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いつの間にかお気に入りや評価が増えてましたありがたいことです。本当、入れてくれた方ありがとうございます。これからもがんばります。
ヴェスバーナ暦1998年春期3月4日 昼過ぎ 未だ名も無き迷宮第6層
冒険者試験は4日目に入り折り返しである。ユーリたちの迷宮は概ね予定通りと言ったところ。寝ることなく早朝から魔法を駆使して行軍したユーリたちは第5層から第6層へと降りていた。
だが、その行軍はそこまでであった。6層でも魔法を使ってさっさと行ってしまおうと思ったのだが、2人はそれができないでいたのだ。
第6層に広がっていたのは紅葉深き森だ。
色とりどりの紅葉が舞い、地面をさながら絨毯のように覆っている。それはふわふわとしていて気持ちがよい。迷宮の中というのを忘れそうな穏やかな雰囲気がある。ただし、何もかもが巨大過ぎるのを除けばであるが。
そんな森の中を歩くのは以外にも大変であった。何せ、ユーリほどある落ち葉が絶えることなく落ちてくるのだ。如何に軽い葉と言っても、大きさが大きさだ。
そんなものが上に落ちてきたらそれなりにどけるのに時間を取る。更に1枚か2枚ならば良いのだが、如何せん数が多い。大量だ。
しかもそれは魔獣にも効くのかと言えばそうではない。さすがはここで生きてきた魔獣たちだ。きちんと環境に適応している。ここにいる魔獣は地を這うムカデや、木に張り付いて生活する蜘蛛、土の中に住むモグラまたは蟻のような魔獣たちだ。
皆、葉が苦にならないような姿かたちをしている。そのため影響を受けるのはここに足を踏み入れた者たちだけだ。そのためかなりの回数魔獣に襲われていた。
倒した魔獣の数は20匹に達する。魔獣の平均実力は26なのでそれほど問題にはならない。2人とも今までの戦闘で実力は上がっている。
言っていなかったがミレイアは実力31になり、ユーリは実力41になっていた。それなりに技能も覚えてきた。
だいぶ実力差がなくなくなってきた。しかし、何度も言っているが設定によりユーリの成長率は異常なことになっているので、同じ実力で比較した場合、彼の身体能力などは数倍以上高い。
実力差が少なくなってきても、まったく差がなくなっていないと感じている。むしろ開いてるとすら感じているのだ。
また、この階層の木が全て魔獣であるということがかなり厄介になっている。木の魔獣は襲ってくることはないが、一定の周期と刺激を受けることにより移動する。
そのため、絶えず景色が変化していく。微妙に地形すら変わっているようで自動作地図がその都度書き変えられることとなり、最初からやり直しが常に続く状態なのだ。
完全に迷宮の地形が変わったわけではないので、階段を1度でも捕捉できれば地図には階段だけは表示される。
まあ、百歩譲ってそれはまだ良いのだ。本来自動作地図なんてものは普通の冒険者は持っていない。それに頼り切るのは危険なので、自分で探すのは良いとユーリは考えている。
だが、木の魔獣とそれが落とす落ち葉にも魔獣の気配があることが厄介なのだ。気配察知の技能を発動すると、ユーリの脳内に所謂レーダーの画面のように表示される。感知するものの数が多いほど、レーダーは埋まっていく。
つまり、そこら中、上も下も横も全てが魔獣であるというこの空間において、そのレーダーはほぼ敵の表示で真っ白な状態と同じなのだ。
端的に言えば、気配察知がまったく役に立たない。もはや、ノイズで頭痛がしてくるレベルだ。そこら中から気配がして、まったく気が休まらない上に、それに紛れて他の魔獣が襲ってくる。必然後手に回らざるおえない。
それに魔獣を避けていくこともできない。幸い、巨大な群れをもって襲ってくる魔獣はいないのでいいが、時間がかかるのは厳しい。時間制限付きであるため、時間をかけれないのが痛いところだ。
「あ~もう!! さっきから同じとこ回ってんじゃないの!」
