White1.白の所在
目が覚めた時、姉の声と笑顔はなかった。
その代わり、いつもよりふかふかなベッドと真っ白な部屋があった。
……確か、俺はいつものように黒乃や友人達と学校に向かっていたはずだ。
それなのに目を覚ませば、見知らぬ部屋。……ここは、一体どこだろう?
まだ少しボーっとする頭で、必死にここがどこかを考えていると……突然ノックの音がしたかと思えば、扉が開く音がした。
驚いて振り返ると、そこには黒髪の背の高い青年がいた。
「おや、お目覚めでしたか。これは失礼しました」
青年は微笑みもせず、感情の篭っていない謝罪と、完璧なまでのお辞儀をした。
……だけど、今の俺にはそんなことは気にならない。
俺は、突然現れた見知らぬ青年にただ驚くだけだ。
「あ、あの……」
「どうなされました?」
「……すみません、どちら様ですか?」
ようやく、少しだけ落ち着きを取り戻した俺は青年に尋ねる。
青年は「ああ」とだけ言うと、そのまま表情を変えず淡々とした口調で言った。
「私はフレンツァ王国国王様に仕えております、ギュスターヴと申します」
「……白斗、です」
目の前の青年……ギュスターヴさんは「ハクト様ですか、良い名ですね」と、相変わらず感情の篭らない声で言うと、再び完璧なまでのお辞儀と共に口を開く。
「ではハクト様、目覚めたばかりのところ大変申し訳ないのですが――今すぐに、国王様に会っていただきたいのですが」
「――え?」
***
「こちらです、どうぞ」
「あ……はい」
あの後、状況がまるで理解できていない俺にギュスターヴさんは「では早速」と言って、半ば無理やり俺を【謁見の間】とやらに連れてきた。
どうやら【国王様】という人物はここにいるらしい。
…………
どうしよう、改めて意識すると緊張してきた。
「ハクト様、どうぞお入りください」
「は、はいっ」
ギュスターヴさんに促され、俺は豪華な扉を通って謁見の間へと足を踏み入れた。
真っ白で広く、天井の高い部屋の――一番奥に、その人はいた。
無造作に下ろされた金色の髪が光に照らされ、きらきらと光っている。
金色の睫毛に縁取られた瞳はよく晴れた空のような青で、吊り上げられ少しキツめの印象を感じるが、何故か彼女にとてもよく似合っており、マイナスの印象を感じることはない。
まぁ、つまり、俺が何を言いたいのかというと――……
「きれい、だ……」
ということ。
俺の呟きが聞こえたのか、目の前の女性は一瞬驚いたような表情を見せた後、
「……っく、あはははははは!」
と、笑い出したのだった。……見た目に似合わず、豪快な笑い方だ。
「え、えと、あの……」
「ああ、よい。気にするな……っくく、まったくおもしろい奴だ。私を目の前にして「きれい」などとは」
「え、だって本当にきれいだったから……」
「まだ言うか。私を目の前にして大概の人間は「怖い」「恐ろしい」「本当に人間なのか」だぞ? そんなことを言ったのはお前が初めてだ」
目の前の女性は中々笑いが収まらないのか、まだ口元を押さえながら肩を震わせている。……笑いすぎだろう。
「ああ、そうだ。名前を言うのを忘れていた。私はフレンツァ王国第二十一代目国王ベルナデット・フレンツァ・ベルティエだ。お前は?」
「白斗……灰澤 白斗です」
「ふむ、不思議な響きだな。これも異世界から来たからか」
「え?」
異世界? 何のことだろう。
「なんだ。まだ自分の状況が理解できていないようだな」
「はい、全く……」
とりあえず、ここが日本でないことだけは確かだけど……
「えっと、教えていただけますか? ここがどこなのか、そして異世界とはどういうことなのか」
俺がそう問いかけると、目の前の女性――ベルナデット様は微笑んで「もちろんだ」と言った。
***
混乱する頭を必死に整理する。
今説明された内容は、かなり衝撃的なものであり……いくら何でも、冷静に考えろというほうが無理だと思う。
この国――フレンツァ王国がある大陸の名前は【ラリヴァーラ】。
俺は異世界から召喚された人間。
そして、異世界から召喚された原因は……【魔法陣の失敗】。
「驚いたか」
「……はい」
「まぁ、当然だな」
ベルナデット様――改め、ベルさん(長い上に本人が望んだのでこう呼ぶことにした)は、うんうんと頷きながている。
……頷きながらも、その目には明らかに楽しんでいる様子が伺えるけれども。
「お前が言っていた、残りの四人も恐らくそれに巻き込まれているだろうな」
「あ、やっぱり……」
どうやら、黒乃達もラリヴァーラに来ている可能性も出てきた。
だいぶ俺が参っているのを察したのか、ベルさんは俺を安心させるように笑顔を見せる。
「まぁ、安心しろ。お前の仲間は探し出してやるし、ここにいる間のお前の生活も保障する。……そうだな、ギュスターヴを付けよう。これからは、奴がお前の身の回りの世話をする。よいな、ギュスターヴ」
「かしこまりました」
「それと……」
何か、俺が何か言う前にどんどん決まっていってる……。
いつの間にかこの城に滞在することになってるし、ギュスターヴさんが世話係になってるし……おまけに、黒乃達を探してくれることにもなってる。
い、いいのかなこんなにしてもらっちゃって……。
恐縮する俺を余所に、ベルさんは次々俺に関することを決めていく。
そして、最後に。
「紹介しよう。私の弟、アンリだ。今日からお前の案内役となる」
「始めまして、アンリ・ベルティエと申します」
最後に、とても綺麗な少年を紹介された。
よく話を聞くとベルさんの弟らしい。つまりは王子様。
あまり似てないな、と思いつつもやはり血は繋がっているもので……
さらさらと揺れ、光を浴びては輝く金髪と、長い睫毛に縁取られた晴れた空のような青い瞳。
違うとすれば、ベルさんが少々キツイ印象なのに対し、目の前の少年はよく言えば優しそうな、悪く言えば気が弱そうな印象を抱いた。
少年――アンリと言ったか、は俺に向かって手を差し出す。
俺も、黙ってその手を取った。
「これからよろしくお願いしますね、ハクト」
「こちらこそよろしくね、アンリ」
これが、俺が異世界で過ごした記念すべき最初の一日目となった……。