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ヴェスバーナ暦1998年春期2月17日 未明 砦
黒と蒼がぶつかる。
鈍色が衝突し、雨を吹き飛ばし、美しき火花を散らす。ユーリとキーリアが鍔競り合う。
1人は怒りを持つ本能のままの獣を、1人は狂喜をその瞳に浮かべて。
1人は怒気を持って、1人は悦楽的に。互いの得物を振るった。
巨斧が振り下ろされ、剣がそれを受け流す。剣が薙ぎ、巨斧がそれを受け弾く。互角に見える応酬が続く。
しかし、圧倒的にユーリが押されていた。歯を食いしばって耐えるが押し返せない。
力で勝てないのがわかった。ならばスピードで翻弄しようとするユーリ。
だが、キーリアには関係ない。地に足をつけ、ただただ力任せに巨斧を振るう。
彼女が巨斧を振るう度に衝撃波が生まれ、それだけでユーリの体は傷を負ってゆく。深くはないが浅くもない。
20人の盗賊たちを殺した時の傷もある。あまり長くは戦えないだろう。
しかし、キーリアの細腕のどこにそんながあるのか。単純な実力差ではない。実力などでは、はかることのできない、本当の実力差がそこには存在していた。それも圧倒的に。
といっても実力に差があろうとも所詮は人間なのだ。工夫次第でどうにかできることもある。
それでも、今回は工夫次第でどうにかなるような相手ではなかった。キーリアはこの世界にも何人もいないような正真正銘本物の実力者であった。
「アハッ♪ ほらほらもっともっと♪」
「クッ! らああああ!」
得物を交じらす度に楽しそうに愉悦に染まって行くキーリア。
対称的にユーリは歯を食いしばり苦痛に顔を歪ませる。
キーリアが巨斧で薙ぎ、ユーリはそれをバックステップでかわす。そして、また火花を散らす。戦いは更に激しさを増して行く。
「あはは♪ 愉しいな♪」
「…………クッ」
更に巨斧を振るうスピードが上がるキーリア。ギアが入ってきたのだ。対して追い込まれて行くユーリ。シグドは1人、そんな2人の戦いを見ていた。
「ふん……」
キーリアはいつも通りだ。いつも通り遊んでいる。片腕、しかも利き腕とは逆の左腕だけで相手をしているのがその証拠だ。
実力差からしてキーリアが本気を出せばユーリなぞ一瞬でバラバラの粗挽きになっているだろう。運が良くて一発でボロ雑巾だ。
そうならないのはキーリアが遊んでいるからだ。だが、それでもユーリは良くやっている。
はっきり言ってシグドから見れば素人だ。だいたいユーリ本人は昨日今日、実戦を経験したばかりのひよっこだ。経験が圧倒的に足りない。
だが、将来性はあった。磨けば確実に光ることは間違いない。それがわかった。それも、圧倒的な輝きを放つであろう、宝石の原石であることがわかった。このまま行けば、いずれ階位すら上がるかもしれない。
それは、非常に貴重で、そんな相手に巡り合えるのは、今や少なくなってきていた。
「惜しいな」
シグドは思う。
今ここで殺してしまうのは惜しいと。
ここでユーリを殺すのは簡単だ。朝飯前に、何の痕跡も残さないで仕留めることができるだろう。最低でも20回以上は殺すタイミングがあった。
まあ、シグドならば最初にユーリが現れた時点で問答無用で殺せた。
だが、それではおもしろくない。シグドが満足できない。
こと、戦いを楽しむということに関してはキーリアとシグドは赤の他人のくせに、まるで親兄弟のように、いや、同一人物のように良く似ている。
性別も、年齢も、姿形でさえまるっきり違うというのに2人とも戦いが好きだ。恋人のように大好きだった。
2人は純粋に戦いを楽しむ。生粋の、混じりっ気なしの本物の戦闘狂だった。
だからこそ楽しい獲物はとっておく。成長して、自分たちを殺せるくらいに強くなった相手を望んでいる。
「とっとくに限る。
おい、ガキ!」
「んあ♪ 何~♪ シグド~♪」
戦闘の最中だというのに、キーリアは余裕綽々にシグドの方に意識を向ける。
その間もユーリの剣戟を捌き続けていた。
「帰るぞ」
「うにゃ?♪ ……わかった♪」
「ガッ!?」
その一言でシグドの意図がわかったのかキーリアは多少不満そうな声ではあったが彼に従う。キーリアとて、戦うなら強い相手の方がいい。
突っ込んで来たユーリをぶっ飛ばす。バギンッという音がしたので腕が折れたようだ。そのまま瓦礫になっていた門に叩き込んでからシグドの下へ。
ユーリは割りとキーリアが本気でやったのでは瓦礫から出て来ない。シグドとキーリアの耳には息遣いが聞こえるので、生きてはいる。
十中八九大怪我だろうが、問題はないだろう。それくらいで死ぬようなら所詮はそこまでの奴だったということだ。
「じゃあな坊主。また会おうや。今度も戦場でな。
