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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第2章冒険者選抜試験編
27/94

2-8

一時休憩回です。

 ヴェスバーナ暦1998年春期3月3日 朝 未だ名も無き迷宮(ダンジョン)第3層


 晴れ渡り澄み切った、雲一つない青空。燦々と地上を照らす、純光の太陽。キメの細かい、歩く度に歓迎するかのように鳴く純白の砂浜。押し寄せる波が白い飛沫を上げて、見る者を誘う地平線一杯に広がるマリンブルーの透明な海。

 そんな真夏の風物詩とも言える素晴らしい景色が、目覚めたユーリとミレイアの目の前に広がっていた。ここが迷宮(ダンジョン)の中ということを忘れそうになる風景だ。


「なに、これ……」

「海だな。間違いなく」

「海、これが」


 どうやらミレイアは海を見たことがないようだった。

 海など、島国日本で生まれ育ったユーリにとっては、海に近い県だったこともあり見慣れている。異世界に来る前は夏になると、いつも麻理に無理矢理連れて行かれたものである。

 西瓜割りやビーチバレーなどなど、色々やった――やらされた――思い出が蘇り、少々感じ入るものがあったユーリ。

 だが、そんなものは臆面にも出さない。ミレイアには関係ない。いや、むしろミレイアどころか、戻れない、戻る気のない今のユーリにも関係ないことだからだ。


「海なんて初めてみたわ。凄いのね」

「海を見るのは初めてじゃないが、これはすごい」


 しかも運が良いことに第4層に降りるための階段がすぐ近くにあった。魔獣の気配も一切感じない。ユーリの全力で気配察知しても魔獣の気配はない。完全な安全地帯のようだ。

 ミレイアにもそれを伝える。


「ああ、アタリなのね」

「アタリ?」

「ええ、迷宮(ダンジョン)には魔獣もいないし、宝箱がある、階段が近いアタリ部屋にでることがあるって聞いたことがあるわ。

 初めての迷宮(ダンジョン)でアタリ部屋なんて運が良いわ」


 アタリ部屋。

 迷宮(ダンジョン)に存在する特別な部屋。階層毎に存在し、そこには魔獣はいない上に、掘り出し物の入った宝箱と階段がある。

 階段で下りて次の階層のどこに出るかは完全にランダムなので、行けるかは運しだい。そのため初めての迷宮(ダンジョン)でアタリに当たったユーリたちはかなり運が良い。


 ならば、と宝箱を探す2人。

 すぐにそれらは見つかる。壁のように立つ巨大な岩の裏にあった。誂えたかのように2個。とりあえずは両方開けてみる。

 1つ目の宝箱から出てきたのは胸鎧と篭手、何やら魔力のこもった短剣のセット。もう1つからは幾何学的な紋様が走るポンチョのような服と古めかしい古書が出て来た。

 迷宮(ダンジョン)にある宝箱に入っているのは、以前ここを訪れたが志半ばで散って行った者たちの持っていたものである。

 それらが、迷宮(ダンジョン)に吸収された後宝箱に入れられて設置されるのである。遠慮はいらないので、持って行くのがよい。

 また、発見されたばかりのこの迷宮(ダンジョン)にあるということは、過去にもこの未だ名も無き迷宮(ダンジョン)が存在していたことを示しているのだが、ユーリたちは気にしなかった。


「う~ん、こっちの金属の鎧はあんたにあげる。私より必要だろうし。その代わりこっちは貰うわ」

「ああ、ミレイアがそれで良いなら」

「良いわ」


 ユーリは胸鎧と篭手を取る。何か魔法でも付加されているのか、そういう金属でできているのか、思っていたよりもそれは軽かった。

 革の胸鎧と鉄の篭手はお役目御免である。割りと役に立ったような、立ってないような気がするが涙のお別れだ。別に涙は流さないが。

 あと、大きさなどは心配要らない。冒険者などが持つ装備品は魔力が込められているため、装備者の体型に合わせて大きさが変化するため誰でも装備できる。


 装備


 武器

 ――無銘の剣――

 防具(頭)

