1-12
????年??月??日(?) ホテル【ホライゾン】
その夜いつものようにホテル【ホライゾン】に行くだろうと悠理は確信していたのだが、なにやら違うようであった。
「はっ?」
悠理は気がついたら見知らぬ巨大なホールのような場所にいた。壁などの装飾や悪趣味な調度品からかろうじてホテル【ホライゾン】だとわかる。しかし、てっきりフロントにでると思っていたので驚いた。それに、悠理以外にも多種多様な大量の人間がここに集まっていたからだ。
この前からいつもフロントには人は従業員以外いなかったのだから驚きもするだろう。悠理がサロンなどの施設を使用していたのならば、話は違うのだが、使用する気も時間もなかったのだから、これだけの人間がいることを知らないのは当然と言える。
「だが、何だ? 何か様子がおかしいような」
そう、ここに集まった人間はどこか様子がおかしかった。皆困惑していた。どうしてこんなところにいるのだろうかと。悠理は自分から入ったのだから多少の驚きはあったが、困惑はしない。確かにフロントに出なかったことは驚いたが、とりあえずは、自分から来たのだ、驚きこそすれ困惑はない。
だが、この反応を見るにそういうことではないことがわかる。では、一体何が起こっているのだろうか。こういうときはあまり出てきて欲しくないガイドの登場が望ましい。そして、そんな皆の気配でも呼んだかのような絶妙なタイミングで、奇妙奇天烈の代名詞で、ピエロのような執事のようなといういつも通りの格好のガイドが現れる。以前にもまして楽しそうに、ステージから現れた。
「はあ~~い、紳士淑女の皆様お待たせいたしました。今回の異世界生活プロデュースの規定人数に達しました。いやはや、長かったですねぇ。はい」
恭しくシルクハットを取って礼をするガイド。
そんなことよりどういうことだと、早く本題を話せとここにいるガイド曰く規定数の人間たちがしきりに促す。ガイドはその様子にやれやれとくるりとシルクハットをまわしながら被りなおし、パチンと指を鳴らした。ホールを満たしていた音が消える。周りにいる人間がしきりに声をだそうとするが出ない。悠理も出そうとするが出なかった。
「少々お静かに、これから順を持って説明いたします。
さて、まず、なぜこんな状況になったか。知りたいと思うのでお教えしましょう。どうしてこうなったのか。最初に言った通り、規定人数に達したからですよ」
だから、その規定人数ってのはなんだ。教えろというのが、ここにいる人間の総意であった。そんな様子を見てニヤリと笑うガイドは続ける。
「規定人数とはこのプロジェクトの規定員数ですよ」
プロジェクト。皆思い当たるものがないと言った風。だが最近入ったばかりの悠理には思い当たりそうなものがあった。あのメールにあったこの言葉『――【Dream Role Playing World】。夢のような、ゲームのような異世界生活プロデュース
。異世界での生活を望む方、社会に押さえつけられ自身の力を発揮できずにいて、その力を発揮させたい方、または異世界で新たな人生を望む方歓迎。夢を彩る異世界の生活をあなたへ――』それ以外に思いつくものはなかった。つまり、規定人数とはこのプロデュースをする人間の数ということだろう。
ということは今ままで異世界に行けるようにしてもらったことなどはこのプロジェクトからすれば序の口ということになり、本筋ではなかったということになる。ならば、何のためにそんなことをしたのか。そもそも、どうして規定人数なんてものがあるのか。それ以上は悠理にはわからない。情報が少なすぎる。
「お忘れの方もいるようなので、もう一度言いましょうか。あなた方の異世界での生活をプロデュースすることですよ。ようやく、人数も揃いましたから。ええ、はい。ようやくです。中々、異世界の存在を信じており、そこに本気で行きたいと願う人は少ないのでねえ。
まあ、揃いましたので善は急げということで至急お呼びしたしだいです。ええ、選択権を持った最後の1人が同意いたしましたので」
そして、ガイドは爆弾を投下した。ここにいる大勢の人間を混乱の真っ只中に叩き落す衝撃の爆弾を。
「というわけで、あなた方は晴れてあちらの住人になれるということです。こちらの世界から消えうせてね」
