《番外編》本当の出会い
玲子と黒時雨の出会いの話です。
玲子は足どりも軽く、通学路を歩いていた。
昨日見つけたあのお店、玲子の好みの雰囲気だった。店員のお兄さんは――時雨さんと言っただろうか――なかなかイケメンだったし。ただいつも張り付けている笑顔と丁寧な口調が少し怖く感じたけれど。
真っ白でもふもふな猫もいた。あの子をまた撫でられると思うと心が弾み、一層速く歩を進める。
そんなことを考えているうちに、店の前までたどり着く。扉の横に掛けてある看板には『佐藤時計店』の文字。
ドアノブに手をかけて開こうとしたとき、中から誰かの話し声がした。
「とっとと逝っちまえ!」
「こら、だめだよそんないいかたをしちゃ。もっとやさしくおくりださないと」
「うるせーな。ほっとけよ」
「はあー……」
こんな人目につきにくい場所にある店にも客が来るんだなと、そんなことを思った。
中から聞こえる尋常じゃない空気に修羅場か、と玲子は怖い物見たさで戸を押した。
キィーと音をたてて扉を開くと、いたのは時雨とその足元に座る猫、シロだけだった。客は誰もいないようである。それから今後も玲子が店に客がいるところを見ることは決してなかった。
「こんにちはー……あれ?お客さんいないんですか?」
「っ!お前……玲子とかいったか。まさか今の聞いてたのか?」
「えっ?はい。というか、時雨さん、ですよね?あっ、実は双子さんとか…………」
いつものばか丁寧な口調はどこにいったのだろう。本当に同一人物なのだろうか。
時雨はしまったという顔をして口を片手で塞いだが、時すでに遅し。困惑したように足元を見下ろしてシロを見たが、その視線を向けられた相手は、呆れたようににゃーと短く鳴くばかりだった。
時雨は意を決したように手を顔から離し、ギロリと玲子を睨んだ。玲子はその迫力に身を竦める。
「おい、さっき聞いた事を今すぐ忘れろ。何の疑問も持つんじゃねーぞ。全て夢だったと思え」
言っている事が乱暴で無茶苦茶だ。何ひとつ理にかなっていなくていっそ清々しさすら感じる。
しかし玲子は少しの安心感を覚えた。昨日出会った時雨は、無機質で感情の無い表情と声色でまるで機械のような冷たさを感じていた。
それに対して今の時雨はよっぽど人間らしい。玲子は思わず笑みを零した。
「……いいですよ」
「何と言おうが忘れてもらう………って、は?」
「いいですよ。忘れます」
「お……おう………。それならいーんだけどよ……」
時雨は玲子がもっといろいろ探ってくるとふんでいたため、あっさりと了解したことにびっくりして目を丸くした。頭にははてなマークでも浮かんでいそうである。
本当のところ玲子は、見当たらない声の主が気になっていた。だけど、時雨の意外な一面が見れただけでも良しとしよう。玲子はクスリと含み笑いを漏らし、満面の笑みで時雨を見てから、しゃがんでシロと戯れることにした。シロは気持ち良さそうに玲子に撫でられるがままになり、喉をゴロゴロと鳴らしている。
そこにはもういつもの和やかな日常が訪れていた。ただ一人、取り残された感が満載の時雨だけが、不思議そうな表情でその光景を眺め続けていたのだった。
これで晴れて完結です。
ありがとうございました。




