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ホテルの向こうの異世界へ  作者: テイク
第1章旅の始まり編
19/94

1-15

ひとまずこれで一章は終わりとなります。では、どうぞ。


 ヴェスバーナ暦1998年春期2月17日 早朝 街道


 商人の朝は早いと言われるが、行商人の朝はなお早い。商品を仕入れ、街へ運び売る。ライバルよりも早く安く仕入れて、高く売る。その利益を得るため朝早くから彼らは走り回る。

 一介の行商人であるエレンも、またその例に漏れることなく、前日に商品を仕入れ終わって早朝にはもう一頭立ての荷馬車を走らせていた。


「くぁ、何とも湿っぽい朝だ」


 荷馬車の御者台で欠伸をしながらエレンは落ち着いた低めの声で呟く。

 雨上がりということもあり、確かに空気は湿っぽい。道もぬかるんでいてあまり速度も出せない。もしはまってしまったらと思うと恐ろしくて気が抜けないというものだ。

 だが、それだけでなくエレンは嫌な空気を感じていた。匂い、とも言うそれは酷く臭った。どうやら自分の進む先から匂う、そんな印象であった。

 何もなければ良いが、と思いながら馬車を進めていると、道の真ん中に倒れている旅人の服を着てマントを纏い、腰に剣を差した冒険者風の黒髪の男――ユーリを見つけた。全身は血塗れである。明らかに重傷に見えた。

 エレンは懐から長い布を取り出す。それを顔にゆったりと巻いていき顔を覆い隠した。

 なぜかというと、別にやましいことがあるわけではないが諸事情により他人に会う時、エレンはいつも顔を隠さなければならないからだ。

 エレンは馬車を止めて御者台から飛び降りると、護身用として腰に差していた短剣の柄に手を当てて近付いて行く。

 もし、これが盗賊の罠であるならまんまと嵌った形ではあるが、エレンが探った限り周囲に人の気配はない。

 気配を消す戦技(バトルクラフト)技能(スキル)魔導具(ソール)がないわけではないが、エレンの持つ技能(スキル)『見破り』によりその手の戦技(バトルクラフト)やら技能(スキル)魔導具(ソール)は意味をなさない。

 しかし、盗賊でなくとも単独の追い剥ぎなどは普通に存在するのだ。気配がないからと言って用心しないわけにはいかない。

 ただ、少し近づいただけでそれが必要ないことはすぐにわかった。ユーリが結構な怪我人であることがわかったからだ。エレンは警戒を解く。ターバンは外さないが、ナイフの柄に当てていた手を離した。

 そしてすぐに倒れているユーリの状態を確認する。

 見捨てるという選択肢はない。商売人として損得で考えれば、見捨てるのが一番だ。薬代、治療代はバカにならない。

 見捨てたところで魔獣などにより地に帰るだけだ。自然の摂理としては、ごく自然なこと。むしろ、環境にすら良い。

 だが、エレンはそうしなかった。

 エレンもまた嘗て今のユーリのようになっていたところを師匠に救われたからだ。師匠に会わなければ確実に死んでいた。それで救われた自分が、同じ境遇に見える人を助けないで良いわけがなかった。

 それにだ、慣れた1人旅ではあるが、やはり1人の寂しさというのはどこまで行っても慣れることはない。多少、人と関わってみたいとも思っていたのだ。

 師匠曰わく「魔がさした」とのこと。だからエレンも魔がさしたのだろう。同じように。それは、なんだかうれしく思えた。


「酷いな。幸い浅いのが多いが全身傷だらけだ。左腕も折れている。できれば今すぐにでも手当てをしておく必要があるな。何とかしとおかないと、ヤバい。

 たしか、この先に野営にちょうど良い広場と川があったはず。問題はこいつがそこまでもつかだな。ギリギリというところか。頼む、死なないでくれよ!」


 ユーリを素早く馬車に乗せ、エレンは御者台に飛び乗りできうる限りの全速力で馬車を走らせる。野営地にはすぐ着いた。カスカの木に囲まれていたためか、野営地の地面は乾いていた。

