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学園が舞台です。
超展開ありです。
それでも良い方のみどうぞ。
西暦2112年7月20日(金) 早朝 学園通学路
悠理が異世界に行けるようになった日の翌日。時間は早朝。まだ仕事熱心な太陽が仕事を始めようと昇り始めたばかりの頃だ。
夏の暑さが多少は休んでいる爽やかな、早い時間で誰もいないアスファルトで舗装された通り。そこを昨日の夏服であるポロシャツとは違う黒を基調とした、普通の制服と違い動きやすく機能性が重視された制服に身を包んだ悠理は鞄持って歩いていた。その顔は異世界とホテル【ホライゾン】から打って変わって暗い。
それもそのはずである。今日行われる、とある馬鹿騒ぎが、どうしようもなくやばいことになりそうな予感があるせいでもあるのだが、一番の原因は自転車がパンクしていることである。そのせいで本来ならば出なくても良い時間に登校することになっているのだ。
必然、足取りは重い。高校のある隣町まで歩かなければならないなら当然だ。行きたくないが、図書館で調べ物をしなくてはならない。それだけを考えて悠理は足を動かしていた。
さて、これからしばらく、具体的には1時間と15分くらい悠理がただ歩いているだけだったり、電車に乗ったりするだけで何も起こらないので彼の通っている高校について紹介説明をしておこう。それと今日行われる馬鹿騒ぎについても説明することにする。
悠理の通っている高校は武灯学園高校。武灯学園の中に存在する高校である。
私立武灯学園は小学校、中学校、高校、大学とそこに通う学生たちのための各種施設で構成された学園都市だ。
内部には路面電車は当然ながら、モノレールまで設置されているくらいに広大な敷地を持っている。町四つ分と言うのだから驚きの広さだ。
また、それに相応しい膨大な施設や環境が整えられている。謂わば超私立学園というところ。
私立ながら国立並みに学費が安く、そのため資産家の理事長が半ば趣味で作り上げたとまで言われている。
事実、特別専攻クラスによる競技会選手育成目的での戦争施設なんてものがあるため強ち嘘とは言えない。
校訓も努力、実力、弱肉強食であったりするあたり普通の教育機関ではない。とにかく個人の“実力”を評価するとのこと。
通う生徒の中には一般生徒と特別な科目を専攻する特別専攻生徒の二種類が存在する。一般生徒と特別専攻生徒の違いは表向きは特別科目を専攻しているかしていないかの違いであるが、実際はその間には明確な“実力”差が存在している。高校では1学年17クラス中4クラスが特別専攻生徒が在籍するクラスだ。
今、悠理はバスに乗ったところなので、まだ特に何も起きない。だから、続けて馬鹿騒ぎについても述べておく。馬鹿騒ぎとは先に少しだけ述べた“戦争”のことだ。
正式名称を“定期実力試験戦争”と言い、特別専攻生徒による本気と書いてマジと読ませるほどの規模で行われる模擬戦争である。
この戦争を通して、通常試験では計ることのできない特別専攻生徒の実力を計るのと、競技会に向けての予行練習という目的もある。
しかし、わりと参加は自由だったりするので、卒業には関係ない。ただ普段抑え込んでいる力を思いっ切り振るう場と言うのが戦争の実態だ。良くも悪くも化け物揃いの特別専攻生徒たちは殆ど参加する。悠理も何回か参加したことがある。そのため、今回は嫌な予感があるのと話をしたい人がいるため参加しないようだ。
安全には気を配っており戦争には本物を模したレプリカ武器を使う。
武器は武灯学園大学で開発された特殊素材で出来ており、一見して本物のようであるが傷や痣など残らない上に死ぬことはない。
ただ当たるとある程度の痛みはある。痛みは当てた場所と当てた強さにより変わるという学園の外に出したら各種機関卒倒ものの代物。
事実、開発された10年前には関係各種機関の人間全てが卒倒したそうなのだ。大学の変態研究室に予算を与えた結果だ。
