Black2.いつも通りじゃない
目を開ける。
目の前にはいつも見慣れている真っ白な天井――ではなく、ベッドの天蓋。
起き上がり辺りを見回すと、そこは私の部屋――ではなく、見慣れない……知らない部屋。
そして、ゆっくりと私の横に顔を向ける。
そこには白い髪をした、一人の少年が眠って――おらず、誰もいない。
いつも通りの、光景じゃない。
「……ここ、どこ?」
思わず口をついて出た言葉。
見覚えのない部屋を見回しながら、私は「ここがどこなのか」「何故こんな場所に私はいるのか」という疑問を、ずっと頭の中で繰り返した。
……だめだ、まったくわからない。ていうか、私は学校に行こうとしてたんじゃないっけ?
――ガタッ
しかしそんな思考は、急にした物音でかき消される。
「……誰?」
物音がした辺りに目を向ける。
そこには、メガネをかけた黒髪の少年が――って、
「野渡君?」
「灰澤! 君なんでここに」
「それはこっちのセリフなんだけど。ていうか……ここ、どこだか分かる?」
そう訊ねれば、野渡君は申し訳なさそうに俯いた。……なるほど、彼にもよく分からないってことか。
「まぁ、分からないなら仕方ないよね。他のみんなは?」
「残念だが、ここにはいないようだ」
「そっか……白斗もいな……なんだって!?」
衝撃の事実。
そのあまりの衝撃に、私は野渡君の胸倉を掴んでがくんがくんと激しく揺らす。
「白斗がいないってどういうことだー!」
「ぼ、僕に訊かれても……っ! お、お、落ち着け……っ」
「これが落ち着いていられるかぁああああああああ!!」
かわいい白斗、癒し系な白斗。
双子でありながら全く似ておらず(まぁ二卵性だからってこともあるけど)、私とは違い、純粋で疑うことを知らない白斗。
幼い頃からどこへ行くにも一緒で、正に一心同体という言葉が相応しかった私の片割れ。
五歳の時に「おれ、くろちゃんとけっこんする!」「じゃあ、わたしもはくちゃんとけっこんする!」と言い合った私の最愛の弟よ(その後、姉弟では結婚できないと知って二人で大泣きしたのも今ではいい思い出)。
八歳の時にいじめっ子とケンカし、涙目で帰ってきた私の大事な弟よ(後でいじめっ子達には制裁を加えておいた。白斗を傷つけるなど言語道断)。
十二歳の誕生日に悪戦苦闘しながら料理を作ってくれた健気な弟よ(作ってくれたのはカレー、少し水っぽく、具もかなり大きかったが何よりも作ってくれたことが嬉しかった。ちなみに私はお返しにケーキを作った)。
十五歳の高校入学前日に――……
「灰澤。頼むから落ち着いてくれ」
いつの間にか私から逃れた野渡君の声で、私は現実に引き戻される。
「野渡君……」
「だ、大丈夫か灰澤。少しは落ち着いたか?」
心配そうに(警戒して)私の顔を覗き込む野渡君に向かい、私は口を開く。
「じゃあ、衣音も銀次もいないんだ?」
「そっちか!」
つっこまれた。
***
それから暫く二人であーでもない、こーでもない、そういえばお腹すいたなぁ、全く君はのんきだないきなりこんな場所に飛ばされたっていうのに、どんな状況でも人間は腹がすく生き物なんだよ、あのな……、そういえばカバンの中にお弁当が、カバンなんて見当たらなかったが、……あははそんなバカなカバンも一緒に飛ばされてるんじゃないのかい、残念ながら僕は君が目覚めるまでこの部屋を隅々まで見た、……、カバンらしきものはなかったな、……、?どうかしたのかはいざ……、ガッデェエエエエエエエエエエエエエム!!、うわっ!いきなり叫ぶなバカ!、私のお弁当が!お母さんが早起きして作ってくれたお弁当がぁあああああああ!!、……灰澤……
……などと言う会話をしていたのだが、扉の叩かれる音でそれは遮られる。
「はい、どうぞ」
「おい!」
思わず返事をしてしまったが、誰が入ってくるか分からない。
もし入ってきたのがデカイ口の化け物で入ってきた瞬間に「こんにちは、いただきます」となってしまったらどうしようか……まずは野渡君を囮にしつつ、逃げるな。
「今、とんでもないこと考えただろう」
「私の心を読まないでください」
「おやおや、随分と仲が宜しいですな」
「いや、全然よろしくな――へ?」
突然割り込んできた声に、私と野渡君は顔を見合わせた。
そして、声のした方へと目を向ける。
そこは、扉の開いた部屋の入口。……そこに、にこやかな顔をした初老の男性が立っていた。
「中々意識が戻らないようで心配しましたが……それほど動き回れるのなら、もう大丈夫ですね。安心致しました」
「ど、どちら様ですか……?」
「申し送れました。私はグレゴール・バシュ、オヴェロン城にて皇帝フェルディナント様に仕えております第一執事で御座います」
はい? 聞き覚えのない言葉ばかりがつらつらと並べられる。
野渡君に助けを求めるように彼の方を向くと、彼も全くわからないという顔をしていた。なんてこと。
もはや私達の目には、目の前のにこやかな男性が得体の知れない奇妙な人物にしか見えなくなっていた。
***
「それでは、目が覚めたばかりで申し訳ないのですが……皇帝フェルディナント様に会って頂きたいのですが」
「はい?」
皇帝? さっきも言ってたけど、皇帝って?
「……皇帝とは君主の称号(君主号)の一種であり、伝統的には、標準的な君主号である「王」よりも上位のものとして観念される。女性の場合、女帝、女皇などと言うこともある。なお、皇帝の正妻を皇后というが、皇妃ということもある。……以上、ウィ○ペディアより抜粋」
ご丁寧な説明ありがとう、野渡君。心読みやがって後でネックハンギングツリーな。
「ここでその技はえげつないだろ!」
「ほほ、本当に仲が宜しいですな」
いやいや、全然良くないですから。
しかし、グレゴールさんは聞く耳を持たず「仲が良いのは宜しいですが、皇帝陛下が待っておられます。早く参りましょう」と笑顔で言ってのける。
……仕方ない。
「腹括るぞ、野渡君」
「度胸ありすぎだろ! いいのか灰澤。僕らは今、まったく知らない場所にいるんだぞ?」
「いるからこそだよ。私達が動かない限り、情報は入ってこないんだ」
「そ、それはそうだが……」
「いいから、行こう」
未だ納得してない風の野渡君を無理やり黙らせ、グレゴールさんの方に向き直る。
「では、参りましょうか」
グレゴールさんはにこやかな笑顔を崩さないまま、私達を扉の方に誘導した。
***
ただ今、私達は大きな扉の前にいます。
……無駄にデカすぎんだろ。しかもごってごての装飾で趣味悪。
「灰澤、滅多なことは言うもんじゃない!」
「何、野渡君。もしかして緊張してんの?」
「べ、べちゅにきんちょうなんきゃしてらい!」
「……強がらなくてもいいからね」
「し、してりゃいっていっちぇりゅりゃ、」
カミ倒してんじゃねーか。どんだけ緊張してんだ。
「……では、お入りください。中で皇帝陛下がお待ちです」
「あ、はい」
カミッカミの野渡君は放っておいて、私は大きな扉の方に向き直る。
……改めて向き合うと緊張するな……。
「ほら見ろ。君だって緊張しているじゃにゃいか」
「野渡君、まだカミカミ抜けてないよ……さて」
私は扉に手をかける。
果たして「皇帝」とやらはどんなヤツなんだろうか?