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時の相談者  作者: 烏羽
3/9

本性と理由

 いつもならそろそろ玲子が店に訪れる時間だろう、と店の扉を見ながら作業している手を止めて時雨は思った。

 いつの間にか外では雨が細く霧のように降っていた。

 本当は来ない方がいい。この店は本来玲子みたいな人間が来るような場所じゃない。時雨は視線を手元に戻し仕事を再開した。

 

 

 それから暫くの間時雨は時折シロの相手をしながら仕事を続けていたのだが、不意にまた扉に顔を向けた。シロもまた扉の方向を見た。

 そこに立っていたのは玲子だった。しかし不思議なことに彼女が扉を開ける音も誰かが近づいて来る足音も聞こえなかった。ああ、やはり。

「考え事しながら歩いてたら、いつもより遅くなっちゃいました」

 彼女はそう言って少し困ったように笑った。時雨は彼女を見つめたまま、だがその言葉には答えない。

 外は雨が降っているにも関わらず、彼女は少しも濡れている様子はなかった。雨は決して強くはならず、弱いままじんわりと大地を濡らし続けている。

 暫くの沈黙が過ぎ、時雨は漸く口を開いた。

「もう生きていないのか……」

 そう言うと玲子は笑顔を若干強張らせてこくりと頷いた。

「時雨さんには幽霊が見えるんですね」

 幽霊。自分で言っても全く実感が湧かない。なので涙も出なかった。

 つい数十分前に起こった事故で玲子は命を落としてしまったのだった。

「ここに来る途中に事故に遭って……、だからですかね?何となくここに来ちゃいました」

「それはちがうよ」

「?」

 一瞬、玲子にはどこから声が聞こえたのか分からなかった。この場にいるのは玲子と時雨だけで、さっきのは時雨の声ではない。彼はと言えば、声など聞こえなかったかの様に平然としている。

「レイコはレイコじしんのいしでここにきたわけじゃないよ」

 再び発された声が聞こえた方向を見ると、そこにいたのは白い猫だった。玲子は目を見張った。

「今の、シロちゃん?」

 そう聞くとその白猫は悪戯っぽい笑みを浮かべた――かのように、玲子には見えた。

「びっくりした?ぼくはふつうのねこじゃないんだ。うんとながいきして“ねこまた”になったのさ」

 猫又というのは、猫が長生きして尾が2つに分かれ、よく化けると言われているもののことである。しかしシロの尻尾は2つに分かれている様子がない。

 するとシロは玲子の視線に気付いたのかその長い尻尾を一振りした。次の瞬間にはシロの尻尾は2つに分かれていた。

 玲子はびっくりして思わず尻尾を凝視した。見間違いなどではなく、確かに2本あるそれは自由気ままに揺れている。

「いっただろ、ねこまただって。しっぽがふたつあるのなんてふつうさ。……それでレイコがここにきたのはきたかったからじゃなくて、このみせがレイコをよびよせたんだ」

 どういうことだろう。

 玲子がこの時計店を見つけたのは確かにその場の思い付きだったが、しかし自分の意志であの道を通ったと彼女は思っていた。

 あの日彼女が何となくあの道を通ったのは、偶然ではなく必然だったと言いたいのだろうか。

「この店は死期の近い人間が訪れる場所だ。ここを訪れた者達は死後再び店に来る。たいていの奴は何か悩みを抱えていて、ここに相談に来るんだ」

 それまで険しい顔をして押し黙っていた時雨が、ここにきて口を開いた。

「時計職人っつーのは俺の表向きの仕事。実際はここに来る死者達の相手をしてるってわけ」

「それで、どうしてきみはここにきたの?」

 シロにいきなり話を振られて、玲子は少し狼狽えた。彼らの話から察するにつまり玲子も悩みを抱えているということだろう。とすると、やはり事故に遭う直前まで脳内を占めていたあれか。

「………死んじゃったってことは、もう親友と遊ぶことが出来ないんですかね?」

 くだらない話をして笑い合うことも2人で並んで歩くことも――いっしょに紅葉を見に行くことも、もう出来ないのだろうか。

 最近休日に2人で遊んだりすることが少なくなったが、またいつかお互いが忙しくないときに紅葉を見に行くだろうと思っていた。今は無理でもいつか、きっと。遊べないことを嘆いてはいても、心の奥底では二度と遊べなくなる日なんて来ないと思っていたのに。なのに。


微妙なところで終わってしまいました。

次は少し短くなるかもしれません。

バランス悪くて申し訳ないです……。


ありがとうございました。

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