Black5.黒姫
この世界に来て、三週間が経つ。
……が、未だ帰られる方法も白斗達の行方もわからないままだ。
相変わらず、私達はこの城でのんびりと過ごしている。
どうやら私はルキに気に入られたらしく、しょっちゅう引っ付かれては付いてこられる。
本来ならストーカーは極刑ものだが、ルキの持つ雰囲気にやられ、何だかんだで許容してしまっている。
今日も、私がのんきに城内を散歩していると、偶然私を見かけたらしいルキは、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「クロノ、どこいくの?」
「ただの散歩」
「オレも一緒に行く!」
「別にいいけど」
すたすたと歩く私の後ろを、ひょこひょこと図体のでかい美青年が歩く……というのは、何とも奇妙な光景だ。
「しかし、どこかおもしろい場所ないもんかねー。城の中はほとんど探検し尽くしちゃったし……ん?」
おもしろそうな場所を求め、歩いていると不意に一つの扉が目に止まる。
鉄で出来た、固く閉ざされた扉。
不思議に思った私は、ルキに尋ねる。
「ルキ、ここ何の部屋か知ってる?」
「ここ? ……えっと、確か宝物庫だったと思う」
「へぇ」
宝物庫ねぇ。
へー、ふーん、ほー……宝物庫ねぇ。
「クロノ、どうしたの?」
「んー……えいっ」
がちゃり、と重い音がして扉が開く。……宝物庫のワリには案外あっさりだな。鍵ついてないの?
「まぁ、好都合か」
「……入るの?」
「あ、やっぱダメ?」
「んー……わかんない」
……まぁ、誰も見てないならいいよね。
そう思い、宝物庫の中へと足を踏み入れる。
部屋の中は、不思議と明るかった。
「……へー、結構すごいもんだね」
宝物庫、という名前は伊達ではなかったようで。
部屋の中には煌びやかな宝石や立派な鎧、派手に装飾された杖や剣やらがごろごろと転がっていた。
「わぁ……! すごく綺麗だね、クロノ!」
「そうだね」
私の後を付いてきたのか、いつの間にかルキが部屋の中に入り込んでいた。
その目は、新しいおもちゃを与えられた子供のようにきらきらと輝いている。
見目麗しい美青年が、目をきらきらさせて無邪気にはしゃぐその姿は……うん、かわいい。
「……ん?」
不意に、誰かに呼ばれたような気がして振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
不思議に思い、部屋の中を見回すがそこには私とルキ以外の人影はない。
「気のせい……?」
そう思い、再び宝物庫見物に戻るが、今度ははっきりと声が聞こえる。
驚いて、勢いよく振り返るが――やはり、そこには誰もおらず。
代わりに、ガラスケースに納められた一本の黒い剣が目に入った。
……いや、違う。
私を呼んだのは人ではなく――……
「……クロノ?」
「――私を、呼んだのは……」
この、黒い剣だ。
「クロノ、ねぇクロノってば」
ルキが私を呼び止めるのにも構わず、私はまっすぐに黒い剣の元へと足を進めた。
そして、ガラスケース越しに剣をじっと見つめる。
……うん。
――やっぱり、この剣は私を呼んでいた。
どこからそんな発想がでてくるのか自分でもわからなかったが、それだけは断言できた。
黒い剣。
柄に薔薇の模様が彫られた美しい剣。
私はガラスケースを開け、黒い剣を手に取った。
その時、
「……っ!?」
頭に痛みが走った。
『わた……のある……ま…ど………』
叫ぶ、叫ぶ。誰かが私の頭の中で叫んでいる。
誰かが、誰が? 誰がこんな寂しそうな声で叫んでいる?
うるさくて、痛くて、私は思わず頭を押さえた。
それでも声は、一向に止む気配がない。
『……くし……るじさ…は…こ…?』
うるさい、いたい、だまれ。
そう叫びたいのに、私の声から出てくるのはうめき声ばかりで。
『わたくしのあるじさまはどこ……?』
ようやくはっきりと聞こえた声が、痛みを抑えてくれるワケもなくて。
ていうか「あるじさま」って何だ。
知らない、知らない。そんなの知るわけない。
『あるじさま……あるじ、さま……』
あぁ、もう!
「うるさいうるさいうるさい! お前の「あるじさま」なんか知らないから私に訊くな!!」
そう叫ぶと、声はぴたりと止んだ。
『……あるじ、さま?』
「だから、私はお前の「あるじさま」なんか知らな……」
『あ、主様ぁああああああ!!』
頭の中に、デカい声が響く。
だぁもう、うるせー!!
『主様、わたくしの主様! ああ、やっとわたくしを迎えに来てくださったのですね! 嬉しいですわ! わたくしとても嬉しいですわ!』
「うるさい! ていうか誰だお前!!」
『まぁ主様、黒姫様。わたくしのことをお忘れですか? 貴女様の忠実なる下僕、魔法剣アストリッドを』
黒姫? 魔法剣アストリッド?