「そういわれてもな、さっきも言ったが自動作地図が役に立たない上に、気配察知も役に立たないっていう状態なんだぞ」
「わかってるわよ! さすがにそんなものに頼ろうとは思わないけど、何か考えなさよ!」
「何かね……じゃあ、全部燃やし尽くすか? ここの木、魔獣だから燃やそうと思えば全部燃やせるだろ。この景色もったいないから、やらないけどな――って、おい、どうした?」
ミレイアが急に固まった。そして次の瞬間には爆発した。
「それよ!」
「うわ!?」
「魔獣なら関係ないわ。全部燃やし尽くせばいいのよ!」
どうやら、同じようなところをぐるぐるしているのはミレイアには相当イライラを募らせていたようで、思考がぶっ飛んでいるようであった。
冷静なら無理だということがわかる。この第6層は最低でも10kmほどの広さはあるのだ。ユーリの持っている範囲魔法を効果的に発動しても周囲1kmを焼き払えるかどうかだ。
「良いのよ! 少しでも木がなくなればね!」
というわけで強行決定。実はこの時ミレイアは少し前に襲われたとある魔獣により混乱の状態異常にされていて、こんなことを提案していたのだが、ユーリは気がつくことはなかった。ユーリ自身はどういうわけか、混乱にかからなかった。無病の加護のおかげである。
そんな混乱ミレイアを置いて、ユーリは森の中を魔法陣を設置して回る。平行発動できるのが、実力が上がり8に増えたので、うまくやればかなりの範囲を燃やせるだろう。
というわけで周囲に7個の魔法陣を待機させて、結界の中に戻ってきたユーリ。これで魔法を発動すれば、おそらくは周囲1kmくらいの木を焼き払えるはずである。
「はあ、準備できたぞ」
「よし、やりなさい」
「はいはい」
しぶしぶと言った風に魔法を発動させるユーリ。周囲で爆発が巻き起こり、炎の竜巻が空へと昇る。
「ハハハハッ!! もっと燃えなさい。燃え尽きなさい!!」
「うわあ……」
この世のものとは思えない悲鳴が木々からあがる。次々と燃え上がる木々。この場合は魔獣であるが。そして、それが収まったときには黒い炭化した後に粒子となって消える魔獣の姿があった。色々と燃え移ったようで、かなりの広範囲を焼き払われたようだ。
かなりの数の魔獣を倒せてしまったせいで、かなり実力が上がった。ミレイアは実力31から実力41へ。ユーリは実力52となった。
結果的に階段も見つかった。ただし、その代償として、森全てから追われることになったのだが。ミレイアは終始混乱状態であった。
結局彼女が混乱状態であることにユーリが気がついて、何とかしたのは魔獣の森から命からがら階段を下りて逃げ切った時であった。
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ヴェスバーナ暦1998年春期3月4日 夕刻 未だ名も無き迷宮第7層
「…………」
寒々しい空、若干気温が落ちてきたように感じる荒野にある岩場で、1人の少女が体操座りで小さくなって座りこんでいた。
ミレイアである。その雰囲気はいつものはきはきとした明るいのがまるで嘘だったかのように暗い。ツヤツヤと輝く若草色の髪もどこかその輝きを失っているようにも見えた。
なぜかと言えば混乱中の記憶があるからである。完全な黒歴史だ。実力は上がったが、絶対に刺激してはいけないトレント――あの木の魔獣――を焼き払ったあげく、襲ってきた森――魔獣の大群――に単身突っ込もうとしていたのだから当たり前だろう。
しかもそれをユーリが身を挺して救ってくれた。普通なら呆れてものも言えない。それなのに助けるのは当たり前だろと、気づかなかった俺が悪かったんだ、と言った。それがミレイア自身の不甲斐無さを思い知らせていた。
それがあり彼女はかなーり、落ち込んでいたのだ。ユーリの声が聞こえないほど。
「なあ、そろそろ元気出せよ」
「…………」
「なあ」
「…………」
「…………」
反応なし。
