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日に日にPVが増えてて驚いています。ありがたや、ありがたや。
これからもよろしくお願いします。
では、どうぞ。
西暦2112年7月20日(金) 昼前 武灯学園学生寮 一条絵梨の部屋。
所変わって学生寮。一条絵梨の部屋。かなり広いです。シックな感じで落ち着いた雰囲気にまとめられている。今、2人はリビングのテーブルに向かい合わせで座って話していた。
「――ってわけ」
「それは、凄いですね」
悠理は絵梨に異世界に行けるようになったこと、ホテル【ホライゾン】のこと、異世界での出来事を詳しく説明した。カードも見せた。
普通ならば到底信じきれないようなことであるが、彼女は悠理がこのファンタジー系の一件について嘘をつかないことを知っているために信じた。
彼女の生い立ちがそれを信じさせたのだ。また、その話はまたいずれ機会がある時にするとしよう。今はまだ早い。
「なら、夢、叶ったんですね」
「ん、そうなるのかな。まさか叶うとは思ってなかったけど」
苦笑し頬をかきながら言う悠理。言った通り本当に叶うとは思っていなかった。所詮は小説の中だけの御伽噺だったのだ。
悠理はもうそんな夢を信じるような歳ではない。だからこそ、その夢が叶って一番驚いたのは悠理自身なのだ。まさか、本当に叶うとは、と。
「そう、ですね」
「どうかしたか?」
その驚き、そして嬉しさを伝えたくて絵梨に話した。絵梨もわかってくれると思ったからだ。だが、彼女の反応は予想とは少し違った。何やら思い悩んでいるような、そんな感じが悠理にはした。
しかし、聞いても彼女は答えない。気にしないでください、とだけしか言わなかった。悠理もそれ以上は聞かなかった。他人の問題に自分から首を突っ込む気はない。
絵梨に関しては彼女から話すのを待つ。いつも話しているのは悠理だからだ。いつも絵梨は黙ってそれを聞いていた。だから悠理も黙って話してくれるのを待つ。そう決めていた。
「…………」
「…………」
そうすると気まずい沈黙がこの場を支配した。何か空気を変えなければと悠理が考えているとタイミング良く携帯に着信が入った。知らない番号である。絵梨に断りを入れて電話に出る。
「悪い――もしもし?」
『私だ』
「誰だ」
『井上葉水です。わかって下さい』
『へ~い、みんなのアイドル牛雄とはミーのことダヨー』
私だ、の一言でわかれば苦労はしない。電話と実際の声は若干ながら違うように聞こえる上に、電話越しに聞こえる悠理のクラスにいる変態――牛崎牛雄のうざきもちわるい声のせいでわからなかった。
できれば今すぐにでも切ってしまいたい衝動に駆られる悠理であったが、今は戦争中であるはずだ。普通、電話などしている場合ではない。
ならば何かあったのか、呼び出しである。事情を聞くまではどうしても切れなかった。
「で?」
と言うわけで悠理は葉水に先を促す。葉水は順に今の状況を説明していった。しかし、具体的に何をやれば良いのか言わずにはぐらかしていた。
「要点を言え、要点を」
『つまり、あなたに敵本陣を奇襲し、総大将を打ち取ってほしいのです』
「最初からそう言えよ。で、具体的にはどうすれば良い?」
『すみません。何分慣れてないもので。
しかし、引き受けて下さるのですね。てっきり断られるかと思いましたのに。どういった心境の変化ですか?』
「色々とな」
実際、異世界に行く前ならば断っていた。明らかに勝ち目がない。幼少期から訓練している奴らに、なんちゃって特別専攻の悠理にはどう足掻いても結果は見えている。
しかし、今は違う。異世界に行ったことにより、以前よりも身体能力が格段に上昇している。
また、実戦を経験した。それにより技術が洗練され、戦う覚悟や心構えができた。正直な所、今までの戦争を思い返すと緊張感が本物の命の取り合いと比べると段違いで低い。
だから引き受けることにした。心境の変化というよりは環境の変化だ。純粋に力を使ってみたいという気持ちもある。
状況を聞く限り、敵本陣にいるのは十数人。集団戦をうまく避けてきた悠理にはまだ未経験。良い練習にもなる。
『そうですか。では、よろしくお願いいたします』