パチンと音が響いたかと思うと、音のなかったホールに音が戻ってきた。それも騒乱の音が。怒声が、悲鳴が、狂喜の声が。ホールの中で音楽を奏でていた。指揮者はガイド唯1人。この中で、唯一全ての状況を操り、この状態を作りだしていた。その顔に浮かぶのは歓喜のみであった。いや、狂喜と言うべきだろう笑みだ。
「ふざけんじゃねえええええええ!!!!」
「そうだ、そうだ!!」
「俺たちはそんなことのために異世界に行ってたんじゃねええ!!!」
ほんの、暇つぶし、そんな感覚だっと何人かの男たちが異世界で培った高い身体能力で、ガイドに跳びかかるがステージに登ることが出来なかった。見えない壁に阻まれて吹き飛ばされていた。だが、そういった人間は人数が多い。愚直にステージに突っ込んで行っていた。
ガイドは大笑いしながら無駄な抵抗を続ける男たちの姿を見ている。それが更にそれを助長させた。それ以外にも女や、小さな子供もいて、泣き叫んでいた。帰してと、こんなつもりじゃなかったと。
「…………」
悠理は巻き込まれないように壁際に移動しながらそれを見ていた。その光景を見て、逆に落ち着いていた。そもそも自分たちが望んだことなのに、いざそのタイミングになると、行きたくないと言うのはどこか滑稽な気もしている。何かのスイッチが入ったかのように脳の芯が冷めていった。
(バカめ……。そんなことしても何もならない)
それほど余裕があるわけではなかったが、外聞を気にするだけの余裕はあった。そして、その残った余裕でこれからどうなるかを考える。完全に余裕があるときとは比べ物にならない思考速度と思考能力であったが、考えることが出来るのは重要だ。悠理の他にも何人かいるようであった。
(十中八九、あのクソ野郎が言ったことは本当だ。これだけ集めて、全部嘘でしたとか言うとは思えない)
短期間であるが、ガイドと接した悠理の考えはガイドの言っていることは嘘ではないということだ。そうなればそれが事実であるとの前提で話を進めることにする。一先ずは傍観だ。何かしても言いことはない。傍観してガイドの言葉を待つ。情報がなければどうしようもない。ただでさえ異常なのに、これ以上異常になってはやっていられない。
しばらくして笑いが収まったガイドが話を続けるために口を開く。まだステージに突っ込んでいる馬鹿はいるが、お構いないしだ。
「さて、これからどうするかですが、この世界での最後の販売、課金の時間ですよ。この後は順次旅だっていただきます。
ああ、ちなみに、いつまでも残っていると削除しますのであしからず」
パチン。またガイドが指を鳴らす。すると、一人一人の前に、あのメアリと同じような女が現れた。ただ、同じというだけで別なのかもしれないが、区別はつかない。もとより付ける必要はない。これはここではありふれた従業員だ。ただのサポーターだ。気にするだけ無駄。これはそこにいるだけいるのだから。
悠理の前の女が悠理にボードのようなものを渡す。それは自分設定の画面が移っていた。これでやれることをやれということらしい。だが、悠理にはポイントなんてものはもう残っていない。だから断ろうとしたとき、それは見えた。ポイントの欄は0ではなかった。10万と1350ポイントはいっていた。まったく見覚えがないポイントであった。
「どういうことだ」
「とある方からあなたが来たら渡すように頼まれていたものですよ。忌々しいですがねえ。はい」
「うわ!」
行き成り逆さのガイドの顔が顔の真横に現れたので驚く悠理。それに、ガイドの顔がいつもの笑いではなく嫌な、心底嫌そうな、見たこともないような顔をしていたからだ。だが、それが他の人間に知れることはなかった。時が止まってしまったかのように悠理とガイド以外の全てが止まっていたからだ。こうなれば誰かに話を聞かれることもない。安心して話せるようになっていた。
「思ったよりも落ち着いてますねえ」
本当は落ち着いてなどいないが、それを押し殺すように悠理は言った。
「…………とある方って誰だ」
「教えるなとのことですので。忌々しいですが」
「…………」
「それよりも、早く設定したらどうですか? 騙すつもりはもうありませんよ。忌々しいですがね。はい」
「どうしてこんなことをしたんだ」
「さあ、上が決めたことですから。忌々しいですがね」
「まっ――!」
