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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
間章1王都道中
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間章1-4

遅くなり申し訳ありません。パソコンさんが不調だったんです。

 ヴェスバーナ暦1998年春期3月10日 昼過ぎ 地下遺跡


 胸鎧と篭手を装備したユーリは出会ったロッドたちパーティーと共に地下遺跡進んでいた。

 天井に大穴の空いた広大な空間に、ひっそりと取り残されたような地下遺跡は時が止まっているかのように、しぃ~んと静まり返っている。

 ロッドたちによればここまで来る道はあったが誰かが通った形跡はないとのこと。なので外から何かが入っていることはないとのこと。

 ただ、何かが潜んでいる可能性はあるので、その調査も依頼らしい。基本、遺跡の安全確認と事前調査だ。

 遺跡の入り口から、罠などを察知できるサドラスを先頭に、ロッド、ユーリ、アケリン、エルメス、ゴージャの順で遺跡を行く。

 何があるかわからないので警戒しながら進む。背中に熱い視線を感じて別の意味で気が気でないのが約1名いるが気のせいであろう。


「しかし、何年くらい前のものなんだ?」


 ロッドが壁を叩きながら呟く。正確に計ったかのような石煉瓦により作られた遺跡。このようなものは王城ですらお目にかかれない。


「少なくとも1000年は昔のはずですよ。鑑定の魔法でそうでました」


 エルメスが答える。


「1000年前か。途轍もないな」


 そのあとは特に話すこともなく一本道を進み遺跡の最深部であろう部屋に行き着いた。

 正方形の部屋で、何かの儀式でもしていた部屋なのか、床には紋様を描くように溝が所狭しと彫られている。

 また、部屋の中心には人ひとりが横になれるくらいの台が置かれ、そこにはミイラが載っていた。調査はロッドとエルメス、サドラスらに任せて、それぞれが別行動をする。

 ユーリは部屋の壁を見ていく。松明の炎に照らされて、壁面に刻まれた紋様のような、何かの絵、または文字のようなものを見ていく。

 意味がわかるとは思えなかったが、もし文字であるなら言語と文字の加護で読めるかもしれないと思ったのだ。


「読めるな。便利だな加護って」


 ユーリはそのまま読んで行く。

 ただ、意味はわからなかった。刻まれていたのは全く法則性のわからない文字の羅列のようであったからだ。

 魔や神、王といった意味不明な繋がらない文章だったからだ。


「ん、まてよ、もしかして逆から読むのか?」


 今と昔で文法が変わるのはよくある話だ。日本がそうであったのだから。そうだとしたらバカな話だが、ユーリは異世界の言語の歴史など知らないのだから、そこら辺は多目に見てほしい。

