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白黒冒険譚  作者: 夕日影
12/13

Black8.奏者

 ふよふよと浮いている青い杖。

 一体これが何なのか……実は私には予想がついていたりする。

 だって……だって……


『……久しぶりの外だな。ずいぶん長いこと眠らされていたものだ。で、誰だ? この私の封印を解いたのは』


 喋ってるんだもの! あの杖! ぶつぶつ喋ってるんだもの!

 多分、いやきっと、絶対にアストリッドの同類だ。喋る武器的な意味で。


 私はあれが何なのか聞きだそうと、アストリッドを叩き起こす。正確には床に叩きつけて起こす。

「起きろ変態剣!」

『ぐぼぉっ! ……っは! 主様、何の御用でしょう?」

 おお、一発で起きた。ドMだから痛みと衝撃には強いかと思っていたが。

 ……って、そんなくだらないことを考えてる場合じゃない。


 私は杖の方を指し、「あれは何だ」とアストリッドに訊ねる。


『主様、「あれ」とは一体……?』

「とぼけんな。あの、野渡君の前でふよふよ浮いている、何だか偉そうな口調の青い杖のことだ」

「青い……杖……?」


 私はアストリッドを青い杖のほうに向ける。

 瞬間、アストリッドがピシリ、と硬直したのがわかった。

 そして、


『な……な……なんでアイツがここにぃいいいい!』


 と、いきなり叫びだした。

 その声に驚いて、思わず私はアストリッドを床に落とす。

 しかし、それでもアストリッドは黙らない。


「ちょっといきなりどうし、」

『やはり生きておったか嫌味杖めぇえええ!』

「おいアスト、」

『まさかここで出逢うとは! 出逢ってしまうとはぁああああ!』

「人の話を聞、」

『今こそこの怨み、何としてもはらさねばぁああああああ!』

「聞けっつってんだろぉおおおお!」


 私はアストリッドを力いっぱい放り投げる。

 しかしうっかり手元が狂って、アストリッドは――青い杖に驚いて、尻餅ついている野渡君の元へ。


「野渡君、危ない!」

「へ? ――うわっ!?」


 私は野渡君目掛けて走るが、間に合いそうにもない。

 あ、やべ。――そう思った瞬間。


 ――キィンッ!


 そんな甲高い音と共に、アストリッドは薄く青い、ドーム状の壁らしきものに弾き飛ばされていた。

 え、何? 何が起こったの? ――私はそんなことを思いながら、床に落ちたアストリッドを拾い上げる。

 頭の中に響くアストリッドの声……は、何故か悔しげだ。


『おのれ結界などと……相変わらず小賢しい真似をしてくれますわね……! おかげで私と主様のラブラブ(はぁと)コンビネーションアタックが……』

「そんな技を繰り出した覚えはない。……で、結局のところアレはなんなの?」

『……見ていればわかりますわ』


 アストリッドがそう言うので、私はすぐさま扉のほうまで下がった。

 とりあえず距離を取って様子を見るということと、いざという時すぐさま部屋の外へ逃げられるように。

 しかし野渡君はそんな私に気付かないのか、もしくは構っている暇がないのか……ただ、ぽかーんとした表情で青い杖を見つめている。

『……貴様か? この本の封印を解いたのは』

「……は、え、その、」


 戸惑う野渡君に構うことなく、青い杖はすーいと飛んで野渡君に近付いた。

 そして野渡君を見定めるようにぐるぐると彼の周りを飛び回り、野渡君に纏わりついている光の球と会話するような素振りを見せる。


『ふむ……そうか。間違いではないようだな』

 青い杖は納得したように「ふむ」と呟くと、くるりと振り返って野渡君を見つめ(多分)、こう言った。


『ラリヴァーラへようこそ、新たなる【奏者】よ。我、精霊杖(せいれいじょう)イェルケルが力を貸してやろう。光栄に思え』


 ……傍で聞いていた私でさえ何か言いたくなったのだから、言われた野渡君はもっと何か言いたかっただろう。

 しかし、野渡君は何も言わずに目の前の杖……イェルケルをじっと見つめている。


 そのまま見つめ合う二人を見物しながら、私はアストリッドと会話を交わす。

「やっぱりあいつも【遺物】だったんだ」

『あら、気付いていましたのね。さすがは主様』

「だって喋ってたんだもの。あの杖、べらべらと喋ってたんだもの。それとも何? この世界の武器は喋るのが常識なの?」

『まさか。わたくし達が特別な存在なだけですわ』

「それにプラスして「ウザイ」も付け加えとけば?」

『ひどいですわ主様。けれど、わたくし……言葉責めも嫌いではありませんわよ?』

「へし折るぞテメェ」

『それにしてもあの方……災難ですわね。よりにもよってイェルケルに選ばれるなど』

「まぁ、野渡君だから大丈夫。鉄のツッコミでどんな相手とも渡り歩いていけるさ」


『そこ! さっきから何をごちゃごちゃ言っている!』


 あ、気付かれた。もー、アストリッドが大声で喋るから。

「君も大声で喋ってただろう! 他人のせいにするな! ていうか鉄のツッコミって何だ!」

 お、野渡君が復活した。


 野渡君は立ち上がり、私の元へ来ると急に掴みかかって来た。ほう、いい度胸じゃないか。

「灰澤! あれは一体なんにゃんだ! 宙に浮いている上にしゃヴぇ、喋ったじょ!」

「まーたカミカミだよ。少しは落ち着いていられないのかね。つーか、放せ」

「あ、ああすまない……じゃなくて! ていうか何で君はそんなに落ち着いていられるんだ!」

「えー、普通そんなに驚かないでしょ?」

『お言葉ですが主様、普通「驚く」のが普通の人間の反応だと思いますわ』

「なんだ、それじゃまるで私が「普通の人間じゃない」みたいじゃないか」

「なんで君は普通に剣と話せるんだ! その時点で異常だろ!」


 だってもう慣れたし……って、あれ?