 地面に直接寝かすわけにはいかないので、毛布を数枚敷き、すぐさまユーリを馬車から下ろし、服を脱がせてそこに寝かせる。

 ユーリの呼吸は浅いがまだある。

 それを確認したエレンは荷馬車に積んであった背嚢――所謂リュックサック――の中から青い宝石のはまった指輪を取り出す。それに魔力を流す。魔法陣が現れ、ユーリを通り抜ける。

 この指輪は魔導具(ソール)の一種であり、浄化の作用がある。

 魔法の浄化と違い体表面の汚れを落とし、雑菌を殺すだけなのだが、今はそれで十分だ。雑菌さえ殺せれば良い。それだけで化膿など防げる。破傷風にでもなってみろ、目も当てられない。

 それからエレンは手当てを始める。傷の深く優先順位の高い所から包帯を巻いていき、浅い所や擦過傷などには傷薬を塗った湿布を貼ってゆく。最後に拾って来た真っ直ぐな枝で左腕に添え木としてくくりつけて固定する。

 ひとまずはこれで終わりだ。きちんと止血したので、あとはユーリ次第なのだが、目測ではあとは大丈夫だろうとエレンは判断した。


「何とかなりそうだ。それにしても運が良かった。おそらく何らかの技能(スキル)によって自己治癒力でも上がっていたのだろう。それで実力(レベル)でも上がって、技能(スキル)実力(レベル)アップの影響でより一層活性化した。そのおかげで、傷が多少ながら塞がり失血を抑えたんだ。それがなかったら失血によって死んでいただろうな」


 ふぅと息を吐きながらエレンは言った。エレンの考えは、当たっている。常時発動技能(パッシブスキル)『施された刻印』によりユーリの自己治癒力を含めた全ての能力が強化された。

 それに実力(レベル)アップ。それによって一時的に技能(スキル)が活性化されていなければユーリは既に死んでいただろう。しかし、未だ危ないことには変わりない。予断は許されないのだ。

 エレンは背嚢をあさり、中から小さなビンを取り出す。ビンの中には透き通るような青色の液体が入っている。

 これは所謂、回復薬と呼ばれるものだ。それも魔法調合により調合された魔法薬の分類(カテゴリー)に入る。この世界において、魔法があまり一般まで普及していないことを考えればかなり高額な品だ。これ一本で数か月は生活できる程度は高い。それを惜しげもなく使う。


「んくっ」


 それをエレンは口に含む。冷えた魔法薬の奇妙な食感(?)と嫌な味が口の中に広がる。思わずエレンは顔をしかめる。お世辞にも飲みやすいものではない。だが、吐いたりはしない。

 それに外傷をどうこうするものではなく、生命力を回復するものだ。外傷などを無視して生命力だけ回復させる。理屈などは不明だが、とりあえず飲めば元気になるらしい。

 ただ、基本的に使わない方が良いものなのだから、飲みやすいようには作っていないのは当然。だがその分、効果は折り紙付き。

 そしてそれをエレンはユーリへと口移しで飲ませた。普通に飲ませれば、気絶した相手では吐くこと必至だからだ。確実に飲ませたいなら口移ししかない。別に口付けが初めてというわけではないので問題はない。

 その甲斐あってか、効果は劇的だ。悪かったユーリの顔色も幾分マシになった。これで大丈夫なはず。しかし、外傷はよくても内傷の方はよく分からない。

 エレンは行商人であって治療法術師(ヒーラー)ではないのだ。まずいようなら治療法術師(ヒーラー)に見せる必要がある。だが、それは必要ないだろうとエレンは見ていた。


「早ければ夜、遅くても明日くらいには目覚めるだろう」


 高いだけに、魔法薬の効果は高いのだ。最後の1本だったのだが、人助けに使えたのだから良いだろう。失った金はまた稼げば良いが失われた命はどうしようもないのだから。


「さて、ふむ、手持ち無沙汰だな。早すぎるが、仕方ない野営の準備でもしておこう」


 エレンはいそいそと薪を集めたり、火をおこしたりと色々と準備を始めたのだった。


********


 ユーリは闇の中を漂っていた。繰り返されるのはニーナたちが殺された瞬間。キーリアに吹き飛ばされた瞬間。永遠のループ。激しい後悔が身を焦がす。このまま消えてしまいたかった。