そして、怪我をしても大学の研修医たちによる実験、もとい治療が行われるので万全の体制と言える。
ついでに競技会についても説明しておこう。
競技会とは世界統一機構――所謂、国際連合が発展したもので、世界全ての国が参加している平和を恒久的に維持しようとする組織――による各国の意見の相違などが起きた場合に行う今の時代の戦争行為である。
30年ほど前に、1人の男により世界から兵器を使った大量殺人である戦争が消えた。そして世界は1つになり平和になった。
その時に銃火器や兵器類を全て撤廃し、安全かつ利益が上げられる方法として考えられたのがこの競技会である。
考案された当初は色々あったようだが、それは割愛しておこう。とにかく、その競技会が学園での戦争であり、今の時代の戦争だ。大人たちの手ではなく未来を学生たち若い世代に任せてみようという一種の取り組みでもある。
戦争に勝てば自国に有利な条約などを締結できると在れば各国ではこの競技会に出す選手の育成に必死だ。
きちんと参加人数とルールが定められているため、発展途上国であったアフリカ諸国でも不利にならないようにされている。
あと、それに資金を使うためか、核兵器などの旧時代的兵器産業は急速に廃れていった。そちらよりこちらに金をかけたほうが有意義だからだ。ミリオタは暴動とか起こしていたが、次第に鎮圧された。
とまあ、これが馬鹿騒ぎの概要である。
そろそろ悠理は目的地に到着しそうである。
バスを降り、モノレールに乗り換えて10分。ようやく目的地である図書館が見えてくる。見えてくる建物は巨大の一言に尽きるだろう。
というより学園都市の一区画全てが図書館と言うのだから巨大どころの騒ぎではない。もはや広大と表現するのが適切なレベルである。
でかすぎて、毎年新入生が遭難することで有名だ。迷子ではなく遭難というのが肝である。図書館捜索部なる専門家の助けでようやく見つかるレベルでやばい。
学生たちから言わせると、図書館に行くときは、就寝具と食料、水は常備しておけと言われるほどである。現に悠理は少ないながらも食料と水を持っている。
現在は戦争期間中により一般生徒の殆どが戦争の観戦に行っているために殆ど利用者はいないようである。
これは好都合と早く目的の本を見つけて読んでしまうために図書館の中へと悠理は入る。
まずはこの図書館の全ての蔵書を把握しているという、すさまじく優秀な司書の女性に話しかけて、条件を指定、その本があるかどうか探してもらった。
そして、それはあった。その棚へと悠理は向かうのであった。電子生徒手帳に経路と地図を発行してもらったので抜かりはない。
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さて話は変わって悠理が目的地である図書館に到着した頃。
場所は武灯学園戦争区画。平原フィールド。
そこで悠理が所属する今回の戦争の総大将を任された特別専攻2―Bは戦争準備の真っ最中であった。悠理を除いた全員が小高い丘の上に築かれた本陣を動き回っていた。指示を出すのは切れ者然としてメガネの男。
自称孔明、駄目軍師系出席番号2番、井上葉水。
知力専攻。武灯の孔明を自称する知的なメガネキャラである(それも自称である)。しきりにメガネの位置を直すのが癖。ちなみにメガネは伊達である。
「さて、今回はわりとまずそうですね」
メガネをクイッと片手で上げながら葉水は呟く。
その視線は目の前のノートパソコンに向けられている。彼は仕切りにメガネの位置を直しながら考えていた。
画面に表示されているのは大まかな平原フィールドのマップと敵軍と自軍の規模だ。
敵軍である白制服軍の規模は特別専攻クラス全78クラス中53クラス約5300名。
対して自軍である黒制服軍全クラス中25クラス約2500名。
その差約2倍以上。戦闘力で換算すると2倍どころの話ではない。武闘派揃い3年生の殆どが敵軍というどうしようもなくヤバい状況なのである。