オレはシグド。赤獅子って呼ばれている。オレらが憎いなら殺しに来い」
「じゃね♪ 今度はもっと強くなってキーリアを楽しませてね♪」
そのままシグドとキーリアは悠々と闇の中に消えていった。あとは音もなく、雨の降る音が響いていた。
「…………」
瓦礫の中から出てきたユーリは折れた左腕を押さえながら、覚束ない足取りでと歩く。
雨にうたれて濡れるのも気にせずに、ただただ目的地もなく真っ直ぐ道を外れて歩いていた。気がつけば東の空が明るくなってきている。
絶望の夜は終わり、朝が来る。
ただ、ユーリはもう限界だ。滅茶苦茶に歩いたせいで今、自分がどこにいるのかもわかっていない。彼の霞む視界が捉えているのは、どこかの街道ということだけだ。
地理に疎いユーリにはそこがどこだかわからない。実際はスニアの村から小さな森1つ隔てた場所にある村に続く街道である。
だが、そんなことは関係ない。ユーリは限界で、もう立っているのがやっと、という状態なのだ。案の定、彼の意識は途絶えた。
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ヴェスバーナ暦1998年春期2月17日 早朝 スニアの村
全身を雨に濡らした騎士服を纏い、背中に穂先と石突きの両方に刃の付いた槍を背負ったカノンは驚異的なスピードで行軍を続けようやくスニアの村に到着した。
いや、正確にはかなり早いのだ。馬でも最低半日。歩きなら1日の距離を数時間で駆け抜けたのだ賞賛に値する。
「はあ、はあ、はあ~~、ふう、さて行きますか」
流石にカノンでも息の上がっていた。全力で1日走り続けたあとに、更に全力で数時間走り続けたのだから当たり前だ。
それでも素早く息を整え用心の為に槍を抜き、構え村の中に入って行く。すぐに盗賊の死体があったが確実に死んでいたので無視をした。
スニアの村の中は酷い有り様であった。村人は全滅だ。火は降り続いていた雨によって殆どが消えているが、それがその惨状を明確にしていた。周囲を確認しつつ村の中央へと進む。その間、惨状を報告することを忘れない。
「村は、やはり全滅ですね。酷い有り様です」
『こっちでも確認した。酷いな。その先を見てみろ。もっとひでぇぞ』
魔法による通信の声に従って先を見てみる。そこに広がっていたのは咲き誇る赤い華だった。雨が降っていたにも関わらずその姿はあせることなく保たれている。
「これは……」
件の冒険者がやったのだろうか。
しかし、冒険者とはどう考えても思えない。状況を見るに包囲した盗賊を一網打尽だ。だがこれはおかしい。
確かに凄まじいのだが、問題はそこではない。包囲されていたということだ。件の冒険者は村人を助ける気があったのだと思われる。戦っていたのだから間違いないだろう。
だが、これを見るに包囲されてからの殲滅だ。普通の冒険者では考えられない。村人を助ける気のある冒険者ならば、盗賊に動かれる前に村人を逃がす。
金さえ貰えればどのような戦いの場にでも、ある程度制限はあるが、どのような依頼でもする冒険者は当然、護衛のやり方を心得ているはずだ。心得ていないほど初心者ならばわかるが、この殲滅を見る限りは、そうではないだろうとカノンは思う。
保護対象を守るにあたり、まず危険の多い戦いの場から一番に逃がすの定石だろう。冒険者は保護対象が逃げる時間さえ稼げば良いのだから、わざわざ保護対象を、いつ流れ矢が来るかもわからない場所に残すはずがない。まあ、確かに一概にはそうは言えないが。
冒険者が護衛の経験のない者であったという可能性もなきにしもあらずなのだが、この惨状を作り出したほどの実力ならば、それは有り得ないだろう。
だからこそ、おかしいのである。
(冒険者じゃなかった? でも、それならこんな状況は作れない。元冒険者でも、護衛の仕方くらいわかるはずだし……)
1つ、カノンにはそれを説明できる心当たりがあった。しかし、そこで考えは中断させられる。目の前の闇に2つの気配を感じたからだ。
「誰ですか!」
生き残りではない。放たれる濃密な、絡みつくような殺気が生き残りという選択肢を否定している。
「ほう、今日はツイてるかもしれんな」
「そだね~♪ ねえねえ、またやって良い♪? 物足りないの♪」
「好きにしろ」
「やた♪」
現れたのはシグドとキーリア。2人、特にシグドを見た瞬間、カノンの体が緊張で強張った。その顔に浮かぶのは驚愕。化け物にでも出会ってしまったかのような表情であった。
「何故……」
何故、こんなところに。そんな言葉がカノンの形の良い口から漏れる。呼吸が荒くなる。慌てて整えるが、緊張は増すばかりだ。
「ほう、オレたちのことがわかるらしいな」
「当たり前です。あなた方、特にあなたの名前は大陸中でも知らない者はいないほどですから。闇ギルド黄昏の笑みの幹部が1人赤獅子シグド」