 だが、それは許されず、何度も何度も繰り返す。何度繰り返しても助けられなかった事実は変わらない。

 もう何度繰り返したのだろうか。ループする記憶の中に一筋の光が差し込んむ。ユーリはがむしゃらにそちらに進んだ。


「うぅ……」


 その時ユーリが呻きながら、目を開いた。その視界が捉えたのはターバンで顔を隠した見覚えのない人物。その人物が優しく頭を撫でていた。大丈夫だよと子供をあやすように。

 着ている服はゆったりとした旅装で、体型を伺い知ることはできない。そのためユーリにはその何者か――エレン――が男か女か分からなかった。どの道、朦朧とした頭では正常に判断などできない。

 だが、ユーリの記憶にはない、母親のようなそんな感覚を覚えたのは確かだった。


「大丈夫か?」

「…………」


 エレンが声をかける。だが、返事はない。状態が安定したことによる一時的な覚醒だったのだろう。現にもうユーリは目を閉じていた。


「よほど辛いめにでもあったのだろな」


 ユーリが呻いていた。エレンにもそれは心当たりがある。辛い記憶が際限なくループしていくのだ。苦痛以外の何でもない。だから、エレンは昔師匠にやられたように頭を撫でた。

 やられたからわかるが、大丈夫と言ってもらったかのように安心できるのだ。ユーリもそのようで呻きが止まったのが何よりの証拠だ。


「さて、食事でも――ん?」


 もう大丈夫だから時間も時間なので遅めの朝食兼昼食でも作ろうとエレンが立ち上がろうとしたのだが、その服の裾をユーリが掴んでいた。思わず微笑んでしまうエレン。ユーリの様子が、まるで子供のようであったからだ。

 振りほどくわけにもいかないので、結局、朝食兼昼食はお預けになってしまった。それでも良いか、と思ってしまうあたりエレンはお人好しであった。


********


 夕刻。日が沈みかけた頃、ユーリが目を覚ました。多少まだ意識に霧がかかっているようだが、問題なく思考は行えるようである。


「こ、こは……。俺は……っ」


 急速に思い出される昨晩の記憶。何度か深く息を吸って吐いてを繰り返し、何とか落ち着きを取り戻す。

 とりあえず落ち着いたユーリはまず自分の状態を確認すために起きあがる。左腕は使えない上、体中から鈍い痛みがきているのでかなり苦労した。


「包帯、誰かに助けられたってわけか……」


 そこで以前、今よりも意識が朦朧としていた時に男か女かはわからない――格好からして男だろうとユーリは思った――がいたことをユーリは思い出した。

 助けてくれたのはその男だろうとユーリは考える。

 しかし、その男はいない。荷馬車があるので、どこか遠くに行ったわけではないのはわかるがどこに行ったのだろうか。


「っ、それより、水、が、欲しい」


 探した方が良いだろうかと思ったが、喉が砂漠のように渇いていた。あと微妙に痛むので、水が欲しい。耳をすませば川の流れる音が聞こえるので、そっちに行くことにした。もしかしたらそっちにいるかもしれない。