葉水がまずそうと言っている理由である。別に負けても問題はないが、勝てばクラスにボーナスが入るとあればどうしても勝ちたい。葉水は勝つために行動を開始する。
ちなみに殆ど現場判断で勝ってきたこのクラスなので、殆どこれは意味を成さない。自称なんてそんなものである。
しかし情報収集能力と判断の速さは目を見張るほどの物があったりするので、あながちカスとは言えない。そもそも特別専攻に選ばれている時点でカスなどありえない。カス専攻ならあり得るかもしれないが。
「小野寺君、定刻までにどれだけ買収できそうですか?」
まず葉水は隣のテーブルで幾つものパソコンを操作している男に聞いた。無精ひげをたくわえ、爪楊枝をくわえた男だ。
腹黒守銭奴系出席番号10番。小野寺小十郎。
財力と交渉力専攻。クラスの財布とは彼のことである。もしくは体の良い財布。学生でありながらかなりの資産を持っているので良く金を貸してくれと言われる。
たぶん、稼ぎすぎて貸した金の額とか覚えてない。そのため返さなくても良いとなっているので、金を借りるならばこいつ。
しかし、その実全てこいつがわかってやっているとも言われており、裏のボスとまで言われている。それもまた真偽は微妙なところであるが。
「そうだな。はっきり言って厳しい。どうやら相当うちのお嬢様は嫌われているらしいからな。どこもうちを潰そうと必死だ。
むしろ、味方を引き留め止めておく方に金を使っているようなものだ。まあ、相手もその分金を使っているだろうがな」
「そうですか。何とかしてください」
「まあ、やるだけはやろう」
「頼みます……」
チャリ、とメガネの位置を上げながら葉水は考える。
これ以上の戦力増加は望めない。手持ちの戦力で何とかするしかない。ならばまずは敵の戦力を減らすことから始めることにする。
「やはりライブしかないようですか。あなたたち二人の出番ですよ」
「「あいさ~」」
葉水の言葉に返事を返したのは瓜二つの双子の少女たちだった。伸ばした髪をツインテールにしたジト眼で無表情のかわいらしい少女たち。
長く艶やかなライトブラウンの髪赤いゴムでツインテールにしている快活活発系出席番号20番の立花霧夏と、同じく多少短いがライトブラウンの髪を青いリボンでツインテールにしているジト目のユルダル系出席番号21番の立花冬美。
共に魅力、歌唱力専攻の学園名物歌姫姉妹である。
ライブがあれば熱狂的ファンならばゲリラであろうが正式であろうが、関係なく参上するという。たとえ世界の裏側であろうが、月だろうがどういうわけかファンはやってくるので、新曲ライブとなればファンの殆どがライブに行くだろう。3年の先輩は特に行くはずである。
「戦争開始と同時に新曲ライブをやれば半数は削れるはず。こちらの味方には個人的にライブを開くという方向で交渉してください小野寺君」
「了解♪!」
「了解~」
「そして、お嬢様」
最後に葉水は黙って目を閉じて精神統一をしていたふんわりとしたブロンドの髪の少女に話しかける。彼女が件のお嬢様である。
ツンデレ(?)お嬢様系出席番号1番、石動アリア。ハーフであるため背が高く、スタイルが抜群によい。そのため入学してしばらくは告白ラッシュであった。
武力と知力専攻の文武両道の化け物。ハーフで途轍もない美人であるが、特筆すべきはその戦闘能力で告白してきた男子をことごとくをボコボコにし精神的にも肉体的にも屠ってきた。
それで更に人気が上がったのはどういうことなのやら。存外変態が多いようである。高い人気に比例してその分恨まれているため、今の状況を引き起こしている原因とも言える。今までも同じようなことがあったのだが、今回は更に酷い。
というのも彼女が三日前にフッタ3年男子が糸を引いているようである。そのせいでこのような状況に陥っているので少しは責任を感じていたりする。
「何かしら、あとその呼び方やめてって言わなかったかしら」
「今回の状況の原因なので」
「うっ、……悪かったわね」