 今度は逆から読んで見る。一転して、意味の通る文章であった。


「え~っと、我ら、魔を望む、我ら神を望まず、我らの王の帰還である? 何のことだか。古代文明ってのは何を考えていたのか」


 他の一文もあるようなので、見ていくが、古代文明の文化を知らないユーリには全く理解できない。

 ただ、最後の一文“選ばれぬ者には天罰が降るだろう”。この一文の選ばれぬ者が自分たちを表しているようで、嫌な感じがした。


 一方、中央の台座を調査しているロッドたちの方も特に何かがあるわけではなかった。エルメスがかけられた魔法の有無を調べたが特になにもかけられていなかった。

 魔法なしに1000年も状態を維持していたのは、地下とは言え驚愕ではあるがそれだけだ。他に特筆すべきことはなかった。


「いや、ん」


 ユーリは下に何かあるのを感じた。微かに炎のような何かが揺らめいている。それは、精霊のようであった。はっきりとは見えないが、炎の精霊がいるようであった。

 精霊がいるのはおかしくないが、地下にあるのだから、火よりも地の精霊の方がいるような気がしたが、まあ、そういうこともあるだろう、と気にしなかった。


「何もないみたいですね」

「……罠もない」

「やはり、ただの遺跡ということか?」

「まだ、ミイラをどかしてないので何とも」

「ならどかそう」


 ロッドとサドラスがミイラを壊さないようにそっと持ち上げる。

 瞬間、床が抜けた。


「なっ!!?」

「……っ!?」

「くっ!」


 エルメスが咄嗟に魔法陣を起動し、魔法を発動させる。落下しながらも魔法を発動させるとは16歳の少年とは思えない。

 1歳差のユーリとはえらい違いである。風がエルメスとロッド、サドラスを抱きかかえた。そのまま入り口へ向かう。


「何があった!」


 入り口を見張っていたゴージャが異変を感じて入って来る。


「すまん、罠だ」

「こりゃひでえなアケリンとユーリは、どした?」



 そのユーリはというと落下していた。異世界に来ていくらか時間が経ったがまだ咄嗟に意識して魔法を使うという選択肢がないためだ。


「のわあああっ!?」

「今行くわー!」


 そんな中聞こえるオネエ口調の素敵低音ボイス。そちらを見るとユーリに向かって落下してくる筋肉ムキムキゴリマッチョの男アケリン。嬉しいのだが、来てほしくない。

 だが、落下中に避けるなど不可能。できたとしても待ち受けているのは死だけだ。


「キャーッチ(ハート)」

「ぐはあ!?」


 ひしいっ!?。と抱きしめられた。それがあまりにも気持ち悪く、あまりにも力が強過ぎて、背骨やら何やらが悲鳴をあげている。

 鎧がなければ砕けていた。とりあえず、こんな状況なんぞ見てたら気が触れそうなので、ユーリは意識を手放すことにした。


「ふんはー!!」


 落下中のアケリンは目の前にあった壁にユーリを抱えていない左手を出す。そして、左手を突き刺した。

 するとあら不思議落下が止まったではありませんか。壁に突き刺さっているのは5本の指のみ。どんな化け物だ。


「ふう、危なかったわ〜。ユーリちゃん、大丈夫~?」

「…………」


 返事がない気絶しているようだ。


「あらあら、そんなに怖かったのねえ」


 どちらかと言えばあなたの方が怖いくらいです。


「さあ、登るわよ!」


 そのままアケリンは片腕と足のみで器用に登って行く。通った壁には穴が空いている。なにそれこわい。

 ちなみに法術で強化などしていない。純粋なアケリンの力である。見たくもない人間の可能性を見た気がした。いや、人間超えているが。

 そんなこんなで何とか無事な入り口に戻って来れた。皆、ユーリが気絶しているのを見て、アケリンが怖かったんだな、と思ったそうだ。

 その後は調査も終わって、遺跡を離れた。ユーリは離れる時、見知った気配を感じた気がした。そして、地下遺跡を出たところで野宿となった。


********


 ヴェスバーナ暦1998年春期3月10日 夜 地下遺跡


 ユーリたちが立ち去った後、そこに1人の少女が降り立った。燃え盛る炎のように揺らめく赤い髪の、勝ち気そうで小柄な少女だ。

 非常に露出度の高い、ほとんど大事なところしか隠さない、炎のようにヒラヒラした赤と黄色の服を着ており、存在そのものが炎のような少女である。


「あーあ、姉様もひでえよ。叩き起こすだけ叩き起こしてあとは、自分でやれだなんてさー」


 誰に聞かせるでもなく少女は呟きながら、天井の大穴から地下遺跡に降り立つ。降り立ち、靴が石の床にカツンと当たった音が響いた後は、まったく音がしなかった。


「それにしても、あの野郎もひでぇことするよな。自分の国を“蓋”にすんだからさあ。それに私たちの力を使うとか。本当、どっちが外道って話だよなー」


 誰も聞く者はいないはずなのに少女は、まるで誰かに問いかけているように呟く。ただ遺跡に響くそれに同意するように残響が返る。

