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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第2章冒険者選抜試験編
31/94

2-12

 ヴェスバーナ暦1998年春期3月6日 朝 未だ名も無き迷宮(ダンジョン)第10層


 ユーリが魔導鎧(ソールアルミュール)へ乗り込む。

 そこはユーリの世界で実用化された、パワードスーツを作ろうとしたけど色々詰め込み過ぎて結局ロボットになってしまった軍用兵器『ソルダート』のコックピットによく似ていた。

 狭いコックピットのシートに座りベルトで体を固定する。背部装甲が閉じて暗くなるがすぐに明るくなった。

 背部装甲以外の大型ディスプレイの明かりだ。大型ディスプレイには外の景色と魔導鎧に関する様々な情報が表示されている。ユーリの体の前には更に小型ディスプレイと、操縦桿があった。小型ディスプレイには背後の映像が表示されている。

 ユーリは固定用リングに腕を通して、操縦桿を握る。

 使い方、動かし方はわかる。この魔導鎧は形状こそ違えどもユーリの世界で開発されたロボットそのものだ。それなら社会科見学の時に扱ったことがある。

 いつもならなぜ同じものがあるのか、1000年前にも自分の世界から異世界に人が行っていたんだな、とか色々考えたり思ったりするのだが、今はそんな暇がない。考えるのはまた今度だ。生き残ってからすれば良い。

 今はただ、目の前の敵(エシェロン)を倒すことだけ考えれば良い。

 跪いた状態の魔導鎧(ソールアルミュール)を立たせる。それと同時に無機質で機械的な女性の声が再生された。


【『斑鳩』初期起動に成功しました。続けてフィッティングを開始致します。災厄級魔獣が確認されますが、ご自由に戦闘なさって下さい】


 小型ディスプレイにフィッティング中と表示される。ユーリは一度息を吸って吐く。そして、魔導鎧(ソールアルミュール)――斑鳩――をエシェロンに向けて走らせた。


 斑鳩が腰にマウントされていた剣を抜く。標準的な両刃の肉厚な剣だ。斬るというよりは叩きつけるという表現が似合いそうな剣。切れ味など期待できない。

 だが、こと魔導鎧の武装に関してはそれでよい。魔導鎧の武装は切れ味よりもまずは頑丈さが優先されるからだ。

 魔導鎧は生身の人間では到底かなわない強大な敵を倒すために造られた。そのため当たり前だが人間よりも遥かに高い力を持っている。

 そんな魔導鎧(ソールアルミュール)が切れ味の高い武器など持っても意味がないのだ。むしろ斬れすぎて対したダメージが与えられない。または、斬ってもそのまま突っ込んで来る。

 それによく斬れる武器ほど繊細で手入れが必要だ。

 8mという魔導鎧に合わせた武器は当然普通よりも大きい。そんなものの手入れは時間がかかる上に費用もかさむ。それらの条件を鑑みた結果、頑丈さに重きが置かれたのだ。

 斬れなくとも頑丈ならば魔導鎧の力で敵を叩き切ることも吹き飛ばす事もできる。斑鳩が装備している剣もその例にもれてはいなかった。

エシェロンの前まで疾走した斑鳩がその勢いのまま彼の腹へ剣を叩きつける。普通の剣ならば折れてしまうだろうが魔導鎧用の剣は、折れない。それどころかそんじょそこらの剣では傷一つつけれぬエシェロンの竜鱗に傷をつけた。

 だが、それ以上は無理だ。

 斑鳩は竜鱗を切ることができないことがわかると、すぐに全高8mの巨人とは思えぬほど軽やかなバックステップで距離をとる。一瞬前まで斑鳩がいた場所をエシェロンの尾が大気を切り裂きながら通り過ぎる。鋭い風切り音が響いた。

 斑鳩が動く。エシェロンが尾を振り抜いた隙に、彼の右側へと回り込む。エシェロンは右腕と右翼、右眼がない。つまり右側は死角なのだ。気配でわかるにしろ比較的安全ではある。