 ただ、そのまま行くのはまずい。なぜなら服を何も着ていないからだ。ポーチを含めた服は近くにはない。仕方がないのでとりあえず毛布を体に巻いて行くことに。


「っと、と」


 立ち上がるとふらついたが、何とか倒れなかった。

 しかし、おかしいと思う。どう、見積もっても自分は死にかけだったのだ。傷もあるし間違いはない。だと言うのに問題なく動けているのはどういうことなのか。

 これはエレンが飲ませた回復薬のおかげなのだが、ユーリはそのことを知らないので、不思議に思った。

 なのでわからないから保留にした。問題なく動けているのなら、それはそれで良いことなのだから。

 そんなわけで川の流れる音のする方へ向かう。音を頼りに茂みを抜ける。そこでユーリの思考は凍りつくことになった。

 なぜなら川のほとりには、生まれたままの姿で水浴びをしている、水に濡れて艶やかな輝きを放つ亜麻色の髪の女――エレンがいた。

 どうやらエレンは女だったようである。それもかなりの美人だ。瞳は白銀で、光を反射してまっすぐな輝きを放っていた。

 体つきは非常にスレンダーであるが、女性の象徴とも言えるその胸は、かなり大きい上に形も見事だ。しかもただの巨乳美女ではない。

 その頭には髪と同じ色をして三角に尖った耳、腰にはふさふさ、ゆらゆらと揺れるもふもふとした尻尾が生えていた。

 所謂、獣人族の中の狼人部族の女であった。


「んっ? ああ、起きたんだな。具合は良いのか?」


 ユーリに気がついたエレンがやって来る。彼女が動く度に見事な胸がかなり揺れて、思春期男子高校生のユーリにはかなり目の毒であり、ゴーゴンの眼のように彼を石化させた。


「はっ? はああああ!?」


 何か言わないとと、何とか石化の呪縛から逃れ、オーバーヒート気味でストップした思考が、何とか絞り出したのは素っ頓狂な叫び声だった。それが森に響いた。

「はははっ!」


 先程のユーリの反応を思い出して笑うエレン。ちなみに今はきちんと服は着ている。着ているのは、ゆったりとして体型を隠すような旅装だ。ただ、どう足掻いても一部分隠しきれていないが。

 そう、胸である。たゆんたゆんである。笑うたびにたゆんたゆんと揺れる。凄まじい破壊力であった。

 しかし、かなり恥ずかしいユーリ。女で命の恩人で、怪我さえしていなければ殴りかかっているところだ。高価な魔法薬も使ってもらっているので、もう手も足も出ない。


「笑わないでください」


 そう言うが、真っ赤になって言う姿はエレンにとっては逆効果のようだった。しかし、あからさまに不機嫌になったユーリを見て、さすがに笑うのを止めた。


「いや、すまない。まさか、獣人ということ驚かれることは何度かあっても、女ということであそこまで驚かれたのは初めてでな」

「む、う、すみません」


 言葉に詰まるユーリ。元はと言えば、服装だけで早計に、勝手に男だと判断したユーリが悪いのだから何も言えない。エレンも確かに一度も自分を男とは言っていないのは悪いかもしれない。

 だが、それで確認をとらなかったユーリも悪い。

 まあ、ほとんどまともに話す時間がなかったというのもあるが。というか、これが初めてのまともな会話なのでどちらが悪いとは言えない。

 自己紹介も先ほど済ませたばかりだ。あえて言うならそのようにした運命の神だろう。気まぐれな運命の神だ。何を言っても無駄である。


「何、謝ることはない。こちらも何時もの癖で顔を隠して、魔導具(ソール)で体型を誤魔化していたのだから、勘違いするのも当然だ。

 私は、女らしさということに関しては、まったく持ち合わせていないからな。こちらこそ勘違いさせてすまない」


 いや、かなり持ち合わせてますよ。特に胸とか、と内心で思うユーリ。

 視線の先では、世の女性が絶望しそうなほど見事な双丘が、ゆったりとして体型を隠すはずの服の下からでも、これでもかとその存在を誇示していた。たゆんたゆんである。

 ユーリの眼にとってはかなりの毒になっている。まあ、眼福であるので、別の意味での毒ではあるが。


「さて、まずは、食事にしよう。用意はしているからな。味は気にしないでくれ」

「いえ、用意してもらっただけでも感謝してます」


 というわけで、まずは食事と言うことになった。なるべきあのことを考えないで済むには、何か別のことをしているのが一番なので、ユーリも反対はない。

 そもそもこちらに来てから何も食べていないのだ。実際にはイリスと魔法の修行をしてから何も食べていない。そろそろ空腹も限界である。

 出されたのはスープである。見た目は白い。それに野菜が色々と入っている。ユーリからしたらシチューのような食べ物であるが、いささか季節外れと言える。

 実際はこれこちらの世界では栄養満点の病人食的なもので、シチューではない。シチューはまた別にあるし、白いのは牛乳ではない。あからさまにドロっとしているのがその証拠だ。

