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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第2章冒険者選抜試験編
23/94

2-4

 ヴェスバーナ暦1998年春期3月1日 朝 街道


 ユーリとミレイアの2人は露骨に敵意を向けてくる衛兵に見送られて街道に出た。

 グータニア近くだけあって、きちんと整備された街道は幅広き、でこぼこはまるでない。雑草などもってのほかだ。

 街道にはユーリたちと同じく冒険者選抜試験の受験者が道を急いでいるようであった。重武装に身を包んだ者、ユーリと同じ軽装な者、獣人などの他種族などなどあの行動で見た様々人が道を歩いている。

 しかも、それが1つの迷宮(ダンジョン)に向かっているのは、なかなかに壮観な光景だ。


「確か、ここから1日の距離だったよな?」


 迷宮(ダンジョン)までの距離を確認までにミレイアに聞く。


「ええ、そうよ。つまり純粋に迷宮(ダンジョン)攻略に使えるのは6日ってこと。厳しいわね」

「6日ね……」


 まあ、問題はないだろうとユーリは歩きながら思う。

 迷宮(ダンジョン)がどれほどの規模かはわからないが、彼の中では1日2層降りる予定なのだ。おそらくこれが最上でギリギリ。

 しかし、行ければ1日余る計算。余裕で合格できる。しかも行けるなら2層以上行くつもり。事実、これぐらいしなければ到底冒険者にはなれないだろうことは十分予想できる。

 実際のところ、このユーリの考えは的を射ている。

 1週間で迷宮(ダンジョン)10層などギリギリも良いところなのだ。それも、夜も寝らずぶっ通しでひたすら奥だけ目指せばの話だ。そんな状況で1日2層以下しか行かないのは合格を自ら捨てているようなものだ。

 問題はミレイアがそれに耐えられるかだが、無理なら担いでいくつもりだ。無理なんだから仕方ないと彼女が聞いたら馬鹿にするな、と怒りそうなことを考えるユーリ。

 こうなるからパーティーはあまり組みたくないユーリなのだが、誘われたら断れないのだから仕方ない。

 さて、特に話すことなく黙々と歩くユーリとミレイア。

 そんな2人に1台の馬車が近づいてきた。キャリッジと呼ばれる4頭立ての4輪馬車だ。王侯貴族が乗るような、かなりちゃんとした馬車であった。それに乗っている奴の気配はつい最近、知ったばかりの3人組のもの。

 そうだと確信したのと、ちょうど同じ時に、わざわざユーリとミレイアに併走する馬車の窓が開きあのお坊ちゃんが顔を出した。本当、御苦労なものである。


「はっ! わざわざ歩きとはご苦労なことだね貧乏人諸君」

「そうか。馬車移動しているもやしには言われたくないな」

「また僕を侮辱したな! 覚えておくがいい! この借りは必ず返す! せいぜい、間に合うように走ることだな!」


 それだけ言って馬車はスピードをあげた。あげたと言っても揺れを最小限に留めたいのが見え見えであまりスピードは上がっていない。もとより馬車の速度は徒歩とそう変わりはない。追い越そうと思えば追い越せる。

 ユーリがパーティー用に新たに組んだ行軍の魔法を使い走れば圧倒的に引き離せることが可能だ。無論行軍の魔法は他人にもかけることが可能。

 もし、ユーリたちが気づかれないように追い越して先に迷宮(ダンジョン)についていたら、お坊ちゃんたち3人組はかなり悔しがるだろう。基本、馬車の中にいれお坊ちゃんたちは外が見えにくい。気づかれないように追い越すのは簡単だ。

 ユーリの中ではあのお坊ちゃんたちの分類(カテゴリー)は最悪な奴らに分類(カテゴリー)されている。そんな奴らの悔しがる様子はかなり見てみたい。ユーリは黙りこくってどうするか考えていた。


「…………」

「私に絡んで来た時から思ってたけど、あいつ感じ悪すぎ。何で貴族って連中はいつもああなのかしら――って、ユーリどうしたの?」

「……いや、1つ聞いて良いか?」

「何よ?」

「あいつらをギャフンって言わせたくないか?」


 そう聞いた時のミレイアの顔は、それはもう清々しい、ユーリですら惚れてしまいそうになるほどの良い笑顔であった。そして一言――。


「当たり前よ」


 ――と言い切った。


********


 景色が通り過ぎて行く。認識が追いつかず景色は切り替わる線にしか見えない。そもそも低い実力(レベル)では身体すら追いついておらず、ミレイアは常時回復法術をかけている状態だ。景色なぞ楽しむ余裕はない。