 斑鳩は剣を振り上げそのまま振り下ろす。狙うは首。だが剣が首を刈ることはない。エシェロンの左腕が剣を弾く。そのままエシェロンが頭突きを放って来る。

 斑鳩は左腕でそれをガードするが剣を弾かれ、崩れた体勢では踏ん張れない。そのまま斑鳩は壁際まで吹き飛ばされた。


「グッ!」

『どうした? 随分と苦しそうじゃないか』


 当たり前だ。今の斑鳩は実力(レベル)1000分でしかない。

 ましになったとは言えど、エシェロンとの実力(レベル)差はまだ1000近くあるのだ。この戦い方では駄目だとユーリは判断。力ではどう足掻いても戦況をひっくり返すことはできない。

 ならばと斑鳩は距離をとる。そして巨大な魔法陣が展開された。


 魔導鎧には搭乗者の魔法を強化する機構が組み込まれている。魔導鎧全体に施された魔法回路による強化だ。どのような魔法であっても強化できる。

 また、魔法の発動に必要な魔力は魔導鎧の魔力の源、魔晶心臓から提供される。その莫大な量の魔力によりほとんど魔力が枯渇することはない。


 斑鳩が発動した魔法は強化魔法。魔導鎧の機能により全ての強化魔法が合わさり1つの魔法陣を形成。複合魔法陣として発動した。斑鳩の能力値が上昇する。そして斑鳩は消えた。


『ぬう!?』


 刹那、エシェロンの腹が肩から袈裟懸けに切られる。竜の燃える鮮血が舞う。エシェロンが左爪を振るうが斑鳩は既にそこにはいない。

 今度は背中が浅く切りつけらる。そちらに意識を向ければ今度は反対側。エシェロンが翻弄されていた。


「もっとだ、もっと、もっと速く。もっと強く!!」


 斑鳩に言い聞かせるように、ユーリはつぶやく。

 斑鳩は力で圧倒するのが不可能だとわかるやいなやスピードによって翻弄する戦い方にシフトした。しかも反応の遅い右側から常に攻撃するようにする。エシェロンには一瞬ながら斑鳩が消えたように見え、エシェロンを翻弄する結果になっていた。

 しかし、一見斑鳩が優勢に見えるが、その実、優勢なのはエシェロンだ。斑鳩はエシェロンを翻弄しているが、翻弄しているだけだ。

 未だ決め手に欠けている。生半可な攻撃は全て竜鱗に防がれていた。魔導鎧の機動限界で縦横無尽に斑鳩を動かす以外には何もできなかった。

 対してエシェロンは翻弄されてはいたが、致命的な傷は負っていない。強靭な竜鱗が斑鳩の攻撃を止めていた。

 また、彼の攻撃は当たれば斑鳩如き一撃で葬り去る力がある。未だ斑鳩が戦っているのは彼が遊んでいるからにすぎない。そこに圧倒的差が存在していた。それにこれがそんなに長く続くとはエシェロンは思っていなかった。

 そしてそれはすぐに訪れる。目に見えて斑鳩の動きが悪くなる。


「クッ!」


 ユーリが苦しそうに呻く。斑鳩の人工魔晶筋肉が悲鳴をあげていた。この世界の魔導鎧に想定されていない運動をユーリが要求しているからだ。そうなると魔導鎧を動かす魔晶筋肉が悲鳴をあげるのは当然の帰結である。

 この世界において魔導鎧をユーリがやるように高速機動をさせる者はいない。そもそもそんな動かし方を思いつきすらしない。

 あくまでヴェスバーナ大陸の人間にとって魔導鎧とは少し変わった、巨大な力を与えてくれる“巨大な鎧”でしかないのだ。

 鎧に求められるのは武器などによる攻撃による人体へのダメージを防ぐ効果だけ。そのため変わった鎧としか認識されていない魔導鎧に、この世界の人間が求めているのは高い防御力だけだ。それと魔導鎧が与える敵を打倒する攻撃力。

 その2点だけである。それ以外のことなど考えもしない。

 だがユーリは違う。ユーリの中では魔導鎧は、パワードスーツを作ろうとしたけど色々詰め込み過ぎて出来上がったロボット『ソルダート』と同じなのである。『ソルダート』に求められていたのは全てだ。

