White2.黒はどこへ?
城での生活は、とても快適だと思う。
朝起きれば豪華な朝食が出てくるし、少し足を伸ばせば、いつまで経っても読みきれないほどの本がある大きな図書館や、綺麗な花が咲き誇る庭園がある。
友人もできたし……みんながみんな、ではないがほとんどの人が優しくしてくれる。
だけど、俺にはそんなことよりも大事なことがあった。
――姉、黒乃の所在だ。
双子であるけど、似てない俺達。
双子であるけど、正反対な俺達。
双子だからこそ、違う俺達。
誰よりも、大事な双子の姉。
友人達の安否も心配ではあるけど、俺が一番に心配するのは黒乃のこと。
そして、俺のことを一番に心配してくれているのも……きっと、黒乃。
どこにいるんだろう?
何をしているんだろう?
ケガはしてないかな?
……捕まっていたりはしないよね?
日にちが経つにつれ、不安は募っていく一方だった。
***
「ハクト……何か、悩み事でもあるんですか?」
「え……?」
いつものように図書館で本を読んでいると、隣にいたアンリにそう訪ねられる。
「いえ、先ほどからため息ばかり吐いているようだったので……」
「え、あ……して、た? ため息」
俺の言葉に、アンリは「ええ」と頷いた。
うーん……やっぱ、わかっちゃうよなぁ。
「実はさ……」
「そうですか、お姉さんのことが……」
「うん、すごく心配」
黒乃は本当に無茶ばかりするから。
と、俺が困った風に言うとアンリはくすりと笑った。
「あ、すみません。……本当に、お姉さんの事を大事に思っているんですね」
「うん……俺にとって、一番大切な人だから」
そうですか、とアンリは優しく微笑んだ。
「……今、姉上も忙しい合間を縫って捜索隊をあちこちに派遣しているそうです」
「え?」
「まだ時間はかかりそうですが、確実に見つかると思います。だから……」
心配しないで。
と、アンリの瞳はそう言っていた。
「きっとまた、必ず会える日が来ます。だから、元気を出してください」
「……うん、ありがとう」
そう言ってくれる、アンリの優しさが嬉しかった。
***
と言っても、やっぱり不安でしょうがなくて。
俺は図書館から自室へと戻る道を歩きながら、ずっとため息ばかり漏らしていた。
頭の中は、黒乃や友人たちのことで一杯で。
だから、単純に前を見ていなかった。
「きゃっ!」
「へっ?」
どんっ、と何かにぶつかる音と、誰かの小さな悲鳴。
慌てて前を見ると、そこには一人の女の子が尻餅をついていた。
周りには、いくつも本が散らばっている。
「いたた……ちょっと、そこのあなた! どこを見て歩いているんですか!」
突然女の子が立ち上がり、俺に近付いてくる。……どうやら、怒っているようだ。
「いいですか、ここはあなただけの道じゃないんですよ? 我が物顔で歩かないでください。大体、目の前に大荷物を持っている人間がやって来るのが見えているでしょうに。避けようともせずぶつかってくるなんて――……!」
……どうしよう。なんかすごく怒られている。
でも、悪いのは前を見てなかった俺だし……うん、素直に謝ろう。
「ごめんね、ちょっと考え事してて前を見ていなかったから……本当に、ごめんね」
「え、あ……わ、わかればいいんです、わかれば! こ、今度からはちゃんと前を見て気をつけるように!」
女の子は腕を組んで偉そうに言った。……でも、何故か腹が立たない。
「えっと、俺は白斗。君の名前は?」
「な、何故いきなり名前を……ま、まぁいいです。教えてあげましょう。私はロロット・ブランジェ。この城にある【魔法研究所】の所員です」
女の子……ロロットはふんっ、と胸を張って答える。
……魔法研究所って、なんだろう?
