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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第2章冒険者選抜試験編
33/94

2-14

今回はちょっとおまけ的な感じです。

 ヴェスバーナ暦1998年春期3月7日 昼間 グータニア


 つい先程冒険者選抜試験を終え、無事冒険者となった異世界からやって来たヴェスバーナ大陸西方域では珍しい黒髪黒眼の、動きやすいシックな色合いの旅人の服に身を包んだ少年ユーリはグータニアの通りを歩いていた。

 そんな彼と一緒にいるのは彼の命と心を救った獣人族の狼人に属する、顔を隠した行商人の女性エレン。近くの食事処で互いにこの1週間の話をしたあとユーリの新しい剣を買うために武器屋へと向かっているところであった。


「しかし、本当にいいのか?」

「君には稼がせてもらったんだ。剣の1本や2本は安いものさ」

「しかしな……」


 エレンが剣を買ってくれるというのだが、ユーリは渋い顔だ。普通の人ならば喜ぶ所である。だがユーリはそうはいかない。

 エレンが彼が教えた何かで稼いだと言っているが、それは彼からしたら恩返しで教えたのだ。

 それで、自分が奢ってもらおうなどと思っていたわけではないのだ。だからこそエレンに買ってもらうわけには行かなかった。

 しかし、ユーリがどうと言おうとエレンは譲る気はない。エレンからすればユーリを救ったのは自分の勝手で、それに対して恩を感じてもらおうなどと思っていたわけではない。

 それに恩返しと言うなら、冒険者ギルドなど専門店から買う以外に手に入れようがない様々な魔獣の素材アイテムを無償で譲渡してくれた時点で終わっている。それどころか貰いすぎで、今度はエレンが返さねばならないほどなのだ。

 というわけでそれをエレンは行商人技能(スキル)をフル活用してユーリを納得させて(押し切って)剣の絵が描かれた武器屋へと向かう。

 そこは彼女たちが泊まっている土壁の塗り絵亭の隣であった。


「失礼する」


 エレンが先に入り、ユーリも続いて入る。そこには様々な武器が猥雑に陳列されていた。どこを見ても武器、武器、武器だ。どれもこれもユーリにはよくわからないが、素晴らしいものだと言うことがわかった。

 店の奥に進む、カウンターがありそこには矮躯で立派な髭をたくわえた、作業着と前掛けを付けたドワーフが座っていた。


 ドワーフ。

 ヴェスバーナ大陸中央北部にある鉱山山脈をくり抜いてそこに住む、高い技術力と器用さを持つ酒好きの種族。人間とは非常に友好的だがエルフとは仲が悪い。人間の技術力にかなりの興味を持っている。

 男のドワーフは矮躯でありながら屈強、豊かな髭を生やしている。女のドワーフは髭はなく、代わりに髪の毛がもっさりとしており、男のドワーフと同じ背丈の少女というか幼女の姿をしている。基本的に男が力仕事、女が繊細な仕事を担当している。

 あくまで基本であり、全てがその限りではない。また、既婚者以外の女のドワーフは特別な理由がない限りは住処から出ることを許されていない。

 魔法など神秘的な知識には無関心であり、他種族と比べると魔法力も劣るが、地属性魔法や武器や防具の製作や加工などに使う魔法はかなり得意としている。

 ドワーフには身分制などもなく。ただただ毎日を趣味と酒に生きる種族である。大陸中央北部の大岩連山に巨大な地下都市を作り暮らしているらしい。


「なんだ、誰かと思ったら、エレンの嬢ちゃんじゃねえか。今日はどうした? うちに泊まってんだろ? ワザワザこっちに来たってことは武器が必要になったか?」


 エレンに気がついたドワーフの店主が顔を上げる。


「いや、私ではない。彼だ」

「なに?」


 そう言ってドワーフの視線がユーリに向く。それからエレンとユーリの間を彼の視線が行ったり来たりする。

 そして停止した。何かを考えているのがユーリにはわかった。そしてドワーフの大声が響いた。


「てぇへんだ母ちゃん!! あのエレンが男連れて来やがった!!!」

「な、なんだってー!?」

「いや、待て待て待て!!」


 店の奥にあったドアから髪の毛がかなーりふわっふわっでもっさりとした少女の姿をしたドワーフが飛び込んできた。そしてそこからは壮絶であった。いつから付き合っているのか。