 ――装備なし――

 防具(胴)

 ――旅人の服――

 ――フラムクラウンの胸鎧――

 防具(腕)

 ――フラムクラウンの篭手(右腕)――

 ――フラムクラウンの篭手(左腕)――

 防具(腰)

 ――旅人のベルト――

 防具(足)

 ――旅人のズボン――

 防具(靴)

 ――旅人の靴――

 アクセサリー

 ――ユーリのシュッツァー――

 ――魔法のポーチ――

 ――旅人のマント――


 フラムクラウンの胸鎧とフラムクラウンの篭手を装備。

 金属製だというのにかなり軽い上にとても動きやすい。短剣は何やら幾何学的な紋様が刻まれていて魔力が込められていたが、今は使う必要はないと判断し、ポーチに収納した。なかなかに良い拾い物をしたとホクホク顔のユーリ。

 ミレイアもポンチョのような服――竜骸の聖衣を着る。なかなか軽く良い物だと彼女は思った。古書の方はなにかわからないが、魔力が通っているのはわかるので、何かしらの魔導具(ソール)、または遺物(アーティファクト)の類かもしれないと判断。現状では使えるかどうかもわからないので、鞄の中に仕舞っておく。

 2人は他にはないかと探索するがないようだ。あと探索してわかったがユーリたちがいるのは小さな小島だとわかった。

 バカンスにはもってこいな場所だ。時間に余裕はあるのだし、少しくらい遊んでも問題はないのかもしれない。せっかくのアタリ部屋なのだから。

 そんなことをユーリはミレイアに言おうとした。


「なあ」

「ねえ」

「「…………」」


 かぶった。


「先にどうぞ」

「あら、そう? 私、海初めてなのよ。迷宮(ダンジョン)の海とは言え」

「うん」


 ユーリはミレイアが何を言いたいのかを察した。


「だから、遊ぼうと思うんだけど、どうかしら?」

「良いぜ。ちょうど、同じこと考えてたし」


 と言うことで小休止ということにして、少しだけ海で遊ぶことにした。


「で、どうやって遊ぶのかしら?」

「普通は泳いだりとかだが……泳げるか?」

「無理ね。泳ぎとは無縁の生活だったし。

 まあ、足つくとこまで入るだけでも楽しいでしょ?」

「本人次第」


 なら、大丈夫とばかりに服に手をかけるミレイア。

 ユーリは即刻で後ろを向いた。背後で衣擦れの音が聞こえる。そのたびに心臓が跳ねる。何とか落ち着こうと、ユーリは日本にいた時の非常に思い出したくないことを思い出す。


「ちょっと、何、後ろ向いてんのよ」

「ブッ!?」


 ミレイアの格好に吹き出すユーリ。ミレイアの格好は肩から紐で垂らした筒型が体をゆるやかに覆うシュミーズにルーズフィットで横サイドが長く、穿き込みが深いドロワーズというこの世界の女性に一般的な下着姿だった。

 ちなみにユーリのもといた世界ではシュミーズもドロワーズも中世以降に作られたものであるが、この世界では既に開発され普及している。料理などと同じ技術者がいないという理由で、ユーリなどのような異世界人は手を加えていない。

 これは純粋に(作者)の趣味である。(作者)曰わく、シュミーズ+ドロワーズの女の子って、何かグッとこない? だそうだ。

 だから下着がこんなことになった。

 あと、ドロワーズと似たようなものでかぼちゃパンツと呼ばれる物もあるが、それとは別物である。あくまでドロワーズは下着ではあるが、かぼちゃパンツはズボンの一種なのである。ここは間違えてはいけない大切なところだ。