「期待す――」
『ブツッ――ツーツーツー』
「あいつ、最後まで聞かずに切りやがった。
――という通りだ。ちょっと行って来るよ」
「はい、頑張ってくださいね」
その問いに親指を立てて答える。そのまま悠理は寮を出て行った。絵梨はそれを悠理の姿が見えなくなるまで見送った。
「…………」
先程までと雰囲気が変わる。急激に静けさが立ち込め場を支配した。
絵梨はゆっくりと戸棚を開く。その中には一通の手紙が入っていた。封筒は漆黒で宛名も何もかかれていない。そして開けるのを拒むが如く蝋により封がなされていた。
絵梨はそれを手に取り封を開く。中から出て来たのは2枚の便箋。1枚目には黒のインクで英語とも中国語とも、アラビア語とも違う、どことも知れない国の文字で書かれた一文。2枚には金のインクで描かれた幾何学的な魔法陣。
「もう、時間、なんですね……」
絵梨は2枚の便箋を見つめながら呟いた。その脳裏には悠理の姿があった。おそらくあの影響のせいで本人が気がつかないレベルで多少ながら好戦的になっている。戦争に行ったのもそれ、力を振るいたいと思ったのもそれ。
もう、時は熟している。仕上げも済んでいるのなら、もうすぐだろう。つまり、それは、夢の終わりを意味していた……。
「できれば、もう少しだけ、ここで平和に過ごしていたかった」
しかし、それは叶わぬ夢だ。時が来たのなら、役目を果たさなければならない。鍵の守り人としての役割を果たさなければならないのだ。
もう、ここにはいられない。帰る時が、来ていた。
********
悠理の自宅、そのリビングにあるソファーの上で下着にワイシャツ1枚という酷く扇情的な格好をした麻理がダレたように寝転がっていた。何も考えていないのか目が虚ろである。
「…………」
しばらくそんな状態が続いた後、虚ろな目に生気が戻って来た。
それから仕切りに頷く。1人で何をやっているのだろうか。誰もいないリビングで1人ソファーに寝転がり、虚空に頷く姿は傍目から見ても、いや見なくても不気味ことこの上ない。そんな不気味な行動もしばらく続いた。
不気味な行動が終わると、麻理は起き上がり体を伸ばす。それが終わるとソファーから立ち上がった。その表情は、何かを諦めたような、そんな表情であった。
「……はあ、この楽しいのも終わり、かぁ……」
彼女にしては珍しく覇気がない言葉。何か色々と後悔をしているようにも感じられる。悠理が見れば、明日は槍が降ると言うだろう。この麻理の状態はそれ程の珍事だった。
「むぅ~! やめたやめた!」
何やら沈んでいると思ったら突然、頭を振り回す麻理。
「辛気臭いのは嫌いっていつも言ってるのは私でしょうが。
やめやめぇ~。先を考えるのは私の役割じゃない。言われた通り、やるとしますか」
そう言いきった麻理の顔は晴れ晴れとしていた。のだが、この後また沈むループに突入するのだが、それはまた別のお話。
「さて、もう帰らないとねえ。じゃないと、向こうは待ってくれない。あと2年しかないんだから」
鈍ってないといいなあ~、と呟きながら、麻理は自分の部屋へ向かう。そして、今まで開けることがなかった、悠理にも見せたことがないクローゼットをあける。
そこには、質素ながら気品と威厳あふれるローブ。それと手紙が入っていた。封筒は漆黒で宛名も何もかかれていない。そして開けるのを拒むが如く蝋により封がなされていた。
麻理はそれを手に取り封を開く。中から出て来たのは2枚の便箋。1枚目には黒のインクで英語とも中国語とも、アラビア語とも違う、どことも知れない国の文字で書かれた一文。2枚には金のインクで描かれた幾何学的な魔法陣。
絵梨の部屋にあったのと同じものであった。
「さて、行きますか。またね、悠理」
そんなつぶやきは虚空へと消えた。
********
悠理は不慮の事故から目を守る為の専用のゴークル――情報を表示するディスプレイになるほか、通信機にもなる――を着用し、なるべく重さと形状が異世界で使っている剣に近い物を持って、ゴークルに表示されたマップをもとに森の中を走っていた。できうる限り最速で。