「なんのことだか全然分かんない。ていうかお前どこにいるの。姿見せろ」
『いやですわ、お惚けになるなんて。今、わたくしは貴女様の手の中にいるというのに』
手の中? ……まさか。
「まさか、この黒い剣のこと?」
『そうですわ!』
「……お前、剣なの?」
『当然でしょう! そんなことまでお忘れになったのですか? それとも忘れているフリ?』
「忘れるも何も私、お前と初対面なんですけど」
『……ああ主様、黒姫様。早くご機嫌を直してくださいまし。そうやって焦らされるのも嫌いではありませんが、あまりに度が過ぎるとわたくしも泣いてしまいます』
「何だそれ気持ち悪い。ていうか、黒姫って誰だ。私のこと?」
『まぁ、ご自分のことまで忘れているフリをなさるのですか? たとえ姿形が変わろうとも、貴女は黒姫様。わたくしのただ一人の主様ですわ』
……ちょっと待て。お前は何か勘違いをしている。
少なくとも私はお前とは初対面だし、黒姫という名前でもない。
第一、私に剣と会話をする趣味はない。そんなのよほど剣が大好きな危ない人か、ただの頭のおかしい人だ。
現に、私の後ろにいるルキがさっきから不思議な顔でこちらを見ている。
もう一度言っておく、私に剣と会話する趣味はない。
『ひどいですわ、主様。ですがそんな冷たいところも素敵です』
「人の心を読むな。変態剣」
『まぁそんな、変態だなんて……もっと罵ってくださいまし』
「変態だぁあああああああ!!」
もうほんとなんなんだコイツ! 今すぐにでも投げ捨ててやりたい!!
『力いっぱいお願いしますわ』
だめだ、ますます調子に乗らせる。
「クロノ、どうしたの? さっきから一人でお喋り、楽しそう」
「全然楽しくない」
『わたくしは楽しいですわ』
「お前は黙れ、変態剣」
ああもう、早く手放さないと私の精神が危険だ。
そう思い、変態剣ことアストリッドを思い切り床に叩きつけようとしたその時――
がちゃり、と扉が開く音がした。
「……クロノ様?」
「……あはは、どーも」
そこにいたのは、何枚か書類を抱えたグレゴールさん。
「クロノ様、一体こんな場所で何を……! それは!」
初めは訝しげな顔をしていたグレゴールさんだったが、私の手に握られているそれを見た途端に顔色を変える。
「あ、グレゴールさんこの剣のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、その剣は……」
「ていうかこの剣めちゃくちゃ喋ってくるんですが、これ呪われてるんですか?」
「剣が喋る……!? まさか!」
グレゴールさんは驚いた表情で私と剣を見比べている。
『まぁ、視姦プレイですか?』
「黙れ」
それしか考えられねぇのかお前は!
***
ようやく落ち着いたらしいグレゴールさんは、困ったような笑顔を浮かべ、まず私に宝物庫に入ったことを軽く咎めると黒い剣と「黒姫」のことを説明した。
しかし、内容があまりにも長かったので割愛する。
簡単に説明すると、こうだ。
昔々、ラリヴァーラは戦争の絶えない危ない大陸でした。
その中で最も危険な国と見られていた【バルバラ共和国】は、何としてもラリヴァーラを支配したいという野望を抱いていました。
そして、何と異世界から【魔王】を召喚してしまったのです。
魔王によって、残りの四つの国はあっという間に壊滅の危機。
バルバラと魔王によって、ラリヴァーラが征服されんとしたその時――……
なんと、伝説の魔術師とやらが異世界から五人の人間を召喚したのです。
その人間達は、一人ずつ驚異的な力を持っていました。
剣術と暗黒術を操り、一騎当千の働きを見せた――【黒姫】
精霊達の親愛なる友人を名乗り、大精霊までをも使役した――【奏者】
巨大な槍を振り回す怪力を持ち、その力を傷つけることでなく護ることに使った――【神風】
全てを見通す瞳を持ち、狙った獲物を逃がすことなくその身を撃ち抜いた――【射手】
複数の魔法を組み合わせる技術を持ち、常に新しい魔法を生み出し続けた――【魔女】
ラリヴァーラの住人は、彼らを【希望の戦士】と呼び称え、また【戦士】達もそれに応えました。
屈強な兵士や優秀な魔術師でも倒すことの出来なかった魔王を――戦士達は激しい戦いの末に、倒したのです。
ラリヴァーラの住人は喜び、彼らを称えました。
しかし、気付くと戦士達は自分達が愛用していた武器だけを置いて、どこかに消えてしまったのです。
戦士達が残した武器は【遺物】と呼ばれ、国々の間で大切に保管されました。
魔法剣アストリッドは戦士の一人である黒姫が、最期まで愛用し続けた【遺物】の一つなのです。
…………。
「本当ですか、グレゴールさん」
「本当です」
……えー、ちょっと待って。
このドM剣がその【遺物】だと。
この変態剣の所有者が伝説の【戦士】の一人である【黒姫】の物だと。
……そして、この剣を目覚めさせた私は【黒姫】の再来であると。
「そう言いたいんですか、グレゴールさん」
「そう言いたいんです」
…………。
「何かの間違いじゃないですか?」
「どうしてそう言いきれるんですか?」
「すみません、勘弁してください。私には無理です」
「やってみなければ分かりませんよ」
「いやいや、やってみなくても分かりますって」
「そんなことないですよ」
……だめだ、爽やかな笑顔に押し切られてしまう。
『主様、わたくしを無視しないでくださいまし! わたくし、叩かれたり折られたりなどは昇天してしまうほどに好ましいですが、放置だけは……放置プレイだけは嫌いなのにっ』
……こっちはこっちでうるさいし。
嘆くアストリッドを横目に、私は一つため息を吐く。
ああ、もうやだこんな世界。今すぐにでも帰りたい!