 あとどうでも良いが男の下着は、上は肌着のシャツ。下は日本でバミューダ型のズボン下肌着と呼ばれていた、ぴったりとした半ズボンのような下着だ。男の下着なんぞどうでもよいので名前などは調べていない。興味なしだ。

 とまあ、こんな感じに(作者)の趣味により様々なことが決定されている。ロマンを求め、趣味に走らずして何が創作か! そもそも創作とは――。(長いのでカット)。


 閑話休題。


「ちょっとちょっと、何下着姿で吹き出してんのよ。冒険者になるんでしょ」


 ジト目で呆れたように言うミレイア。確かに彼女の言う通りである。冒険者はどのような状況にも対応しなければならない。

 女の下着姿くらいで、うろたえていては到底勤まるものではない。それは逆も然りである。何事においても冷静に対処する能力が冒険者には求められるのだ。


「悪かったな」


 まあ、うろたえたと言っても何の心が前もない状態だったからだ

 。エレンと一緒に旅したことによりかなり慣れてきたのだがまだそちらの方面のハプニングには慣れ切れていない。

 落ち着いたら問題は無かった。エレンはいつも厚着による弊害と、自分に魅力が無いと思っているため、多少の露出癖を持っている。それは旅の途中でもユーリがいても出た。

 よくよく考えればエレンの下着姿は見慣れている。エレンよりも、スレンダーなミレイアの下着姿などどうでもなかった。主にとある一部分が。

 そんな怪しからんことを考えているとミレイアが言う。


「じゃ、行ってくるわ。早く来なさいよ」


 ミレイアは海へと走って行った。ユーリもとりあえずあとで行くと伝えて、先に風呂でも用意しとこうと行動する。

 海へ入った後はベタベタするのだ。このアタリ部屋というか島には水源が無い。そのままだとベタベタで行動できないだろうことは容易に想像できる。

 だから、風呂だ。魔法を使えば一発である。というか、ユーリ自身が入りたいので作るのだ。そもそも、それ魔法まで作っているのは日本人として入らずにはいられなかったからなのだ。

 術具(マジックメモリ)に魔力を注ぐ。

 土色と青色、そして赤色。つまり土属性と水属性、火属性の魔法陣が現れて、ユーリの目の前に次々と展開され待機状態になる。

 ユーリはまず土色の魔法陣を起動。砂の地面に魔法陣が描かれ、それが消えると徐々に砂が集まっていき、真ん中にしきりがあるかなり大きめの浴槽が姿を現した。これが本当の砂風呂である。魔法で固めたので、水を入れても崩れることは無い。ついでに注水口もつけている。

 次に水属性の魔法陣を起動する。作っておいた注水口に魔法陣が描かれる。すると、あら不思議、水が湧きだした。空気中の水分を集めているのだ。きちんと綺麗になるように無駄な魔力も使って式を組み込んでいるので、水は真水である。みるみるうちに浴槽は満杯になった。

 それを確認してユーリは最後まで待機させておいた火属性の魔法陣を起動する。それを浴槽の底へ。浴槽の底に魔法陣が描かれた。更に魔力を込める。魔法陣が輝きを増す。水が魔法陣から発せられる熱により湯になる。


「あっつ!」


 どれくらいのものか手を突っ込んでみたユーリが跳び上がる。かなり熱い。熱すぎる。込める魔力を弱めて少し待つ。今度はちょうど良い。

 それに満足したユーリは魔法を常時起動状態に変えて、ミレイアを見る。なにやら海に入ろうとしているようだが、波が来ると退いて、また波が引くと前に行っていた。なんとなく犬を髣髴とさせる。見ていて面白いとユーリは思う。

 そんなことを思っていると覚悟でも決めたのか勢いをつけて飛び込んだ。ザッバーンと水柱が上がる。それからしばらく上がってこない。泳げないと言っていたので、勢いをつけすぎて足の届かない所まで行ってしまったのかと心配する。