 材料は言わないでおこう。人間知らないことの方がいいこともある。その1つがこのスープの材料だ。野菜はまだいいのだが。スープの元になっているのが、問題なのである。

 ただ、言えるのは珍味として知られる魔獣食材であり、栄養が豊富で精がつくということであろうか。まあ、病人食には変わりないので問題はない。

 無論そんなことは知らないユーリであるので、尚更問題はないのだ。まあ、後に知って色々と後悔をすることになったり、落ち込んだりと忙しいことになるのだが、それはまた別の話だ。

 ただ、一言彼がその時に言ったのは「今まで食べたものの中でもトップクラスに入るであろううまさだったのが非常に腹立たしかった」とのことである。

 魔力のある魔獣食材と日本の普通の食材を比べるのは不公平なのであるが。

 というわけで食後。何も知らないユーリはたいそうおいしい食事に満足したのであった。知らぬが仏とはこのことである。知ったらたぶん吐いている頃だ。

 その後、落ち着いて所でエレンは切り出した。


「さて、私としてはあまり踏み込みたくはないのだが、君を助けた者としては何があったか、くらいは知って起きたい。事情を話してはくれないだろうか?」

「…………」


 エレンの言葉に黙りこくるユーリ。あまり、そのことには触れて欲しくはない。あまり思いだしたいことでもない。泣いてしまうかもしれない。それだけは嫌だった。せめてもの見栄と言う奴だ。男の意地とも言えるかもしれない。

 その様子に何か察したのか、エリスが言う。


「無理にとは言わないが、こんな私でも相談相手くらいにはなってやれる。溜め込むよりは吐き出してしまった方が楽だぞ。それに、命を助けた者は事情を聞く権利があると思うが? 何、無理にとは言わないさ。言いたくないならな」

「それは言えって言っているもんでしょう」

「ふむ、そう聞こえたか? それはすまない。決して強要する気はない。そちらから話してくれないのなら、何も聞かないさ。ただ、金は請求するがね」


 さすがは商人と言うところか、舌戦では勝てそうにないとユーリは早々に悟った。どの道、彼の場合は女性であれば誰でも勝てないだろう。小さな子供は別として、同年代、またはそれ以上だった場合、舌戦、口喧嘩で彼は勝てたためしがない。麻理然り、あのアリア然りだ。

 金の話になってはどうしようもない。降参したように肩を竦めたユーリはポツリポツリと、吐き出すように話して言った。エレンはそれをただ黙って聞いていた。

 話し終えたあとの空気は推して分かるだろう。物凄い暗い。

 エレンはどうしたものかと考える。このままで良いはずがないだろう。盗賊に村が襲われることなど日常茶飯事、とまではいかないまでもそうそうあるものだ。確かに助けられたのを油断によって殺されたのは彼の責任なのかもしれない。

 だが、彼はまだ若い。いくらでもやり直すことはできるのだ。もう二度とこのようなことを繰り返さないようにすれば良い。それが、彼にとっての贖罪にもなるだろう。彼らの分まで生きて、彼らと同じような人々を救えば良い。しかし、今必要なのはそんなことを伝えることではない。


「なっ!?」


 気がつけばユーリはエレンに抱き締められていた。圧倒的母性の固まりがユーリに押し付けられる。今必要なのは、優しさと温かさだろう。泣くことだろう。悲しいなら泣けば良い。それで前に進めば良い。立ち止まるのが一番駄目だ。師匠の受け売りだ。


「ちょっ!? なにを!?」


 しかし、こうなると先程までの暗い雰囲気なんぞ、一瞬でどこかに吹き飛んでしまっていた。さすは師匠の受け売りである。


「気にするな」

「気にする! 離してくれ!」

「ん? 何か言ったか? 聞こえないな」


 離せといえばエレンはそう返した。何も聞こえないと。聞こえないから泣いてしまえと。彼女は暗にそう言っていた。男とは辛くても泣けない生き物だと彼女は理解していたのだ。

 そして、その日は夜遅くまで、雫の落ちる音が森に響いていた。


一章無事終了。ふぃ~、疲れました。

感想やポイントを入れてくれた人、お気に入り登録してくれた人、本当にありがとうございます。

少しずつ増えていくポイントに戦々恐々としてます。


一章も終わり、次回から二章に入りたいと思います。

では、また次回お会いしましょう。


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