ありがとう
「ものの例えのつもりだよ。……でも遠くへ行くのは本当、かな」
「でも、またいつでも会えるんでしょ?」
玲子の話し方やここまでの過程から、それは難しいことなのだろうと悟っていたものの、事実から目を背けて玲子からの返事を求めた。対して想像していた最悪の出来事と違ったことに心のどこかで安堵していた。
「それはわからない。………でも、」
玲子は麻奈美の目を真摯に見つめた。頭上では相変わらず美しい紅葉が枝を広げ、日は遠くの山に沈みかけてさらに朱を濃くしていた。
「私たちはいつまでも親友だよね?」
「あったりまえじゃんか!離れてても友達じゃなくなるなんてことは絶対ないよ!ていうか、会いに行くし!」
それを聞いて、玲子は泣きそうな顔でくしゃりと笑った。しかし決して涙は流さなかった。
「よかった……。それだけ確認出来たらもう、安心してお別れ出来る」
「玲子………?」
突然、麻奈美には玲子の周りがぼんやりと明るくなっている様に見えた。いや、正確には玲子の体から光が放たれていると言った方が正しい。目の錯覚かと思った麻奈美は手の甲で目を擦った。しかし再び見ても光が消えた様子はない。それどころか輝きを増し、玲子の体がだんだん透けてきたような気さえする。自分は夢でも見ているのだろうか。麻奈美は声も出せずに玲子を凝視した。
「そろそろ時間みたい」
玲子は自分の体を見下ろしてどこか残念そうに、しかし淡々と言った。何の時間だというのだ。麻奈美は次の言葉を待った。
「麻奈美と過ごした時間は本当に楽しくて、私にとってすごく大切な日々だったよ。最後に紅葉を一緒に見ることが出来て良かった。それに話が出来て………」
玲子は紅葉の木を振り仰いだ。もうすでに彼女の体は向こうの景色が見える程薄くなっていて、今にも消えてしまいそうだった。
「だから、もう行くよ。じゃあね」
光がさらに強くなって麻奈美が眩しさに目を細めた。次の瞬間には、そこに玲子の姿はなかった。彼女は消えてしまったのだ。最期にこう言葉を残して。
―――今までありがとう
―――大好きだよ、麻奈美
その時、麻奈美の中に失われていた記憶が押し寄せた。みるみるうちに目に涙が溜まり、雫となって零れる。
彼女は、もういない。
あの日、麻奈美は彼女の誘いを断った。その放課後に交通事故に遭い、彼女は命を失ったのだ。
その報せを聞いた時、頭が真っ白になった。でもどこかで冷静に受け止めている自分も感じた。
ああ、もう玲子はこの世にはいないのだと。二度と会うことは出来ないのだと。頭では理解したのだ。理解は、した。
しかしやはり、そうはいっても麻奈美には実感が持てなかった。あまりの衝撃と呆気なさに、明日学校に行けば、また会えるんじゃないか、元気な顔を見せてくれるんじゃないかと思わずにはいられなかった。
それも、どういうわけか記憶からなくなっていて、ただの夢の中の出来事だった。
しかし見てしまった。目の前で起こったことは紛れも無い現実である。嫌でもその事実を実感させられてしまった。そして思い出してしまったのだ。
「あたしも大好きだよ。ありがとう………ありがとう」
麻奈美は紅葉を見上げてただただ涙を流しながら、宙に向かって呟いた。
ありがとうございました。