戦況は白制服によりリア充軍団の投入により完全に黒制服の劣勢。今は変態帰国子女である牛崎が変態トークと変態妖怪じみた動きにより食い止めているがいつまでももつかは不明という非常に切迫している。
あとどうやって食い止めているかは聞かないでくれ。神にもわからないことはある。
「しっかし、設定がこっちでも適応されるとはね。体が軽い!」
地を蹴る。それだけで悠理の体は宙を舞う。その跳躍は木に生えた枝を易々と飛び越える。障害物の多い森の中だというのにかなりの速度が出せた。思うことは1つ。
「人間越えてね? だが、楽しいから良い!」
ヤフー! と段差と川を飛び越えて悠理は白制服の本陣裏手の森、その木の上にやって来た。気配を探ると12人、本陣の中にいるようである。
まずは地の利を生かして何人か潰し、その直後に大将を狙う。そんな作戦を立てつつ、敵総大将である江藤を確認する。
江藤は椅子にふんぞり返って命令をしているようである。後ろに控えた執事のセバスチャンが非常に気掛かりではあるものの江藤は無防備に近い。
「やるか」
これまた選んだ投擲用のレプリカナイフを2本取り出す。小石の方が投擲しなれているのだが、この戦争において、この手の武器以外は安全のためにまったく使えないため、慣れた小石などは投擲できない。
だが、それでも何とか行けそうであった。人外の才能は伊達ではない。
それを白制服本陣の端に立っている2人の男に向ける。そして、連続で2度ナイフを投擲した。そして、その瞬間には森の中から飛び出し、全速力で江藤へとその刃を振り下ろさんとする。
だが、それは急に目の前に現れた黒尽くめの何者かにより防がれる。クナイを持っているので、忍だろう。まだ、絶滅してなかったんだと頭の片隅で思う悠理であった。
「チッ!」
しかし、防がれたとわかるやいやな、問答無用で乱入者に蹴りを放つ。咄嗟だったために割りと本気で蹴ってしまった。
だが、大丈夫だろう。蹴った感触がなにやらおかしかったのと、専用の靴――武器とまったく同じ素材で人体以外には固いが、人体にはかなり柔らかい――で蹴ったので、いくら身体能力に違いが在ろうとも、それほどまでに大事にはならないだろうと判断した。
「何者だあ、貴様ー! この我に奇襲をするとは、この狼藉者めえ!」
「明らかに敵ですよ。先ほどのナイフの投擲も彼でしょう」
「フン、わかっている。全員で囲め! さっさと倒してしまえ」
江藤がそういうとあらよあらよと言う間に8人の男たちに囲まれてしまった。しかし、そんな状況でも悠理は黙ったままである。
「…………」
「どうした? 恐怖でしゃべれぬか?」
「いや、段取りを考えてただけだ」
「ほう、よい、聞かせてみよ」
「ああ、まずは、こうする!」
腰のナイフを江藤へと投擲する。だが、それはセバスチャンに防がれる。もともとそれは予想済み。投げた瞬間には、背後の2人に投擲用のナイフを投げている。
しかし、さすが本陣で守りについている3年特別専攻クラスの生徒。投擲されたナイフくらい切り落とす。
それも予想済み。悠理は既に相手の懐へと入っている。勢いを付けたまま手前にいた1人に剣を叩きつけノックアウト。
そして、勢いを付けたまま目の前のもう1人の顎を切り上げ、そのまま包囲の外へ。走った勢いを殺してこけないように、途中で止まらずに、本陣に設置してあったテーブルを蹴り止まる。
そして、テーブルを蹴った勢いのままに止まっている残りの連中を切りつける。一筋縄では行かなかったが、体術とナイフの投擲をあわせた攻撃により倒せた。悠理はそれにより集団戦がどういったものか、その一端くらいは理解した。
しかし、状況は最悪と言ってもよかった。残ったのはセバスチャンと江藤のみ。セバスチャンはかなりの手練れであることは一目見て予想できた。きっとかなわない。それがわかる。
しかし、勝つならばやらなければならない。ここまで来たのだから、やるならば勝ちたい。
「ん、いや、待て」
そこで、あることを思い出した。
「ハハハ! 待つわけないだろう。やれ、セバスチャン。狼藉者を倒すのだ!」
しかし、セバスチャンは動かない。むしろ、江藤の正面からどき、悠理に道をあけたくらいだ。どうして、と江藤が考える時間はなかった。目の前には悠理が振り下ろしている剣がはっきりと見えていた。そして、その間にセバスチャンが答えを呟く。
