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ヴェスバーナ暦1998年春期3月2日 昼過ぎ 未だ名も無き迷宮第2層
ユーリが投擲用のナイフを数本抜く。
そして、それをファングウルフのボスと、その周囲にいるファングウルフに向けて放つ。それと同時に、前へと躍り出る。投擲したナイフはほとんどがかわされた。ボスに至っては大地を揺らす咆哮一鳴きで全て弾かれた。
だがそれで良い。ユーリもそれでどうにかなるとは思っていない。これはユーリに注意を引きつけるためのものだ。
「今だ!」
「!」
ミレイアは即座に木へ飛びつき登り始める。どうやっているのかツルツルな幹に悪戦苦闘しながらもゆっくりと登って行く。
同時にファングウルフも襲って来る。
木に近い奴らはミレイアへと飛びつこうとするが、その前にユーリが立ちふさがり、斬り伏せる。背を見せたユーリに逆側にいたファングウルフが飛びかかるが、ユーリは頭を下げてかわす。と、同時に剣を下から突き上げ、息の根を止める。
突き刺さったファングウルフを密集してきたファングウルフに蹴っ飛ばして剣から抜き、突っ込んで来た個体に一閃。
ちょうどよく目を斬りつけ、その勢いを削いだ。そのまま顔面に回し蹴りを叩き込み、横から突っ込んで来た個体にぶつける。
「――っ!? グッ!」
背後忍び寄っていたファングウルフの爪が背中を軽く切り裂く。
どうやら安物の革の鎧ではほとんど役に立たないらしい。1つ証明された。
今度は首を狙う先程のファングウルフに篭手をはめた左ストレートをお見舞いする。突撃してきたファングウルフの威力と左ストレートの威力が合わさり、グシャリという音が響く。突っ込んできたファングウルフの顔面が陥没していた。
だが、それでもファングウルフは減る気配がない。むしろ増えている。
ユーリはそこでミレイアがどこまで登ったのか見た。まだ半分と言ったところ。しっかりとした枝まではまだまだだ。それに未だそこはファングウルフの領域であった。
登るミレイアにファングウルフが三角跳びの要領で迫る。ユーリはすぐさまポーチから大きめのナイフを取り出す。
そして、それを全力でミレイアに迫っているファングウルフに投げつけた。ファングウルフにナイフが突き刺さり、ユーリの全力で吹き飛ぶ。絶命したか確認する暇はない。
「ガッ!」
投げた直後、いつの間にそこまで来ていたのか。ユーリにファングウルフのボスの突進が直撃する。ボス自体の巨体と怪力もありぽーっんと吹き飛ぶユーリ。
一瞬、意識が飛んでいた。木々の枝をへし折りながら飛んでいく。そこに追撃が迫る。2匹のファングウルフが駆ける。吹き飛び、空中のユーリの首を狙い跳躍する。
「チィッ、やられるかよ!!」
空中で戦技『瞬速閃』を放つ。
世界の理に従って、あらゆる法則を無視した高速の一閃は迫る2匹を切り裂いた。
だが、バランスを崩して、地面を転がる。一気に接近し爪を放って来るファングウルフの攻撃をかわし、森を疾走する。
ミレイアのいる場所から離れすぎた。途中、スレ違い様に爪や牙を貰うが、致命傷になるのだけ篭手と剣で弾き、戻って来る。
幸いまだミレイアは無事だった。ミレイア自身が跳びかかってきたファングウルフを蹴り飛ばしていたのだ。
何とも器用な奴だ。木登りマスターと呼ばれていたのは伊達ではないらしい。それでも、危ないことには変わり無い。
登り終わるまでもう少し。あと少し時間を稼ぐ必要があるだろう。大体、ファングウルフの動きも分かって来た所だ。余裕だろう。
だが、そうも行かないのが現実だ。
『アオオオオオオオオォォォォンンンン!!!』
ビリビリと森が、大地が、背後の川が揺れる。咆哮が天を突きぬける。ファングウルフのボスの咆哮に全てのファングウルフの動きが止まり、ボスの下に終結してくる。気配からして、二重に包囲していたのも集まってきたようであった。
「何だ?」
警戒しながらその動向を注視するユーリ。
