよい唇でため息をつきながらエルシアは歩く。赤い絨毯を歩く音だけが響く。

 考えるのは、これからのこと。これから何があるのかだ。今の闘技大会という時期を考えれば何を要求されるかは明白だ。どうせ、出て余を楽しませろ、と王はいうだろう。

 毎年毎年飽きないものだ。そう思うが、今のエルシアに王命を断ることはできない。いずれ時がくればそれもかなうだろうが、その時は最悪の状況というのを考えれば今のなんと平和なことか。

 それは良いのだが、問題は今の城下に不味いものが入り込んだという報だ。一応、ギルドにも連絡はしているのだが、あのギルドが動くとは思えない。正式に依頼をすれば問題はないのだが、それにはギルドに直接赴く必要がある。

 美人すぎるゆえにただでさえ目立つエルシアがギルドに行けば、何かあると気が付かれるのは確かだろう。

 カノンに行かせるのも同様だ。彼女はこの王都では別の意味で目立っている。それにより彼女が騎士見習いだということは相手もわかっているはずなので、彼女がギルドに接触したというのは相手に警戒されるだけだ。

 ならば対策はないのかと問われれば、あると答える。騎士以外で動かせる者は1人いる。最近、エルシアが個人的に雇った者だ。

 こういう裏方の仕事のプロと認識している。こういったことをやらせるならば最適な人材であるのだが、それは最終手段だ。あまり、使いたくない手段である。

 理由はエルシアが騎士だからだ。騎士という人間は正々堂々を何よりも尊ぶ。正々堂々以外を何よりも恥ずべきものとしているのだ。

 また、男社会である騎士たちの中で、エルフであれど女であるエルシアを快く思っていない者たちは多い。

 そういう連中はエルシアの失脚を狙っている。その連中に態々餌を与えることはしたくない。やはり、打てる手は少ない。頭痛がするほどだ。

 だが、やるしかない。それがエルシアが自身に課した誓いであり、彼女の主との約束であるのだ。約束を破るわけにはいかないのだ。

 そんなことを考えながらも謁見の間に入る。そこには不摂生で醜く太った王ヴィンセント・エストリアが王座にどかっと座っていた。ヴィンセントの前で跪くエルシアとカノン。

 そしてヴィンセントの言葉を待つ。


「待っておったぞ、エルシアよ」

「はい、陛下、それでいか用でしょうか」

「うむ、今年も闘技大会の時期がやってきた。今年もお主が出て余を楽しませるのだ。後ろのお前もだ」

「……拝命いたしました陛下」

「は、拝命いたしました!」

「下がって良いぞ」


 2人とも礼をしてから謁見の間を出る。内容は予想通り。問題は山積み。しかし、やるしかない。王命は絶対なのだ。逆らえば待っているのは死だけだ。今はまだ、死ぬ時ではない。


「(どうか主様、我らの道を照らしてください。1,000年前のあの時のように)」


 役者は徐々に舞台へ上がろうとしていた。


やってほしいこと&キャラ募集中。感想も待ってます。


次回は一週間後あたりを予定してます。


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