「野渡君、アストリッドの声が聞こえるの?」

「聞こえるも何も……さっきから、うるさいくらいに喋ったり叫んだり……一体どうなっているんだ?」


 ………………わーお。


「……ねぇアストリッド、【遺物】の言葉って他の人間にも聞こえるもんなの?」

『【戦士】限定ですけれど……主様は先ほどあのクソ杖の声を聞いていたでしょう? それが何よりの証拠ですわ』

「クソ杖って……」

 何、アストリッドってあのイェルケルとか言う杖が嫌いなの?

 まぁ、こいつらの関係は今は置いといて……


「で……いつの間にか【戦士】認定されてるけど、どうするの野渡君? 受けるの?」

 私がそう言うと、野渡君は盛大に顔をしかめた。

 まぁ、そりゃそうだろう。

 突然でてきた変な杖にいきなり「俺が力を貸してやるから戦士になれ」とか言われたら普通受ける? 受けませんよ。

 私のときは状況が状況だったし、おまけにグレゴールさんの驚異的な噂広め能力によって逃げ場がなくなったけど……。

 野渡君は「はぁ~あ」と、聞いているこっちが脱力するようなものすごい深いため息を吐いた後、イェルケルからやや目線を外し、口を開く。

「悪いが僕は……わぷっ!?」


 恐らく断ろうとした野渡君に、いっせいに群がる光の球達。

 その数はどんどんと増え続け、最終的には野渡君の姿が見えなくなるほどに。

 わー、野渡君逃げ場なーい。


 光の球達はますます野渡君にじゃれつくように飛び回り、

「やめろ! 擦りつくな! こら、誰だメガネを取ったのは! 返せ!」

 と、野渡君にイタズラするものまで現れた。

 何だろう。ちょっと神秘的なはずなのに、なんて微笑ましい光景。


『ふむ、さすがは精霊達の親愛なる友人……【奏者】だ。精霊がよく懐いている』

「懐いているというか……って、あれ精霊なの!?」

『そうだ。まぁ、精霊の中でも下級ではあるが……』


 へぇ、精霊かぁ。さすがは異世界、もはや何がでてきてもおかしくないわ。


『それで、貴様は何者だ? 我の言葉が分かるということは、【戦士】の一人なのだろうが……』

「どうも。【黒姫】こと、灰澤 黒乃。よろしくねー」

『ああ。【黒姫】……ということは、あの被虐趣味を持つウジ虫がパートナーというワケか』

 わぁ、なんて素敵で腹の立つ響き! やっぱ仲悪いのか……。


『誰がウジ虫ですかっ! まったく……相変わらずですのね、イェルケル』

『ふん、貴様もな。新しい主の手前、おとなしくしているようだが……』

『だが……?』

『……見える、我には見えるぞ。貴様の醜く、浅ましく、汚らわしい本性がな』

『うぎぎぎぎぎ……! 言わせておけば……!』


 どう見ても険悪です。本当にありがとうございました。

 ていうかアレでも自重しているほうだったのかアストリッド。本気出したらどうなるんだ……?

『本気出したら獣のようになります!』

「よし、黙れ」

 やっぱ疑問に持つべきじゃなかったですね!


「そん、こ、よ……はいざ、たすけ……」


 突然、今にも消えそうな声が聞こえる。

 振り返るとそこには……


「たす、け……つぶれ……」

「野渡くーん!?」


 塵も積もれば山となる。

 まさにその言葉通りに、野渡君は山となった精霊達の群れに押し潰されていた。

 私は若干慌てて、野渡君を救出に向かう。


「いやー、さっきまで見てる分にはおもしろかったけど、ここまでだとさすがに助けざるを得ないよねー。大丈夫、野渡君?」

「灰澤、お前……あぁ、もういいや……なんでも……」

 もはや何かを諦めた様子の野渡君が、ぐったりとした様子でため息を吐く。

 そんな様子の野渡君に、イェルケルはすーいと近付き、


『……で、どうする気だ。【奏者】よ』

 と言った。

「……どうせ、拒否権なんてないんだろう」

『当然だ。我が【奏者】を逃がすはずもない』

「もはや聞く意味なんてないじゃないか……」

 はぁ……と、野渡君は本日三度目の深いため息。


『では、なるのだな?』

「拒否権がないって言ったのはお前だろう?」

 野渡君はそう言って、宙に浮かぶイェルケルを掴んだ。

 と同時に、さっきまで山と積もっていた精霊達がいっせいに野渡君へと向かう。


「うわっ!? こらっ、お前ら、やめ……っメガネを取るな!」

 と、嬉しそうに野渡君にじゃれつき、メガネを奪って喜びを表現している。

 ……なんだろう、ちょっと精霊達がかわいく思えてきた。ただの光の球にしか見えないのに。

「……いーなー、なんかいーなー、うらやましーなー。私は変態ドM剣押し付けられたのに、野渡君は精霊ハーレムでいーいーなー!」

「君は何が言いたいんだ!?」


 やだなぁ、素直に羨ましがってるだけですよ。

 まぁ、何はともあれ……


「人間から人外へのランクアップおめでとう、野渡君」

「全然嬉しくない」

 でしょうねぇ。


「じゃあ、私はもう寝るから。今思い出したけど、今日はもうクタクタだったんだよ。だから寝る。速やかに私の寝室から出て行くように」

「おい、はいざ……っ」


 叫ぶ野渡君に言葉を無視して、私は素早くベッドに入ろうとした……その時。

 こんこん、と誰かがドアをノックする音が部屋に響いた。

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