はあ、と溜め息をつく。あれは混乱してたんだからしかたないだろ、いくら言っても応答なし。このまま、ここにいるわけにもいかないので、さっさと移動してしまいたい。
だが、ミレイアがこの状態ではそれもできない。
どうしたものかとユーリは考える。食べ物で釣るのは、これから先の食料を考えるとあまりしたくはない。動物でも捕まえてくればいいのだが、ミレイアを残していくわけにもいかない。本人が戦える状態ならまだしも、落ち込んだ状態ではそうもいかない。
「はあ、仕方ない。戦技『お姫様抱っこ』」
ひょいっと、ミレイアを抱えあげるユーリ。まさかの戦技『お姫様抱っこ』がかなり役に立っている。
習得した時はこんなに役に立つとは思わなかった。どんな戦技も名前だけでは判断してはいけないんだなと彼は思った。どこかズレているような気がしたが、とりあえずは役に立ったので良しとしよう。
「うなっ!? ななななな!?」
さすがの落ち込み負状態のミレイアでも、抱えられたりしたら気がつくらしい。状態を把握したら顔が真っ赤になった。
表情がコロコロ変わって本当に面白いなどと、ユーリが思っていると、ミレイアが疑問を放ってきた。
「どど、どうしてこんなことになってんのよー!! 降ろしなさい!!」
「お前が何を言っても反応しないのが悪い。それと、さっきまでの落ち込みとか全部忘れていつもどおりに戻るなら降ろしてやる」
「あ、あなたねえ!! あんな失敗忘れれるわけないでしょ!!」
「なら、このままだな」
これはユーリも恥ずかしいのだが、誰もいないということで、無理矢理羞恥を抑えつけてやる。やり続ける。
というか急に気温が下がってきたので、人肌があったかいので、そのままの方が良いなとか思っていたりもする。人肌はなかなかよいカイロ代わりになる。
しばらく睨み合っていたのだが、根負けしたミレイアが言う。
「わかった、わかったわよ! 忘れる。忘れるから早く降ろして!」
「はいよ」
ミレイアを降ろすユーリ。半ば湯たんぽ代わりになってきていたので、かなり残念だ。
慌ててユーリから離れ、体を払うミレイア。相変わらず顔は真っ赤だ。
「どうだ? 気は紛れたか?」
「ええ、おかげさまで!」
その代償として機嫌が悪くなったが、落ち込んでいるよりは良いだろう。
迷宮を進んでいる間に機嫌もなおるので良しとして、怒ってプリプリしているミレイアを先頭にユーリたちは迷宮内を歩くのであった。
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ヴェスバーナ暦1998年春期3月4日 夕刻 未だ名も無き迷宮第6層
そこにジェイル一行はやって来た。彼らはここまで来るときに数十人の冒険者に遭遇していたが、未だユーリたちには会えていない。ユーリたちは先に行っているので当然なのだが。
ちなみに、現在の受験者数は200名ほどだ。初期は400名ほどであったので、約半数になっている。死んだか、逃げ出したかのどちらかで、残っている者の殆どは人間ではなく異種族であったりする。それにしても人間不甲斐なさすぎだ。
ジェイルはそんな彼らを屑と思っている。
開放型の利点として、閉鎖型の迷宮よりも実力が上がりやすいというものがある。それは全ての魔獣が群れを組んでおり、かならず大量に現れるからだ。倒せば倒すほど実力が上がるのだから。
宝箱などは期待できないが実力を上げるにはもってこいなのが開放型の迷宮である。
実力が低くても、敵はうまくやれば倒せるのだ。そうして実力をあげて行けば、迷宮探索が楽になる。
それすら諦めるようなのは屑だ。冒険者になる資格は無い。やはり貴族のような高貴な血こそが冒険者にふさわしいのだと彼はそんなことを諦めた受験者の話を聞くたびに思っていた。
まあ、そんなジェイルの考えはおいておいて、ここにやって来た瞬間、ダークエルフのサザンカが狂喜乱舞した。
理由はこの階層の雰囲気が故郷に似ているかららしい。体が軽いなどと言って跳びまわっている。とても嬉しそうである。