「…………申し訳ございません。私こちらの学生ではありませんので」
まあ、当然である。この学園の生徒でもないセバスチャンが戦争に手をだせるわけがないのだ。いままで、ここに入れただけでも、結構特例であったりするのだから。
そんなことをすっかり失念していた江藤はそのまま気絶させられ、どうにも消化不良気味ではあるものの、最速で戦争終結という結果が出た。それと、最もアホな戦争であったとも記録させてしまったのだが。
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その後、悠理は自転車がないこともあり、絵梨への報告もそこそこに祝勝会にも出ずに自宅へと帰った。
だが、そこにはいつもいるはずの麻理の姿はどこにもなかった。
「ん? どこかに出かけたのか?」
しかし、それにしても、書きおきも何もないのはおかしいのだが。しばらく考えてもわからないので、突発的なお出かけということして、久しぶりに自分で料理をして夕食を食べた。
久しぶりの1人の食事は酷く静かであった。というよりは、不自然なほどに家の中を静寂が支配していたのだ。
麻理の部屋に行ったが、書置きも何もなかった。ただ、開いたことのないクローゼットが開いていただけだった。そこは、おめかし用と聞かされていたので、またどこかに行ったんだろうと思った。なので、気にしないことにした。
その夜、悠理は異世界へと行こうとする。
これが、1つの終わりであり、1つの始まりであることを、彼は未だに知らなかった。もし、知っていたとしても変えることはできない。そんな運命の始まりであったのは間違いない。
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1人の少年がパソコンとの長い、長い、長~~~~~いにらめっこを終えた。
もうかれこれ2時間以上はそんな状態だった。少年の優柔不断な態度がやった結果である。下手をすればまだまだ、かかっていた可能性があるので、これだけで済んでよかっただろう。
「やっと終わった~。 まったく、設定多すぎ~。ワイもう疲れた~。もう、寝たい~。
でも、もうちょいや~」
上がり調子の独特の話し方をする少年は、最後にパソコンの画面に表示された文字を見る。
――あなたの名を――
「名やな~。なんにしよかね~。まあ、本名でいいやろ。東方出身って設定にしたし~」
――【伊藤慶介】――
そう少年――伊藤慶介は入力した。するとこんな文字が表示された。
――あなたで規定人数です。二度とこの世界には戻れません。あなたと、これに参加している全ての人間は、この世界から永久に消えます。それでも良いですか?――
それは他の数人、または数十、数百、はたまたそれ以上の人間の運命を決めろと言っているようなものであった。普通、そんなものはただ1人の普通の人間には決め切れないだろう。いまだ年若い少年であるならば、それは特にだ。
だが、この少年、伊藤慶介は違った。そのような葛藤などこの少年にはなかった。
「そんなもん、良いにきまっとる。何のためにこんなに時間と金かけたとおもっとるんやろか。まあ、他の人間には悪いと思うけどな。でも、仕方ない。ワイだってな……。
まあ、心残りはあるが、大丈夫やろ。もしかしたら向こうであえるかもだし。さて、Yesや。何のために、ここで時間をかけたん思うとるんや」
はいを選択した伊藤慶介。意識がブラックアウトする。だが、次に目覚めた時は、ユートピアだろうと、望む世界だろうと、彼は思っていた。
しかし、同時に臨む世界ではないだろうとも思っていた。それは、自分の望む世界が、他人とは大きくかけ離れているからだ。
「だって、しゃーない、ワイ、■■なんやから」
その日、世界から3人の人間が消えた。
だが、世界はいつものように回り続ける。世界は、そんな人間がいたことすら忘れ去っていた。それらがいた痕跡も、その全ては世界は忘れ去り、消え去った。
そして、ある世界で、始まりを迎えた。
読んでいただきありがとうございます。
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