 馴れ初めはどんなだ。いつ結婚するんだ。子供は何人の予定だ。などなどのドワーフ夫妻の質問の嵐。エレンは否定せず笑うばかりで、ユーリが全て否定した。完全に誤解を解くのにかなりの労力を労したのは言うまでもない。


「いや~、悪い悪い。あのエレンの嬢ちゃんが男連れて来たから驚いてなあ!」

「ほんとねえ」


 武器屋の店主のドワーフアルク・ゴルゾノビッチ(328歳)と彼の妻メアリ・ゴルゾノビッチ(325歳)が悪びれたように笑いながら豪快に言う。本当に悪びれているのか判断に困るところではあるが悪い人ではなさそうである。

 そんな事よりもユーリの頭の中ではお祭り騒ぎであった。獣人の次はダークエルフ。その次ドワーフである。

 ファンタジーの中での有名どころに会えたということで脳内パーティーが催されていたのである。メアリの姿が少女というのに違和感はあるが、そこはドワーフに会えたというので吹っ飛んでいた。

 むしろ、その髪をもふりたいなどと失礼なことを考えているほどだ。考えてるだけで、実行する度胸はないが。いつか、知り合いができたら頼もうと思った。


「で、武器って話だが。あんちゃんは剣士だな。剣は向こうの棚にあるから見てきな」


 アルクは一発でユーリが何の武器か見抜いて指示を出す。ドワーフならば当然の技能(スキル)だ。これができて初めて一人前である。

 適当に武器を触られる前に武器を決めさせるためだ。あと、ユーリのなにやら微妙に邪な考えを見抜いたからで、それを止めさせるためでもある。

 ユーリは微妙に邪な考えを中断して指された棚に向かう。そこにはたくさんの剣が陳列されていた。ショートソード、ロングソード。ツーハンドソードなどなど。見ているだけで楽しいものであった。


「どれにすっかな」


 技能(スキル)『装備品鑑定』を使って、武器の名前や性能、ある程度の使い方などを見ながら、好みのものを探す。どうでも良かったが、やはり刀はないようである。東方域にしかないらしい。今は使う気はないので関係ないが。

 しばらくユーリが物色していると目をひくものを見つけた。それはバスタードソードであった。


 バスタードソード。

 雑種の剣とも呼ばれる、片手剣と両手剣の中間に位置する剣。片手でも両手でも、切っても良し、突いても良しという剣。

 剣身の根元には切り刃のつけられていない部分が設けてられている。性能は良く、まさしく万能の剣と言っても過言ではない剣だ。

 そのため、様々な状況、敵と遭遇する冒険者にかなり人気のある剣である。


 ユーリはこれにしようと思った。

 店に幾つかあったバスタードソードを集めてどれにするかを決めるために並べて見比べてみる。店内から集めてきたのを少し他の武器を動かして並べた。

 この店には4本あった。片刃のものが2本と両刃のものが2本だ。片刃のものの1本が1番剣身が長く、柄が普通のバスタードソードよりも少し長くなっており、両手で持った時の扱いやすさを向上させてあった。

 両刃の1本もそうで、残った片刃と両刃の2本は平均的なバスタードソードだった。

 とりあえずユーリは両刃のバスタードソードは除外して片刃のバスタードソードから選ぶことにする。あの折れてしまった(相棒)に似ているというのもあったからだ。

 ただ似ているだけで重さなどはかなり違うが。


「すみません。これを下さい」


 ユーリが選んだのは柄の長い方だ。


「ほう、なかなか良い目をしてるな。エレンの嬢ちゃんの目も確かってことか」

「失礼ですよあなた」

「ガハハすまんなあ~。エレンの嬢ちゃんの良い人だからなあ。ルード銀貨25枚にしといてやらあ」


 その値段を聞いてユーリは驚く。

 ルード銀貨25枚。これは非常に安い。新品の武器の最安価がだいたいルード銀貨20枚程度であるので、ルード銀貨25枚は安い。

 それにルード銀貨20枚はあくまでも最安価であって一般的な武器の平均的な値段はルード銀貨35枚から40枚程度である。

 しかもこのバスタードソードは粗悪品ではなく、ドワーフの鍛えた物。鋳造で量産された品物ではない。鍛造された歴とした一級品だ。

 そんなものがルード銀貨25枚であるはずがない。エレンの良い人だからとか言ってまけてもらうにもほどがあるだろう。


「いや、それは安すぎでは? これ鋳造品じゃないですし」

「ほう! 違いがわかってんじゃねえか! 最近はそんなの気にしねえ奴らばっかだったからな。今時珍しいじゃねえか! 気に入ったぜ」

「あの人がいいって言っているのだから、値段はそれでいいのよ。気にしないでね。それに私たちにとっては鍛冶なんて趣味だから、お金を稼ごうなんて気ないの。良い人に使ってもらえるならなおさらよ」