悠理が止めようとしたが、その手がガイドを掴むことはなかった。時間が動き出し、喧騒と混乱が戻ってくる。ガイドはいつの間にかステージの中央で杖をくるくる腕で回しながら笑うことに戻っていた。あのガイドが忌々しいと言う相手。それは誰なのかわからなかった。
「…………」
一度目を閉じて心できるだけ落ち着けてから、ボードを見る。何が起きるかわからないのだ。やれることはやって置くべきだろう。それがわかっているのか、悠理の他にも数人はボードを操作していた。
まず、悠理が見たのは身体能力の所だ。再設定とか言っていたので、何か変わっていないか見るためだった。とりあえず筋力の項目に再度ポイントを割り振れないかやってみた。出来ないだろう。そう思っていたが、予想に反して割り振れた。一気に10000ポイント。そして、それ以上上がらずに人外から神となっていた。
「まだ、上がったのか? それとも再設定のせいか?」
何にしても今では試しようがない上にわからない。タイムマシンでもない限りは無理だ。とりあえずは悠理は他にもあがるものがないか、他の項目にも割り振れないか試して見る。だが、上がったのは筋力と知力の二つだけであった。何か法則性があるのかもしれないが、それを考えるほど悠理に余裕はない。
悠理がそうやって再設定をしていると、ようやく無駄だと気がついたのか、もうガイドに突っ込もうとする馬鹿はいなくなっていた。悠理たちのように再設定をしている人間がいるのを見て、なし崩しに自分たちもとやっていた。
徐々にやりだす人間が増え、最終的には全ての人間が再設定をしていた。もうやることがこれ以外になかったからだ。やらなかったら削除されるからだ。八つ当たりをしようとする人間はいなかった。しようとした人間が女に倒されたのを見たからだ。女に殴りかかっても返り討ちにされた。こうなったら嫌でも再設定をするしかない。それ以外にはやることがない上に、自分が生き残れるかが、これにかかっているのだ。皆再設定を始めた。
「次は才能だな。あげられるのがあるかもしれないからなまずはそっちをあげてからだな」
結果的にその判断は正解であった。悠理が最初に選んでいた才能、刀剣術、体術、魔法、投擲、射撃、見切り、気配察知、騎乗の全てをあげれたからだ。ただしポイントを合計で80000も消費した。先ほど使ったのとあわせてちょうど10万まるで計ったかのようである。
10万を悠理に与えた者はこれがわかっていたのだろうか。考えてもわからない。そもそも、とあるお方とは誰のことなのか。こんなところにいる知り合いなど悠理は知らない。
だが、ポイントはまだ残っている。とりあえずそちらは保留にし、残りの1350は何に振ろうか考える。考えた結果、精霊術という魔法の一種であろうものを一流まであげた(一流までしかあげられなかった)のと、残りのも一流どまりで、鑑定と剥ぎ取りの才能。そして、残りの300ポイントは加護として、無病の加護に振り込んでおいた。
すると、ポンッとシィが現れ、手を合わせて何かしていく。光の粒子が悠理を包みこみ、それが終わるとシィも消えた。その表情はどこか寂しそうなものであったが、悠理にはその理由はわからなかった。
「これで振り終わりか。どうする? 他に何かすることはあるか?」
しばらく考えて、ないとの結論に至った。どう考えてもこれ以上は必要ないとの判断だ。これだけあれば少なくともあの世界ならば生きていける。あの世界での常識など色々と問題はあるものの、すぐにどうにかなるといことはないだろとの結論に達したのだ。
終わった悠理はボードを女に返して壁を背にして座りこんだ。女はすぐに消えた。まるで最初からそこにいなかったかのように消えうせた。痕跡すら残らなかった。
一人になった悠理は状況を整理していた。どう考えても状況は悪くはない。何もなしにいきなり異世界に放り込まれるよりも遥かにマシだ。こうやって準備することが出来るし、それにあちらの世界。つまり今まで悠理たちが行っていた異世界に行けるのだ。ある程度は勝手のわかる世界。わけもわからず即死ぬなんてことは少なくともない。武器もアイテムもある。実力だって上がっている。悪いことばかりではない。
ゆっくりと落ち着いて考えれてみれば驚くほど悪いことはなかった。まあ、それはあくまで現実世界にほとんど未練のない悠理の考えだが。それに、異世界への移住などは悠理の望むところであったのだから、当然であろう。