 ユーリとミレイアの2人は彼の魔法により、1度道を逸れてから凄まじい速度で走っていた。どれだけの人数を追い越したか、正確ににはわからないが、お坊ちゃんたちの馬車を追い越したのは間違いない。

 それだけで目標はほぼ達成したのだが、さっさと迷宮(ダンジョン)に辿り着く為に走る。グングン先行していた受験者たちを追い越して行った。

 頑張れば日が暮れる頃には着けるだろう。そうなればきちんと普通、6日しか使えないのを6日半迷宮(ダンジョン)攻略に使える。

 普通に行けば夜通し歩いた上、時間の関係上そのままのバッドコンディションで迷宮(ダンジョン)に潜らなければならないので、早くつくというのは多少休めるというのも強みだ。

 会話もなく走る2人。走ることに集中する。走ることに集中していなければ危ないからだ。しかし、ある程度の考え事をするだけの余裕はあった。


*******


 それにしても、とミレイアは走りながらも思う。

 ユーリとは何者なのだろうか、と。最初はただの実力(レベル)がある程度高いだけのお人好しかと思った。お坊ちゃんたちから助けてくれたし、それで何かを請求することもなかったからだ。

 だけど、パーティーを組んでただのお人好しとは思えなくなった。異様な威圧感を放つエレンという同行者や遺物(アーティファクト)は持っていること、挙げ句の果てには魔法まで使えること。

 ただのお人好しなどと言って良いはずがない。それで済ませて良いはずがない。ましてそれが無名などあるはずがないのだ。

 もしかしたら自分はとんでもない人をパーティーに誘ってしまったのかもしれない。ミレイアは先を悠々と走っているように見えるユーリを見て、そんなことを思っていた。

 実際はユーリが異世界、正確にはこの世界より高次な世界から来たことによる強化作用――ユーリは知らない――と設定のおかげなのだが、知らないミレイアからすれば物凄い人に見えるのだ。それで今更態度を変えられるミレイアではないが。


********


 ユーリとミレイアの2人は途中何度か休憩を挟みつつ走った。主に休憩はミレイアのためだ。

 グータニアからの街道から迷宮(ダンジョン)方面へ曲がる。迷宮(ダンジョン)へ行くにつれて道は段々悪くなっていく。道幅は馬車が1台ようやく通れるかといったくらいしかなく、そこかしろにでこぼこがあった。

 一応、迷宮(ダンジョン)への道なのか雑草の類が生えていないのが救いだ。生えていたら足をかけられていたかもしれない。

 そして、時間は夕暮れ時、木々の合間から見える空は紫色に染まっている。僅かに空を漂う雲が暮れゆく太陽を覆い隠し世界は青く染まっていた。それをユーリが綺麗だと思っていると、急に視界が開けた。徐々に止まりつつ魔法を解除する。

 アレほど軽かった身体が圧倒的な疲労で重くなったが、どうやら到着したようだ。森の中の開けた広場の中央には白亜の巨石で造られた転移門(ゲート)が鎮座していた。


「ふう、到着だな。一番か。まあ、そうだろうな。ミレイアは大丈夫か?」

「はあ、はあ、はあ、はあ」


 あまり大丈夫ではなさそうだ。流石に無理をさせすぎたか? と心配するユーリ。

 だが、彼にはできることがない。肝心の回復役が今、心配しているミレイアなのだから仕方ない。とりあえず一見して疲労以外は見えないのでさっさと休む場所を見つけた方が良いだろうと判断した。