「君は少し遠慮し過ぎだ。彼らがそれで良いと言っているんだ。ありがたく受け取っておくと良い。ほら、これで良いか?」


 エレンがそう言うとアルクにルード銀貨25枚を渡す。鞘まで仕立ててもらい、労り尽くせりである。それからエレンの仕入れがあるとかでまいどー、とゴルゾノビッチ夫妻に見送られて荷馬車に乗り市場の方へ出る。

 冒険者選抜試験が終わってもいまだに祭りは継続中で賑わいを見せていた。むしろユーリが出発した時より賑わっているように見える。

 エレン曰わく、この雰囲気はあと2日ほど続くらしい。ユーリが出発した時より盛大なのは合格した新人冒険者たちがこぞって宴会を開くからだそうだ。やはり稼ぎ時、仕入れ時には変わりない。


「で、何を仕入れるんだ?」

「香辛料と武具さ。合わせて持って行く。東に持って行く近々戦争があるとかで入りようだからな。

 香辛料の方は君が教えてくれたアレの製法の対価としていただいた。かなりふっかけたが、まあ、結果は上々さ。で、武具だがゴルゾノビッチ夫妻に貰う。話はもうつけてある。

 アルクさんは失敗作を溜め込む癖があるからな。それでいっつもメアリさんに怒られているんだ。引き取る分は喜ばれる」

「大丈夫なのか、それ?」


 失敗作と聞くとどうにも粗悪な感じがする。そんなものが売れるのか、とユーリは心配した。だがエレンは、おいおい何を言っているんだ、という風に言う。


「ドワーフの彼にとっての失敗作は人間にとっての一級品だぞ? どこに不満がある?」


 そうだったとユーリは納得した。ドワーフは職人種族だ。自分が納得したもの以外は失敗作というのは普通である。

 ただ彼らが失敗作と言っているだけで、人間や他種族からすれば一流の品には変わりない。それならば何ら不満などあるはずがない。

 では、何を仕入れるのか。それは甲冑などの防具である。武器類は無料で貰える。なら仕入れるのは防具以外にはない。防具も剣などの武器と同じで最安値はルード銀貨20枚程度である。

 だが、やはり一般的な値段の平均はルード銀貨35枚から40枚程度だ。高いがそれだけに稼げるというものである。そう言うわけなのでエレンが懇意にしているラプハット商会へと向かっているのだ。

 中央通り、常時も今現在も最も賑わうこの通りにラプハット商会はあった。何やら可愛らしい名前ではあるが、商会の建物はかなり大きい。それでいて商人らしく質素だ。

 この世界には「貴族は飾り、商人は削る」という言葉がある。

 貴族は何かと金を使い自己を誇示するために飾るが、商人は金を貯めるために色々と削って節約するという意味の言葉だ。その言葉通りラプハット商会の建物もその例にもれていないようである。

 荷馬車を大きな納屋に止め、世話係にルード銀貨を1枚握らせてから中へ入る。中はある程度、どのような客でも見苦しくない程度には装飾がなされていたが、やはり質素だ。

 エレンは真っ直ぐカウンターへ向かう。ユーリはただそれについて行く。ここはエレンの戦場である。ユーリには何もできない場所だ。おとなしくしておくに限る。

 エレンはそのカウンターで事務仕事をしている女性に話しかける。


「すまないが、リシヤム氏に取り次いでもらえないだろうか?」

「おや、エレン殿、本日はどのようなご用件で?」


 カウンターの女性が何か答える前にエレンに声がかけられる。エレンと共にそちらへ振り向くと、質素ながら多少上等な服に身を包んだ男がいた。

 なんとも腰の低そうな男だ。メガネをかけて愛想笑いを浮かべたその姿はどこか上司の機嫌を伺うサラリーマンのようにも見える。

 くすんだ茶髪を七三分けっぽくしているのも、彼がそう見える要因となっているのかもしれない。ただ、ユーリは気がつかなかったが、その眼は獲物を狙う鷹のように鋭かった。


「なに、少々防具を仕入れにきただけさ」

「ほうほう、では、こちらにどうぞ。護衛の方もどうぞ」


 リシヤムに案内されたのは応接室。それなりに調度品も整えられている。テーブルに向かいあってソファーに座ったエレンとリシヤム。ユーリはエレンの斜め後ろに立つ。すぐにお茶が運ばれてきた。やはりユーリにはわからないが良い紅茶のようである。