「……むしろ俺の望む通りか。麻理さんや絵梨たちには悪いけどな」
よくよく考えて悪いことばかりじゃないとわかった今、悠理は普通に考えることが出来た。唯一の未練というか何と言うかは麻理や絵梨その他大勢の知り合いのことであるが、あいつらなら大丈夫だろうとなんだ、わけのわからない、根拠のない多大な自信と信頼があるので大丈夫だろう。と頭の隅から外に追い出す。どうせもう考えたところで意味のないことだ。
そうと思えば、あの日常も悪いものではなかったんだと、今更ながらに思えて来る。人間と言うのはつくづく失う段階になってからその大切さがわかるのだな、と悠理は実感した。しかし、それ以上は考えないようにする。それ以上考えれば未練だろう。もう立ち上がれなりそうになる自信が悠理にはあった。
それに、あの世界には魔法があるのだ。もしかすれば帰れる可能性はある。しかし、その確率は低いだろう。諦める、わけではないが、それでもかなりの確率で戻れないのだから。元の世界について考えるのは、とりあえずやめておく。これから先のことを考えることにする。
それから数十分後。ようやく最後の女が消えた。全員が設定を終えて、最低限の覚悟をしたということだろう。もう、何か言う人間はいなかった。
「さて、終わったようですねぇ。では、皆様良い旅と良い人生を期待していますよぉ。ああ、あなた方の神は向こうではあなた方の守護神となりますので。おそらくどうにかしたら会えるんじゃないですかねぇ。はい。
では、またいつか。会えると言いですねぇ。ヒヒヒヒヒヒヒ!!」
壊れたようにガイドが笑うと、糸が切れた人形のように倒れた。悠理からは見えないが四肢がばらばらになっていた。
刹那、カッ! と閃光がほとばしり、全てを飲み込んでいく。ここにいる全てを。ここにいる有象無象の人間全てを飲み込んで行った。その光に温かさなどない。あったのは冷たさと、ガイドの人を否応なくイラつかせる嫌な笑いだけであった。
悠理は目を閉じた。どのみち、光がほとばしった時点で閉じていたが。目の中のもう一つの目蓋を閉じた。完全に何も見えなくなる。ただ、感覚だけが鋭くなる。一瞬の浮遊感、そして落下していくのがわかった。だが、恐怖はなかった。急激な眠気が襲ってくる。
悠理は流れに身を任せた。あとはただ、落ちていくだけであった。これからどうなるのかという多少の不安を感じながら。
********
ヴェスバーナ暦1998年春期2月16日 夕刻 スニアの村 地下御殿
「ふう、まったく、私の魔法を何に使っているのかしらねえ」
巨大な地下空間の中でイリスはつぶやいた。半球の地下空間の中で、奥には祭壇のようなものがある。ここに何かが祭られていることは確かだ。
そして、それはイリスの仕事にかかわりのあるものであった。
「出てきなさい。いるんでしょ?」
『気づいておったか』
空間が歪み、歪みから巨大な蜘蛛が姿を現す。神秘的な黒紫色の蜘蛛だ。赤い八つの眼がイリスを見据える。
『久しいの小娘。千年ぶりじゃのう』
「そうね。久しいわ。私が来た以上。わかっているでしょう」
『ああ、お主の魔法は我らが預かっておる。じゃから、返してほしいのじゃろう』
「ええ、話が早くて助かるわ」
『じゃが、わかっておろう。それは無理じゃとな。あやつとの盟約。破ることはできぬ』
「そう、これがあっても?」
イリスが虚空から透明な卵型のオーブを取りだす。水晶と金剛石の混じったような材質のオーブ。不可思議で、神秘的な輝きを放っている。
それを見た、蜘蛛の様子が変わった。
『まさか!? “匣”じゃと!? ありえぬ! それは、千年前に、失われたはず。いや、まさか』
「あなたに教える筋合いはないわ。魔法は、返してもらう!」
イリスから魔力が立ち上り、白紫色の巨大で長大な槍が現出する。初めは一本だったものが、2本に、2本が4本に、4本が8本に、8本が16本に。ネズミ算式に増えていき、蜘蛛を取り囲む。
「さあ、滅びの始まりよ」
槍が蜘蛛へと殺到する。
赤い血が、上がった。
やってしまった感やら、不自然さが目立つ……。うう、なんとかならなかったものか。
とまあ、ありがちな展開になってしまいました。でも、大丈夫なはず。何がかはわかりませんが。
とにかく、これからもがんばりますので、生暖かい目で見守っていてください。具体的には35℃くらいで。