 ユーリはキョロキョロと周りを見て休める場所を探す。できるなら、今隣で手を膝について息切れを起こしているミレイアをしっかり休ませれる、ある程度は快適な場所が良い。


「おっ、あそこが良さそうだ。おーい、ミレイアー行くぞー」

「はあー、はあー、はあー」


 全く聞こえていない様子。おかしいな、そんなに無茶したかとユーリは考えるが、彼から見てもあまり無茶はしてないと思う。

 一応、全力ではないし、ユーリもある程度は疲れている。だからどうして、ここまでなってるんだろうかと不思議に思うユーリなのだ。

 体力やらの基礎パラメーターとも言うべき値が人外レベルで成長する規格外(ユーリ)と、この世界の基準通りに成長する大多数の人間(ミレイア)とを比べるのは愚の骨頂だ。

 ちゃんちゃらおかしいにもほどがある。ユーリはそれを考慮していないのだ。

 額面上は、実力(レベル)38でしかないユーリであるが、実質は設定の効果により、実質その約2倍以上の実力(レベル)の能力値を有している。比べるのも馬鹿らしい差。

 本人が未だにこの世界における自身の能力を全て把握していないための疑問である。それを今すぐ気づけというのも無理な話だ。

 そんなわけでユーリは仕方がないので、ミレイアを運んでいくことにした。具体的にはお姫様抱っこで。

 なぜか覚えていた意味不明の体術系戦技(バトルクラフト)『お姫様抱っこ』を使用し、すんなりとあっさり彼女が気づかぬうちにお姫様抱っこする。それで見つけた場所へ移動する。

 さて、流石にそんな状態で運ばれればミレイアも状況を把握する。

 さて、ミレイアは生まれてから今まで神官武術と法術一筋で夢である武装神官の更にその上、武装神官のエリートしかなれない異端審問官を目指して来た。そのため、彼女には男性経験などない。つまり生娘である。

 そんな女が気づかないうちに、男にこのようにお姫様抱っこされていたらどのような反応をするだろうか。

 答えは暴れる、だ。


「ひぁ!? えっ!? ちょっ、ちょっと!! 何なのよ!!」

「こらっ! 暴れるな落とす! おとなしく運ばれてろ」


 ユーリのその言葉でミレイアは身を固める。流石に落ちたくはないらしい。その後は借りてきた猫のようにおとなしく運ばれた。終始顔を真っ赤にしてあうあう喘いでいたが。その様子はかわいかった。

 ミレイアを下ろしたのは、広場のはずれに1本だけ仲間外れにされたように孤立するように立っている木の根元だ。この一本だけ他と違い、かなり幹が太く、座りやすそうだったからだ。


「あ、あんたねえ!! 何してくれてんのよ!!」


 座らせた途端怒鳴るミレイア。当然であろう。


「動けないようだったから運んだまでだ」

「こ、声くらいかけなさいよ!」

「かけたが」

「うっ……」


 言葉に詰まるミレイア。確かにユーリは声をかけていた。ミレイアが気がつかなかっただけだ。それなら彼女の方が悪いだろう。

 一方的に彼女が怒るのは筋違いと言える。それに行き着いたのか、ミレイアはそれ以上何か言うのを止めた。代わりに黙ったが。

 やれやれ、と思いながらユーリはミレイアが座っているのと反対側に背中を預け、神託板(オラクルボード)を開く。

 選択する項目は魔法。そして技能(スキル)『魔法作成』を起動する。新しい魔法を組んでおくのだ。行軍など意外に使える魔法が他にもあったので作っておくことにする。

 魔法を作成する手順は、まず、作る魔法に対応した魔力の色を決める。いわば絵を描くための絵の具を決めるのだ。

 これを決めないと魔法陣を描けない。例えるなら、絵の具なしで水彩画や油絵などの絵を描いているようなものだ。描けるわけがない。

 魔力の色は魔法の属性に対応している。魔法の属性は人により使える、使えないがあり、そのあたりは才能の問題。如何に自身の魔力の色を変えられるかの問題である。属性は基本となる5つの属性を組み合わせて作って行くので、人が変えられる魔力の色は最大5つだ。

 基本的に魔法使いと呼ばれる人種は2つか、3つの属性くらいは変えられる。天才と呼ばれる者で4つ。化け物レベルの才能で5つ全てに変えられる。ユーリは設定のおかげで最大の5つの色に変えられる。

 魔法属性は火、土、風、水、無の下位五属性。金、木、雷、氷の中位四属性。闇、光、幻の高位三属性。時空の極位属性の合計13属性である。火と土の属性を組み合わせれば金になり、土と風で木、風と水で雷、水と無で氷となる。

 また、金と木を組み合わせることで闇となり、木と雷を組み合わせれば光、雷と氷で幻の属性を作ることができる。闇、光、幻を組み合わせることで時空の属性を作り出せる。

 ただし、属性を組み合わせる度に消費魔力が上がっていくので注意。今回ユーリが使うのは無属性なので、そんなに消費魔力は高くはならないはずである。

 使う魔力(絵の具)が決まったら、次は魔法式を魔法円の中に描いて行く。今回ユーリが作ろうとしているのは結界魔法だ。野営技術を学ぶため作っていなかったが、迷宮(ダンジョン)でゆっくり休むために作るのだ。