 そのまま少女はカツン、カツンと音を立てながら、遺跡の中に入っていった。ユーリたちも歩いた一本道を歩いていく。

 そして、床の落ちた部屋へとたどり着いた。


「ありゃ? 誰だよったくよぉ。床落ちちまってんじゃん。ったく面倒ぉだなぁ」


 穴の底を覗き込むようにしながら、ひょいっと、少女は穴に飛び込んだ。すぐさま少女の体を重力の鎖が捕える。

 だが、少女の体は絶対的な重力に逆らってそこに存在していた。

 有り体に言えば彼女は壁に足をつけて立っていたのだ。少女の足下に魔法陣が展開されている。それにより落下を免れたようだ。


「あ~あ~、本当ひでぇな姉様は。今、魔術しか使えないってのに。まっ、それは姉様も同じだったて話だけどさぁ」


 朗らかな顔で愚痴りつつ、少女は壁を歩きながら下へ下へと降りていく。

 不思議なことに、上から見ると完全な暗闇に見えていた穴は下へ降りるほどに明るくなっていった。何かしらの力でも働いていたのか、少女の力なのか、それはわからない。

 ただ、少女が降りていくのにちょうどよいというだけである。また、だんだんと穴が小さくなっていた。

 まるでアリジゴクの巣にでも入っているかのようだが、真ん中には何もいないので、アリジゴクの巣とは言い難い。渦へ降りていくというのが適切かもしれない。

 そして遂に底へたどり着き、壁から床に降りた。底につく時に頭をぶつけたて悶えたくらいで特に問題もない。涙目だが万全の状態だ。


「うぅ、何であんなとこに壁があるんだよぉ」


 ツルツルのデコはぶつけたところが赤くなっていた。痛そうである。だが、それぐらいでここでリタイアして良いことにはならない。

 彼女には明確な目的があるのだ。それも、彼女だけでなく、彼女の仲間の行く末を決める重大な目的が。だから立ち止まってなどいられない。

 しばらくスリスリさすってから少女は立ち上がる。そこは上とは、まるで世界が違うかのように違う場所であった。

 歩く度に床を覆い尽くす、くすんだ白色の骸骨が、ガシャリと割れる音を響かせる。骨の合間から覗く床は血の跡のように赤黒く変色して床を染め上げていた。

 辺りには熟成された死臭とも言うべき臭いが充満している。それはけして香しいものではなく、酷く陰鬱で地獄を想起させた。

 だが通路に出た所でまた雰囲気が変わる。通路の奥から光が溢れ出して来て、流れが通路を満たしていた。暗く鬱々と沈んだ雰囲気が嘘のようだ。

 また、通路はまるで少女の為だけに作られたかのように、ピッタリ彼女1人分しか幅も高さもない。ここで何かあればひとたまりもない。

 ありがちな小説ならば、ここで何か罠が起動したりするのだが、少女にはそんな約束事など関係ないのかまったく何事も起きない。むしろどんどん静かになっていく。それはこの先に何かしらの存在がいるかのようであった。何か、偉大な存在が。

 そのうち少女は通路を抜ける。通路の先は広い球形の空間が広がっていた。炎と光の粒子に満たされた幻想的な空間である。

 そして、その中央には燃え盛る蜥蜴がいた。


「よぉ、裏切り者(サラマンダー)久し振りだなぁおい。あたしら封じて1人バカンスか?。良い身分だなぁ、え?」

『先程から騒がしいと思ったら、うぬかじゃじゃ馬(フィーエ・セクリド)め。ふん、知っておろう。

 我らは何者の味方でもない。我らは我らの味方よ。たかが数千年前に貴様らに力を貸しただけにすぎぬ』

「けっ、そういやぁそうだったな。で?」

『? なんだ?』

「また協力する気があるかって聞いてんだよ」


 フィーエの問いにサラマンダーは答えなかった。

 ただ、フィーエを小ばかにしたように鼻で笑った。答えは明白。協力などする気はない。勝手にしろということである。そうかい、とフィーエは諦めたようにサラマンダーに背を向ける。


「諦めるとでも思ったかバーカ!!」


 振り返ったフィーエの手のひらには魔法陣が展開されている。次の瞬間には炎の塊がサラマンダーへと向かう。

 だが、サラマンダーは笑止とばかりにその尾を振る。それだけで炎の塊は霧散した。そしてサラマンダーは小馬鹿にしたように言う。


『忘れたか? じゃじゃ馬。お主の魔法は我が握っておる。魔術しか使えぬうぬの炎では我の炎を貫くことすらできぬよ』

「わぁってるよ。くそジジイが。もっからてめえに勝つ気なんざねえよ。バーカ、だから、返してもらいにきたのさ。あたしの魔法を、こいつでな」


 フィーエが何処からか透明な卵型のオーブを取りだす。

 目に見えてサラマンダーの雰囲気が変わった。わかりやすい。大きく彼の身に纏っている炎が揺らいだのだ。

 彼の炎は彼自身。炎の変化は彼自身をよく表す。獣人でいうところの耳や尻尾といった器官に通ずるものがあるのだろう。

 つまり、考えていることが丸わかりだということ。

 先ほどの揺らぎならば動揺したことがわかる。その証拠に、サラマンダーは言葉を投げつけてきた。


『貴様! なぜ、貴様がそれを持っている! なぜ、“(ハコ)”を持っている! それは、それは! 1000年前に失われたはずだ! 奴とともに!