 だが、その心配は杞憂であった。


「ぷはぁ! 良い気持ちね海って! こ~ら、そこのあんたもさっさと来なさいよ~! 1人で遊んだって楽しかないわよ!」

「へいへい、今行きますよ」


 そう呟きながらユーリもまた服を脱いで海へと入っていった。むろん、そんなに深いところには行かない。

 1時間ほどたっぷりと楽しんだ2人は海から上がる。何をしたかを簡潔に述べると特になにもしていない。ユーリが少し泳ぎを教えたり、定番の水のかけあいなどしていた。内心少しむなしくなった。

 やはり2人ではあまり遊べなかったのだが、ミレイアが満足したようなので良しとする。


「う~ん、楽しかったけど、髪がベタベタになるのは我慢ならないわね」

「そういうと思って準備してるよ」

「何をって、これお風呂?」

「正解。さっさと入ろう。入り方はわかるか?」

「わからないわよ」


 お風呂はこの世界ではユーリの元いた世界の中世など同じで王侯貴族のみが入るものである。水が貴重なこの地方では特に王侯貴族しか入ることはない。一般の平民たちは水で湿らせた布で体を拭く程度である。

 そのため神官であっても一般平民であるミレイアは当然入ったことは無い。どういったものかは知っているらしいが、実物を見るのは始めてだ。

 ユーリが少し説明してから2人は入浴。きちんと、裸です。あと間違いがないようにしきりでわかれてはいっている。同じ湯に入っているのはかわらないが、ユーリはそれを絶対に意識しないようにしていた。

 石鹸なども今はないので、簡単に体を流すだけだ。あとは浄化でなんとかすれば良い。そもそも浄化の方が圧倒的に早いのだが、それでも手間をかけて風呂にはいるのは、彼が日本人であるのと、疲労の回復度が違うからだ。


「ふぃ~、良い湯だ」

「これがお風呂ね。中々じゃない。なんか、あんたに会ってから色々と凄いこと体験しまくりね」

「良かったな」

「何がよ。あなたがどれだけ規格外かが良く分かっただけじゃない」

「そんなに俺規格外か?」


 世界外なのは間違いないが。それでもはっきりとミレイアは頷いた。ユーリからはそれが見えないが、よくわかってしまった。


「まあ、いいわ。ん~。気持ち~」

「満足されたようでよかったよ」


 さてその後、ゆっくりと風呂を堪能した2人は、昼食を食べて、次の階層へと移動することにした。忘れていけないのは今はまだ冒険者選抜試験の最中なのだ。あまりのんびりもしていられない。良い小休止になったので良しとする。

 名残惜しいが、2人は階段を下りて行った。


********


  ヴェスバーナ暦1998年春期3月3日 昼過ぎ 未だ名も無き迷宮(ダンジョン)第4層


 そこは遥かな海岸線であった。右手には海、左手には平野が続いている。海にも平野にも魔獣の気配はそこかしろにあった。

 どこも集団のようであり、2人で相手をしていくのは厳しいだろうことが予想出来た。実力(レベル)は今の2人からすれば低くとも、数の暴力には勝てないのが世の理である。それが追いかけっこの教訓である。


「さて、どうする?」

「そっこーで、行くわよー!」


 ということなので、なるべく魔獣に見つからないようにしながら自動作地図を見ながら進む。覚えたての技能(スキル)も使う。

 昨日の出来事でユーリとミレイアは開放型の迷宮(ダンジョン)の恐ろしさを身に染みて理解していた。群れの相手などもう2度と止むに止まれぬ理由がない限りは絶対にしないとユーリは心に決めている。

 途中で見つかった分には相手にできるだけの数だけしておき、すぐに離脱するという戦法で迷宮(ダンジョン)内を進んでいった。

 やはり自動作地図は役に立ち、本来なら当てもなくしらみつぶしに探して1日かけて探索するはずの迷宮(ダンジョン)の1階層を、夜通し歩き続けた2人は、日付けが変わり試験4日目の早朝には第5層への階段を発見することができた。