見るからにボスが仲間に何かを伝えているようである。それから、ノシノシとボスが前に出てくる。そして咆哮。ファングウルフたちの動きが眼に見えて変わった。個別個別の動きから集団の動きに変わってきた。
どうやら、これからが本気らしい。お眼鏡にかなったということなのだろう。今までは集団でありながら個別個別で仕掛けてきていたのは舐められていたということだ。つまり、これから本番が始まる。
一鳴き。それで、一斉にファングウルフがユーリに迫る。まずは邪魔なユーリを殺してから、次に木の上にいる無力なミレイアを狙う作戦に変えたらしい。ミレイアに狙いがいかないことは好都合であるが、数十を超える獣が迫ってくるというのは非常に恐怖心を励起させた。
「すうぅぅぅ、はあぁぁぁ。うらあああ!!」
まずは、突っ込んできた1匹を擦れ違い様に真っ二つに切り裂く。返す刃で、次に突っ込んできたのを切りつけ、次を蹴り飛ばす。
更に突っ込んで来そうな奴には、眼を狙ってナイフを投擲。それで避けたところに接近して刺し殺し、刺さったままの死体を振り回す。
遠心力によって、死体は剣から抜け、突進して来た奴らに当たり倒れる。
ユーリも倒すだけではなく被害も受ける。ユーリを取り囲んで、ぐるぐると回転しつつ全方向から爪が襲う。そんなものかわせるわけがなく傷を負う。
そこに、ようやく天使の声が響き渡った。
「登ったわよ! 久しぶりで時間掛かったわ!」
「待ちかねた!」
戦技『斬り下ろし』を地面に繰り出す
。斬り下ろしの威力によって、地面が爆発したようになり、砂埃と破片が舞う。それをカーテンにして、ユーリは目一杯跳躍した。足りない分は剣を突き刺して、それの柄を足場にして無理矢理に登る。
楽に届くかと思っていたが、焦ったせいで多少足りなかったが、何とかミレイアと同じ位置にあった別の太い枝に跳び乗ることができた。その際に剣を引き抜き鞘に収める。
「大丈夫?」
心配そうにミレイアが聞いてくる。確かに、全身結構色々な所にもらっているが、綺麗にもらったのはボスの突進のみだ。
それほど深い傷はないはずである。体術の才能をあげてなかったらこうもいかなかったであろう。あとは強化魔法で身体の頑丈さを強化してなかったらもっと酷いことになっていた。
「回復してくれるんだろ?」
「当たり前よ。今回、私殆ど役に立ってないんだし、完全完治させてやるわ」
「なら、問題ない。さっさと終わらせる」
左手にはめた銀の術具に魔力を流す。
それも大量に。発動するのは火属性範囲魔法。単一術式を同時に複数発動する。赤い魔力で描かれた魔法陣が5つ術具に浮かんだと思うと、ユーリの前に展開される。
イリスのように1つの魔法陣にまとめて強力にする複合魔法陣はまだ魔力などの関係と、ユーリの修練不足により使えないが同じ魔法ならば、最低6個までは同時発動できるようになっている。
高まっていく魔力に危機感を感じたのか、ボスを含めファングウルフが逃走しようとするが、逃がす気はさらさら無い。
もしもの時ように待機させておいた結界魔法の式の凍結を解除。瞬時に発動した結界がファングウルフの逃亡を阻止する。
ならばとユーリたちを倒そうとするが、ユーリとミレイアは結界の外だ。結界を破ろうとするが、そう簡単にいくなら、とっくにユーリたちは何かの魔獣の腹の中だ。
「これで、終わりだ」
ユーリの前で展開されていた5つの魔法陣が消える。5重に重なったそれは結界内部の地面に展開される。そして、起きたのは魔力の爆発。
そして、灼熱の竜巻であった。結界が内部からの凄まじい圧力で砕け散る。
それと同時にファングウルフの群れの断末魔と、肉の焼ける確かな臭いが周囲へに漂う。同時に発動させ重ねた魔法は強力だが、その分魔力を喰い、持続時間も短くなる。灼熱の竜巻はすぐに収まった。だが、そこにあったのは圧倒的な破壊の後であった。
