Black1.現実から非現実へ
目を開ける。
目の前にはいつも見慣れている真っ白な天井。
起き上がり辺りを見回すと、そこは私の部屋。
そして、ゆっくりと私の横に顔を向ける。
そこには白い髪をした、一人の少年が眠っていた。
私は、そんないつも通りの光景に小さな幸せを感じながら、傍らで眠る弟に手を伸ばす。
「ほら、白斗。朝だよ、起きなさい」
少々強く、身体を揺らす。
すると、白斗はゆっくりと目を開いて私の姿を捉える。
「ん……おはよう、黒乃」
「はい、おはよう」
そう答えると、白斗はゆっくりと笑い、私も微笑みを返す。
これが私達、双子のいつもの朝だ。
***
「それじゃ、行ってきます」
「……行ってきます」
そう両親に声をかけ、玄関を出る。
外は清天、太陽がまぶしい。
「……いい天気」
白斗がそう言って、私は「そうだね」と返す。
ああ、これもまたいつもの朝の風景。
「おーい! 黒乃ー、白斗ー!」
と、向こうから友人達が駆けてくるのも、いつもの――……
「白斗ー! マイスウィートラブハニ……ごべばぁっ!?」
私は、白斗に抱きつこうとした不届き者を蹴り飛ばした。
「おはよう。毎朝懲りないね、銀次」
私は地面にへばりついている不届き者――朝井 銀次の姿を見下ろし、睨みつける。
「黒乃……何故それほどまでに俺を……っは、やきもちか!? お前、白斗にやきもちをやいたんだな! そうだよなお前ツンデレだもんな! だが安心しろ、俺はお前も愛して――ぶぼっ!」
気味の悪い言葉が聞こえる前に頭を踏み潰す。めりっ……うん、いい音がした。
「……灰澤」
「なぁに、野渡君? 邪魔するなら君も道連れにするけど?」
「……すまない、なんでもない」
「なんだ、また負けたんだ。ほんと無様だねー」
メガネの奥の瞳が怯えているぞ、野渡 至君。
そして、そんな野渡君の背後からひょこりと顔を出し、銀次を見下ろしている我が親友、阿久津 衣音よ。そこまで言うことないんじゃないかい? 彼だって最下層なりに頑張っている。
「って俺、最下層なの!?」
「人のナレーションにツッコまないでよ」
地面から顔を上げた銀次の顔にカバンを叩き込む。ばきっ……うん、かなりのいい音がした。
「……仲良しだね」
白斗がぼそりと呟いた言葉を、私は聞き逃さない。――誰と、誰が仲良しだって?
「心外だよ白斗。私とコレ、どこをどう見たら仲が良いように見えるの?」
「なんだ、白斗にはそう見えるんだな。俺達、意外とお似合いカップルなんじゃね? この勢いで付き合おうぜ黒乃!」
「死ね下等生物」
そう言い捨てて銀次のアホ面に右ストレートを叩き込む。ごきゃっ……うん、シャレにならないくらいのいい音がした。
「さて、おふざけも程々にして急ごうか」
「おふざけにしては力いっぱい……いや、なんでもない」
こうして、いつも通りのバカ騒ぎの後に学校へ向かう。
ちなみに、気絶中の銀次は衣音がずるずると引っ張ってくれる……うん、我が親友ながらいい性格してるよ、衣音。
「ねーねー、今日の放課後何する?」
「朝から放課後の話? 衣音、君は気が早すぎるよ」
「あっ、俺カラオケ行きたい!」
「……そしてお前は復活が早すぎる」
「銀次、大丈夫?」
「俺は大丈夫だぜハニ……っぶぼばぁっ!」
「……また気絶した……」
いつも通りの朝。いつも通りの毎日。
しかし、そんないつも通りの中で――ひとつだけ『いつも通りじゃない』ことが起こった。
「――ねぇ、今なんか揺れなかった?」
一瞬だけ、地面が揺れている感覚がしたのだ。
そして次の瞬間、
「……っ!?」
大きな揺れが、私達を襲った。
「何、これ……地震っ!?」
揺れはそのまま収まることはなく、だんだんと大きくなっていく。
そのせいで私に辺りを見回す余裕などない。だから、気付かなかった。
私達の足元に、大きな黒い穴が開いたことなんて。
「……っ!?」
次の瞬間、私の身体は抵抗することなく黒い穴の奥へと落ちていった。