別れは旅立ち
彼女が店に戻って来た。
時雨と共に見守っていたが、無事親友との別れを済ますことが出来たようだ。後はもう成仏するのにそんなに時間はかからないだろう。シロは僅かに残念だった。また1人、この店から永遠に去って行く。自分はもとより普通ではないもの、妖しのものだ。それにずいぶんと長く生きた。永遠の別れなど慣れているし割り切ることが出来る。しかし時雨は。彼は言葉遣いこそ乱暴なところがあるが、根は優しい。頼みを聞いてやった死者達が去って行く度に祝福する反面心を痛めているようである。あの無機質な営業スマイルも、他人との間に壁を作るためだろう。
しかし、それも運命。出会いがあれば必然的に別れの時も来るのだ。逃れることなど出来ない。シロは玲子と最期の別れをするために話を切り出した。
「おかえり、レイコ。はなしはきちんとつけてきたようだね。もうおもいのこすことはない?」
「うん。もう大丈夫」
玲子は少し赤くなった目を細め晴れやかに笑って言った。
「シロちゃん、ありがとね」
玲子はシロから顔を上げ、正面に立っている時雨と向き合った。
「時雨さんもありがとうございました。おかげで気持ちが軽くなりましたよー。これで心置きなく成仏出来ます」
それを聞いた時雨は一層眉間にしわを寄せてしかめっつらを濃くしたかと思うとふいとそっぽを向いた。
「良かったじゃねーか。早く逝っちまえよ」
その声は元気のない、暗い響きをしていた。
「…………荒んでますねー」
玲子は皮肉っぽく呟いた。その言葉に驚いて時雨は玲子を穴があくほど見つめる。何か言おうと口を開いたが、結局言葉が発せられることはなかった。
「出会いがあれば別れもあるのは当たり前のことじゃないですか!そんなことでどんどん他人から遠ざかっていっても悲しいだけですよ。永遠の別れがきたからと言って私と時雨さんが出会ったことが真実じゃなくなるなんてことはないでしょう?私たちの心の中にずっと大切な記憶として存在し続けていくと思いません?」
玲子は諭すように力強く言った。彼女が一気にまくし立てたので時雨はしばらく呆然としていたが、はっと我に帰ると難しい顔をして少し俯いた。
「………ああ、そうだな」
そして心底苦しそうに、声を絞り出した。聞いていて痛ましい程に。
「でもお前は知らないからそんなことが言えるんだよ!分かるか?あの淋しさが!虚しさが!どんなに頭で分かっていても、ここに来る人達はいつか俺の前から消えていくんだ……」
彼が怒鳴った後、暫くの沈黙が辺りを支配した。玲子は突然感情をあらわにした時雨にびっくりして声を出せないでいたが、穏やかな表情で、今だ鋭く玲子を正面から睨んでいる時雨に語りかけた。
「無神経なこと言ってすみませんでした」
そう言う彼女の瞳にはとても優しい光がたたえている。
「でも私と時雨さんやシロちゃんが出会い、一時でも楽しい時間を過ごしたという事実が変わることなんて決してないんです。……これは親友が教えてくれたことなんですけどね。彼女は離れていても私たちは繋がっていると教えてくれました。私たちがいつまでも親友であることに変わりはないって」
玲子は目を閉じてあの紅葉を思い浮かべる。そして隣にいるのは―――親友の麻奈美。玲子は時雨の目をまっすぐ見据えて優しく微笑んだ。
「私がそう考えることが出来る様になったのは時雨さんのおかげなんですよ?時雨さんが私に与えてくれた親切は、ちゃんと私の中に残ってるんです。きっと他の人達も同じ気持ちでしたよ。だから、二度と会えなくても時雨さんは確実にみんなに幸せを与えているんですよ」
玲子は笑みを深め、眩しいくらいの笑顔で言った。
「淋しさも虚しさも感じる必要はないんです。時雨さんは私を快く見送って、また次のお客さんを救ってあげてください。……だって時雨さんの仕事は亡くなった人の相談者でしょ?」
時雨は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに両目を片手で覆って呟いた。
「そんな……そんなことでいいのか………」
そのやり取りを静かに傍観していたシロだったが、ちりんと鈴の音を鳴らしながら声をかけた。
「さあシグレ、そろそろレイコをおくりだしてあげようよ」
「じゃあ、もう逝きましょうかねー」
玲子はうーんとのびをして振り向き、店の扉を見た。
「もうお客さん来なくていいなんて言わないでくださいね」
「ああ、言わねーよ」
そう言った時雨の顔は、穏やかな慈しみの表情をしていた。玲子はその笑顔に見覚えがあった。玲子が死ぬ前の最後に店を訪れたとき。彼は何もない所を見つめながら、今と同じ表情をしていた。玲子は無性に嬉しくなった。彼は今までも店を訪れた人が旅立っていくとき、素直に祝福出来ていたのだと。玲子は扉に手をかけると満面の笑みで時雨を振り返った。
「ありがとうございました。じゃ、さようなら」
それはまた明日も来るかのような清々しさで手を振りながら、彼女は『佐藤時計店』を去っていったのだった。とても優しい、時間を残して。
扉の向こうの空には、穏やかな漆黒に幾千もの星が静かに瞬いていた。
これで時の相談者は完結です。
拙い文章につきあっていただいてありがとうございました。
次は番外編を入れる予定です。