森が焼けてそこだけが黒に染まっていた。生き残りはいない。今ユーリに行える最大威力の魔法を放ったのだ。実力差からして、生き残れたら奇跡に近い。実力は決して絶対のものではないが、確かな差がそこに存在している。それだけに覆すことが面白いのだが。
――群れ殺しの称号を取得しました――
安全を確認してから2人は地面に居りる。
アレだけの劫火で焼かれたにも関わらずやはりドロップアイテムは残っている。勝利を分かち合う前に、さっさとそれを2人で手分けして回収した。40匹ほどの群れだったらしいので集めるのに結構時間が掛かった。
だが、それだけに戦利品は多い。ファングウルフというだけあって、一番多かったのは牙である。その次が爪、そして皮という順。肉は取れないらしくなかった。
「やったわね!」
ミレイアの実力も上がった。16から一気に上がり実力24へ。大幅実力アップだ。群れを倒したことが出ているのだろう。普通の冒険者ならば群れなど相手にしない。最大人数の6人パーティーであっても、囲まれる前に突破してしまう。
ベテランでも中々群れ全てを全滅させることはない。2人で、というか主に1人でやってしまう辺り、やはり規格外なユーリなのであった。
だが、このユーリを超える規格外がこの世界にはいたりする。ちなみにユーリの実力も上がり39となった。やはり、実力が高くなってくると上がり難いようである。
「ああ、そうだな。ってて」
ハイタッチしたは良いが傷に染みたらしい。
「待って、すぐに回復させるわ」
ブックホルダーから聖書を抜き、ページを開く。
生憎とユーリは読んだことは無いので、何が書かれているのかはわからない。おそらく癒しに関するページなのだと予想する。
「『我らが主よ、彼の者に最上の癒しの光を与えたまえ』」
そうミレイアが唱えた途端に変化は訪れる。
まず何かに包まれるような感覚がした途端に痛みが退き、全ての外傷が回復した。まったく傷跡など無い。ボスの突進を喰らった時の身体内部のダメージもすっかり消えてしまっている。疲労も取れているので、回復法術とはかなり優秀なのだなと感心するユーリであった。
「凄いな、もう全部治ったぞ」
「当たり前よ。16年間、これしかやってきてないんだから誰にも負けないわよ」
「なるほど」
それはそれでどうなんだと言おうとしたのはここだけの話。
実際いったら鉄拳が飛んできただろう。実力が上がって差が縮まった今の状態。まあ、身体能力は圧倒的にユーリが上なのだが。殴られるのは痛い。元から体術に素養が合ったのが強化されてしまっているはずだからだ。
それに、そんなことを言っている暇もないようだった。ユーリの気配察知の技能が嫌なものを捉えていたのだ。
それはここに向かってくる魔獣の群れだ。おそらくあの肉の焼ける臭いに誘われてきたのだと推測される。それら全てなんぞ相手にできるはずもない。
ユーリは今すぐ離れることをミレイアに伝えた。ミレイアも異様な雰囲気だけは感じとっていたので、反対はしない。
だが、そう簡単に逃げれるわけがないのがお約束。ガサリと音がした途端、そこには巨大な熊がそこにいた。更には、巨大な猪の群れまで現れた。そして、最終的には人なんぞ丸のみにできそうなほどに巨大な怪鳥まで登場する始末。
しかも、それら全ての視線がここにいる唯一の獲物であるユーリたちに向いているのだから、さあ大変。
「おいおい……」
「これは無理! 絶対無理!」
「よし、逃げろおおおおおお!」
2人が背を向けた途端に、猪の大群が突進してくる。怪鳥が飛翔し追って来た。熊が腕を振るう。咄嗟に剣を抜き、その一撃を受け止めるが凄まじい膂力によりミレイアも巻き込んで吹っ飛ばされる。
しかし、それは幸運だったのか、飛び石のように水面をはねてうまいこと対岸へと分かることが出来た。
怪我1つ負ってないことが奇跡である。下手すれば背骨でもなんでもおれてバラバラになっていたかもしれない。
だが、それで諦める魔獣ではない。むしろ状況が悪くなった。追ってくる猪の魔獣に加え、巨大な怪鳥、そして巨大熊。それに加わってツキウオ。何とまあ、良くもこのような状況に陥ったものである。