 まさか、蜘蛛と話ができぬのは!』


 その様子にフィーエは笑う。嘲笑う。


「ククク! いい表情だなぁおい。驚いたか? これがここにあるのが、そんなに驚いたか? 当たり前だよなぁ。てめえがここにいるのはこれがなくなったからだもんなぁ。

 もっから、てめえと話す気なんざねえんだよ! すでに、楔は打ち込み終わった。てめえが、わざわざ振り払ってくれたからなあ!」

『!?』


 サラマンダーの尾には炎の槍が突き刺さっていた。それだけではない、いつの間にか彼を取り囲むように同じ槍が配置されていた。

 いつの間に。そんな疑問が思考の迷路を駆け巡る。それは思考の楔であり、彼自身を縛る炎の楔。そして、致命的な隙だ。

 一瞬とはいえども、フィーエにとっては十分すぎる。たとえ、彼の言うとおり魔術しか使えなくなっているとしても、彼女のその才能がなくなったわけではないのだから。

 フィーエが指を鳴らす。そして、雷鳴の如き悲鳴が響き渡った。


********


 ヴェスバーナ暦1998年春期3月10日 夜 地下遺跡前野営地


 ユーリは1人森の水場にいた。

 先程までテントの中で妻子持ちだと判明したゴージャの惚気話を延々と聞かされ、それに釣られた化け物(アケリン)との壮絶な鬼ごっこをしていた。今は何とか撒いたが。


「なんだ?」


 水を汲んでいると突然雷鳴が轟いた。雷が落ちたのなんて見えなかった。水を汲んでいて気付かなかっただけかもしれない。

 自分も完璧でないのだから気づかないこともある。だが、何かしらの違和感があるのも確かだった。


「…………まあ、良いか」


 結局ユーリはただの気のせいにした。

 考えても仕方のないことというのに加え、撒いたはずのアケリンがズドドドド! という人間が出す音としてはかなり不適切な音を発しながら、雨でぬかるむ地面を爆走してきていたためだ。すぐに逃げるため彼女(?)とは逆方向を向いて駆け出した。


「あ~ん、ユーリちゃーん、待ってぇー」


 悪寒を駆け上がらせる素敵低音ボイスが背後から飛んでくる。雨音なんて何のその。良く通る渋い声だ。オネェ口調でなければいくらでも聞いていたい声である。

 だが、待つわけにはいかないのだ。逃げなければ色んな意味で終わる。

 だからユーリは走る。ズドドドドとオネェ戦車から逃げながら。


「ん?」


 その時、何かが視界を横切った気がした。しかし何もない。気のせいだと思い直し走る。もう、アケリンは背後まで迫っていた。


「キャーッチ!」

「どわあああ!?」


 間一髪でアケリンの抱擁をかわし、近場のテントに逃げ込む。


「あっ、ちょっ、サドラスさん。こ、こんなところで」

「……嫌いじゃ、ない、だろ?」

「あっ、は、はい」


 そこでは何やらエルメスとサドラスが腐った女子が喜びそうなことをしていた。具体的にはサドラスがエルメスを押し倒し、桃色空間を形成していた。

 あまりの桃色加減に吐き気を催したユーリは無言でその場をあとにした。背後では雨音に掻き消されながらも確かな甘い声が響いていた。

 見てはならないものを見てしまったユーリはグロッキーになりながら自分のテントに向かおうとする。そこを待ち伏せしていたアケリン。


「ユーリちゃーん!」

「どわあああ!?」


 あまりにショッキングな光景のせいで、アケリンの存在をすっかり忘れていたユーリ。だが、身体は反射的に反応する。

 アケリンの殺人的ハグを回避し、またも近くのテントに飛び込んだ。そのテントはロッドとゴージャのもの。


「でよ! 娘がさ。パパってさ」


 さっきまで散々嫁さんの話で惚気ていたのだが、今は娘さんの話をしているらしい。


「その話はさっき聞いた――ユーリ! ちょうど良いところに!」

「失礼しました!」


 だが断る、とソッコーで逃げるユーリ。ロッドには悪いがゴージャの話の長さは先程までの話し相手であったユーリは知っている。

 だから逃げた。ロッドもそうだが、頼み事を断れない性分らしいため付き合ってしまったのだ。ご愁傷様である。

 そして、外に出るとやはりいるアケリン。このどうしようもない連鎖を断ち切る方法は一つ。自分のテントに入ること。

 自分のテントの周りには結界を張っている。そこまでいけばアケリンはユーリに指一本触れることはできない、はずである。

 だが、そのテントの位置はアケリンの後ろ。一か八かの賭け。ユーリは地を蹴った。


 こうして夜は更けていく。何かが始まっていることに当事者以外誰一人として気が付いていなかった。


次回は二日後を予定します。

これからもよろしくお願いします。


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