 ユーリはそのための魔法式を組み立てていく。

 魔法様式は展開。魔法の形状は正六面体。魔法効果は防御。魔法効果範囲は縦、横、高さが10mほど。魔法発動条件は能動的発動。魔法継続時間は発動解除まで。

 魔法円にこれらを描き終われば、魔法作成はほぼ終わったようなものである。

 最後に術具(マジックメモリ)にヤキイレをする。つまりは術具(マジックメモリ)に作った魔法陣を登録する作業だ。

 これが終われば後は、自由自在に魔法が使えるようになるのである。さっさとユーリはそれを終わらせてちょっと試験をしたあと、またいくつかの魔法を組んでから次は、装備の確認をしておく。


 武器

 ――無銘の剣――

 防具(頭)

 ――装備なし――

 防具(胴)

 ――旅人の服――

 ――革の胸鎧――

 防具(腕)

 ――鉄の篭手(左腕)――

 防具(腰)

 ――旅人のベルト――

 防具(足)

 ――旅人のズボン――

 防具(靴)

 ――旅人の靴――

 アクセサリー

 ――ユーリのシュッツァー――

 ――魔法のポーチ――

 ――旅人のマント――


 問題はない。新たに新調したのは鉄のガントレットと革の胸鎧だ。鉄の篭手は敵の攻撃を防ぐためにだ。

 盾でもよかったが、どうにも扱いにくかったのだ。革の胸鎧は金銭的な問題もあったが、動きやすさを重視したためだ。

 剣の手入れも入念にしていたので問題はない。それを確認したユーリは神託板(オラクルボード)を閉じた。

 そしてちょうどその時、1台の馬車が到着した。ユーリたちを追い越して、先に行ったが逆に追い越されたお坊ちゃんの馬車だ。他にはまだ誰も来そうにないのは、流石馬車はある程度は早いと言わざるえない。ユーリたちの方が遥かに早かったのだが。


「さてっと」

「よっと」


 ユーリとミレイアは打ち合わせもしていないのに顔を見合わせると立ち上がる。疲労など馬車を降りたお坊ちゃんの驚いた顔を想像しただけで吹き飛んでいた。

 だからユーリとミレイアの2人は馬車の方へ歩いて行った。実際にお坊ちゃんの驚き悔しがる顔を見るために。

 馬車を降りたお坊ちゃんの顔に最初浮かんでいたのは自分たちが1番だという優越感マックスの――ユーリたちからすれば酷く気持ち悪い――笑みだ。

 取り巻きのデブとノッポも同じ様に笑みを浮かべており、気持ち悪さは3倍――ではなく、3乗されていた。

 それから周囲を見渡して余裕そうに立つユーリとミレイアを見た途端に、氷魔法でも受けたかのように凍りつく3乗気持ち悪い笑顔の3人組。

 それはすぐにそれは驚きに変わる。何で、お前たちがこんなところにいるのか、と。なかなかにそれは良い表情だった。

 さて、これでも満足なのだが、まだまだ。ユーリとミレイアが見たいのはお坊ちゃんの悔しがる顔だ。


「遅かったな。お坊ちゃんのひ弱な体じゃ、これが限界か?」

「遅かったわねお坊ちゃん。親の金って奴も大したことないわね。

 じゃあユーリ、行きましょうか」

「了解、じゃあなお坊ちゃん」

「じゃあね、お坊ちゃん」


 と完璧に馬鹿にした口調で言ってから、さっさとユーリたちは転移門(ゲート)へと飛び込む。

 その時のお坊ちゃんの顔は、怒りで顔を真っ赤にして何やら覚えていろ、と騒ぎ立てていた。その時の顔といったらもう、2人の中では傑作級である。頑張ったかいがあったというものだ。


今回も読んでいただきありがとうございます。

お坊ちゃんへの仕返し成功です。ぬるい? 基本的にこれ以上やると魔法放たれるので、これくらいがちょうど良いと作者的に思ってます。


こんなキャラ出してという案があれば申して下さい。出すかもしれません。男、女問いません。何でもござれ。

あ、男キャラなら言われたらいずれ絶対出します。


では、また次回。


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