だが、泣き言を言った所で何も変わらないことはわかっている。飛翔するツキウオをユーリが戦技篠宮流奥義『百花繚乱』を使って叩き落としつつ、対岸の森の中へと入る。
これでツキウオが来ることはない。だが、危機は去らない。怪鳥の攻撃を何とか防ぎつつ、突進して来た猪型魔獣の攻撃をミレイアが受け流す。
悪い時は更に悪いことが重なるもので、巨大な昆虫型魔獣まで現れだした。
「おいおいおい!!」
「どうすんのよっ!!」
熊の攻撃をかわすミレイア。猪型魔獣の突進を利用して剣で切り裂くユーリ。だが、ぜんぜん余裕がない。全方位全てにおいて、注意をしていなければならない状況は否応なく2人の体力、集中力を奪っていく。
魔法で一掃しようにも魔力を注ぎ、魔法陣を展開する時間が無さ過ぎる。それに、魔法陣は動きながら展開できるようなものではない。修行すれば別であるが。
だから、今はとにかく逃げるしかない。ジグザグに移動しながら、怪鳥が飛び難い森の中へ入りながらユーリたちは魔獣が追ってこなくなるまで逃げ続けたのであった。
――技能『逃走』を習得しました――
・
・
・
「はあ、はあ、はあ」
「はあ、はあ、はあ」
2人は深い森の中にあった木の洞の中で座りこんでいた。外が暗くなってきていることから、時間は夕暮れ時であることがわかる。
だが、2人にそんなことを気にする余裕は無い。息を整えようと必死だ。近くに魔獣の気配は感じられないとは言え、いつまた先ほどまでの追いかけっこに発展するかわからないのだ。注意するにこしたことはない。
それにしても第2層から迷宮が本気で殺しに来ている。第1層はまだ余裕を持って探索ができたのだが、第2層からはそんな余裕もなかった。
まるで何かが目覚めたかのように執拗に追いたてられている、そんな気がしていた。しかし、そんなことはあるはずないので、運が悪かっただけだろうということにして片付ける。
そんなことよりもまずはこの第2層を抜けることだ。ここはユーリたちがこの樹海の一大勢力であったファングウルフの群れを潰してしまったために、今まで抑えられていた魔獣たちが活発に活動を始めていた。
そのためかなり危険な状態なのだ。あの追いかけっこが良い例だ。それでもしばらくすれば新たな王が生まれて静かになるのだが、それまで待つ気はないユーリたちはさっさと階段を見つけて第3層へと降りることにする。
「それで、階段どっかにあった?」
「ちょっと待ってくれ」
息を整えた2人は自動作地図を確認する。色々と逃げ回ったおかげか、結構な範囲が地図としてそこに写っていた。
まだ見えない所は多いが、幸いなことに階段のある場所は写っていた。今からいけば真夜中には着くだろう距離だった。ここで一夜を過ごすことなどまず考えられない2人はさっさと出発してしまうことにする。
ユーリは気配察知に全力を傾け、なるべく目立たないように腰を低くして森の茂みの中を進む。隠密行動で、そのおかげか。
――技能『隠密』を習得しました――
――技能『気配遮断』を習得しました――
階段へ向かう途中、魔獣同士の食物連鎖の光景などを見ることがあったが、間違ってもちょっかいなんぞかけることなく進んでいた。それと、複数の人間の気配も感じた。どうやら追いついてくる奴らが出てきたようだ。
だが、それも遠かったので放置する。他人に構う余裕は無い。
2人が階段を見つけて第3層に降りれたのは、すっかり日が暮れて真っ暗になった真夜中のことであった。
第3層に着いた途端、2人は結界を張ってすぐさま眠りについた。毛布に包まった瞬間にはもう、泥のように眠ったのだった。
どうすれば戦闘描写うまくなりますかね?。知っている人がいたら教えてください。お願いします。
キャラ募集継続中。魅力的なキャラクターを待っています。他人任せ? いいえ読者参加型の小説です。……すみません調子乗りました。
では、また次回。