 そんなことを思いながら、ユーリはエレンの商談を見ていたのであった。それは金貨の動く取引というなの戦いだった。

「あの狸めぇ……」

「どうどう、落ち着いてエレン」


 商談のあとすっかり遅くなり日も暮れそうな時間。荷馬車に乗ったユーリとエレンは通りを進んでいた。珍しくエレンが荒れているようだ。ちなみに狸とはリシヤムのこと。相手を化かすような方法で正攻に利益を上げる典型的な商人だ。

 あのあと騎士甲冑をある意味で仕入れることができた。そうある意味では、だ。正確に言うなら、商品、つまり騎士甲冑の輸送依頼を受けさせられた。

 依頼料としてネーマ金貨30枚後払い。これはだいたい騎士甲冑30セット仕入れて売った時の利益に等しい。

 ただし仕入れ値を考えなければというのが付くが。実際の純利益などネーマ金貨15枚程度の利益が関の山だ。

 ならばネーマ金貨30枚。運ぶだけでこれならば破格と言える。利益分だけ運ぶならば。しかし、なぜかユーリの魔法のポーチがバレていた。

 利益分以上のものを運べる。つまり何が言いたいかと言うと人件費と護衛費削減に貢献させられたのだ。

 武具の輸送は金がかかる。まず人件費。武具は重いため大量に運ぶには人数がいる。次に護衛を雇う費用。それが特に高くなる。安全性ととるならなおさらだ。

 それに武具は盗賊が良く狙うために、冒険者への報酬がかかる。専用の護衛もいないことはないが、給金は払うため大差ない。

 しかし、そこに現れたエレン。それにユーリ(護衛)までいるではないか。しかも商会の情報網によりユーリは遺物(アーティファクト)『魔法のポーチ』を所有している。

 これほど都合の良い人材は他にはいない。魔法のポーチにより人件費は1人分、護衛費はエレン持ち。それならネーマ金貨30枚払っても、それ以上の防具を運ばせれば余裕で元は取れる。

 むしろ余計な人件費がかからない分稼げる。逃亡などの心配も魔法契約を結べば何の心配もない。

 エレンも何とかしようとしたのだが、仕入れ値0で純利益ネーマ金貨30枚というある意味で好条件以上の条件を出させることなどできはしない。

 やらないならなかったことになる話なので、強気にもなれないとなれば受けるしかないだろう。


「仕方ない。香辛料や武器もあるんだ。ネーマ金貨30枚純利益で貰えるなら、良しとするしかないな」


 あれていたのは自分が不甲斐ないからであって別に稼げるのだから問題ない。

 きちんとした拘束力のある魔法契約まで結んだのだから話が今更なかったことにならないのだから、考えれば良い話なのだから。


「さて、そろそろ、合格祝いのパーティーの時間ではないか? 楽しんで来ると良い」


 エレンが暗くなりかけた空を見ながら言った。


「エレンは来ないのか?」

「私が行くわけにはいくまい?」

「別に構わないさ。行こうぜ」


 しかし、と渋るエレンを押し切り、2人でパーティー会場となる酒場へ。ミレイア、サザンカ、アカネが揃い、みんなして潰れるまで騒いだのであった。

 なんとまあ、凄まじいだったとだけ言っておく。翌日、ユーリは2度と酒なんて飲むかと心に決めたそうである。


ひとまずはこれで二章冒険者選抜試験編は終わりです。

ここまで毎日、良く更新できたものです。ひとえに皆様の応援のおかげです。


続いて三章に入ろうかと思いますがしばしここらで一旦休憩したいと思います。一、二週間ほど休みます。まあ、ええ、多少頑張りすぎたので、充電期間です。

このまま更新停止とかにはしませんので大丈夫です。ではでは~。



連絡。

キャラ、ネタ募集は継続中。感想にでも書いて下さい。


では、また次回。



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