可愛らしくノッポとデブは釘付けだ。ジェイルはそれくらいのレベルの女など見慣れているので、まったく気にならない。いや、正確には、むしろ鬱陶しい。やめろと言いたいぐらいだ。
だが、それで機嫌でも損ねられたら面倒なので、ある程度は自由にさせている。これも試験を楽に終わらせるためだ。試験が終われば、それ相応の報いを受けてもらうことにする。
「おい、早く降りて来い。僕たちは早く行かないといけないんだ。階段の位置はわかるんだろうな」
そうサザンカとパーティーを組んでわかったことがある。それは彼女が結構な実力の持ち主であることと、迷宮の階段の位置がわかるということである。
植物に場所を聞いているらしい。植物があるのなら、その迷宮の地形を全て把握することができるという驚異的な技能を持っていた。エルフ種固有技能である。
「は~い」
木に登っていたサザンカが飛び降りてくる。スタッと危なげなく着地して不満そうに言う。
「このまままっすぐ行けば階段だよ。この木たちみんな優しいから教えてくれたよー。ただ、最近、森に火を放った悪い人たちもいるみたいだけど」
不満そうに顔をしかめるサザンカ。それが誰かはわからぬのだが、もしそんな人たちに会ったら一言言わなくてはと思うサザンカであった。
「そうか、さっさと案内しろ」
「はい、あ、でも何か変なのが」
「どうでもいい早く行くぞ」
そんなことに一切興味の無いジェイルはさっさと先に行くぞという。実力も上がり、強力な範囲魔法も使えるくらいに魔力が上がっている。
そのため、今の僕は無敵だ、誰も逆らえないんだ、などとかなーり危険な思考に入ってしまっていた。しかし、彼を諌める者はここにはいない。ここ以外にもいないのだが。
サザンカは基本的に単純なので、言われた通りに案内する。魔獣は彼女に味方した木々によって全てガードされてしまったので、かなり安全に階段まで行くことができた。名残惜しげにする彼女は、ジェイルにせかされながら階段を下りたのだった。
彼女が1つ気になったのは、いつの間にか背後の木の上から自分たちを付けていた影である。しかし、ジェイルが気にしないで良いと言ったので、彼女も忘れることにしたのだった。
「……気がつかれた。さすがはエルフ種と言ったところか」
そんな呟きが木の陰から漏れる。ジェイルらは気がつかなかったが、サガンカが気がついた彼らをつける黒い小柄な影である。それは全身を黒装束に覆われた黒尽くめであった。
その影は木々の上で、本当に影のようにジェイル一行を見つめていた。彼らが行くところに移動して、ピッタリと張り付いていた。
そして、彼らが階段を下りて行くと、黒尽くめも階段のそばの地面に降り立つ。周囲を確認したのち、黒尽くめも階段を下りて行った。
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そこは深淵の底。
王が近づいてきた匂いを感じ取った。新鮮な匂いだ。もうすぐ来るだろう。王は笑う。楽しみでしかたがない。食事は久しぶりだ。
確かにそれは楽しみである。空腹は満たしてやらねばならない。だが、それ以上に闘争ができそうであることが、彼に期待を抱かせていた。
王の体感で約1000年ぶりの闘争。彼の中の戦士としての血を疼かせていた。そして、あの男につけられた古傷が疼くのを感じた。
斬り落とされて何もないはずのそこは幻の痛みを彼に与えている。この疼きを抑えるには、闘争以外にはない。心躍る闘争を。
楽しみだと、王は思う。
そして、咆哮が空間に木霊する。何かが動く音が響き渡る。それは上からだ。何かが組み変わっている。
それはここを訪れようとする者たちを王の御前へと導く道を作っている音。闘争には敬意を持って望む。
それが王のルールであった。
かくして、運命は彼らを王の下へと導くのであった。
次回、色々と起きます。
キャラ募集継続中。また、ネタ募集も開始します。こんなキャラを出して欲しい、こんなことやって欲しいなど待ってます。
では、また次回。