 そうなると当然、同じものであろう魔導鎧にユーリが求めるのも全てということになる。攻撃力、防御力、機動性、運動性、柔軟性。全てを求める。

 そんなユーリの要求にこの世界で生まれて使われてきた斑鳩がついてきていないだけのことなのだ。

 だからこそ致命的な隙を作る。


「っ!?」


 ガクンと斑鳩が突然無様に転ける。すぐさまユーリが確認すると、右足がツっていた。ソルダートと違い魔導鎧は人工魔晶筋肉により人間とほぼ同じように動いている。

 そのため疲労してしまう。それが過度になればツる。対応していない斑鳩に夢中な機動を要求し続けたツケだ。しばらくすれば回復するだろうが、今すぐは無理である。

 そして、回復をエシェロンが待つことはない。ならば近づいてきた所を何とかするしかないが、生憎と隙がない。一瞬でも隙が在ればなんとかなるのだが。

 どうにもなりそうになかった。まさしく喰われる寸前だろう。エシェロンもユーリしか見ていない。終わりかと思われた。

 だがそこに漆黒の風が吹き抜けた。


********


 少し前。

 アカネはエシェロンの背後の壁に息を潜めて張り付いていた。

 エシェロンの炎の息吹(ブレス)を見切り、その範囲外に退避した後にただただ息を潜めて張り付いていたのだ。

 エシェロンを倒すための隙を探りながら。ユーリたちは心配であるが、敵と相対した時点でそんな心のノイズは全てカットされている。敵を殺す。この1点に必要のないものは全てどこかへ捨て去っていた。

 それを可能にするのはアカネが暗殺者だからである。それも先祖代々続く暗殺者の家系だ。一族の始まりは忍だった。

 それが世代を重ねる度に、相手を殺すという1点において必要な全ての血を取り入れてきた。それがアカネである。アカネの全てである。


「…………」


 アカネは息を潜めて待っている。

 一族の始まりは忍だった。

 そのため一族の例に漏れず隠行は得意だ。例えエシェロンが目の前にいようとも動かなければ見つからない自信がある。

 だが、それだけではこの状況をどうにもできないことをアカネは知っている。だからこそ待つ。ユーリが斑鳩で戦っている時も待った。そして機は訪れる。

 突然倒れた斑鳩にエシェロンが向かう。トドメを刺しに行くように。そして、斑鳩にその爪を振るおうとする。

 そこに一瞬の隙が生じる。どのような生物でも獲物にトドメを刺す瞬間、獲物を狩る瞬間に隙が生じる。

 確認するまでもなくアカネは地を蹴っていた。風の如くかける。

 小刀を抜く。貧弱な刀身が露になる。だが、これでは到底エシェロンのその鱗すら切り裂くことはできないだろう。

 だから狙うはその残った左眼だ。そこだけが唯一露出させている場所で柔らかく、なおかつ殺すことのできる場所だ。

 凄まじい速度でエシェロンの身体をかけ登る。そして、その眼深くに小刀を突き刺す。根元なんて生易しいことなんてせず柄ごと眼に突き入れた。

 ぶにゅりと言った感触と生暖かさが腕を伝う。そして、燃えるように熱い鮮血が噴出した。もちろん頭巾とマントを被っていたので被害はゼロだ。

 これで殺した――はずだった。


『グオオオオォォォォ!?』

「……っ!?」


 気がつけばアカネは宙を舞っていた。確実に殺したはずだった。計算外だったのは竜の生物種として最高の生命力か。はたまた、この竜を生かそうとする世界の意思か。

 なんにせよ、目の前には尾が迫っている。流石のアカネでも、体勢からは避けることは不可能。どうやっても一撃は喰らってしまうだろう。

 だが、それで良い。なぜなら、視界のその先には剣を構えた斑鳩が見えたからだ。自分が役に立ったことがわかった。

 刹那、身体がバラバラになるような衝撃を感じ、視界は暗転した。


********


「うごけええええええええ!!!!」


 アカネが吹き飛ばされるのが見えた。その時にはもうユーリは斑鳩を動かしていた。動く左足だけで地を蹴る。それでも足りないと左腕でも。それでも足りないなら、全身を使って。