思わず、回答に困る。
彼女の反応を見れば、恐らくそこはとても有名な場所のようなんだけど……。
「あー……あ! そういえば、本……」
「本? ……あぁあああ! 大変、すぐに集めなくちゃ!」
思わず返答に困った俺は、話題を逸らす。
本が散らばったことにようやく気がついた彼女は、慌てて本を集め始めた。
「あ、俺も手伝うよ」
「あたり前です! ああ、早くしないとお祖父様にどやされちゃうぅ~!」
そう言って慌てる姿が何となくかわいくて。
俺は、思わずくすりと微笑んだ。
***
散らばった本を集め終わり、ついでに俺が半分運ぶことになった。
ロロットの言い分によれば、
「元はと言えばあなたのせいなんですから、手伝うのは当然です!」
だそうだ。
そして、ようやくたどり着いた研究所。
その奥の部屋に、俺達は通された。
そこには、たくさんの本に埋もれた白髪の老人が居た。
本に目を落としていて、こちらは見ていない。
ロロットは一つ息を吐くと、大きな声で喋り始めた。
「失礼いたします、おじい……所長。必要な分野の本を一通り揃えてまいりました」
「おや、遅かったねロロット。また道行く人という人にケンカを売りまくっていたのかい?」
「そんなワケないでしょう! ただ、ちょっと……その、騒ぎを起こしてしまっただけです! ちなみにもう和解はしたのでご心配は無用です!」
どん、と大きな音を立ててロロットは分厚い本を机の上に置く。
その音に驚いた老人は顔を上げ――そして、俺の存在に気づいた。
「おやロロット、ボーイフレンドか? 紹介するなら、ワシよりも先にフロランの奴に……」
「違います! あとお父様の名前は出さないで下さい! ……彼とは偶然出会って、偶然手伝ってもらっただけです。妙なことは言わないで下さい」
「ふむ、そうかい」
老人はそう言うと、視線を俺の方に向けた。
「――おや、よく見れば君は最近異世界から来たという客人じゃないか」
「え、俺のことを知ってるんですか?」
そう問えば、老人はにこりと笑う。
「ああ、有名だよ。「異世界から来た、灰色の瞳を持つ心優しき少年」だとね」
「え、灰色って――……」
俺がそう問いかけようとするが、それは老人が椅子から立ち上がったことで遮られる。
そして老人は俺に近付き、手を差し出した。
「ワシの名前はアレクシ・ブランジェ。魔法研究所の所長だ」
「……白斗、です。灰澤 白斗」
俺も、差し出された手を取って握手する。
「さて、珍しい客人も来たことだ。研究所の中を案内しよう」
そう言ってアレクシさんは俺達を連れて部屋を出た。
***
研究所の見学はとてもおもしろかった。
大きなガラス玉の中で火と水が踊っていたり、見たこともない生物が居たり……。
普通に魔法の練習をしている人もいたが、その魔法は猫の中身を犬に変えたりなど……とにかく、おかしなものばかりだった。
どうやら、魔法研究所というのは、魔法を駆使して常に新しいものを生み出そうとしている場所らしい。
といっても、フレンツァ王国ではあまり魔法が普及していないらしく、いろいろと苦労している、というのはアレクシさんの言葉だ。
「こんなに楽しくて便利なのに、何故一般に普及しないのかワシにはわかりかねるよ……」
と、案内している間もずっと嘆いていた。
そして、一通り案内が終わり、俺達は元の場所に戻っていた。
「さて、どうだったかねハクト君。有意義な時間は過ごせたかな?」
「はい、とてもおもしろかったです。俺達の世界にはなかったものばかりですし……」
とても興味深い場所を見つけたと思った。
きっと、黒乃達と来たらもっと楽しいだろう。
と、そこまで考えて思い出す。
先ほどまで、黒乃達のことばかり考えていたことを。
一回思い出すと、再び思考がそれで埋め尽くされる。
「あ、えっと……今日は、ありがとうございました。俺、もう行かないと」
「おや、もう行くのかい?」
「はい……それじゃあ、失礼しました」
そう言って、部屋を出て行こうとすると「待ってください」と声をかけられる。
ロロットだった。
彼女は、俺に近付くとびしり、と俺に指を突きつけた。
「あのですね! ……も、もしまた来たいのでしたら、いつでも来てよろしいですよ」
「え?」
「べ、別にあなた一人が紛れ込んだところで研究の邪魔にはなりませんし……もし、この場所が気に入ったのなら、その、いつでも……」
段々と小さくなる声。
最終的にロロットは俯いて、もはや何を言っているか聞きとれないほどの声で、もごもごと喋る。
そして、ロロットが何を言いたいのかわかったのか、アレクシさんが彼女の言葉を受け継いで喋り始めた。
「ハクト君。もし、この場所が気に入ったのならいつでも来ていいからね。歓迎するよ」
「本当ですか?」
「ああ。ワシは君のことが気に入ったしね」
そう言ってアレクシさんは俺の頭を撫でる。
「よければ、また来ておくれ」
「ええ――是非!」
気付けば、俺は笑顔で答えていた。
ぐ、グダグダになってしまった……
さて、次からは黒乃視点に戻ります。