********


 ヴェスバーナ暦1998年春期3月3日 昼過ぎ 未だ名も無き迷宮(ダンジョン)第3層


 巨大な、砂漠と勘違いしてしまいそうな砂浜をお坊ちゃんことジェイル・エアスト・ハドキンスと、以下デブとノッポの3人は歩いていた。

 自分を侮辱したあのいけ好かない(ユーリ)(ミレイア)を、自分と同じ、いや、それ以上の辱めにあわせなければ気がすまない。やられたらやり返す。たったそれだけを心にジェイルは迷宮(ダンジョン)を進んでいた。

 12であった実力(レベル)も今では15まで上がっている。デブとノッポも12になっている。敵は強いが、直接戦うのはデブとノッポなので問題ない。

 もしもの時は魔法を使って倒せることもわかっている。どう考えてもユーリに自分が劣っているとは考えられなかった。

 魔法使いは低実力(レベル)であっても一線を画す強さを持っているのだ。ユーリに劣っているとはどう考えても思いつかない。


「覚えているがいい。僕を馬鹿にしたこと後悔させてやるからな。おい、魔獣がいるぞ。さっさと殺して来い」


 ノッポとデブが魔獣に向かう。こいつらはとりまきでジェイルの言うことには何でも従う。その方が楽であるし、得だからだ。

 現れたのは蟹のような魔獣だ。1匹ではなく、10匹いる。ジェイルは名前は知らないが、関係ない。ただ自分はあの2人が敵を倒すまで待てばいいのだ。

 こんなところで高貴なる貴族の血を流していいはずがないのだ。だが、いつまで経ってもあの2人は魔獣を倒せない。それどころか、助けすら求めてくる始末だ。


「何だ役立たずどもめ。まったく、倒せてないじゃないか。フン、やはり下級貴族ではこれくらいが限界か。まったく、僕の手を煩わせて欲しくないな」


 持っている杖をかかげる。薄緑色の魔法陣が展開される。風属性の魔法陣。初級の範囲魔法の式が組み込まれていた。


「どきたまえ。さあ、僕の高貴なる風を喰らいたまえよ」


 風の刃の竜巻が蟹の魔獣を切り裂く。瞬く間の内に細切れになって行く蟹の魔獣。余裕だ。そう余裕なのだ。町中だからといって剣で切りかかったのか駄目だったのだ。

 魔法を使っていればユーリも今目の前で細切れになっている蟹の魔獣と同じような目にあわせることができたのだ。

 そう自分は最強なのだと、彼は考えていた。それが油断であった。ジェイルは砂浜の端に立っていた。それを見ている眼が1対。それは獰猛な魔獣(ハンター)のものだ。

 その名はミグラテール。海の中を飛ぶ(、、)鳥である。海にその生活領域を持ちながら陸上の獲物を狙う。海の中という限定的な空間の中で潤沢な餌を手に入れて生きるための進化の結果だ。

 それがジェイルを狙っていた。獲物は自分が狙われていることに気がついていない。喰える。

 ミグラテールは1度潜る。勢いをつけるためだ。そして、さながら弾丸の如く海中から飛び出し獲物の首を狙った。


「ん――うわあああっ!?」


 ジェイルがミグラテールに気がついたのはもう、ミグラテールが眼前に迫った時だった。今からでは魔法など間に合うはずがない。

 彼を守るはずのデブとノッポは気がついていない。死が彼に迫っている。死んでいいはずがない。高貴な自分が死んでいいはずがないのだ。

 だが、現実は無情だ。貴族であっても、平民であっても死は平等である。しかし、天はまだ彼を見放してはいないようであった。

 飛んできていたミグラテールが突然横へ吹っ飛び、地面に落ちてのた打ち回る。そして、動かなくなった。ミグラテールの頭には矢が刺さっていた。


「な、なんだ」

「ふぃ~。間に合ってよかったよ」


 ジェイルが声のした方に振り返る。そこには弓を持ち矢筒をからったどことなく猫のような印象を受ける少女が立っていた。

 ところどころ癖っ毛でハネた髪はショートヘアで薄桃色。猫のようにクリッとした瞳は空のように青い。肌は褐色で健康美に溢れている。その耳は種族を象徴するかのように尖っていた。