裏と呼ばれる業界がある。
そこは世界の闇と呼んでも良い世界だ。略奪、暗殺、破壊、またはそれ以外、またはそれ以上の残虐行為を生業とする者たちの世界である。
暴力が全てであり、加減などない。踏み入れれば最後、抜けることは死を意味する鉄の掟の存在する暗黒の世界だ。
そして闇ギルド黄昏の笑みは、その世界において活動する組織の1つである。大陸中に根を張り、裏の仕事をしている。だというのにその全体像すら掴めていないという規格外の組織だ。
シグドとキーリアはその幹部であり、唯一表の世界で知られている黄昏の笑みの構成員であろう。赤獅子はシグドの二つ名である。
「それで、そこまでわかっていて、お嬢ちゃんどうしようってんだ?」
「…………」
カノンは黙る。戦った所で勝てるわけがない。2対1という不利な状況もそうであるが、相手の実力が違い過ぎる。
では、逃げるとしても、追撃がある。おそらく全力で逃げてようやくギリギり、逃げ切れるというくらいだろう。
「なるほど、実力差はわかってるようだ。それに、中々筋もよさそうだ」
「そんなことより、遊ぼうよ♪!」
「――っ!?」
もう、我慢できないと、キーリアがカノンに突っ込む。巨斧を振り上げ、振り下ろす。完全に不意をつかれた。避けきれないないのがわかる。運良く避けたとして、衝撃波でズタズタにされるだろう。それは確定していたはずだった。
だが、その巨斧が振り下ろされることはなかった。否、振り下ろされはした。だが、それはカノンに当たる前に止まっていた。キーリアが止めたわけではない。カノンが止めたわけでもない。
巨斧を止めていたのは黒尽くめの男だ。全身を黒で染め上げたかのようで、眼と書かれた白い仮面を被っており、その素顔をうかがい知ることはできない。
「戻れ盟主からの命令だ」
男がシグドとキーリアに言う。
「“眼”か?」
「そうだ」
シグドが聞くと男がうなずいた。眼とは黄昏の笑みの盟主直属の部下の1人のことだ。組織全体の監査から、情報収集と所謂諜報が主な役割である。
日本風に言うのならば忍と言ったところである。実態が不明で、その実力も不明であるが、キーリアの一撃を受け止めた所から、かなりのものと思われる。
「帰るぞ」
「え~♪ もっと遊びたい~♪」
「帰るぞ」
「……う~♪ は~い♪」
最初は納得できないようであったが、上からの命令では仕方ない。見かけによらずかなりの豪傑であるキーリアと言えども、癪ではなるのだが“眼”、強いては黄昏の笑みを敵に回してはこの業界、生きていけない。
それほどまでに、黄昏の笑みは巨大で強大だ。
この業界は力こそが全てなのだ。上の連中ほど実力者ということになるのだ。それを考慮して最終的にキーリアは納得した。
「さて、お嬢ちゃん。名前を聞かせろや。お前もまた戦場で会おうぜ」
「…………エストリア王国騎士団見習い騎士カノン・エアスト・クラディアです。覚えてもらわなくて結構です」
「そういうなよ。あの坊主と一緒に強くなったら、戦おう」
「じゃね♪ 今度はしっかりやろうね♪」
「…………」
男としてはここで目撃者であるカノン、また瓦礫に埋もれているユーリも排除しておきたかったが、ここを監視している者がそれを許さないために断念せざる得なかった。
男の知る限りこの国には1人しかいない本物それが、ここを監視しているのだ。仕方ないだろう。それに、責任はシグドとキーリアにある。それで咎められることもない。どちらかと言えば遅れた方が咎められる。
「……行くぞ。オン」
男が唱えると3人は掻き消えるよう消えた。しばらく待つが戻ってくる気配はない。完全に気配は消えていた。
「はあ~」
それがわかったカノンは大きく息を吐く。正直なところ生きた心地がしなかった。あれほどの実力差を感じたのは久しぶりである。何にしても、退いてくれたのは僥倖だ。もし、退いてくれなかったら確実に殺されていた。
「それにしても、エルシア様から聞いていましたが、本当に黄昏の笑みはいたんですねぇ。っと、それどころじゃありません。一先ずこの辺りを見て回ってから報告です」
役目を思い出したカノンはそれを果たすために動き始める。森の中から彼女を見る視線に気づくことはなかった。
*********
「クスクスクス」
可愛らしい少女が笑う。
「ああ、楽しいわ。ねえ、楽しいでしょう?」
少女は森の中で問う。
「そうですね」
「…………(ニヤニヤ)」
「そうかもしれませんねえ。そうでないかもしれませんねえ」
「あらあら、楽しげね」
クスクスクスと、森の中で少女の笑い声が木霊した。
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