Black9.とにもかくにも騒がしい
今回は少し短めです。
こんこん、こんこん。
絶えずに鳴り続ける、ドアを叩く音。
いつもなら、何の抵抗もなく開けることができるのだが……。
「……野渡君、精霊達しまえる?」
「……無理だ」
「ですよねー」
ただいま、部屋では小さな光の球……精霊達が乱舞しています。主に野渡君の周りで。あ、まだメガネ返してもらってないんだ?
とにかく、今の状況でドアを開けるのはまずいかもしれない。
「……クロノ様、おられますか?」
「ローさん?」
「先ほどから何やら騒がしいようでしたので……何かありましたか?」
ドアの向こうにいるのは、ローさんだった。
どうやら、先ほどの騒ぎを聞きつけたらしい。
……まぁ、あれだけ騒いでたら当然か。
「いや、何かあったというか……」
「お、おい灰澤……!」
「あら、イタル様もおられるのですか?」
野渡君が、「言うなよ! 絶対に言うなよ!」とフリをする間もなく、ドアの向こうにいるローさんに気付かれる。
「おい、僕はそんな使い古されたフリなんてしないぞ。絶対にしないからな」
「いや、そんなに反応されても」
そんなこんな言い合っていると、ついにしびれを切らしたのかローさんが
「……失礼いたします!」
と言って、ドアを開けて入ってくる。
もちろん、急に言われたので止める間もなく――……。
「あ」
「……は!?」
あっさりと、見つかってしまった。
精霊達はローさんが入ってくると同時に、野渡君から離れて部屋のあちこちに散らばった。
それは、とても幻想的な風景だったけど――私達はそれどころじゃない。
ローさんは驚きを隠そうともせず、部屋を飛び交う精霊達と私達を交互に見比べる。
「……く、クロノ様。一体これは…?」
ようやく口を開いたと思えば、そんな質問。
まぁ、当然っちゃあ当然だけど……。
「えーと……まぁ、その、なんだ。あー……野渡君、説明よろしく」
「僕に丸投げするな! ……あの、これはですねローシェンナさん……えっと……」
野渡君はしどろもどろに なりながらも、今まであったことを何とか説明した。
ローさんは少し訝しげな顔をしたが、精霊達が飛び交う部屋の状況と、野渡君が手に持っている杖……イェルケルを見て、信じざるを得ないのか黙って首を頷いてくれた。どうやら理解してくれたらしい。
「しかし……クロノ様だけではなく、イタル様まで【戦士】の一人だったとは……驚きですね」
「案外あっさり受け入れてた気もするけど」
「まぁ……ある程度はへい……ごほんっ」
ローさんは何かを誤魔化すように一つ咳払いをすると、突然こちらの方に振り返ってきた。顔こわっ!
「それよりも! クロノ様、バシュ執事長からお話があるそうです」
「グレゴールさんから? ていうかローさん顔が近いうえに怖い」
「これは失礼致しました。それで、どうか自分の部屋の方に来てほしい、と」
グレゴールさんか……一体何の用だろう、ていうか嫌な予感しかしない。
一人で行くのは嫌だな……。
………………
「野渡君」
「僕は行かないぞ」
「いや、まだ何も言ってないじゃんか……」
「君が何を考えてるかなんて、だいたい予想がつく」
っち……意外と手強いな……ここは強硬手段で……。
と、私がどうやって野渡君をみちづ……じゃなく、どうやって一緒に連れて行くか考えていると、ローさんがびしり、と挙手。
「どうしました、ローさん」
「いえ、提案なのですが……イタル様も一緒に行かれたほうがよいのでは?」
「は!?」
突然のローさんの提案に、無関係を決め込もうとしていた野渡君は驚き、そしてローさんに突っかかっていた。
「なんで僕まで!? 呼ばれてるのは灰澤でしょう!」
「その、きっと【戦士】関係のことだと思いますから……もしそうならば、先ほどなったばかりとはいえ、戦士の一人である【奏者】のイタル様を放っておくのも……と思いましたので」
ローさんの言葉に野渡君は一瞬呆然、しかし次の瞬間には「あぁああああ~!」と謎の奇声を上げて床に座り込んだ。
「何で僕まで……!」
『【奏者】だからだろう』
「……きっと変なことに巻き込まれる……もはや決定事項だ……灰澤もいるし」
「ちょっとそれどういう意味」
失礼すぎるな、野渡君。
『大丈夫ですわ、主様。もし何かあっても、このわたくしが主様をお守りしますわ』
「正確に言えば「お前を使って自分の身を守る」だけどな」
私は腰掛けていたベッドから降りて、アストリッドを持ってローさんに近付いた。
途中、床に座り込んでいた野渡君も回収しておく。
「まぁ、ごねたって仕方ないよね。行こうかローさん」
「はい、参りましょうクロノ様、イタル様」
まだ何か喚いている野渡君を引きずりながら、私はローさんの後に続いて部屋を出た。
***
「――少し、部屋の前でお待ちください。すぐに戻りますので」
ある部屋の前でローさんにそう言われ、私達はその場に留まる。
ローさんが部屋に入っていくのを見送りながら、私はアストリッドとテレパシーで言葉を交わしていた。
『しかし、一体何の用でしょうねぇ? こんな夜中に……非常識ですわ』
「お前の存在ほどでもないけどね」
『まぁ、わたくしほど常識がある剣もおりませんわよ?』
「冗談は存在だけにしてほしいんだけど」
「……なんでそんなに、のんきに構えていられるんだ君は」
私の隣で座り込んでいた野渡君が、弱々しい、しかし呆れかえったような声で言う。
「のんきって誰が?」
「君以外の誰がいるというんだ」
はぁ、とわざとらしいため息を吐かれる。
「だいたい、君はおかしいと思わないのか。いきなり【戦士】だとか言われて」
「まあ、理不尽な展開だとは思うけど……自分から言い出してなったワケじゃないし。寧ろ断る暇がなかったというか」
「……早く帰りたい……」
そんな弱々しい野渡君の呟きと同時に、ローさんが目の前の部屋から顔を出した。
「お二方様、どうぞこちらへ」
そうローさんに促され、私達は渋々とその部屋へと入った。
***
部屋に入ってまず目に入ったのは――黒い翼。
驚いてそちらの方を向くと、そこには相変わらずの美貌を称えた皇帝サンことフェルナントカ・ナンタラさんが。
「……フェルディナント・ラシオン・ブロムベルクだ。久しいな、二人とも」
あー、そういえばそんな名前だったね。
無事に皇帝サンの名前を思い出したところで、私も「お久しぶりです皇帝サン」と会釈した。
「雑務が忙しがったが故に、滅多に顔が出せなかったのだ。すまなかったな」
「いえいえ、それなりに快適な生活を送らせていただきましたよこちらは。まぁ、妙なことに巻き込まれたりもしたけど」
そこまで言って、私は妙なことに気付いた。――何で皇帝サンがここに?