 猫、というよりは豹のようにしなやかでスレンダーな体つきをしているが、胸だけは着ている、何かの草で丁寧に編み込まれた服がはちきれんばかりに大きい。

 それでいて容姿に似合わぬ長命種独特の雰囲気を放っていた。そう彼女はダークエルフである。


 ダークエルフ。

 エルフの亜種と言える存在。エルフと殆ど変わらないが黒暖色系の髪と褐色の肌を持った美男美女が多い種族である。

 エルフには遠く及ばないものの、他種族から見ればかなり高い魔法力を持つ。魔法力の代わりなのかエルフよりも身体能力は高く、エルフ以上に武器の扱いにも秀で、特に弓の扱いに秀でている。

 エルフと同じで森の加護を持っているため、自分から姿を現さない限りは誰にも見つけられない。

 エルフと違い人間に友好的。種族内に身分制も特にあるわけでなく、のんびりと音楽などの芸術活動や酒造などを行いながらヴェスバーナ大陸中央南部に広がる落紅葉の大葉森海で暮らしている。


 貴族であっても異種族に会うのはこれが初めてのジェイル。

 さすがの彼でも、異種族相手に自分の権力が効かないことは理解している。そのためどう接して良いのかはかりかねていた。馬鹿ではあるが、全く頭の使えないアホではないのだ。

 そんな彼の気配でも読んだのか、はたまた勘違いしたのか少女が先に話しかける。


「大丈夫?」

「問題があるはずがない。僕を誰だと思っている。ジェイル・エアスト・ハドキンスだぞ」

「そっか、よかったよ」


 うんうんと頷く少女。やはり異種族に貴族の権威など効果が無いようである。これが人間の平民であれば平伏しているところだ。このようにしゃべれるはずがない。

 だが、そんなことはどうでも良い。どうせ、文化も知らぬ野蛮人。そんな奴らに礼儀を期待したところでたかが知れている。ジェイルが考えるのは少女の弓の腕だ。利用価値があると彼は思う。

 ノッポとデブも今は別の魔獣の相手をしているが到底使い物にならない。利用価値があるから取り巻きとして採用しているが、使えないなら別のを探すだけだ。貴族の中でも上級にいるジェイルに取り入ろうとする下級貴族など掃いて捨てる程にいる。


(ふん、教養なさそうな女だ。ボロ雑巾のようになるまで使って捨ててやろう。光栄だろう。僕に使われるんだからな)


「さってと、じゃあ、そろそろあたしは行くよ。じゃっ!」

「待ちたまえ」

「うにゃ?」

「君を僕のパーティーに誘ってやろう。光栄に思え」

「良いの!?」

「ああ」

「うんうん、入る、入るよ! 誰も誘ってくれなかったから困ってたんだよー。あたしサザンカ。よろしくー」


 早速パーティーに登録する。

 内心でほくそえむジェイル。良い駒が手に入った。これで、この先コイツに任せておけば楽に迷宮(ダンジョン)を抜けられる。そして、憎きユーリに追いついた暁には。

 そんな、邪まな考えなど知らぬサザンカはパーティーに入れたことを喜ぶのであった。


 各人の思惑を持って試験は進む。その果てはいったいどうなっているのか。それを知るのは眠る者だけであった。


とりあえず、ロマンに走りました。いや、おかしいだろうと言われそうですが、異世界ですし、ロマンですし多目に見て下さい。


キャラ募集継続中。また、ネタ募集も開始します。こんなキャラを出して欲しい、こんなことやって欲しいなど待ってます。


では、また次回。


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