これでも彼女なりに責任を感じているようなので葉水はそれ以上何も言わず、コンディションの確認をする。これでも一応策士なのであるので、策の要である駒、もとい味方のコンディションは重要なのだ。味方の最高戦力となれば特に。
「いえ、で、コンディションの方は?」
「問題なし。一応最高の状態よ。あの敵軍に突っ込めと言われたら突っ込むわよ」
もちろん冗談である。アリアが指差したのは3年の先輩、それ筋骨隆々のむさくるしい屈強な太マッチョの男たちの壁だ。そんな所に突っ込んだとしたらおそらく3秒で死ぬことは目に見えている。死ぬと言っても精神的な意味であるが。
「ならそれで」
「はあ!?」
冗談のつもりで言ったので、まさか本気にされるとは思わなかったので、酷い声がでた。
「冗談です」
冗談には聞こえなかった。そして、あながち冗談でもない。
「まあ、それに近いことはしてもらいますよ」
「わかってるわよ」
「ではよろしくお願いします」
ある程度の準備は整った。あとは運だろう。もうすぐ戦争が始まる……。
********
話は変わって悠理。
図書館内はまるでファンタジーの世界に出てきそうな趣のある内装をしている。目の前に広がるのは背の高い本棚の集団。壁にも本は所狭しと置かれている。地図がなければ、遭難必死なので、あまり見れないのが残念であるが。
悠理はここが好きであった。本好きなのもあるが、ここの雰囲気が好きなこともある。学校がある日の昼休みなどはいつもここに来るか、後輩の所に行くばかりだった。そのため、遭難回数は飛びぬけている。
今日もその後輩は来ているはずなのであとで会いに行くつもりである。まあ、それより先に目的の本である。
「さて、聞いたところによればここら辺なんだが……」
司書にサバイバル系の知識をわかりやすく得るための本はないかと聞いて、ここにあると言われたのだが、なかなか見つからない。蔵書量が多すぎて探すのが手間なのだ。
「ん? これか? え~っと……『一時間でわかる旅の仕方~~中世編~~』。……えらくピンポイントだなおい」
自分に酷く都合のよい本があったことを若干疑いながらも他には良さげな、わかりやすそうな本はなさそうなのでこれを手に取る。それから近くの読書スペースでしっかり覚えるように読んでいった。
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結果、凄まじく当たりだった。
タイトル通り一時間でわかるはずないとか悠理は思っていたがところがどっこい、わかってしまった。流石に全部とまではいかないが、前に悠理が買ったものの使い方ははっきりとわかったし、これから必要な物もわかった。
異世界なので全てうまくいくとは悠理も思っていないが、それでも余裕を持って旅をする事ができそうである。
また、その他にも調子に乗って様々な本を読んだ。雑学から果ては兵法書まで。しかも旅の仕方と同じシリーズだったので、かなり覚えやすかった。しかもそれらをしっかりとノートにそれを写していた。
その後、時間にして昼を回ったくらい。悠理は図書館を出て慣れた手つきで携帯を取り出す。
少ないアドレス帳の中から悠理の唯一の例外とも言える1人後輩の女子を選択し、電話をかける。1コールの後にすぐに彼女は電話にでた。
『もしもし、先輩ですか? 何か御用でしょうか?』
「いや、そっちは何かあったか?」
『いえ、特には。今も家で小説を書いてるだけですし』
「なら今からそっち行っても良いか?」
『え?』
「え? 駄目だったか?」
『い、いえ。大丈夫です。お待ちしてます』
「おう、ちょっと待っててくれ」
確認を取り悠理は通話を切って、モノレールの駅へと急ぐ。今の時間ならばちょうどモノレールが来ているからだ。その予想は正しく。
悠理が駅に到着すると同時にモノレールが来た。それに乗り悠理は学生寮を目指す。話を聞いた後輩の驚く顔を想像しながら。
はい、安定の超展開でした。
次回はどうなるやら。
では、次回もよろしくお願いします。あ、あとポイントや感想も気軽にどうぞ。