 そして、その勢いのまま剣を構えたままエシェロンに突っ込む。狙うのは口内。どんな生物でも口の中はデリケートなものなのだ。

 眼は既にアカネが潰した。そして、そのアカネが作った隙がある。だから、今は全力で突く。


「おおおおぉぉぉぉぉぉーー!!!」


 気配で気がついて振り向いた時にはもう遅い。その剣がエシェロンを貫く――。


「なっ!?」


 ――ことはなかった。

 突き入れた剣はドロドロに溶けていた。喉の奥で炎がくすぶっているのが見える。誤算だったのは、魔導鎧の剣すら溶かす、その劫熱。

 気がついたその瞬間には、炎が全てを包んでいた。

【フィッティング完了。

 同時に許容範囲外の損傷が検知されました。安全のため強制的機能が停止し、待機モードへと以降致します】


 そんな音声が響いた。斑鳩は消え去りユーリが地面に倒れる。倒れたユーリが動く気配はない。彼は完全に意識を失っていた。

 そんなユーリにゆっくりとエシェロンが迫る。


「やあああああああああああああ!!」


 恐怖を抑えるような叫び。

 金髪幼児体型の乱入者カノン・エアスト・クラディアによってが突っ込んでくる。自分自身が一本の槍のようにエシェロンに突撃し、エシェロンに当たる直前で急ブレーキ。

 そこから体を回転させ、その勢いのままに竜鱗の間を突き上げた。すぐさま捻って引き抜き、軽いバックステップで距離をとる。その速度は神速と言えた。恐怖が、それを加速させていた。

 カノンが離れた瞬間、雷の槍がエシェロンに降り注ぐ。


『小癪な!』


 だが、竜の鱗は生半可な魔法ならば弾く。魔法を放った女よりも女らしい男シオンは頭をかきながら面倒くさそうにする。

 しかし、まあ、いいかと思い直す。

 あの程度の竜なんぞいくらでも、倒す魔法はあるが、今は他の人に任せても問題はない。エシェロンの動きを一瞬でも止めたのだ。役目は十分果たしたと言える。


「あと、任せました」

「はい、構いません」


 彼の横を二筋の閃光が駆け抜けた。


『グアアァァァ!?』


 次の瞬間には残った左腕が宙を飛び、その腹に大穴が空いていた。

 そこに立つのは槍を手に持ったエルフの騎士エルシア・ノーレリアと、剣を杖代わりにして立つギルドマスターイリアーヌの2人。彼女たちの前でエシェロンが倒れる。


「やはりあなたでしたか。1000年ぶりと言ったところですか紅玉の王よ」

『貴様、あの時の娘か!!』

「はい」

「カカッ、そんなことはどうでも良いわエルシア。さっさとやってしまうぞ」

「そういたしましょう。紅玉の王のこのような姿、あまり見ていたくはありません」


 2人の動きは速すぎて眼で追うことは不可能であった。一瞬の間にエシェロンは解体される。他の魔獣と違うのかエシェロンの身体は残ったままであった。


「カカッ、さてクローネ嬢ちゃん。さっさと生き返らせて帰るとするぞ」


 イリアーヌがゆっくりと階段を降りてきたシスタークローネ・セイドリッヒ・ラグーンに言う。


「わかってるっつうの。

 『我らが神よ(このクソジジイ)この者たち(こいつら)黄泉路より呼び戻せ(さっさと戻せ)』」


 クローネがそう唱えると、辺りが光に包まれた。変化はすぐに起こる。瀕死、または死んでいたはずの受験者たちが元通りになって行く。

 代わりにエシェロンの死体が跡形もなく消えて行く。数十秒後には喰われた者以外の全ての受験者が生き返っていた。

 それを確認するとクローネは仕事は終わったとばかりにどこから取り出したのか、マシュマロとクッキーを食べ始める。その顔はとても幸せそうであった。


「さて、帰るとしようかね。坊っちゃん。帰るよ」

「わかりました」


 頷いたシオンが杖でトンッと軽く地面を突く。魔法陣が展開され、次の瞬間には第10層にいた全ての人が転移したのであった。



何やらやりすぎたような感がひしひしと……。いや、うん、気のせい気のせい。この小説はロマンを求めているのだから、気にしない気にしない。

ご都合主義なのはいつものこと。フィクションに現実を持ち込んでどうするだと、偉い人も言っているし、このままいきます。


そして、キャラ、ネタ募集は継続中。誰か心優しい人ネタをください。


では、また次回。


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